四季がはっきりと訪れる日本は、気候の変化が激しく、その影響を受けた山々でも独特の環境が広がっています。日本生まれのアクシーズクインは、1988年の立ち上げ以来、長きに渡って「日本の山にちょうどいい」のこだわりを持ってモノづくりを続けてきました。そんなアクシーズクインから、今シーズン新たに展開された「アクティブインサレーション(動的保温着)」。今回は日本の山を知り尽くした同ブランドが仕掛ける注目のアイテムについて、深掘りします。
2022.10.19
小川 郁代
編集・ライター
「こまめな脱ぎ着で温度調節をする」というレイヤリングのテクニックは、誰もが最初に身につける重要な山の技術のひとつ。季節や環境が違ってもその基本は変わらず、安全で快適に登山を楽しむために、常に意識して行動しなくてはなりません。とはいえ、実際のアクティビティでは、頻繁に足を止めてレイヤリング調整することが、難しい場面も少なくはありません。とくに、止まると寒い、動くと暑いを繰り返す冬場のアクティブシーンでは、着脱に頼らず、いかに快適な温度を保つかがとても重要になります。
そこで、近年注目されているのが「アクティブインサレーション(動的保温着)」という考え方。保温性と通気性の両方を兼ね備え、着たまま行動してもオーバーヒートしない保温着が、アウトドアウェアの新たなカテゴリーとして確立されつつあります。アクシーズクインから今期登場した「Active Insulation」シリーズも、その名のとおり行動中に着るための動的保温着。素材の機能とブランドのコンセプトが共鳴して、一見どこにでもありそうなのに明確な存在価値を失わない、アクシーズクインらしいものが生まれました。
商品を紹介する前に、ブランドについて少し触れておきましょう。
アクシーズクインは、1988年に誕生した日本のアウトドアブランド。グローブや帽子など、機能的で小技の効いた小物類にはとくに定評があり、豊富な商品構成で、アウトドア用品の売り場には欠かせない存在となっています。
ブランドのコンセプトは、決して過剰ではなく不足でもない、日本の山に「ちょうどいい」ものをつくること。夏は高温多湿、冬は厳しく積雪も多い日本の山岳環境で、本当に使いやすいものを作ることができるのは、日本を知る日本のブランドだという信念のもと、使う人に喜びを与えるものづくりを続けています。
アクシーズクインのアパレルといえば、「凌(しのぎ)」シリーズを思い浮かべる人が多いかもしれません。伝統的な日本の衣類や道具のエッセンスを取り入れた個性的なアイテムは、森林限界以下の日本の山を、雨や風、寒さを凌げるだけのミニマムな衣類で歩くという、独自のコンセプトのもと作られたもの。高い機能を追求する他のブランドとは一線を画すスタイルが、マニアックなファンからの絶大な人気を集めています。
ただ、「凌」は個性が強いだけに、使いこなすためには充分な知識や経験が求められます。初心者が使うには、少しハードルが高いのも確か。そこで、初心者から経験者までがさまざまなシーンで使えるものをラインナップしたのが「アクシーズクイン」ブランド。今シーズンからはアパレルの充実度を増して、機能的で使いやすい、日本目線の商品を展開しています。
「インサレーション」とは、もともと綿入りの保温着を指す言葉でしたが、近年の「アクティブインサレーション(動的保温着)」と呼ばれるものは、必ずしも綿入りとは限りません。現にアクシーズクインの「Active Insulation」も、さらりとした質感の表地と柔らかな毛足の裏地からなる、中綿なしのスタイル。
中綿のないウェアを「インサレーション」と呼ぶようになったのには、素材の進化が大きく関係しています。保温綿の常識を変えた新素材「Octa®CPCP®(以下、オクタ)」は、日本の繊維メーカー「帝人」が開発したポリエステル繊維。表面に8本の放射状の突起がある中空糸を編み上げることで、繊維の中や隙間に大量の空気をため込んで、非常に優れた保温性を発揮します。
繊維が大量の空気をため込むという特性は、従来使われていた「化繊綿」と同じ。ただ、羽毛の代替品として進化してきた化繊綿は、独立した繊維が集まったものなので、羽毛と同じように生地に封入しなければ、バラバラになってしまいます。
それに対して、オクタは1本の繊維を編み上げて生地にするので、封入しなくてもバラバラになることはなく、むき出しの状態で使うことができます。側生地の重さがカットできるうえに、オクタの重量は同じ太さのポリエステル繊維の約半分。これが、従来の常識を覆す、圧倒的な軽さと暖かさの理由。綿の形をしていなくても、綿と同じ性質を持つオクタは、まぎれもないインサレーション素材なのです。
また、ふわふわと肌触りのいい毛足は、繊維を起毛してできたものとは違い、洗濯などによる抜け落ちが少ないのも特徴。マイクロプラスチックによる環境への影響も抑えることもできる点も、大きく評価されています。
中間着として行動中に使う「動的保温着」が、停滞時や休憩時に使う「静的保温着」と決定的に違うのは、「寒さ」だけでなく、「暑さ」にも対応しなければならないということ。じっとしていると凍えるような寒い環境でも、行動中は体温が上昇して汗をかき、衣服内では湿気を伴うオーバーヒートの状態が発生します。それを、脱ぎ着せずに快適な状態に戻すためには、内側にたまった熱や湿気を積極的に排出する、高い通気性が欠かせません。
従来の化繊綿を利用したアクティブインサレーションは、通気性を綿の量でコントロールしていましたが、オクタは繊維の編み方によって、厚さや目の詰まり具合、グリッドの有無などを自由に変えられるので、通気性の調整も自在。表地の素材の組み合わせも自由なので、用途に合わせて理想的な「保温」と「通気」のバランスを作り上げることができます。独特の繊維構造が優れた吸汗速乾性を発揮して、汗濡れやベタつきのストレスが少ないのも、大きなメリットのひとつでしょう。
注目の新素材であるオクタは、誕生以来多くのブランドに採用されていますが、商品ごとに個性は大きく異なります。やはり、明確に違いが表れるのが、保温と通気のバランス。それによって、快適に使えるシーンにはかなり違いがあるようです。
たとえば、とくに運動量の多い、トレイルランニングやバックカントリーのハイクアップといったシーンで使うことを想定したものなら、保温性よりも通気性を重視したバランスが求められるはず。そのため、表地の通気性を上げたり、オクタを部分使いにしたりと、通気性を優先したデザインが施されるでしょう。
ただし、そのような構成の商品を、ハイキングやライトトレッキングのような、比較的負荷の少ない山歩きや、止まっている時間が長い状況で使うと、保温力不足を感じることがあるかもしれません。
アクシーズクインが目指したのは、暖かいけれど暑すぎず、通気はいいけれど寒すぎず、麓から山頂まで、登りも下りも休憩中もずっと着続けられるもの。環境に合わせて1枚でもミッドレイヤーとしても使える、日本の山歩きにちょうどいい動的保温着です。
Active Insulation Jacketは、裏面全体にオクタを配した、軽くやわらかな保温ジャケット。表地には通気性に優れ、ほどよい防風性も備えるウインドシェル素材を合わせました。
メンズとウィメンズで少しデザインが異なります。
筋肉量が多く体温が高めの男性用には、ボディにも使われている30デニールのウィンドシェル素材を10デニールと薄手にし、コンパクトに内蔵できるフードが備わった、スタンドカラーのジャケットタイプ。
寒さを感じやすい女性には、フード全体にも身ごろと同じオクタをライニングした、暖か仕様のフーディタイプを用意しました。
フード以外の仕様は、メンズ、ウィメンズともほぼ同じ。いたってシンプルなデザインで、シックなナチュラルカラー3色(Black/Blue Nights/Gothic Olive)が、それぞれに用意されています。
適度にゆとりのあるコンパクトなシルエットは、レイヤリングも自在。肩周りの動きを妨げず、バックパックのショルダーが縫い目に当たらないラグランスリーブを採用し、立体裁断で腕やひじの動きも充分に確保。
1日中着たまま行動する前提なので、袖口は着脱のしやすさよりも、軽量コンパクトで重ね着の邪魔をしないことを重視した、ミニマムなストレッチテープ仕上げ。ファスナー付きのポケットや、裾のドローコード、上下どちらからでも開閉できるフロントファスナーなど、山歩きに便利な機能は、しっかりと用意されています。
アルパイン要素の強いシーンは想定していないので、フードはヘルメット非対応。突然冷たい風が吹いたときにさっとかぶれて、オクタの暖かい風合いを首元や顔周りに感じられる、フィット感のあるコンパクトなシルエットに。
薄手のウインドシェル素材でできたメンズのフードは、ウィメンズほどの保温性はありませんが、耳の部分にだけオクタをライニング(裏打ち)するという小技の効かせっぷり。冷たくなった耳を両手で包むように、そっと温めてくれます。
パンツはメンズ・ウィメンズで、素材もデザインも同じ。オクタの裏地に組み合わせる表地として、ストレッチ性に優れ、通気性、防風性、撥水性などを備えるソフトシェル素材を選びました。
大きな筋肉や太い血管が集まる下半身は、運動時に熱を発しやすいところ。そのうえ、トップスほど手軽に着脱ができないため、パンツには、ジャケットにも増して、通気のよさが求められます。
薄くて軽く、さらりとした風合いのソフトシェルは、アクシーズクインの春夏用トレッキングパンツにも採用されていた素材。表の顔は同じでも、裏側は全面オクタの柔らかな毛足に覆われた、秋冬モード。軽さからは想像ができないほど暖かく、ふわふわとした肌触り。優れた通気性で運動中のオーバーヒートを防ぎながら、寒い季節を快適に過ごせる保温性も発揮します。
何よりもうれしいのは、どこまでも制限がないかのように自由に伸びる、着心地のよさ。特殊な繊維構造を持つオクタは、吸汗性や速乾性にも優れるため、運動時にかいた汗による濡れ感や汗冷えの不快感もありません。
インサレーションパンツといえば、これまでは分厚くて動きづらく、休憩や宿泊時の防寒には使えても、行動中に使うという発想とほど遠いものでした。
秋冬用のトレッキングパンツは、素材を厚手にすることや起毛裏地をライニングするなどで保温性を確保するため、どうしても生地が固くて重くなりがちでした。軽くて動きやすいものは、保温力を補うためにタイツやオーバーパンツを重ねることになり、結局、履き心地や動きやすさを妥協せざるを得ません。
しかし、オクタのおかげで、秋冬の防寒パンツの常識は大きく変わりました。1枚で冬の山で暖かく過ごせるインサレーションパンツが、レイヤリングを劇的にシンプルにしたのです。
もちろん、もっと気温が低い環境なら、タイツを合わせるのも、ハードシェルのインナーとして使うことも可能。すっきりとしたテーパードシルエットでレイヤリングしやすく、ウエストはドローコードでフィッティング調整するベルトレス仕様なので、重ね履きでもたつく心配もありません。
ジャケットもパンツも、秋冬の低山ハイクから残雪期の雪山まで、長い期間使えるのが自慢。
まずは、ジャケットはベースレイヤーの上に、パンツはアンダーウェアの上に直接着て、暖かさと動きやすさ、肌触りのよさや汗ストレスのなさを実感してください。その時々に応じてベースレイヤーのボリュームを変えたり、パンツにはタイツを合わせたりすれば、より長い期間使うことができます。
通気性がいいぶん風を通しやすいので、より高い保温性が欲しいときは、シェルを重ねるといいでしょう。パンツに合わせるタイツは、オクタとの摩擦が少ない、表面が滑らかな素材を選ぶのがおすすめです。
最後にもうひとつ、アクシーズクインの「Active Insulation」には、ほかのブランドとは違う特徴があるのにお気づきでしょうか?
ジャケットもパンツも、どこを探しても、表から見えるところには、ブランドロゴがひとつもありません。派手なプリントはもちろん、小さなタグや刺繍すらもない潔さ。日本の山には、こんな奥ゆかしさが「ちょうどいい」と思えます。
見た目のアピールがないのは、一度使えば良さがわかるという、商品に対する自信の表れなのでしょう。バックパックを背負っていても使えるよう、少し低めにつけられたポケットや、摩擦でオクタの毛足を傷めてしまうことや雨や下草の水滴などを吸い上げてしまうことを防ぐために、裾や袖口に見返し生地をつけるところなど、心配りは細部にまで。サイズもカラーも豊富なので、日本の山を楽しむすべての人に「ちょうどいい」1着が見つかるはずです。
注釈:記事中で紹介している「Octa(オクタ)」は、帝人フロンティア株式会社の提供するOcta® CPCP®を指しています。
アクシーズクインのグローブといえば、かゆい所に手が届く、ユニークなギミックが自慢。そのなかから、ネーミングも印象的な1品をご紹介します。
冬のアウトドアでスマホやカメラなどの電子機器を扱うときに便利な、指先が出せるミトン型。親指、人差し指、中指の3本だけが露出すれば、たいていのことができるということに、このグローブに気づかされます。ボリュームのあるスポーツウォッチにも対応する、時計用スリーブも完備。電子機器操作に関するストレスは、これですべて解決です。
表は防風透湿性のジャージ素材で、裏は暖かなフリース。手首は薄手のストレッチフリースを長めに配して、使いやすさと保温性を確保。寒さの中一瞬のシャッターチャンスを狙うときに、コンディションを確認しながらのトレーニングに、デジタル時代の全部入りモデルが活躍します。
取材・原稿:小川郁代
撮影:永易量行
モデル:加藤由佳、村上雄飛(jungle)
協力:株式会社双進