知っているようで知らない山のマナー。登山者なら一般常識として確認しておきたいものから、知らなければ事故につながりかねないものも。そこで、登山ガイドの石川高明さんに、人も自然もお互いに気持ちよくいられるために知っておきたい「登山のマナー」について聞きました。
2022.12.28
YAMAP MAGAZINE 編集部
今回のテーマは、登山初心者にまずは押さえておいてもらいたい「登山のマナー」。お話を伺った登山ガイドの石川高明さんは、登山のマナーと一言でくくられる中には、「ルール」と「マナー」があるといいます。まずは登山のルールとマナーの違いを聞いてみました。
「登山のルールとは、山中の動植物に負荷をかけないために守るべき決まりごと、つまり自然に対する配慮です。自然公園法といった法律によって保護されている地域もあります。一方、登山のマナーとは、登山者同士がお互いに気持ちよく登るために守りたい、人と自然に対する配慮です。
マナーというのは置かれた状況や、それぞれの文化で変わってきます。例えば、海外では麺類をズルズル音を立てて食べるのはマナー違反ですが、日本では音を立てて食べた方が美味しそうですよね。要は、状況に応じて、相手が不快にならないように気を配ることがマナーの基本だと思うんです」
ルールもマナーも、守らなければと盲目的に死守するのではなく、なぜ守らないといけないのか、その意味を考えることが大切です。
第1回目のテーマである今回の「登山中のマナー」に続き、第2回目以降では、高山植物や希少植物に負荷をかけない登り方や山のトイレ問題など「登山のルール」について、その「意味」を含めてご紹介していきます。
ではさっそく、出発前から家に帰るまでに遭遇する様々な「登山時のマナー」を、石川さんと一緒にたどってみましょう。
「登山届は今や、マナーというより地域によってはルールになりつつあります」と石川さん。
長野県は国内で初めて届出が条例化された自治体です。ただ、北アルプスなどの高山では、登山口と下山口の管轄県が異なることも多いため、以前は厳格化するのが難しかったそう。その自治体間の違いを解消すべく、くわえて遭難事故が増えている現状もあり、登山届を条例化する自治体が増加傾向にあります。
しかし、石川さんが指摘するのは、そもそもの登山届という言葉の印象が出しそびれる原因のひとつになっていることです。
「『登山届』という言い方は僕はあまり好きではなくて、『登山計画書』と言ってほしいんです。登山届だと、登山口で書けばいいという印象を与えてしまいがちです。そうすると、出発前はバタバタして準備できなかったり、登山口ではロープウェイがちょうど出発する時間だからと、出しそびれたりしてしまうこともあります。
登山計画書を書きましょうとなれば、忘れ物がないように装備のチェックもできるし、コースタイムの計算ミスに気付けたり、無理な計画も見えてきたりします。例えば、去年の夏に登ったから大丈夫だとたかをくくって、同じような感覚で秋に行ったら、日没が早くて真っ暗になってしまった…などということにもなりかねません。
計画書にすると、それを登山届として提出できます。また、一番大切なのは、家族や登山仲間に同じものを託しておくこと。そうすれば、遭難して数日間気づかれないというようなこともなくなります」
▼登山計画書の書き方など、詳細はこちらの記事で確認してください。
登山計画書(登山届)の作成でリスクを減らす【山登り初心者の基礎知識】
YAMAPアプリでは登山計画も作成でき、YAMAPと締結した自治体には、その計画書をアプリから登山届として提出できます。もし遭難が発生した場合、紙で提出された登山届よりも、インターネット経由や登山アプリなどで提出された登山届の方が迅速な救助活動ができます。
何より、計画書を作成することで山の予習ができ、遭難防止につながります。大切なのは、遭難のリスクを減らすことです。
「登山道で他の登山者とすれ違う時は、『こんにちは!』と相手の目を見て気持ちよく挨拶をしましょう。余裕があれば挨拶プラスαで、『どちらからですか?』とか、『〇〇ルートの状況はどうでした?』、『花が見頃ですよ!』など、コミュニケーションを取ってみましょう。思いがけぬ情報が入ったり、そこで声を掛け合うことが安全登山につながる場合もあります。
遭難事故が発生した際、どこですれ違ったのか、〇〇ルートのことを聞かれた、かなり疲れた様子だったなどの目撃情報が捜索活動に活かされる場合もあります。ただ挨拶をかわすだけでなく、顔を見合わせて会話をすることで、それらの情報はより正確に記憶に残ります」
一般的に、登山道ですれ違う際は、登る人が優先といわれています。しかし、石川さんは、状況に応じてコミュニケーションを取りながら判断する重要性を強調します。
「例えば、大人数で連れ立ったパーティーが下りてきて、『上り優先ですからどうぞ上がって来てください』と言われても、焦りながら大人数の横を通過するのでは登りの人は疲れてしまいますよね。他の場面にも共通して言えることですが、まずはコミュニケーションを取るといいと思うんです。先に登った方がいいかな? 下った方がいいかな? と感じた時にはこちらから声をかけてみましょう。
もし大人数で下る側だったら、『こちらは20人いるんですけど、先に上がられますか?』とか、登る側の場合は、『僕、元気なんで先に登ります!』とか、『そちらは大人数みたいなんで、どうぞ下りてきてください』というふうにコミュニケーションを取ってほしいんです。
山は上りが優先といわれますが、『登りが優先だろ!』とか、『こっちは大勢いるんだから!』となってしまうと、気持ちよく登れないですよね。ぜひコミュニケーションを取って意思疎通をはかりましょう。
また、下を向いてゆっくり上っている登山者が、スピードに乗って下ってくる人に気づかずびっくりしてしまう場合も。相手が自分の存在に気づいていないと思った場合は、先に声をかけてあげるといいでしょう」
狭い登山道で道を譲る場合、譲る側は山側に待機しましょう。すぐ下が断崖絶壁のような谷側で待っていると、万が一すれ違う瞬間にぶつかってしまった場合、滑落する危険性があります。
といっても、いつも山側にというわけではありません。谷側に広くて安全な場所があれば、谷側で待機しましょう。登山道の状況をよく見て、確実に安全な場所で待つことが大切です。待機する際の注意として、石川さんはもう一点教えてくれました。
「すれ違う際は、挨拶をしつつ必ず目と目を合わせるようにしましょう。待っている間に靴紐を結び直そうと後ろを向いていたりすると、ふいに声をかけられ振り向いた瞬間に、通過しようとしている人にザックが当たって突き落としてしまうことにもなりかねません。
すれ違う人をちゃんと見るように心がけていれば、そういう事故は起きません。山をガイドをする際、登山道での道の譲り方は、歩き出す前の一番最初に案内します」
出会い頭だけでなく、先行の登山者を追い越す場合や、後続の登山者に道を譲る場合もあるでしょう。追い越す際は、「先に行かせてもらっていいですか?」と一言声をかけましょう。黙って追い越しては、驚かせてしまい危険です。
道を譲る場合も、「先に行かれますか?」と聞いてみましょう。ゆっくり行きたい人もいるかもしれません。初心者の場合、歩くことに必死で、周囲の状況に気付けない場合もあります。自分自身の歩行スピードを気にしつつ、前後を確認しながら歩きましょう。
落石はどんなサイズであれ、当たりどころが悪ければ大きな事故につながりかねません。
まずは落石を発生させないような歩き方をすること。落石が起こりそうなガレ場では、歩幅を小さく取り、踏み出した足に重心移動させ、蹴り上げてしまわないよう一歩一歩丁寧に確実に足を運びましょう。また、ルートを大きく外れてしまうと、踏み固められていない場所を歩いてしまうことにもなり、落石が発生しやすくなります。
また、先行する登山者がいる場合は落石を避けられるようになるべく間隔を取ります。グループでガレ場を通過する際は、安全に気をつけて、素早く通過するように心がけましょう。
「落石を発生させた場合はすみやかに『ラーク!』、『落石!』と下にいる登山者に大きな声で知らせましょう。黙っているのが一番危険です。海外だと『コーション!』、『ロック!』などと言ったりします」
山頂標識の前で写真をとる際、他の登山者がいれば素早く撮影を行いましょう。標識の周囲で休憩したり、ザックを置いたりするのも避けましょう。他の登山者の写真撮影の邪魔になります。石川さんは、山頂でのマナーを次のように説明します。
「これは、ツアーを引率する私たちガイドも気をつけている点なんですが、グループで登った際に山頂で写真を撮影する場合は、時間をかけないように誰かがまとめて撮影をし、後から来た登山者に素早く場所を譲るようにしましょう。
あと、最近は少なくなってきましたが、昔の登山者にはタバコを吸う人が多かったんです。山頂での一服が至福だという人もいます。周囲への配慮を忘れず、山頂や休憩時に喫煙する際は、煙が流れていく方向に気をつけましょう」
最近はYouTubeやドローンでの撮影をする人も増えてきていますが、場所の占拠や音の発生など、周囲へ配慮するという点では上記と同様に気をつけたいところです。
公共交通機関を利用する場合は、特にザックの扱いに注意しましょう。人が出入りが頻繁なところなど、邪魔になるような場所には置かないこと。載せられる大きさであれば網棚へ。下山後はザックが汚れていたり、濡れていたりする場合もあります。そのような場合、特にラッシュ時はザックカバーを利用するのがおすすめです。
ザックに取り付けたトレッキングポールやピッケルなどは、他の乗客に引っかかってしまうと危険です。移動時はできればカバーを付け、可能であればザックの中に収納するか、手に持ちましょう。
石川さんは使わない時の山道具は時に、凶器にもなるといいます。
「最近、アウトドアに使ったナイフをたまたま車に入れっぱなしにしていて、警察に職務質問を受けて書類送検になった事例がありました。刃体が6センチ以上あるものを所持していると銃刀法違反になります。
山の行き帰りなどの正当な理由があれば大丈夫ですが、私も山帰りに新宿の登山用品店に立ち寄って、店を出てすぐに警察官に『ナイフ持ってますか?』と止められたことがありました。登山の格好をしていたからよかった(笑)。最近は登山用品店でも、購入時に銃刀法の説明をされますよ。特にピッケルは移動中は必ず上下の先端にカバーをしましょう」
石川さんは、登山のマナーはコミュニケーションを取ることが前提と話します。
「普段の生活では、街中で知らない人とコミュニケーションを取ることはそうないですよね。山だからこそです。むやみやたらに話しかける必要はないですが、小さなコミュニケーションを取っておくと、いざという時にトラブルを回避しやすくなったりもします」
また、山頂や山小屋、テント場など、山で同じ時間を共有する者同士で会話を交わすのは、気持ちの良い楽しい時間になります。石川さんはそれをマナーと捉えるのではなく、「楽しんでしまいましょう」と提案します。ぜひ実践してみてください。
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監修者:石川 高明(信州登山案内人・登山ガイド)
長野県在住。1967年東京生まれ。学生時代から登山に親しむ。最初に登った山が八ヶ岳。大手電機メーカーを2000年に退職し、世界一周登山の旅に出発。途上のスイス ツェルマットで2年間トレッキングガイドを勤める。帰国後、八ヶ岳の麓で子育てをすべく、2008年長野県原村に移住。各国の山岳地域を旅した体験や、スイスで観光業に携わった経験を活かし、 地元地域や観光活性化のお手伝いをしながら、各種イベントを実施してい る。
原村観光連盟 副会長/八ヶ岳観光圏 観光地域作りマネージャー
公認スポーツ指導者 山岳指導員/長野県信州登山案内人
(株)八ヶ岳登山企画 代表取締役/登山歴30年/スノーシュー歴20年
登山にあたり、命を守るために身につけておくべき装備・道具や、知っておくべき知識・技術は色々ありますが、登山保険もぜひ入っておきたい、大事な備えのひとつ。
YAMAPグループの「外あそびレジャー保険」は、いざ遭難救助が必要になったときの高額費用や、部位・症状別のケガの補償をしてくれるだけでなく、登山以外での外遊びや日常のケガの補償もしてくれます。
また、遭難・行方不明時には、同じ山に登っていたYAMAPユーザーから目撃情報を募ることができるサービスも提供。
期間は7日から選べるので、単発での山行にも対応。登山や海・川でのアクティビティによく行く方にも便利な保険です。
執筆協力:米村 奈穂(フリーライター)