山登りの予定が決まったら、必ず作成したいのが登山計画書(登山届)。ビジネスでは「段取り八分、仕事二分」と言われますが、これは山登りも同じ。この登山計画書を作成することは「段取り」を確実に進める手引きとなります。しかし、コースのほか、何をどのように、どこまで記入すべきか戸惑うこともあるでしょう。今回は、登山計画で欠かせないポイントを紹介します。
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2022.11.30
YAMAP MAGAZINE 編集部
近年、登山計画書(登山届)が未提出の登山者による遭難・救助要請が増加しています。こうした事態を受け、提出が条例で義務化されたり、未提出の場合に過料(罰金)を課したりする自治体もあります。
「決められているから作成する」と考えられがちですが、そんなことはありません。作成しながら自分の計画を客観的に見ることで、「ルートに無理はないか」「足りない装備はないか」と事前にチェックでき、準備段階からリスクを減らせます。
救助の要請は、遭難した本人のほか、同行者や目撃者ら現場にいた人からのパターンが多くあります。そのほか、遭難者の家族から「下山予定の時刻を過ぎても連絡がない」「帰宅していない」などの通報がきっかけになることも。
例えば、単独の登山で遭難者本人が連絡できない場合、家族や知人からの通報がない限り、捜索、救助は始まりません。
家族や知人に登る山を伝えていない場合、手がかりは、登山口に数日間停めっぱなしの車を、地元の人や管理者が警察に通報するぐらい。遭難の発生から捜索・救助の開始までに日数がかかり、助かる命も助からなくなってしまいます。
万が一山中で遭難死してしまった場合でも、遺体が発見されるか否かは、その後の家族の生活に大きく影響します。
遺体が見つからないと「失踪者」の扱いとなり、法律上で死亡したとみなす「失踪宣告」が出るまで7年かかります。この間、家族は死亡保険金を受け取れないばかりか、勤務先の人事制度にもよりますが、退職ではなく休職扱いとなり、退職金を受け取れない場合もあります。
登山計画書を正確に作成することで、捜索と救助活動の精度が高まり、仮に亡くなってしまった場合であっても、残された家族への影響を最小限にとどめることができるのです。
提出された登山計画書は、最終的に登山先の都道府県警察や自治体に集約されます。ある県警担当者によると、遭難した本人ら現場の人と救助隊が通話できる状況であれば、登山計画書の確認よりも先に救助が開始されるケースもあるそうです。
ただし、家族や知人、会社からの通報であれば、そうはいきません。警察・消防をはじめとする「探す人」は、登山計画書の記載から遭難者がいそうな場所を検討しつつ、捜索・救助活動にあたります。
あいまいな記載の登山計画書は、「探す人」の活動を妨げることにもなるのです。
登山口でよく見かける計画書を入れるポスト。用紙も備え付けられ、その場で記入、投函できます。
以前は一般的でしたが、様々なデメリットがあり、現在はこの方法はできれば避けたいところ。理由は以下の通りです。
1.記入内容が不十分になる
登山口に着いたら、なるべく早く登り始めたいのが、山登り好きの心情。おのずと記載の項目を端折ったりと、内容が雑になりがち。このような登山計画書は、捜索・救助活動で役に立たないものになってしまいます。
2.「待つ人」に共有できない
登山口で記入した場合、留守宅の「待つ人」に登山計画書を共有できません。記入した用紙の写真を撮ってLINEやメールで送るという手段も考えられますが、登山口の電波状況によっては不可能。写真が不鮮明で読み取れないこともあります。
3.捜索・救助活動まで時間がかかる
ポストに提出して時間を空けずに遭難が発生した場合、警察など「探す人」は登山口のポストから登山計画書を回収します。場合によっては登山口が複数あることもあり、一刻を争う捜索・救助活動において、このタイムロスは大きな影響を及ぼします。
4.そもそも提出できない
目的とする山の登山口にポストが設置されているか、事前に把握することが不可能な場合もあります。ポストがなければ提出できません。あっても記入用の用紙が在庫切れというケースを、日本百名山のかなりメジャーな登山口で実際に体験した人も多くいます。
登山地図GPSアプリ「YAMAP」では、作成した登山計画を登山計画書として保存、印刷できます。少なくとも事前に作成し、家族ら「待つ人」に共有し、上記の1と2のデメリットを回避しましょう。
ここからはさらに登山口での記入・提出のデメリットを回避した、おすすめの提出方法を紹介します。
各都道府県のホームページには、それぞれの様式の登山計画書が、ワード、エクセル、PDFなどの形式でアップされています。その都道府県の様式で記入しなければならない指定はなく、YAMAPで作成した登山計画書でもOK。
多くの自治体では同じページに提出先のメールアドレスやFAX番号、入力フォームが掲載されているので、自分に最適な方法で提出しましょう。
当然のことながら、自治体は登山者が多い土日祝日が休業日。自治体への提出は、遅くとも登山の1〜2週間前(自治体によって変わるので要確認)には完了するようにしてください。
ここ最近で主流となっているのが、パソコン・スマートフォンからの電子申請。「コンパス〜山と自然ネットワーク〜」は2022年11月現在、全国37都道府県の警察・自治体と連携し、もっとも普及している電子申請のシステムです。
登録した緊急連絡先には、登山計画の提出時と下山連絡の送信時に自動的にメールが届き、「待つ人」にとっても安心。電子申請のため、捜索・救助では、警察・自治体が登山計画書データへ即時アクセスでき、スピーディーな捜索・救助にも有効です。
YAMAPアプリで作成し、YAMAPに提出した登山計画も、提出したタイミングで緊急連絡先に設定している宛先にメールが届くシステム。加えてYAMAPへ提出した登山計画が、そのまま登山計画書として提出可能な自治体も増えています。
「コンパス〜山と自然ネットワーク〜」と連携していない岩手県、大阪府、奈良県、熊本県に加え、長野県、群馬県、神奈川県、鳥取県、静岡県、山口県の10府県と協定を締結(2022年11月現在)。登山計画書の提出先としてそれぞれ対応しています。
未対応の地域では、保存・印刷した登山計画書を各自治体に事前に提出するか、「コンパス〜山と自然ネットワーク〜」に作成した登山計画を転記して提出してください。
掲載したのは、日本一の山岳県・長野の登山計画書の様式。記入する情報は、すべて警察などの捜索・救助にとって重要なものばかりです。それぞれの項目について、記入する理由やポイントを紹介します。
山岳遭難が発生した際に、捜索・救助活動の司令塔となるのが各山域・山を管轄する警察署です。
例えば北アルプスでも裏銀座・後立山連峰は大町警察署、槍・穂高連峰は松本警察署と管轄が分かれています。スムーズに管轄警察署へ登山計画書が共有されるために、山域・山の記入は欠かせません。
ソロ登山の場合は1名分を記入すれば済みますが、誰かと一緒に登山する場合はメンバー全員の情報を記入します。
住所・電話番号などの詳細はリーダーのみで同行者は名前だけ、というような省略は不可。メンバーの誰が遭難するかわかりませんし、仮にリーダーが遭難して対応できない状況になった際に警察と連絡を取り合うのは、同行者なのです。
同様にメンバー全員分の記載が必須なのが、緊急連絡先。捜索・救助と並行して、警察は緊急連絡先に記載された家族など「待つ人」にも連絡をとります。負傷程度によっては、救助後に搬送される医療機関へ駆けつけるように要請する場合も。
もちろん、この連絡が“寝耳に水”にならないよう、作成した登山計画書は緊急連絡先に記載した人にも、事前にコピーを渡すなどして共有してください。
山岳遭難では多額の費用が発生するケースもあります。警察ヘリコプターでの救助であれば、救急車と同じく費用は一般的にかかりません。しかし、状況によっては、民間のヘリコプターや救助隊が出動し、有料になる場合も。
救助要請とは「費用の有無や多寡(たか)は関係なく助けを求める」という意味であることを忘れてはいけません。長野県では安全登山条例でも、「登山者は山岳保険への加入に努めるもの」と定められています。
家族などから救助要請が行われて遭難者本人と連絡が取れない場合に、重要になるのが登山スケジュール。警察はこのスケジュールと通報の日時を照らし合わせながら、遭難者が「今どのあたりにいるか」を絞り込んで捜索します。
まず最低限の情報として、以下の記載は必須となります。
・入山する場所と予定日時
・登る山と登頂予定の日時
・下山する場所と予定日時(いずれも日付だけでなく時刻まで)
加えて、下記も重要です。
・泊まり登山の場合は、宿泊する場所
・入山・下山場所と山頂の間に複数のコースがある場合は、分岐や通過ポイントと利用コース
到着や出発、ポイント通過予定時刻とあわせてなるべく細かく記入しましょう。
天候悪化や体調不良などの際に、速やかに山麓へ下山するためのエスケープルート。往復コースの場合は、来た道を下山しますが、縦走コースの場合は「どこまで進んでいたら、どのエスケープルートを下るのか」を記入する必要があります。
捜索隊はこれによって、遭難者が下っている可能性があるエスケープルートを視野に捜索できます。
地図を見ながらエスケープルートを検討し、「この時点で、こうなったら、このルートを下ろう」とシュミレーションすることは、いざというときの冷静な対処につながり、自分自身のメリットになります。
二次遭難を防止するため、夜間の捜索・救助は基本的に行われません。捜索は夜に通報があれば翌朝から、朝から昼の間の通報であっても日没でいったん終了し、翌朝からとなります。
遭難者が山の中で一夜を明かさなければいけない状況で、生死を分けるのが、低温や風雨から身体を保護してくれるツェルトやサバイバルシートの有無、飲料水・食べ物の量です。
ちなみに食べ物は多くの登山計画書で3種類に分かれています。ここではそれぞれの違いも紹介するので、登山計画書の記入時に活用してください。
・食料:お弁当・山ごはんの材料など、食事として食べるもの
・行動食:チョコレート・飴・米菓など、休憩中に頬張るもの
・非常食:エネルギーバーなど保存性が高く、予定通り下山できれば食べないもの
予定通りの行動でも、食料や行動食を食べ尽くしてしまって非常食まで手が出るようなら、それは計画の失敗。次回以降には、自分に必要な量を見直しましょう。
YAMAPアプリで登山計画を作成すれば、各項目を記入することでこれらを網羅できます。近々登山に行く予定がなくても、YAMAPアプリを操作しながら、仮想の登山計画書を作成してみてください。
万が一のときに役立つ登山計画書とするために、YAMAPアプリや各自治体様式の登山計画書で、備考欄や余白に記入すると役立つ情報を紹介。これらの情報が、思わぬところで捜索・救助に活用されることもあります。
YAMAPアプリや自治体の登山計画書にも記入欄がある項目。学生山岳部や社会人山岳会に所属している人は、各団体の連絡先とともに記入します。
山岳会の多くが下山報告担当者を設置しており、その人への連絡がないことが通報のきっかけになることもあります。
会員制捜索ヘリサービス「ココヘリ」に加入している人は、会員証(発信機)に記載されているID番号を記入します。もちろん、その登山計画書をココヘリのコールセンター電話番号と共に、家族などの「待つ人」に共有してください。
ココヘリへの通報がきっかけで、ココヘリが警察と連携して捜索・救助活動を行うケースもあります。
公共交通機関を利用する場合、あらかじめ復路の特急・新幹線・航空機などの指定席を予約していれば、乗車時刻や便名を記載しておきましょう。本人からの下山連絡がない場合、その便に乗ったか否かも有効な手がかりとなります。
マイカーの場合はナンバーを記載しておくことがおすすめ。登山口に車が停めっぱなしであれば、警察はまだ下山していないと判断し、すみやかに捜索・救助ができます。
お気に入りのウェアやザックなど、登山当日に身に付けるアイテムの色や特徴を記入しておくことは、実はとても重要。家族にメールやLINEで送信された山頂での記念写真から、遭難者のウェアの色が手がかりになり、捜索・救助活動が行われたケースも実際にあります。
登山計画書(登山届)の提出は、全国の自治体が呼びかけていますが、下山届はごく一部の地域でしか導入されていません。
遭難者本人が意識を失っていたり携帯電話の圏外の場所から動けない場合には、下山の知らせがないことを心配した家族など「待つ人」の通報がない限り、捜索・救助活動はいつまでたっても開始されないのです。ではどのように「待つ人」とコミュニケーションすれば良いでしょうか。
YAMAPアプリで作成した登山計画書を提出すると、緊急連絡先に指定した人にメールで共有されることは前述の通り。
加えてその「待つ人」には、YAMAPのみまもり機能も活用してもらいましょう。登山中の自分の位置情報を一定間隔で知らせてくれるだけでなく、YAMAPアプリの活動終了ボタンを押すと、下山時にもメールが届くシステムです。
もちろん「待つ人」自身にも日常生活があるので、みまもり機能で位置情報をひっきりなしに確認させる訳にはいきません。また予定ルートから外れたエスケープルートを下山している時や、下山時のメールがない時は、特に心配になるもの。
コースを変更する際や下山した際には、電波がつながる場所でなるべく早く、電話、LINE、メールなどの“自分の言葉”で連絡するようにしましょう。
「何時と何時には位置情報やメールを確認してほしい」
「何時までに下山の連絡がなければ警察へ通報してほしい」
これらの約束を決めておくことが、スピーディーな救助の要請にも大切です。
捜索・救助活動に利用されるだけでなく、自分の登山をより安全で確実なものにしたり、大切な家族を安心させることにもつながる登山計画書の作成。冒頭に述べた通り、楽しく安全な登山が実現できるかは、きちんとした登山計画づくりが鍵を握るといっても過言ではありません。机上登山とも呼ばれるこの過程を、楽しみながら実践してみてください。
執筆・素材協力:鷲尾 太輔(登山ガイド)
トップ画像撮影:YAMAP MAGAZINE 編集部
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