YAMAPユーザーが「私」視点で見つける、熊野古道と自分の絆|熊野リボーンプロジェクト2023 前編

世界に知られる巡礼の地、熊野。その玄関口である和歌山県田辺市は都市圏からちょっとアクセスしにくい場所にあります。「熊野REBORN PROJECT」は、田辺市と熊野古道を舞台にYAMAPユーザーが「主体性のある絆」を作り、新しい価値を生み出そうという地方創生プロジェクト。

レポート前編では第4期に選抜されたメンバーがキックオフイベントで顔合わせ、そして舞台を移してフィールドワークへ。メンターの大内征さんなど案内人の導きのもとで田辺市や熊野古道、今回のミッションについて理解を深める旅に出ます。

熊野リボーンプロジェクト2023|後編

2023.10.24

石塚 和人

ライター・編集者

INDEX

「熊野古道」とは?

「熊野古道」と聞いて、何が思い浮かびますか? うっそうと茂った森の木々に囲まれた、細くうねった林道? それとも苔むした石畳がある道? 具体的なイメージは湧かず、「クマノコドウ? なにそれ?」という方もいるでしょう。何を隠そう、昨年このプロジェクトに参加するまでは、このレポートを書いている僕自身もその一人でした。

熊野古道とは、遥か昔からある巡礼の道。古来から本宮・新宮・那智の熊野三山の信仰が高まり、貴族から庶民にいたるまで列をなして巡礼に訪れていました。その様子は「蟻の熊野詣」とたとえられるほど。

熊野古道にはいくつかのルートがあります。京都から大阪・和歌山を経て田辺に至る紀伊路(きいじ)、そして田辺から山中に分け入り熊野本宮を経て那智・新宮へ向かう「中辺路(なかへち)」など。中辺路の玄関口にあたるのが、今回の舞台となる和歌山県田辺市です。

「熊野REBORN PROJECT」について

2004年7月、熊野古道は「巡礼」という文化的特異性が世界に認められて「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界文化遺産に登録されました。ここで重要なのは、熊野の文化的価値は「紀伊山地の霊場と参詣道」、つまり参詣などの自然と人間の営みを含んだ環境にあるということ。誰かが熊野を訪れ、持続的に関わり続けることで価値が保たれるというところが最重要ポイントなのです。

一方、人口減少が続く日本では、関わる人は地域住民だけではちょっと足りません。国や地域を越え、多様な人が熊野を訪れ、第二の故郷のように長く関わる「関係人口」という考え方があります。

熊野の価値を未来に残すために、田辺市の真砂 充敏(まなご・みつとし)市長を筆頭にしたたなべ営業室とYAMAPが連携して実施している、ユーザー参加型の関係人口創出事業が「熊野REBORN PROJECT(以下、リボーンプロジェクト)」です。

第4期のテーマは「中辺路と大斎原の景観」

2020年から始まったリボーンプロジェクトは、これまで田辺市が抱える課題から毎年テーマを絞って開催してきました。第4期となる今回のテーマは、ずばり「中辺路(なかへち)と大斎原(おおゆのはら)の景観」です。

「中辺路」は紀伊田辺から本宮大社をつなぐ道であり、後鳥羽院・藤原定家・和泉式部も歩いたとされる世界文化遺産の参詣路。大部分の行程は険しい山道で、貴族や修験者がこの道を参拝するのは命懸けでした。途中には参詣の無事を祈る「王子」とよばれる神社が点在し、「九十九王子(くじゅうくおうじ)」と呼ばれています。

「大斎原」は熊野川・音無川・岩田川の合流点にある中洲で、かつて熊野本宮大社があった場所。現在の本宮大社は、明治の大水害後の移設により、高台に移設されています。

さて、なぜこの2つが今回のテーマになったのでしょうか?

答えは、キックオフイベントの紹介を兼ねてリボーンプロジェクト案内人に語ってもらうことにします。

キックオフ:第4期リボーンプロジェクト始動! 案内人たちからのメッセージ

リボーンプロジェクトは、田辺市に住まう人々「たなべびと」を中心に、それをとりまく関係人口の皆さんに支えられています。本プロジェクトの案内人たちもまさにそのうちの一人。オンライン開催のキックオフイベントでは、熊野や本プロジェクトに込める想いをそれぞれにお伝えいただきました。

大内 征(低山トラベラー・山旅文筆家)

リボーンプロジェクト第1期からメンターを務め続け、熊野古道を歩く際には先達を一手に引き受ける大内征(おおうち・せい)さん。山にまつわる文化や風土に関する造詣と、民族学や神話に関する知識に定評があり、訪れた場所で即座に土地の文脈を引き出す術はオンリーワン。

大内さんは、第4期でもリボーンプロジェクトのメンターとしてキックオフイベントからフィールドワーク、最終発表まで全体の取りまとめを担います。

大内さん:第4期のフィールドワーク前半では、熊野古道・中辺路40kmのうち、約1/3を歩きます。テーマは「行程をしっかりと歩き、自分の目と脚で熊野古道を体感すること」。それなりに体力が必要ですが、行程に必要な準備を考えるのも「自分ごと化」の一つ。試行錯誤しながら、熊野への理解と準備を進めてほしいです。

熊野古道・中辺路約40kmの行程図。フィールドワークでは滝尻王子〜高原、発心門王子〜湯峯王子の区間、全体の約1/3を2日間に分けて歩く。

「垢離(こり)」という要素も、リボーンプロジェクトの重要な要素。垢離は「川降り」が変化した仏教用語で、神仏に祈る際に身心の罪穢(つみけがれ)を除き清めるための行為です。

大内さん:実はこの田辺の地にはいろんな垢離があります。扇ヶ浜での潮垢離に始まり、味光路での酒垢離、日本最古の温泉である湯の峰温泉での湯垢離など…。フィールドワークエリアのあちこちにある垢離を体験して、ぜひ自分なりの『垢離』を見つけてほしい。

リボーンプロジェクトには正解はありません。このプロジェクトをきっかけにした行動は、地域課題解決ではなく超個人的な「考動」を歓迎したい。地域課題に対するコンサル的な提案ではなく、その人らしい関わりを期待しています。

金 哲弘(山里舎代表)

大斎原(おおゆのはら)で、企業向けの水田シェア事業やチームビルディング研修、ゲストハウス「シタノイエ」の運営等、複数の事業を展開する「てっちゃん」こと金哲弘(キム・チョルホン)さん。大阪・和歌山での教員時代に耕作従事者の高齢化・働き手の減少を知り奮起、現在に至る。

金さんには、第4期のテーマである「大斎原の景観」を守る担い手として、フィールドワークの中で景観を支える田んぼを維持する体験を指導してもらいます。

金さん:フィールドワークの中では、田んぼの雑草取りをお願いしたいと思っています。雑草取りは地味だけど、稲を育てる上で大事な作業です。中辺路を歩ききった後で目にする、青々とした水田に囲まれてそびえ立つ大鳥居は格別です。その美しく感動的な景観を守るためにも、ぜひ協力してほしい。熊野で新しい自分を発見して、この場所を第二の故郷と思ってくれたら嬉しいです。

たなべ営業室のみなさん

田辺市での現地フィールドワークを強力にバックアップしてくれるのが、真砂市長を筆頭とするたなべ営業室の皆さん。彼らの綿密な事前調整とアテンドによって、リボーンプロジェクトは支えられています。

左から、たなべ営業室の狼谷さん、入口さん、上舎さん

同じくたなべ営業室の馬場さん

11人の主人公、リボーンプロジェクト第4期メンバーたち

山好き、旅好き、という共通点がありながらも、なぜか毎回本当に幅広い属性の参加者が集まるのが、本プロジェクトの特徴。第4期の面々はいったいどんなバックボーンを持っているのか? YAMAPユーザーの中から選ばれた、11人の主人公たちを紹介します。

令和の巡礼者|岸本 真一(きしもと・しんいち) 大陸からの聖地研究者|劉 逸飛 (りゅう・いつひ) 50カ国を旅したベテランマーケター|広田 まき(ひろた・まき)
熊野との出会いは10年前の観光にて。近頃「西国三十三観音巡り」にハマり、去年はその巡礼の旅立ちの地として、大辺路経由のルートを訪れたそう。現在はフリーターをしながら神社仏閣巡礼生活を満喫中。 筑波大学のドクター1年目。和歌山大学観光研究科に在籍時には「熊野古道における中国人観光客の行動」について研究していた。現在も聖地巡礼や熊野古道をテーマに研究中。熊野古道を歩くのは今回が初めて。 マーケティング歴ウン十年。課題の整理や意見の構造化が得意。50カ国を旅した知見を合わせて、いろんなアイデアが出せそう。「熊野で新しい価値を見つけるのもいいが、既にある価値をどんな形で伝えられるかを考えたい」と語る。
晴耕雨読の古代文字書家|小川 尚志(おがわ・たかし) 地域の光を観るツーリズム研究者|田中 太(たなか・ふとし) 旅以上住民未満の体感系ワーケター|宇佐美 かおり(うさみ・かおり)
最近、東京から奈良県の古民家に移住。旅やグルメ、まちおこしの事業に関わっていた経歴を持つ。宗像大社を訪れたのを機に原始宗教の魅力にとりつかれ、今回の企画にも応募。3,000年前の古代文字をモチーフにする書家でもある。 出身は関西、ものづくりメーカーの企画、経営に携わる仕事で長く台湾・韓国に滞在していた。退職後は和歌山に移住し、和歌山大学の修士前期過程で観光を勉強中。今後の研究テーマを田辺市にしようと考えている。田辺市に関わることで日本全体を再認識してみたい、という理由で参加。 千葉の求人サイト運営企業に所属。最近はワーケーションで地域を訪れ、好きな場所を増やしている。今年GWに近畿で山登りをした帰りにGoogleマップで熊野本宮大社を偶然見つけ立ち寄ることに。そこで初めて熊野古道をリアルに感じ、「熊野古道に呼ばれた気がして」今回の企画に応募。
山と自然と美食を求めるロードバイク女子|山口 まゆ(やまぐち・まゆ) 山野を駆ける人事労務コンサルタント|露本 一夫(つゆもと・かずお) ITで地域を盛り上げるソフトウェアエンジニア|梅原 康暢(うめはら・やすのぶ)
国際物流企業にて勤務。約5年の台湾滞在中にロードバイクに出会い、昨年大阪に戻ってからも趣味として続けている。自転車を通して和歌山が好きになり、自分の足で日本人の「魂の在処」とも言われる熊野古道を歩いてみたいと思ったのが応募のきっかけ。 京都在住。関西を中心に社労士として活躍しながら、観光産業に関わっている。地方創生を自分ごととしてチャレンジしてみたいという動機から参加。コロナ禍で登山を始め、立山や槍ヶ岳などの登山実績もあり。「同じ方向を目指すメンバーと生涯活動できるコミュニティができることが楽しみでなりません」と仲間作りにも積極的。 電気機器メーカーを退職し、現在はフリーでAIやITを使ったサービス支援で地方の活性化へ貢献している。約10年前に熊野古道伊勢路を歩くサークルに参加、伊勢路や中辺路の一部しか歩けなかったことが心残りで「またいつか熊野古道を歩きたい」と本プロジェクトに応募。今ハマっているのは、東海自然歩道を歩くこと。
人と地域を発信する日常クリエイター|久保田 真理(くぼた・まり) 人と人とを繋ぐキャリアコンサルタントの卵|芳森 由香里(よしもり・ゆかり)
東京在住ながら、ライターとして田辺市に何度も取材に通ううちにそこに暮らす人々に魅せられた。趣味は低山登山、トレラン。自身で会社を設立しており、田辺市と趣味を掛け合わせて、山に関する事業を立ち上げるきっかけづくりのために参加。 東京在住、旅行会社勤務。旅好きで、「日本の魅力を発見して、いろんな人に伝えること」に興味がある。熊野には以前から興味があったがなかなか行く機会がなく、今回のプロジェクトには満を辞して応募。いつか熊野古道を着物で歩くことが夢。

フィールドワーク1日目:潮垢離から始まる熊野古道

キックオフから約3週間後、メンバーが集まったのは、JR西日本紀勢本線・紀伊田辺駅前のtanabe en+(タナベエンプラス)。ここから3日間のフィールドワークが「まち歩き」と「潮垢離(しおごり)」から始まる理由を予習すべく、オリエンテーションが開催されました。

tanabe en+外観(tanabe en+公式サイトより引用)

田辺市熊野ツーリズムビューローが2006年に発足して以来、熊野古道を盛り上げ続けてきた、多田 稔子(ただ・のりこ)会長。オリエンテーションでは「3つのR(Responsible,Respect,Reality)をテーマに、地域をリスペクトしてくれる旅の上級者を田辺に呼び込み、世の中の変化に対応していきたい」と、堅い決意を表明。

多田さん:田辺市熊野ツーリズムビューローは、民間の強みを生かし、世界文化遺産登録時から田辺市と連携して観光のレベルアップを図ってきました。コロナ禍を乗り越え、観光業の来訪者数も売上もV字回復している現在、中間支援組織として個人と地域をつなぎ、熊野を世界に開いた上質な観光地にしていきたいです。

田辺市熊野ツーリズムビューローは田辺市内の観光協会を構成団体として設立された官民共同の観光プロモーション団体。一過性のPRではなく、持続可能な観光を目指して熊野古道での受入側の環境整備や適切な情報発信に取り組む。

今、田辺市が力を入れているのは「潮垢離から始まる熊野古道巡り」。かつての巡礼者が熊野古道へ向かう前に海で身を清めた「潮垢離」を復活させて、田辺市の海辺から熊野古道歩きを始めることで、市街地への動線を創り立ち寄ってもらう構想。フィールドワークでも潮垢離体験を実施します。

熊野の玄関口、田辺市のまち歩き

オリエンテーションで田辺市の観光と課題について学んだ後は、いざまち歩きへ。多田会長のお話にもあった「市街地の熊野古道の意外な魅力」を堪能するため、市内の主要スポットをめぐります。

ここで、田辺市のまち歩きの達人たちが登場! 田辺市と京都の二拠点居住をしている芝ゆかりさん(右)、デザイナーの竹林陽子さん(左)とともに、市内をめぐります

2人の案内でまず向かった先は、闘鶏神社。ここは、2016年10月に世界文化遺産に追加された歴史ある神社。その名前は平家物語壇ノ浦合戦の際に、熊野水軍が平家と源氏どちらに加勢をするかを決めたという「鶏合せの故事」に由来します。

闘鶏神社の鳥居

その後、約200m四方のエリアに居酒屋、バー、スナックが200軒近く集まる和歌山県随一の飲食店街「味光路」や周辺の老舗商店街を散策。

石畳にも「味光路」の文字

「熊野古道」と聞くと、つい自然に囲まれた林道を想像しますが、実は市街地の中にも熊野古道はあります。

昔ながらの甘味処「辻の餅」にも立ち寄りながら、田辺祭りの舞台にもなる旧会津橋をゴールに、まち歩きは終了。猛暑の中でしたが、みな満足げでした。

まち歩きのゴール「旧会津橋」

扇ヶ浜での潮垢離

そして一行は海へ移動し、元島という3つの島からなる場所にある「元嶋神社」へ向かいます。弁財天を祀る神社にお参りした後、恒例の全員写真をパシャリ。

これから歩く熊野古道へ向けて士気を高める4期メンバー

ここから海岸沿いを散策しながら、扇状の形をしていることから名前がついた「扇ヶ浜」を目指します。扇ヶ浜は熊野古道歩きにとって重要な儀式である「潮垢離」の場です。

潮風に吹かれながら、海岸沿いを歩く

古来より「熊野詣で」では禊(みそぎ)をしながら巡礼するのが習わし。滝や川があるところで自分の身体や精神を祓い清める「水垢離(みずごり)」をしながら歩いていたそう。

中辺路を歩く巡礼者が、紀伊田辺から熊野古道に入るために海沿いで行った水垢離を「潮垢離」と呼びます。かつて潮垢離が行われていた場所は公園となっており、今でも参拝者が潮垢離をできるよう、田辺市が扇ヶ浜に潮垢離場を設置しています。

潮垢離の様子

扇ヶ浜の雄大な景色を眺めながら、潮垢離で身を清めるリボーン4期メンバー。いよいよ熊野古道へ足を踏み入れる準備が整いました。

「紀州備長炭」体験ワークショップ

もう一つ、田辺市を理解する上で大切な学びの時間が用意されていました。田辺市の伝統文化であり特産品である「紀州備長炭」について、炭焼き職人である堀辺明子(ほりべ・あきこ)さんのお話を聞きます。

紀州備長炭は、ウバメガシやカシの原木を材料とした硬くて良質な白炭のこと。安定した火力、遠赤外線効果などでよく知られています。

「炭焼き」という営みは里山の保全という役割もある。「ウバメガシの枝を選びながら切り出すことで、これから育つ幼木にも光が当たり、山の木の成長を促します。ウバメガシが根を張っている山は崩落しにくい」(堀部さん)

ウバメガシの原木(上)と、炭焼き後の紀州備長炭(下)

そして熊野古道に足を踏み入れる後編へ…

田辺の海の幸、山の幸を味わい、交流を深める4期メンバーたち

夜は、昼間のまち歩きでも歩いた飲食店街「味光路」での交流。これが田辺流の「酒垢離(さけごり)」で、熊野古道に挑む前の重要な儀式(?)の一つだそう。田辺名物の海の幸「もちがつお」や新鮮な肉刺しなどをたっぷりと味わい、初日の行程を振り返りました。

酒垢離をもって初日を終えた一行。レポート後編では、いよいよ市街地から熊野古道の山中に足を踏み入れます。11人の4期メンバーは熊野古道を歩く経験を通して、どのような「自分ならではの熊野との絆」を見つけるのでしょうか。

田辺市を舞台に紡がれる、11通りのオリジナルストーリー後編に乞うご期待。

文章:石塚 和人
写真:横田 裕市
協力:和歌山県田辺市

石塚 和人

ライター・編集者

石塚 和人

ライター・編集者

旅をすることで自分自身や風景を再生したいとの想いから、自然に寄り添うフィールドワークを続けながら旅や地域に関する記事を執筆。神奈川と長野で二拠点居住中。