登山中の写真撮影において、ズームレンズと単焦点レンズのどちらがよいのか迷う方は少なくありません。それぞれに特有の長所と短所があり、選択は悩ましいものです。
今回は国際コンテストなどで数々の受賞歴のあるプロ風景写真家・横田裕市さんに、晩秋の奥多摩・御岳山~大岳山を実際に歩いて撮影しながら、両者の魅力を比較いただきました。
それぞれのレンズの特徴やその使い分けの考え方などについて、現地での美しい写真を見ながら横田さんから学んでいきましょう。
2025.03.07
横田 裕市
風景写真家
300mm f7.1 1/320s ISO500 / Model A074 28-300mm F/4-7.1 Di III VC VXD
晩秋の早朝、澄み渡る空気を感じながら東京都の御岳山から大岳山までの登山道を歩き、タムロン製の3本のレンズで撮影を楽しみました。行く先々の自然を写真に収めながら、それぞれのレンズが持つ魅力をじっくり体感する登山となりました。
今回使用したのは以下の3本のタムロンレンズ(SONY Eマウント製)です。タムロン製品をはじめとして、近年のレンズ性能の向上には目を見張るものがあります。
● Model F053 35mm F/2.8 Di III OSD M1:2 (以下、35mm単焦点)
● Model F072 90mm F/2.8 Di III MACRO VXD (以下、90mmマクロ)
● Model A074 28-300mm F/4-7.1 Di III VC VXD (以下、28-300mmズーム)
左から35mm、90mm、28-300mm
また、これらのレンズはGOOPASSのレンタルサービスを利用して準備しました。手続きが簡単で、初心者でも気軽に利用できる点が特に魅力です。
単焦点レンズで撮影(35mm f8.0 1/320s ISO160)
登山写真では、装備を軽くしたい気持ちと、多様な撮影シーンに対応したい願いとの間で葛藤することが少なくありません。レンズ選びは、そのバランスを決定する重要なポイントです。ここでは、ズームレンズと単焦点レンズの特徴を詳しく見てみましょう。
ズームレンズで撮影(300mm f7.1 1/125s ISO1000)
長所
● 焦点距離を自在に調整でき、構図のバリエーションが豊富。
● 広角から望遠まで、1本でさまざまなシーンに対応可能。荷物を減らせる。
● 登山中の突発的なシャッターチャンスにも柔軟に対応可能。
短所
● 単焦点レンズよりも一般的にF値が大きく、ボケ味が弱い。
● 画質や解像度で単焦点レンズに劣る場合がある。(近年、画質はかなり向上しています)
● サイズが大きく、重量が増す傾向がある。
単焦点レンズで撮影(35mm f2.8 1/1000s ISO1600)
長所
● 明るい開放値と美しいボケ味、立体感のある描写が得意。
● 高画質・高解像度で鮮明な写真が撮れる。
● 軽量でコンパクトなモデルが多く、持ち運びやすい。
短所
● 焦点距離が固定のため、構図変更には撮影者が移動する必要がある。
● 撮影シーンが限定される。
● 高性能なものほど重量やサイズが増す場合がある。
渓流で近寄れない被写体も、ズームを用い自分の撮りたい構図で撮影できる(210mm f7.1 1/200s ISO1600)
このレンズは、登山中の多様なシーンを1本で網羅できる万能選手。紅葉の木々から遠景の山々、そして野鳥などの野生動物まで幅広く撮影できます。必要十分な描写力で広角と望遠、両方の作品表現を目指す方におすすめです。この性能で重量610gは素晴らしい。
登山道では、近景から遠景までさまざまな被写体に出会います。ズームレンズであれば、気になった被写体を見つけたらその場で焦点距離を調整し、最適な構図で撮影できます。
大岳山の山頂からは、奥多摩の山々が一望できます。このレンズは広角から望遠までカバーできるので、雄大な景色を余すことなく一枚の写真に収めることができました。
大岳山山頂から撮る富士山(105mm f9.0 1/1000s ISO100)
ズームでより富士山にフォーカス(300mm f9.0 1/1000s ISO100)
28mm f4.0 1/400s ISO800
300mm f7.1 1/125s ISO1000
林道の奥に見えた日の当たる被写体にも、トリミングせずとも意図した構図で撮影できる(300mm f7.1 1/200s ISO400)
下山中、遠方に見えたスカイツリーと街並みもしっかり描写。超望遠でないと撮れない景色(300mm f9.0 1/1000s ISO100)
自分の見たままの視点を伝えるのに最適な35mmの画角(35mm f3.5 1/400s ISO400)
軽量コンパクトな210gで描写力も高く、まさに登山に最適な単焦点レンズ。
自然な画角を持つ35mmレンズは、人間の視点に近い感覚で風景を切り取るスナップ撮影に最適です。木漏れ日が差し込む山道をはじめ、行く先々で出合った景色を撮影しました。その結果、現地の空気感をそのまま写真に写し取ることができました。
晩秋の木々や葉も、背景を美しくぼかし主題を際立たせることができます。単焦点レンズならではのボケ味が、写真に独特の奥行きを与えます。
35mm f2.8 1/200s ISO400
35mm f8.0 1/320s ISO160
35mm f2.8 1/160s ISO400
35mm f2.8 1/1000s ISO1600
35mm f3.5 1/3200s ISO250
前後のボケのにじみ具合が綺麗(35mm f8.0 1/320s ISO160)
霜の繊細な質感や土まで見事な描写力(90mm f2.8 1/640s ISO100)
90mmマクロレンズは、被写体にグッと近づいて撮影することができます。落葉の複雑な模様や、樹木の表皮のテクスチャー、霜柱の繊細なガラスのような質感など、肉眼では見逃してしまうような細部まで鮮明に捉えることができました。
中望遠の画角と背景ボケを活かした撮影は、より被写体を際立たせ芸術的に表現することができます。優れた描写性能と引き換えに630gと、今回の3本の中では最も重量のあるレンズのため、登山に携帯するには判断が悩ましい1本ではあります。ですが、この描写を知ると携帯したくなる名機です。
意識したことのなかった葉脈のディテールまで知る機会を与えてくれる (90mm f2.8 1/640s ISO100)
90mm f2.8 1/1250s ISO160
90mm f2.8 1/640s ISO100
90mm f2.8 1/1000s ISO1600
90mm f2.8 1/640s ISO400
中望遠を活かした遠景撮影も楽しめる(90mm f7.1 1/1250s ISO160)
90mm f2.8 1/1000s ISO1600
改めて、山行に携行したいレンズの携行パターンを3つに分けてまとめます。
1.単焦点レンズ
ズームレンズを用いた撮影は潔く諦めて、単焦点レンズでじっくり描写の美しい写真を撮りたい。そんな人は単焦点レンズでじっくり被写体と向き合いながら山を歩くとより楽しめます。
描写性能の恩恵もありますが、特に印象的でお気に入りの写真を多く残せるでしょう。
2.ズームレンズ
重量も抑えつつ、近景と遠景の両方を高画質に撮りたい。野鳥など野生動物も機を逃したくない。
そんな方は、ズームレンズで撮影する楽しさを存分に満喫しましょう。
ズームレンズの絵作りに不満を持ち始めたり、描写性能の違いを感じたいといった自身の経験や変化を感じたりしたら、その時点でステップアップしていくのがおすすめ。それから単焦点レンズに興味を持っていくのがよいでしょう。
3.単焦点レンズ+ズームレンズ
これは現在の私の構成なのですが、ズームレンズで遠近オールラウンダーかつ、単焦点レンズでしっかり被写体を撮りたい方におすすめです。総じて機材が重くなるため、登山写真の玄人、体力がある人向けです。私はカメラ2台、レンズ2〜3本を標準装備しています。
また、それぞれのパターンに加えて、お持ちのスマートフォンカメラの性能が良い場合は、ぜひそちらでもたくさん撮影しましょう。私の場合はGoogle Pixel 9 Pro XLがサブカメラとして大活躍しています。
以下は今回の登山で活躍した3つのレンズとその目的です。このように用途別にレンズを選んでみると撮影内容がより明確になり、集中して楽しめるでしょう。
● 広い範囲を高画質に撮影したいなら:28-300mmズームレンズ
● 自分の目線と自然な画角で登山風景を捉えたいなら:35mm単焦点レンズ
● 被写体の細部をより鮮明に表現したいなら:90mmマクロレンズ
90mm f7.1 1/1250s ISO160
今回の山行では、3本のレンズを使い分けることで、御岳山から大岳山への登山風景をさまざまな表情で写真に収めることができました。ズームレンズは、構図の自由度が高く、多様なシーンに対応できる点が魅力です。一方、単焦点レンズは、ボケ味や解像度の高さで、より印象的な写真を撮ることができます。
それぞれのレンズの特徴を理解し、自身が撮りたい撮影シーンに合わせて使い分けることで、登山写真をより楽しむことができます。ぜひ色々なレンズを試して、最適な撮影スタイルを見つけていきましょう。