蒸れ感をリセットできるレインウェア|ファイントラック・エバーブレスフォトン

天気予報を眺めては晴れの日を狙い、それでもやって来る雨に備える。そうした傾向の強い一般登山者と違い、敢えて雨の中の一瞬を狙って山に入ることもあるのが山岳カメラマン。今回は長年雨の山を歩き、いくつものレインウエアを使いこんできたカメラマン、宇佐美博之さんに、生まれ変わったファイントラックの大定番モデル「エバーブレスフォトン」を試着してもらいました。いったいどんな発見があったのでしょうか?

2025.06.05

麻生 弘毅

フリーランスライター

INDEX

リニューアルされたエバーブレスフォトンの機能とは?

レインウエアとして破格の伸縮性を誇る「異次元ストレッチ」をキーワードに、2012年にデビューしたエバーブレスフォトン

多雨多湿の日本の山岳環境に適した、最高レベルの防水透湿性能をもつオリジナル素材「エバーブレスメンブレン」を用い、表生地のたしかなストレッチ性、さらには軽量さを併せもつ画期的なレインウエアとして誕生しました。

当時、カッティングなどデザイン面の工夫で動きやすさを演出していたレインウエア界にあって、素材自体が伸縮するエバーブレスフォトンは、「動きやすいレインウエア」という矛盾を体現した意欲作として、瞬く間に登山者に知られるところになりました。

その後もフード形状を見直すなど着実な進化を果たしてきた同社の定番モデルがこの春、満を持してリニューアル。そんな4代目エバーブレスフォトンの注目ポイントが「フラップレス止水ファスナー」の採用です。


ファスナー単体で止水し、フラップをもたないレインウエアを…そんなアイデアが生まれたのは2018年のこと。

止水ファスナーは単体で使うと耐水圧が十分ではないため、フラップと呼ばれる当て布をファスナーの表か裏に施し、両者の合わせ技で浸水を防いでいます。ところがフラップはファスナーの開閉の際に噛んでしまいがちであり、また、生地が二重になることでウエアとしてのしなやかさが失われます。

そこでファイントラックでは、2018年からファスナーの世界的トップブランドであるYKK株式会社との協議を開始。2020年から本格的な開発に着手し、4年の歳月を費やしてようやく誕生した止水ファスナーこそが「AquaGuard® Tightened」(アクアガード® タイトゥンド)です。

ファイントラックの開発陣はコアなクライマー、沢ヤがそろっており、宿願だった「耐水圧の高い、フラップレスの止水ファスナー」の開発のため、試作品を使いこんではYKKに直接フィードバックしたそう。


このファスナーが高い耐水圧を誇る秘密は、左右のファスナーテープが押し合うことで圧力をかけ、面で密着できること。これにより、ファスナーの開閉にストレスがなく、動きやすさとシルエットの美しさを両立しています。

噛むことなく開閉し、漏水を許さない新開発のフラップレス止水ファスナー「AquaGuard® Tightened」

生まれ変わったエバーブレスフォトンを着用し、いざ、雨の山へ

「エバーブレスフォトン」の上下をまとい、宇佐美さんが向かったのは、神奈川県は丹沢の塔ノ岳(1,491m)。最大風速20mに迫る風。ときに10mmを超える雨が降るなか、標高差1,200mの大倉尾根を歩きはじめました。

このファスナーはフラップを噛む心配がないので開閉がとてもスムーズ。衣類内の蒸れを一気に解放するベンチレーション(リンクベント)を開けるときは、ファスナーと同時に逆の手で裾を掴むものですが、これは片手で簡単に操作できますね」

まずは前評判の高い止水ファスナーをチェックする宇佐美さん。あまり目立たないことですが、一日中レインウエアを着たままで歩く場合、ファスナーの開け閉めにストレスがないことは、とてもありがたい機能です。

「それに、この止水ファスナーのおかげか、これだけの量の雨を長時間浴びても、外側からの浸水はいっさい感じません」

やはりファイントラックがYKKと共同開発しただけあって、その性能にも太鼓判のようです。

少しずつ高度を上げながら、標高950mの堀山の家を越えると、傾斜がきつくなってゆきます。それでもエバーブレスフォトン・パンツはトレッキングパンツのような伸縮性で、突っ張ることなく自然な着心地。足捌きもスムーズです。

「僕のまわりにはこのパンツを愛用する人が多いのですが、その理由が納得できますね」

大雨で登山道が滝のように。エバーブレスフォトン・パンツは、こんな状況でもストレスを感じさせない

誰もいないと思われた大雨の大倉尾根。ところが、ウインドジャケットを着たトレイルランナーや、雨具を着用せず傘を差す、また、傘も雨具も使わずに歩荷する山小屋のスタッフが行き交います。

「あれってある意味、レインウエアの内部の蒸れよりも雨で濡れることを選んでいるんですよね。レインウエアを着用せずとも、動くことで生まれる発熱が外気の冷たさに勝っていれば耐えられる。その感覚ってよく分かります。とはいえ、やはり安全面を考えるとレインウエアの使用を勧めたいですね」

これだけの雨のなか、訪れる人などいないと思いきや、登山者やトレイルランナーでにぎわっていた大倉尾根。宇佐美さんは登山者の着用するレインウエアをチェック

暴風雨渦巻く稜線へ

レインウエアの防水透湿機能は、一定時間行動を続け、ウエア内が熱を持った状態でより実力が発揮される性質があります。しかし、運動量がさらに持続すると、透湿が追いつかずに蒸れを感じてしまう場合も。

ところが宇佐美さんはベンチレーションを開けずに涼しい顔。そしてなにかを確かめるように、ジャケットの裾をめくり、ウエアの内側を確認しています。

「このくらいの気温(取材当日20℃/登山口)だと雨具はすぐ脱ぎたくなるけど、バランスがいいんですかね、ウインドジャケットのようです」

標高1,300mの花立山荘をすぎると、周囲の木立の背が低くなってきました。それにともない、強い風を受けるように。それでも心動く対象を見つけた宇佐美さんは平然と三脚を立て、カメラを構えます。

風と雨はますます強くなり、フードを叩く雨は激しさを増してゆく。そんな状況でも三脚の前でじっとその時を待つ…これは、一般の登山者にはない状況です。

塔ノ岳山頂を過ぎて丹沢山へ。その途中で風雨がこれまで以上に強くなりました。歩きはじめて5時間ほど、宇佐美さんはなにかを確信した様子で「戻りましょうか」と笑いました。

撮影中、塔ノ岳山頂にある尊仏山荘でひと休み。そうしている間にもエバーブレスフォトンはたちまち乾いてゆく

山岳カメラマンが体感したエバーブレスフォトンの真価

晴れ間を選んで山に登る登山者には厳しい状況の中、鼻歌交じりで軽快に歩く

「エバーブレスフォトンを着ていちばん驚いたのは、リセット感がすごいということです」

山を下りた宇佐美さんは嬉しそうに口を開きました。

「防水透湿機能はウエア内の温度が上昇してから、より機能を発揮するものなので、外からの雨が侵入せずとも、どうしても蒸れが原因でレインウエアの裏地は濡れてしまうんです」

そして、ひとたび裏地が濡れてしまうと、レインウエアは内外から体に張り付く感覚が強くなり、ますます重く、冷たく湿ってゆく…。

「もちろん、エバーブレスフォトンも運動強度を上げたまま持続させることで、発汗による蒸れを感じる時間はあるんです」

だけどね。そう言葉に力をこめて続けます。

「そこで立ち止まって休憩し、体のほてりが収まると、レインウエアがリセットされる感覚がある。その状態になると裏地がほぼ濡れていないんです」

宇佐美さんが何度もウエアの裾をめくって確認していたのは、裏地の濡れ具合を確認するためでした。

今回の山行ではベースレイヤーに吸汗速乾性、通気性に優れるファイントラックのドラウトクアッドロングスリーブを、生じた汗を肌に寄せ付けないドライレイヤーベーシックノースリーブを着用。

つまりウエア内にこもった汗や熱気をベースレイヤーに吸収させ、ドライレイヤーによって汗冷えを起こさせず、さらにはエバーブレスフォトンの透湿性によって外へと排出している。ところが、レインウエアの裏地は汗がこもってもさらさらのまま…。

「ひとたび濡れた裏地は行動中はずっと湿ったままで、雨のテント泊縦走なんかだと永久に乾かないような印象ですが、このウエアは立ち止まることでリセットされたように裏地が乾燥している。厳密にいうと、少し冷たく感じるけれど、濡れてはいない。あれだけの雨風を一日中受けて歩いていると、不快感はどんどん蓄積されるはずなのに、なんだろう、着心地がそんなに変わらない…そこが不思議なんですよね」

ウエア内が蒸れていてもさらっとした裏地。その秘密は?

エバーブレスフォトンの生地を手に、その快適さの秘密を語る商品開発担当の相川創さんと(右)、生地開発担当の田中由希子さん

下山後、ファイントラックで商品企画を担当し、4代目となるエバーブレスフォトンの産みの親のひとりでもある相川創さんに、この疑問についてうかがうと、「じつはそこも今回のリニューアルの核心のひとつなんです!」と笑顔で教えてくれました。

「エバーブレスメンブレンをはじめとした多孔質膜(多くの微細な孔を持つ膜)の防水透湿素材は、裏地が濡れることで水の膜ができてしまい、透湿性が格段に下がってしまう。

そこで、ファイントラックではレインウエアの裏地に撥水加工を施してきたのですが、今回のリニューアルではその撥水加工を強化。そのため、透湿しきれなかった水滴も防水透湿メンブレンに到達せずに、レインウエアの裏面を転がり落ち、また、蒸発しやすくなるので、裏地はいつもさらりと乾いているんです」

宇佐美さんが不思議に思ったリセット感、その秘密はここにあったようです。

「さらには裏地に使う糸を太くすることで、皮脂汚れによる防水透湿膜の目詰まりを防ぎ、透湿性を長保ちさせているんです」

ちなみに、レインウエアの裏地の撥水加工は技術的にとても困難なのだとか。このように作り手の夢のようなアイデアを形にする優れた日本の繊維加工技術こそが、ファイントラックが国内生産にこだわる所以なのでしょう。

宇佐美さんの疑問を紐解くファイントラック制作陣の言葉を伝えると、山の写真家は、「そうでしたか」と笑顔を見せてくれました。そうして、こう続けます。山の天気が移り変わることはごく自然なことであり、そのときに感じられる表情は山の魅力の一部であると。

「だからこそ雨も山の一部であり、魅力を際立たせる存在ではあるのですが、憂鬱な感覚は拭えません」

そんな宇佐美さんはエバーブレスフォトン新作を体感し、安心感をもって撮影に臨めると感じたようです。

「個人的には山は天候が動くときがいちばん美しいと思うので、雨の状況で出かけることに積極的になれる。写真を撮りながら山を楽しむ、最高の相棒になるのかなと思いました」

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裏地だけでなく、表生地の撥水性、耐水圧の高さも特筆もの。快適さを示す透湿量は、より山での着用条件に近い条件で計測する「JIS L-1099 A-1法」で10000g/m2・24hrを誇る

ワンアクションで装着感を調節できる視認性のよいフード。「これだけ長時間フードをかぶっていると、細かいフィット感が気になるものですが、今回はそれを感じませんでした」

ジャケット重量300g(M)、パンツ重量235g(レギュラー丈)に抑えながらも、内部の蒸れを開放するリンクベント、靴を履いたまま着脱できるロングファスナーを採用するなど、ただでさえストレスの多い雨の登山現場での使いやすさを追求

 

試してくれた人:宇佐美博之さん(山岳カメラマン)

写真スタジオ勤務後、南アルプスの山小屋管理人として7年間にわたり勤める。その後、フリーランスのカメラマンとして山岳媒体を中心に活躍するとともに、ライフワークとして南アルプスをはじめとした国内外の山を訪ね歩き、写真作品制作を行なう。なかなかの雨男だという噂もちらほら…

原稿:麻生弘毅
写真・インプレッション:宇佐美博之
協力:ファイントラック

麻生 弘毅

フリーランスライター

麻生 弘毅

フリーランスライター

バックパッキングやカヤックによる長い長い旅にハマりがち。ロックと酒、焚き火が好き。著書に北極圏の泥酔紀行『マッケンジー彷徨』(枻出版社)がある