2026.03.05
ユーコンカワイ
アウトドアライター&グラフィックデザイナー
事情を知らない人がその武道場の前を通りかかったら、きっとこう思うだろう。
「中でどんな激しい武道の訓練が繰り広げられてるんだ……」と。
会場の中から聞こえてくるのは、怒号にも似た大声。
「バッキャローッ!!」
一度ではない。あちこちから、何度も、何人もの声が重なって聞こえてくる。時折大歓声が上がり、時折なぜか爆笑ありで、訳のわからぬカオス状態だ。
一体どんな武道大会が……。
だが、扉の向こうで繰り広げられていたのは、実は殴り合いでも、組手でもなく……ただの「かるた大会」だったのである。
なぜ、かるた大会がそんなスペクタクルな状況になっているのか?なぜ、新年早々、いい大人たちが畳の上で前のめりになって「バッキャロ〜!」と叫んでいるのか?
その謎を紐解くには、二ヶ月前まで遡ることになる。
11月中旬。この「バッキャロ〜!かるた」のイラスト制作依頼が来たとき、私はかなり忙しい時期で、一度は断ろうと思った。けれど、企画資料を読み進めるうちに、その考えは覆された。

人間の認知バイアスから生じる心理的障壁をどう突破するかという根源的な問いが本企画の起点となっている
このかるたの主人公は、とある山好き中年男だ。こいつがまあダメなやつで、わかりやすいほどの「うっかり」「油断」「まあ大丈夫だろう」というマインドのせいで、46枚分の失敗を繰り広げるのだ。散々痛い目に遭うたび、男は家族から愛情溢れる(?)厳しい叱責を受け、反省する。まさに「人の振り見て我が振り直せ」的な内容のかるただ。
事故が起きてから反省するのではなく、起きる前に、誰かの声で立ち止まらせる。しかし「登山届を出して!」「山を甘く見ないで!」などと大真面目に説いたところで、慢心した登山者は、ムーディ勝山のように右から左へと聞き流してしまう。そこで、このかるたを使って「安全は当たり前じゃない」という前提を、遊びの中で身体に入れてもらおう!という狙いがあったのだ。僕はこの思想と意義に、大いに共感した。
しかもである。
YAMAPから送られてきた、このダメ男と家族の設定が我が胸を打った。
・夫の山愛はすごいけど、どこか抜けてて、詰めが甘く体力もない。
・妻は山に興味がなくて冷めており、口が悪く、すぐキレる。
・一方でスマホを握って、親より現実を見ている子どもたち。
これ……我が家のことじゃないか……。
特に夫と妻の関係性があまりにも我が家すぎて、「このイラストに魂を込められるのは我しかおらぬ!」と思わず仕事を受けてしまったのである。
もちろん、ほぼ自分のことを描けばいいので、もう筆が走ること走ること。主人公が妻から冷ややかな目線を浴びせられてたり、胸ぐらを掴まれてる絵を描く時は、多分涙を流しながら描いていたように思う。
自分がモデルでもあるから複雑だが、このかるたの主人公の男(=僕)が本当にダメ野郎でよかった。きっといい反面教師になってくれるはずだ。

軽率な登山者(夫)に冷徹な私見を投げかける家族という構図。昭和的かもしれないが身に覚えのある登山者も多いかもしれない「家庭内での関係力学」を表現しようと努めた
2026年1月25日(日)東京・世田谷区。当日、現場の詳細はほとんど聞かされず、「ここに来て」とだけ言われて会場へ向かった。
正直、最初は会議室みたいなところでこぢんまりとやるんだろうなあと想像していたら、そこは畳敷きの立派な武道場だった。別の場所に来てしまったかと思ったが、畳の上にはかるたの拡大パネル、横断幕、そして結構な数のYAMAPスタッフが。まだ一回目の大会なのに、すでに「何かの名人戦か?」と思うほどの本格感だった。このかるたを通じて、なんとか安全登山に繋げていきたい──というYAMAPの本気度に、改めて凄みを感じたのである。

畳の上に整然と並べられたかるたが参加者を待つ。のちに叫びと笑いが飛び交う戦場と化すことを、この時はまだ知る由もなかった
やがて参加者が続々と集まってきた。中にはバックパックを背負い、今にも山を登り出しそうな人もいる。全力登山姿で「かるた」をやる大会。そんなもの、かつてあっただろうか。
40名近い参加者が、くじ引きで二人一組のペアになり、チームには「富士山」とか「北岳」といった名山の名が与えられた。親子、若者、年配者と参加者の幅も広い。
ペアになったらお互い自己紹介タイム。山好き同士は、名乗った後に「いつもどの辺の山登ってます?」と聞けば、だいたい話が弾んで5分後にはもう友達だ。これも山あるあるである。
そして募集時の投稿に「シークレットゲストが来る」と書いてあったんだが、この日は特別に、登山YouTubeチャンネル「やまくっく・やぎちゃん」のやぎちゃんと、Instagramで美しい写真と軽快な動画を通して山の魅力を発信しているケンスタさんの二人が駆けつけてくれていた。このビッグゲスト二人の存在が、場の空気をさらに和らげた。
シークレットゲストが僕だけじゃなくて本当によかった。家を出る前、「俺、シークレットゲストらしいぜ」と嫁に言ったら、「誰もお前のことなんて知らない。参加者が可哀想だから、シークレットのままじっとしとけ」とピシャリ。その時は思わず、涙目で「バッキャロ〜!」と叫びそうになったが、山も家庭も実力以上の暴挙に出ては命取り。無謀なリスクは負わないようにぐっと堪えられたのも、このかるたのおかげ(?)である。

畳に散らばったかるた。内容も当日までシークレットだった
ルールの説明を受け、いよいよかるた大会がスタート。
読み手が「計画を〜立てるのダリィ?…バッキャロ〜!」と読み上げると、参加者は大量の札の中から頭文字の「け」を必死で探す。そして札を見つけたら「バッキャロ〜!」と叫んでパーンと札に手をつく。なんせ、「バッキャロ〜!」と叫ばないとダメなルールなのでみんな必死である。
そこらじゅうでバッキャロ〜!が飛び交い、会場はたちまち修羅の世界と化すが、直後に「ワーッ」という歓声と爆笑が巻き起こる。そして、読まれた内容とイラストを敵味方なくみんなで見せ合って「これわかる〜」「思い当たる節がめっちゃある!」と共有し合うのだ。

当初、かるた大会と聞いて、どこまで盛り上がるもんかと想像がついてなかったが、予想をはるかに超える熱狂空間だった。
また、読み手の技量が問われる場面もあり、「を」が頭文字の「を゙ぉまえ゙ぇぇぇ!みまもり設定しろぉお゙おぉおぉぉぉ!」を読んだ際、聞き間違えて「お」の札を取ってしまう人が続出(お手つきすると一回休みとなる)。だから読み手も気合を入れて、天龍源一郎のような声で「を゙」を表現して叫ばねばならないのだ。でも、それも2回戦ともなると、みんな「これは“を”のパターンだ!」と学習していて、徐々にレベルアップしていくのも面白い。
最初のうちは恥ずかしがって「ば……ばっきゃろぉ」と言っていた人も、後半になるほどに「バッキャロォォッーー!!」と絶叫していた。たちまち会場が「アウトレイジの撮影現場か?」と思うほどの迫力と熱気に包まれた。でもそこには常に笑顔があり、バイオレンスとは程遠い、ひたすらにピースフルな空間が広がっている。

2回戦までやると、かるたの内容もイラストと共に頭に入ってきて、自然と安全への意識が頭に染み付いているからまた面白い。確かに、こうして楽しく声を出して、仲間と共有しながらやると、勝手に頭に入るのだ。

上位2組で決勝戦。「大雪山 vs 谷川岳」。もうこの字面だけでかっこいい&シュール。実際には戦いようもない二つの名山による、壮絶な決勝戦が始まった。
谷川岳チームはやんわりとした雰囲気の女性二人組だが、1、2回戦と容赦ない強さで勝ち上がってきた。大雪山チームは、もはや“名人”のような落ち着き感のある人と、足を怪我しながらも痛みに耐えて参加した人の二人組。記念すべき第一回大会にふさわしい好カードだ。
決勝は不肖ながら僕が読み手を務めた。さすが決勝。僕が「無理し……」と読んだ時点で「バッキャロー!!」と声が上がり、パーン!と小気味よく札が飛ぶ。観客に回った他の参加者からも「おおー!」とか「速ええ〜」と感嘆の声が上がる。

その後も一進一退の攻防が続く。“魔の山”の異名をもつ谷川岳が連続で札を取れば、“北海道の天井”と謳われる大雪山がそこに立ち塞がって盛り返す。読み手の僕も、時折フェイクを入れる(場に存在しない札をフェイクで読みあげることができ、お手つきを誘発する)が、全く引っかからない両雄。
熱戦が終了した時には、両者のかるたの数はかなり拮抗していた。みんなで一枚ずつ数を読み上げていくと、勝者は・・・大雪山!(その差、わずか2枚!)記念すべき初代バッキャロ〜!かるた大会は、大雪山チームの優勝で幕を閉じたのである。

2度の予選で攻防も洗練され、甲乙つけがたいドラマが繰り広げられた
興奮冷めやらぬ中、両山の健闘を讃え、優勝・準優勝それぞれに景品が授与された。そしてもう一つ、この大会ならではの賞が授与された。それが「バッキャロ〜!賞」である。
これはかるたの強さとは別軸で、“最も良いバッキャロ〜!を発していた人”に贈られる賞。つまり、技術ではなく魂(ソウル)への賛辞である。
初代バッキャロ〜!賞に選ばれたのは、息子さんと参加していたお母さんと、学校の先生だという2名。お母さんは普段から「バッキャロ〜!」と言い慣れていたのか、はたまた日頃の何かが爆発してなのか、非常にキレの良いバッキャロ〜!だったようだ。先生の方もさすがのバッキャロ〜!で、選考担当のケンスタさんが、「学生時代に先生にバッキャロ〜!って言われた迫力を思い出して思わず選んでしまいました」と唸ったほど(でも実際はそんなこと言わない穏やかで優しい方でした!)。

「いつもと違う自分を表現できたか」は、もう一つの到達点かもしれない。リアルな場で堂々と「バッキャロ〜!」と叫んで褒め称えられることなど、そうそうないのだから
笑いあり、学びありの素晴らしいかるた大会だった。「バッキャロ〜!」と叫んでいるのに、最後に残るのは怒りでも歯痒さでもなく、爽やかなる“備えの感覚”だった。
安全は当たり前じゃない。山が好きな人ほど、「大丈夫」の根拠を、つい自分の経験に置きがちだ。
自然の近くで生きていると「命の保証はない」というヒリヒリした感覚がある。その感覚が薄れてできた一瞬の隙は、取り返しのつかない結果を生むことがある。
この「バッキャロ〜!かるた」は、そのことを説教くさくなく、むしろ笑いながら身体に入れてくれる。叫んで、探して、間違えて、一回休んで、学習して、また叫ぶ。その反復の中で、気づけば頭に残っている。
僕はイラストを描いた側として参加したが、会場でみんなが札を取り、見せ合い、笑い、うなずくのを見て「YAMAPの想いはちゃんと機能してる」と思った。安全は当たり前じゃない。だからこそ、当たり前になるまで、楽しく、繰り返すのだ。
最高にシュールで、最高にピースフルな大会。今後の展開についても「計画中に決まってんだろバッキャロ〜!(YAMAP)」とのことなので、ぜひ多くの人に体験してほしいと思った。

聞けばこの「バッキャロ〜!かるた」はまだプロトタイプ版だという。笑いと反復のなかに「備えの感覚」が自然に醸成される確かな手応えを感じた
余談だが、帰りに東京土産を買い忘れて、慌てて途中でうなぎパイを買って帰ったら、嫁から「浜松土産じゃねえか!忘れとったんだろ!バッキャローッ!!」と怒鳴られた。
その日、一番魂のこもった「バッキャロ〜!賞」だったことはいうまでもないのである。
無事に家に帰るって、全然簡単なことじゃない。
「知りたい」がすぐに叶う時代に、見えなくなりがちな「自然をめぐる、簡単に答えの出ない問い」について、みんなで考える機会をつくるプロジェクトです。
