関東周辺の人にとってはとても身近な存在ですが、奥多摩・奥武蔵の魅力には、ただ歩いているだけでは気づけない奥深さがあります。普段と少し目線をかえてみると、見慣れた山の新たな魅力に気づくはず。五感をフル活用して楽しむ「山歩きのポイント」を、奥多摩・奥秩父のおすすめコースとその背景にあるさまざまなトピックスとともにお届けします。ナビゲーターは、奥多摩・奥秩父を知り尽くした東京の低山マイスター、田畑伊織さん。第2回目は奥多摩三山として有名な大岳山を舞台に、岩やツツジにも着目する一味違った山歩きを紹介します。
2019.12.09
田畑 伊織
かもしかの会東京代表・奥多摩植物誌調査プロジェクト世話人
前回は奥秩父・奥多摩全域についての概論をお話ししましたが、今回は奥多摩エリアに絞って話を進めていこうと思います。
東京都西部にある奥多摩は、奥秩父をコンパクトにして東京の近くに持ってきたようなところ。いわば奥秩父のミニチュア版です。奥秩父と同じように森や水が豊かで、さらに「東京の森」ならではの特徴もあります。
ご紹介するのは、多くの人が訪れる人気の山なので、行ったことのある人も多いと思います。しかし、ちょっと視点を変えてみることで、違った楽しみ方ができるのでは? ということをテーマにお伝えしていきます。
大岳山は、私が育った東京多摩地区の平野部からも西の方向に見える、とても目立つ山です。東京都西多摩郡檜原村と奥多摩町の境界にあり、丸いところにちょこんととがったピークをもつところがキューピーの頭のように見えることから、地元では「キューピー山」という愛称で親しまれています。特徴的な形をしているため、江戸時代には東京湾に入ってくる船の目標として使われていたといいます。
多摩川の南岸にある大岳山、三頭山、御前山を「奥多摩三山」と呼びます。奥多摩を代表する山々で、一番東にある大岳山はその入り口の山です。
大岳山へはさまざまなアプローチがありますが、手前にある御岳山にケーブルカーを使って登れば、そこからは2時間くらい。大岳山を境に東は標高1000m以下で、これより西に進むと標高が上がり登りごたえのある山域に入っていくため、ここがまさに東京の奥座敷の入り口といえるでしょう。
御岳山の山頂付近には、三十数軒がひしめく山上集落があり、ここに関東一円から多くの参拝者を集める「武蔵御岳神社」があります。有名なオオカミ信仰の神社で、オオカミを神格化したと言われる「大口真神(おおくちまがみ)」を、お犬さまと呼んで守護神としています。
明治の時代までは奥多摩にもニホンオオカミが生息していたこともあり、奥秩父・奥多摩周辺はオオカミ信仰が根強い地域の一つです。牧畜がさかんなヨーロッパなどではオオカミは家畜を襲う悪者ですが、日本ではシカやイノシシなどの獣から畑や農作物を守ってくれるありがたい存在として、人とオオカミが信仰を通して結ばれてきた歴史があります。現在もこの地域では、大口真神のお札を、畑や家の玄関などに魔よけとして祀る様子がよく見られます。
大岳山の山頂直下には「大嶽(おおだけ)神社」の奥宮がまつられていますが、大嶽神社にも、御岳神社とは別のオオカミ信仰があります。奥宮は無人ですが、檜原村の白倉というところにある里宮では、神主が一枚一枚手刷りする大口真神のお札を受けることができます。印刷のお札とちがい、かすれやムラがあってとても味があります。
このように大岳山は、今も昔も里とのつながりの深い山。日常的に薪をとりに行くほど近くもなく、簡単に足を踏み込めないほど険しくもない、「里山以上、奥山未満」といった存在でしょう。
大岳山に向かう途中、御岳神社の奥の院あたりまで進むと、しだいにとがった岩のピークが多くみられるようになります。
以前にもお話しましたが、奥多摩エリアの山は、古い時代に海の底に積もった砂や泥などが持ち上がって、雨風に削られることでできたもの。そのため、現在ピークとして残っているのは、硬い岩が削り残された部分です。
大岳山のピークも、海の中にいた細かいプランクトンの殻が集まってできたもので、ガラス質でとても硬く、ゴツゴツと角ばっています。鉄とぶつかると火花が飛び散るほど硬いことから、火打石の材料にも使われていました。
山頂付近にはクサリや階段のある場所がありますが、それも岩のあるところ。岩が硬いから削り残されて急な高低差ができ、硬いからこそクサリや階段を設置できるということです。岩の断面に層が見られますが、こんなに硬い岩なのに長い年月を経て、岩を押し上げた力によるものか層は大きく歪んでいる様子が観察できます。
特に冬場は凍結による事故もある場所なので、十分気をつけて、硬い岩の感触を確かめながらゆっくり通行してください。
このあたりを歩いていると、いろいろな種類のツツジの仲間を見つけることができます。エリア全体で10種類以上が生息している、ここはツツジの宝庫でもあるのです。
ツツジは陽当たり・水はけの良いところが好きな植物。だからツツジのあるところには、たいてい岩があり、岩のすき間に根を張って、弾力のある枝がジグザグに生えています。
ツツジには毒性を持つものがあり、また近寄りにくい岩場に育つため、動物に食べられることが少なく、シカの多い地域でも比較的多くの花を見ることができます。
花が大きくて山でも見つけやすいので、探しながら歩いてみるのもいいでしょう。赤い花のイメージが強いかもしれませんが、5月中旬ごろは、愛子さまのお印にもなっている「シロヤシオ」の真っ白な花が見ごろを迎えます。一般的にはロート型の花を思い浮かべると思いますが、ドウダンツツジやアセビのように、ツボ型の小さな花を咲かせる種類もあります。奥多摩では、ツツジの仲間は早春3月から6月まで楽しむことができます。
山の地形やそこに育つ生物はいろいろですが、険しい山には険しいなりの理由があり、そこにはその環境に合った植物が育ち花を咲かせています。さらに、その地域の人の暮らしや文化にも影響している場合もあります。このあたりは岩が多いな、あそこにツツジが咲いているなということは山を登れば気づくことですが、それらを観察し、そのつながり・ひろがりを考えてみることで、今までとは違う視点から山を見て、もっと山を楽しむことができるのではないでしょうか?
急な登り下りも、ここはどうしてこんな地形になったんだろうと考えながら歩いたら、そしてその場所ならではの楽しみが見つけられたら、苦しさが半減するかもしれません。
大岳山はアクセスが便利で、手軽に1000mを超える登山が楽しめる山です。山頂直下のクサリ場のある岩場や山頂からの展望などの楽しみがあり、信仰や里とのつながりも感じられます。下山はいろいろなルートが考えられますが、北に向えば奥多摩町の海沢三滝(東京都指定名勝)に、南に向かえば大嶽神社の里宮がある桧原村白倉集落へ、西に向かえばクサリ場、はしごの鋸尾根を経て奥多摩駅に下りることができます。また、そのまま西に進んで奥多摩三山を縦走するなど、いくつもの縦走路をとることもできます。
そのなかから、今回は大岳山から東南に向かい、馬頭刈尾根を縦走するコースを選びました。歩き応えがあり、途中の富士見台からは富士山の眺望が楽しめます。富士山が大きく見えることもこの地域の特徴。北側から富士山を望むので、雪がついたきれいな姿が長く見られます。
まだ昔ながらの笹やぶの道が残っていて、笹をかき分けながら歩く[奥多摩クラシック]な雰囲気が味わえるのもいいところ。比較的エスケープルートも多く、岩尾根を降りていく途中に滝があって楽しみながら歩けます。最後まで歩き切れたら秋川渓谷の「瀬音の湯」で汗を流しましょう。直売所も充実したなかなかいい温泉です。
スタートとゴールの地点が違うので、このコースに行くなら公共交通機関を使うのが便利。行きはJR青梅線、帰りはJR五日市線を使って、新宿から1時間ほどの乗車時間です。
奥多摩に向かっていくと、街からまっすぐ走ってきた電車が、青梅あたりでなだらかな扇状地から山にすーっと吸い込まれていきます。山の上に御岳の集落が見えてくるころには、多摩川の渓谷に沿ってクネクネと曲がって進むようになり、もっと奥多摩のほうまで進むと、あたりはV字の谷になる。そういった地形がかもし出す雰囲気を味わいながら、山に向かうのも楽しいものです。
また、電車の中やJRの駅から登山口までのバスでは、地元の子どもたちの通学風景に出会うことがあります。御岳なら、朝は山上集落から通学の子どもたちを乗せて下ってきたバスに登山者が乗って折り返し、下山後に登山口から駅まで乗ったバスに、学校帰りの子どもたちが乗り込んでくる、そんな風景を見ると、ここがいかに里に近いエリアなのかを実感できます。
ちなみに、帰りのJR上り電車は、下山後温泉に入った後一杯やってきた登山者たちの宴会列車と化すことも。地元の「できた!?」呑兵衛たちの中には、宴会は最後尾の車両でという暗黙の流儀があるそうなので、遭遇したくないときは最後尾を避けることをおすすめします。
【※】 台風19号による被害の影響で、2019年12月9日現在、本記事で紹介している登山道のうち、現在以下が通行止めとなっています。お出かけになる際は、登山道情報を事前に確認してください。
・大岳〜海沢三滝方面(登山道の荒れが見られるほか、海沢林道が通行止めとなっています)
・馬頭刈尾根からの各エスケープルート(登山道の崩壊、荒れ、麓の林道通行止が見られるため、最後まで登りきる必要があります)
・馬頭刈尾根下部の「瀬音の湯」へのルート(温泉へ直接行くことは難しいため、少し奥の「軍道」バス停へ下山する方法がおすすめです)
御岳ビジターセンター登山道情報はこちらから
奥多摩ビジターセンター登山道情報はこちらから
取材・文:小川郁代
トップ画像:nyasunaさんの活動日記より