九州本土最高峰の中岳(1,791m)を擁し日本百名山にも選ばれている九重連山は、美しい湿原や温泉、春のミヤマキリシマに秋の紅葉と山の魅力がギュッと凝縮した九州屈指の登山スポットです。この山域を紹介してくれるのは、法華院温泉山荘での勤務経験があり今も九重に足繁く通うアウトドアショップスタッフの平野泰祐さん。今回は九重でまず登っておきたいおすすめの3ルートをご紹介します。
2020.01.23
平野 泰祐
アウトドアショップスタッフ
九州の地図の真ん中に阿蘇のカルデラを見つけたら、右上に視線を移してほしい。際立って山が群がっている所が九重連山だ。九重は標高1,700m以上の峰々が非常にコンパクトにまとまった山域で、主要な山は2日あれば周遊できる。しかしながら登山道は多岐にわたり、全方位に蜘蛛の巣状に広がっているため、そのすべてを歩いたことのある登山者はそう多くない。
地図中心にある大きなリングが阿蘇外輪山。九重連山はその右上に位置する
九重から阿蘇五岳を眺める。左から順に「根子岳」「高岳」「中岳」「烏帽子岳」「杵島岳」
大分県の南西部に位置する九重連山は古くは信仰の対象であり、南側の久住山猪鹿狼寺(くじゅうさんいからじ)と北側の九重山白水寺の2つの寺院を中心とした修験道が栄えていた。現代では九州本土最高峰の中岳(1,791m)を有する登山のメッカとなっている。
だが実は、九重南東部の竹田市側では、一昔前までは祖母山(1,756m)のほうが九州最高峰だと信じられていた。円錐形にシュッとそびえる祖母山の山容は凛々しく、対象的に九重の山域はどこから見ても丸っこく、とてもじゃないが高い山だとは想像しにくい。「たおやか」と表現されることが多いが、まさに九重は女性的な温かみや美しさを感じる山域である。
荒々しい表情の祖母山。九州内でも急峻な山として知られる
明治以降に正確な測量が行われるようになって、具体的な標高がわかりはじめるとガラッと山域の印象が変わったようだ。近代的な登山がはじまり、古く山寺として栄えた九重山白水寺法華院も登山者を迎える法華院温泉山荘へとスタイルが変化していった。また竹田市側が中心だった登山道も、鉄道を中心とした交通網の発達や、熊本から別府を結ぶ九州横断道路ができたことにより、長者原(ちょうじゃばる)や牧ノ戸峠など九重町側の登山道が発達することとなった。
法華院温泉山荘はぜひとも立ち寄りたい人気の山小屋だ
九重は四季折々、まったく違った表情を見せる。春はタデ原湿原や坊ガツル湿原で野焼きが行われ、一面が黒く染まる。ゴールデンウィーク後には、新緑の始まりと共にミヤマキリシマのピンク色が山肌を彩る。夏には緑の草原を爽やかな風が吹き抜け、秋にはドウダンツツジを中心とした紅葉が山の表情を一変させる。冬には雪と樹氷が白い世界を作り出し、豊かな山麓の温泉が登山者をもてなす。
九重連山を日帰りで楽しむのであれば、やはり主峰と呼ばれる「久住山(1786m、くじゅうさん)」に登ることだ。登山口、牧ノ戸峠はすでに標高1,300mを超える。駐車場に車を止めると、しばらくはセメントで舗装された登山道を登る。初めのピーク、沓掛山(くつかけやま)までは斜度のある登りが続く。そこを越えると緩やかな稜線コースだ。
雪化粧の久住山へ伸びる稜線
次第にアセビやノリウツギ、ドウダンツツジを中心とした木々は低くなり、阿蘇方面の広々とした展望が存分に味わえる。少し体力に余裕のある人はそのまま、九州本土最高峰の中岳まで足を伸ばすのもよい。冬に寒波が続くと中岳と天狗ヶ城の麓に広がる火口湖「御池(みいけ)」は一面凍結し天然のスケートリンクに変わる。この時期だけの風物詩で、ソリや手綱を持ち込み、池の上を滑って楽しむ登山者も多い。
厳冬期の凍結した御池は、九州ではなかなか見られない風景
次にオススメなのは長者原登山口から登る、三俣山麓周遊コースだ。と言っても三俣山には登らずにその山裾をぐるっと一周するようなハイキングコース。ピークには一切登らないため、体力に自身がない人でも十分に九重を楽しめる。長者原登山口から入山し、秋にはススキが美しいタデ原湿原の木道を過ぎて、雨ヶ池越方面へ。ここからしばらくは樹林帯が続く。
木漏れ日と木々の緑が美しい樹林帯は野鳥などの生き物も多く住む
植生も豊かで、風が弱いときにはキツツキが木をつつく音が静かな森に響き渡る。雨ヶ池越を過ぎてしばらく歩くと山々に囲まれた盆地、坊がつる湿原へ。九州では数少ない山中のテン場であり、ハイシーズンには色とりどりのテントが立ち並ぶ。広々とした草原の上でとっておきの昼食を食べるもいいだろう。また、近くにある九州唯一の営業小屋「法華院温泉山荘」では九州最高地の温泉を楽しむこともできる。
爽やかな風が吹き抜ける初夏の坊ガツル湿原
帰りは山荘の裏手にある斜面を登り、スガモリ越から長者原に下ろう。途中の北千里ヶ浜では硫黄山が空高く噴煙を吐き出す様子を間近に見ることができる。ゴツゴツした山肌と草木の生えない大地は、まるでどこかの惑星に来ているような独特の風景だ。
北千里ヶ浜に近づくと周辺の様子がガラリと変わり、荒涼とした風景が広がる
手っ取り早くピークを目指すのであれば、「三俣山登頂コース」がおすすめだ。3つの山頂が連なったような山容をしている。
登山道から三俣山を望む。シャッターを構えるとちょうど雲が上がってきてしまった
同じく長者原登山口からスガモリ越のコースで目指すことができる。コースタイムを短縮したいのであれば長者原登山口と牧の戸登山口の中間に位置する大曲登山口からもアクセスが可能だが駐車台数が8台ほどで少なく、バスの停留所も無いので注意が必要だ。
スガモリ越からはじめに登るピークが西峰。その後アップダウンを繰り返し、最高所の本峰。最後に最も坊ガツル側に位置する南峰と連なっている。本峰や南峰からアクセスできるバリエーションルートの北峰の下には大鍋や小鍋と呼ばれる火口跡があり、秋にはドウダンツツジの紅葉であたり一面が赤く染まる。近年ではミヤマキリシマの状況も良く、春には本峰周辺の斜面を彩る大群落を見ることができる。
例年5月末〜6月上旬にかけてミヤマキリシマが見頃を迎える。山を染め上げるピンクの絨毯は必見
紅葉に染まる山肌。ミヤマキリシマのピンク、夏草の緑、紅葉の赤、雪の白。九重の彩りは季節によってめくるめく変化する
ここで紹介した以外でも玄人好みで歴史ある竹田市久住高原側の登山道や、男池の湧水にソババッケ周辺の原生林。長者原から反対側にそびえる「泉水山」や、放牧地帯を歩く「涌蓋山」など、とにかく見どころがたくさんあるのが九重連山の特徴だ。季節や体力に合わせ、いろいろな九重を堪能してほしい。