山でのケガや不調に備え持参する、登山のファーストエイド キット(救急セット)。どんなアイテムを揃えればいいのか、中身に迷う人は多いはず。スイスでの日本人向けトレッキングガイド経験を持ち、現在は信州案内人を務める登山ガイドの石川高明さんに、ファーストエイドキットの基本セットと使用頻度の高い救急アイテム、山のケガ・不調への対処法を聞きました。
2020.06.27
石川 高明
信州登山案内人・登山ガイド
「登山のファーストエイド」について話す前に、簡単に自己紹介をさせていただきます。
私は30代の頃に約3年間、西回りに世界一周登山の旅をしていました。途中、ネパールのカトマンズに1年間、スイスのツェルマット(マッターホルンの麓)に2年間住み、スイスでは現地旅行会社で主に日本人向けのトレッキングガイドを経験しました。
現在は八ヶ岳の麓、標高1,200mの森の中に住み、信州登山案内人として活動しています。
登山のファーストエイドについても、世界の山々を旅し、現在も日本で登山ガイドを生業としている私だからこそ話せることがあると思います。ファーストエイドの基本からちょっとしたコツ、私自身が気をつけていることまで、これから隈なくお伝えします。
登山におけるファーストエイド装備というのは、絶対コレというものはありません。特に日本の場合は、法律によって市販のファーストエイドキットに飲み薬を含めて販売することができませんので、薬類は自分で買い足します。ただし、ご家庭で使っている救急箱の中身を全て山に持って行こうとすると、とても大きくなってしまいます。ある程度アウトドアで起こりうる怪我などを想定し、ピックアップする必要が出てきます。
こちらの写真は、私が普段山に持って行っているファーストエイドキットになります。今までの経験から取捨選択したものが入っています。皆さんもこちらを参考にして、自分流にアレンジしてファーストエイドキットを揃えてみて下さい。
続いて10年以上ガイドをしている私の経験で、使用頻度の高いファーストエイドアイテムをご紹介していきましょう。
ご存知、切り傷擦り傷に対応した絆創膏です。皆さんも最初に思い浮かべるアイテムじゃないかと思いますが、山で使う上でのポイントを2点述べておきましょう。
まずはファーストエイドバッグ以外に、例えば財布や私はメモ帳にも絆創膏を何枚か挟んでおくということです。絆創膏は使用頻度が高いだけに、ファーストエイドバッグをいちいち出して処置するのは手間です。1〜2枚でいいので、すぐ取り出せるポーチなどに絆創膏を忍ばせておきましょう。
もう1点は、傷口を洗い流す水を用意することです。アウトドアでの怪我の場合、傷口が土などで汚れている場合もあります。私はすぐ取り出せる外付けポーチなどに、ペットボトルのキャップにいくつか穴を開けたものを一つ入れています。これをミネラルウォーターが入ったボトルに装着して、水をシャワー状にして傷口を洗い流します。その後、カットバンで処置します。
ファーストエイドで目薬は意外に思われるかもしれません。しかし、アウトドアでは紫外線がいっぱい降り注いでいます。
学生の頃、真夏の快晴時に剣沢雪渓を登っていて、ひどい雪目になってしまいました。普段はメガネをしていたのですが、汗が滴って煩わしかったので、外して裸眼で登ってしまったのです。
驚いたのは、その晩テント場に着いてから。はじめは目がゴロゴロする程度だったのですが、次第にひどい頭痛となり、その晩は全く眠れませんでした。翌日は下山日だったので、フラフラしながら帰宅し、眼科に駆け込むことになりました。
それ以来、晴天時にはサングラスを外しませんし、目薬の点眼も欠かさないようになりました。
ダントツで出番が多いのがテーピングテープです。捻った、打った、挫いたなどいろいろな状況がありますが、登山中ですと応急処置をした上で自分で歩いて下山しないとなりません。
テーピングは貼り方など慣れが必要です。また、テーピングの種類も足用や腕用、指用などで様々なテープ幅がありますが、全てを持っていくのは大変です。私の経験上、登山中に問題になるのは足首か膝になります。そこで、写真のような足首と膝に特化したテーピングテープを持っていきます。貼り方も簡単になっていますので、これを常備しています。
山に限らず、ファーストエイド道具はまさに緊急時に使うわけです。すぐに処置ができたり、動揺していても使えるようになるべく使いやすい道具をお勧めします。また、できれば定期的に赤十字や消防署の講習会などに出席して、応急処置のやり方を復習しておきましょう。
ここで、少し珍しい救急アイテムを紹介しましょう。かつて海外の4,000m~6,000m峰に登っていた経験から、ファーストエイドバッグに入れている「パルスオキシメーター(酸素濃度計)」という代物です。パルスオキシメーターとはは指を差し込んで血液中の酸素濃度を測る測定器のこと。高所では肺から酸素を取り込みにくくなり、血中の酸素の濃度が下がります。万能ではないですが、パルスオキシメーターを使うことで、高山病の兆候を知ることができるのです。
そもそも「高山病」とは、高所で人体にあらわれる症状の総称のことです。高山病という明確な病名があるわけではありません。現れる症状も人によって様々で、標高4,000mまで何ともない人がいる一方、2,000mで具合が悪くなる人もいます。また、外見からは判別がつきにくいことも高山病の特徴です。
高山病といえば、以前、こんなことがありました。ご一緒していたお客様が体調を崩され、「高山病かもしれない」と訴えてきました。自覚症状は高山病特有の頭痛や息苦しさでしたが、パルスオキシメーターで計測すると数値は正常値で、不思議に思っていました。さらに詳しくお話をうかがうと、実は前の晩に登山の準備が忙しくて1時間しか睡眠時間がとれなかったとの話でした。結局、寝不足が原因の体調不良だった、なんてこともあるのです。
ちなみに、高山病には特効薬があります。その特効薬とは「標高を下げること」です。
以前、日が暮れたネパールの5,000mの山小屋で具合が悪くなったメンバーがいました。背中に耳を当てると、ゴボゴボと水のような音(肺水腫という重篤な兆候)がします。慌てて屈強なネパール人に背負ってもらって、500m下の小屋まで背負って運んでもらいました。翌朝、そのメンバーはすっかり体調が回復しましたが、再び標高を上げると再発する可能性が高いので、念のため下山してもらうことになりました。
このように、高山病の特効薬は「標高を下ろす」なのです。
(*注意:高山病の状態のままでの単独行動は危険を伴います。状況に応じた的確な判断をして下さい)
ファーストエイドキットについて話す上で、もう一つ注意しておきたいことがあります。それは薬、特に飲み薬はむやみに人に渡してはいけません、という話。「え!」と思う方もいらっしゃるかもしれません。特に山で腹痛などに苦しむ人がいたら、好意で胃薬を渡してあげたいと思いますよね。
こう考えてください。
自分は胃痛の時にこのお薬を飲めば治るからファーストエイドバッグの中に入れてあるけど、この痛がっている人の腹痛が自分と同じ胃痛とは限りません。また、自分の持っている薬が、その人の持病を悪化させる薬かもしれません。
「いや、自分は好意でやっているんだし、困っている人を助けたいんだから問題ない」という方もいらっしゃるでしょう。
ガイドをしていて以前ある女性のお客様から聞いた話ですが、足が攣ってしまった時に、通りすがりの登山者から「これが効くから飲みなさい。これは薬じゃなくて漢方だから問題ない」と顆粒の袋を渡されたそうです。好意だと思って飲んだら、しばらくして心拍数が急上昇して、体がほてり、苦しくなったそうです。その女性の方はもともと心臓に持病がある方で、漢方薬との相性が悪かったのでしょう。
くれぐれも、自分の常備薬は自分で準備すること。これを心がけましょう。
「感染症対策」についても少し触れておきます。特に「感染症対策」と断らせていただいたのは、今回の新型コロナウィルスは未だ未解明なことが多く、日々状況が変わっているからです。新型コロナウィルス感染対策は、是非政府から出される最新の感染予防対策を参考にしてください。
今回の新型コロナに限ったことでないですが、皆さんはこれまで自分がどんな予防接種をしてきたか覚えていますか? 私は世界一周に出発するタイミングで自分の接種履歴を調べたのですが、この時に初めて、破傷風の予防接種をしていたことがわかりました。自分がどんな予防接種をして、どんな抗体を持っているのか、今一度確認(母子手帳や、親から聞き取る)することは、今後の登山活動には必要かもしれませんね。
これも世界一周登山の旅をするにあたって調べているときにわかったことですが、、感染症対策には手洗いやうがいといった当たり前の公衆衛生対策が、実は一番安価で効果の高い方法なのです。実際に旅を続けるなかでも、外出する際には常にハンカチと石鹸、うがい薬を携行し、ホテルの部屋に帰ってきたらすぐに手洗いうがいをしていました。そうした習慣は旅から帰ってきた今でも守っています。外出時や登山時には必ずハンカチを持ち、こまめな手洗いは欠かせません。
これからの登山は、ソーシャルディスタンスはもとより、こまめな手洗い&洗浄などが必要な時代になってくるのだと思います。
最後に、この度、新型コロナウイルスによって亡くなられた方々、闘病されていらっしゃる方々、そのご家族のみなさまに、心よりお見舞い申し上げます。また、この困難な状況の中、医療に従事する方々に、心からの敬意と感謝を申し上げます。有り難うございます。