新型コロナで登山が変わる?登山家 花谷泰広×YAMAP代表 春山慶彦のZOOM対談

新型コロナウイルスの感染拡大と緊急事態宣言の発令によって、登山や山小屋を取り巻く環境も少しずつ変化しています。自粛が続くなか、私たち登山者はどうあるべきか、これから登山と、山と、どんなふうに向き合っていくのか…。南アルプス七丈小屋を経営する登山家・花谷泰広さんをお迎えし、YAMAP代表・春山とともに「withコロナ時代の登山」について対談いただきました。

※対談は2020年5月1日に、ZOOMを活用しオンラインで行われました。対談実施時は緊急事態宣言が全国的に発令されていたタイミングでもあり、記事中には自粛を促す発言が多分に含まれています。それから数週間、各地でだんだんと緊急事態宣言の解除が進み、「さあ、少しづつ再開していこう」というフェーズに入ってきました。なかには「自粛の日々を思い起こすのも憚られる…」という人もいるかもしれませんが、私たち登山者が直面した問題、葛藤、そのとき感じたていたことなどを記録として残しておくことは重要と考え、本記事の掲載いたします。

2020.05.28

YAMAP MAGAZINE 編集部

INDEX

どう考える? 新型コロナウイルスと登山の自粛

ー先日、登山団体や自治体からも「登山の自粛を」という発表がありました。登山の自粛についてお二人がどのようなご意見を持っているのか、お聞かせください。

花谷:登山の自粛についてですが、僕は4月のはじめくらいからSNSなどで比較的声を大にして呼びかけをしていて、それに対していろんな意見をいただいていることも承知しています。その上で、僕がどんな思いを持って発信をしているかも含めて、今日お話させていただければと思います。

僕自身は医学的な知識はないのですが、周りの医療関係者や専門家の方から今すべきことをいろいろと教えていただきました。それはやはり、人と人との接触を避け、できるだけ動かないということです。新型コロナウイルスにはあまりにもわからないことが多すぎるから、そのような対処に踏み切らざるを得ないとおっしゃってました。
行動の自粛という、ある意味「時間稼ぎ」の期間を設けることで、より良い対策を練ることができます。自分でもこの点では協力ができるはずと思い、「今は行動を止めませんか」と呼びかけをさせてもらっています。

登山家でありながら南アルプス・七丈小屋の経営も務める花谷泰広さん。自宅からZOOMをつなぎ対談に参加

実際八ヶ岳では、救助隊の機能が停止してしまったことがありました。地方の医療機関や救助隊もそこまでキャパシティが大きいわけではありません。一度救助機能が停止してしまうと、他の災害が発生したときに対処ができないということもありえます。

医療のこと、救助のこと。このふたつに関して足を引っ張りたくないと思いまして、こういった自粛の呼びかけをさせてもらっています。

ーありがとうございます。春山さんはいかがでしょうか?

春山:YAMAPとしては4月9日に緊急事態宣言を受けて、今は登山は自粛しましょうというメッセージを出しました。

YAMAP代表・春山慶彦も自宅から参加

緊急事態宣言が出されるまでは「キャンプや登山などは三密には当てはまらない」と、ある程度許容されている状況でした。しかし、キャンプ場が混み合ったり、運動不足解消のために山に行く人も多くなるにつれて、野外でも感染リスクが高まっていきました。

花谷さんのおっしゃるように、今は人と人との交わりを避ける必要があります。感染拡大をこれ以上広げないように、社会全体でこの問題に立ち向かうべきです。YAMAPは山のサービスですけれども、社会環境を踏まえ、「今は登山・アウトドアも自粛を」というメッセージを出しました。

山小屋経営と登山アプリ。新型コロナの影響は?

写真提供:花谷泰広/2020年2月にツアーで甲斐駒に登ったときの一枚

ー先ほど春山さんから「山のサービスですけれども」というお話がありましたけど、それは花谷さんも同様でしょうか?

花谷:そうですね。僕の場合は山小屋もさせていただいてますし、山のガイドもしています。今はその両方を止めている状態です。山小屋の方は3月上旬から段階的に縮小をしていって、3月後半には完全に営業自粛をしました。

ー3月上旬の頃には、花谷さんはどのような思いがありましたか?

花谷:僕は本当であれば今頃ネパールのヒマラヤを登っていたはずだったんですよね。3月はじめにネパール行きのビザが停止になりまして、そこから一気に事態が変わっていった印象があります。また僕が運営する若手の登山チーム「ヒマラヤキャンプ」のメンバーもネパールでのロックダウンに重なってしまい、今はなんとか帰国の便を待っているなど大変な状況です。

ー春山さんとしては、活動の影響はありますか?

春山:YAMAPの活動日記のデータを見ても、山に行っている人は明らかに減っています。特に遠征登山に関しては、みなさん、かなり自粛している。

春シーズン到来! 今、私たちにできること

写真提供:花谷泰広/自粛中に子供と家の裏にある森を抜けて最寄りのコンビニまで行く途中

ー地域によって必ずしも一概には語れませんが、社会全体として今は我慢をしようという状況です。しかし、これからは登山もシーズンになってきますね?

花谷:残雪期の山や低山も花が咲いていたりなど、本来であればとても気持ちが良い時期です。その時期に山に入れないことは本当に残念です。しかし、人と人が多く交わることはやはり避けねばなりません。動かないことこそが、今、我々にできる最大の行動なのかなと思っています。

ーYAMAPでは「#おうちで登山」 のような呼びかけをしていますが、花谷さんは家ではどのように過ごされていますか?

花谷:僕は北杜市という広々としたところに住んでいるので、都会とはだいぶ違ってソーシャルディスタンスもとれている環境にはあるのかなと思っています。ひとつ僕がしていることは、家を起点に散歩をすることです。僕自身最寄りのコンビニまでは往復3キロ程度あるので、買い出しがてらウォーキングをしたり、そんな生活をしていますね。

春山:僕も近所の公園まで散歩をしたり、ベランダで日光浴をしています。太陽の光を浴びることは気晴らしになるので。

ーベランダにチェアを持っていくなど、身の回りのアウトドアに価値が出ているように感じますね。

「withコロナ時代の登山」を考える

ーコロナとともにある今の世の中で、登山のこれからについてお二人のご意見をお願いします。

花谷:今後、自粛は徐々に解除されていくと思いますが、それでも感染の第二波第三波…といったリスクはついてまわるでしょう。この感染リスクの打開策、大きな転換点となり得るのは、まず、ワクチンが開発されること。そして最終的なゴールとしては、人々が集団免疫を獲得することだと思っています。ワクチン開発も今すぐにというわけにはいかないですし、まして集団免疫獲得まで完全に達するとなると年単位での時間がかかると言われていますよね。その期間、登山は絶対に自粛なのかと言われたら、僕はそれはできないなと思っています。

もちろん今は緊急事態宣言が出ているため、人同士の接触は避けるべきです。しかしこの先は緊急事態宣言が段階的に解除されるでしょう。そして感染者が増えてきたら自粛をし、また解除され、というサイクルになるのではと思っています。

今後、医療や救助の対策が進んだとしても、平時とは異なり脆弱なところも出てきます。もし仮にそのタイミングで山に行くならば、登山者としての自覚やプライドが必要になってくると思っています。今一度自分の力量やレベルを見直し、その範囲の山に行ったり、できるだけセーフティな山に行くこと。

そして気持ちの問題にはなってしまいますが、「絶対に事故らないんだ」という思いを持つことも事故防止につながると思っています。医療現場・救助隊の足を引っ張ることのないように、いつも以上に気をつけてほしいです。

ー緊張感の高まりの波が、だんだん凪へと近づいていくのかもしれませんね。

花谷:その繰り返しの中で個人の対処能力も上がってくると思います。そこにあわせて行動を広げていくよう、段階的な動きが求められてきます。コロナの収束を考えるとすごく先の未来の話になりますので、それまでどう向き合っていくかが大切だと思いますね。じゃないと、山登りも経済も回っていかなくなってしまう。うまく付き合っていくような、まさしく「withコロナ」だと思います。

ワクチンが開発されれば、きっと山もまた元通りになるはずです。みんなでワイワイ山に登ったりだとか、山小屋でお酒とともに山談義に花を咲かせたりだとか。そういった世界の実現にむけて協力していきたいですね。

ーこの先、山登りの姿も変わってくるかもしれませんね。春山さんはどのようにお考えでしょうか?

春山:花谷さんがおっしゃったように、緊急事態宣言中は我慢をすべきだと思っています。5月末まではそれが続いて、梅雨明けには自粛が緩和されるかもしれません。

自粛が緩和されても、レジャーの定番であるテーマパークやライブハウス、イベントは三密の典型なので、すぐの再開は難しいと思います。

登山やキャンプなどのアウトドアは三密を避けることができます。自然の中で身体を動かすアクティビティの価値や社会的意義が、コロナ前より高まると予想しています。

コロナとは長い付き合いになることを踏まえ、感染防止に配慮しながら、いかに登山を楽しむか。情報発信にも力を入れ、社会に提案していきたいと思います。

ー登山・アウトドアの価値とは、具体的に何なのでしょうか?

春山:アルプスのような高い山も、もちろん魅力的ですが、自分たちが暮らしている周りにある自然や山も同じくらい魅力があります。身近な自然の素晴らしさを再発見することは、21世紀の冒険です。登山・アウトドアを通して自分たちの風土を知ること、風土とのつながりを強めて生きることは、コロナ前よりも、大事な価値になっていると私は思います。「近くの里山や低山にも魅力があること」を、あらためて発信していきたいですね。

山を愛する登山者の皆さまへ

写真提供:PIXTA

ーありがとうございます。それでは最後に、皆さんへメッセージをいただけますでしょうか。

春山:空の下で気持ちよく山を歩ける日が1日でも早く来るように、今はみんなで協力して自粛をし、感染を抑えていきましょう。

花谷:緊急事態宣言中はできるだけ拡大を抑える意味でも、登山者だけでなく社会全体で協力して乗り越えていかなきゃなと思っています。部分的に山に戻ることができる日も近いと思っています。そしていきなり山に行っても、思った以上に体力や暑さに参ったりすることもあると思うので、身体もいたわってしっかりできる準備もしましょう。

そして一番深刻かなと思っているのが、受け入れ側です。小屋もガイドもなかなか機能できていない状態です。あるタイミングできっと皆さんに、助けてくださいとお願いすることがあるかと思います。もし仮にそうなったときには、ぜひ皆さんのお力をよろしくお願いします。

春山さん、花谷さんになんでもQ&A!

写真提供:PIXTA

近所の里山へ散歩ついでに登ることも自粛すべき?

春山:地域によって感染の深刻度が異なります。地域の事情を踏まえて、それぞれが個別に判断するしかないと思っています。ただ、低山や里山であっても、感染のリスクがある登山は控えたほうがいいでしょう。
地域ごとに事情は変わってくるので、自分の正義を振りかざして全員に自粛を促すのは違うなと感じます。相手への配慮や想像力を働かせずに、言葉をぶつけ合うのは何とも虚しい…。花谷さんはどう思いますか?

花谷:どこから山なのか、線引きするのは難しいですよね。標高の高いところはもちろんリスクもあるので、できれば控えていただきたいなと思っています。だからといって里山が安心かといわれると、里山も道に迷いやすいなど危険もあります。その中で家の裏山はだめかと言われると、そこまでは止められないなとも正直思います。

疲弊する山小屋を助けたい。どんな支援の仕方がある?

花谷:山小屋ごとにいろいろな動きがあります。赤岳鉱泉ではふるさと納税をはじめたり、自分たちの小屋(七丈小屋)でもオンライン販売をはじめました。まだ対策を立て始めた段階で、運営方針を決めることで精一杯という段階です。今後、呼びかけはもっと出てくるはずなので、そのときは情報の集約・拡散の面でご協力いただけるとありがたいですね。

春山:僕らもどういったかたちで山小屋の方を支援できるか、ずっと議論をしています。山小屋やガイドさんは登山のインフラです。社内でも情報を集約・拡散するだけでなく、山小屋の皆さんを支援するプロジェクトを進めていきたいと思っています。

*5月18日「山小屋支援プロジェクト」をスタート

テント泊や山小屋はどう変わっていくか?

春山:山小屋が休業となると、テント泊が人気になるかもしれませんね。

花谷:小屋の営業ができたとしても、食事が提供できないことなど、ある程度限定的になることもあると思います。一人ひとりが状況を見ながらできることを考えていくべきだなと考えています。

入山者数が減ることで山にどのような変化がある?

花谷:登山道が荒れるというよりも、修理が行き届かなくなる可能性はあると思っています。落石や倒木がそのままだという状況はあり得るとは思います。

山のインフラを支えるために、入山料などを検討してもいいのでは?

春山:非常時の今だからこそ、入山料を含め、持続可能な山岳環境をつくっていく議論と実験があってよいと思います。これまでずっと先延ばしにしていた大事なことを、今こそ話し合い、決めていかなければならない。一体誰が登山道を整備し維持するかなどは、国立公園のあり方にもつながってきます。
海外の事例も含めて、日本でも場所によっては入山料を導入し、登山道の整備や環境保全に充てることは全然ありだと思います。

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【2020/05/01】withコロナ時代の登山 | 登山家 花谷泰広 × YAMAP 春山慶彦 配信動画はこちら

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※この記事は、2020年5月1日に「YAMAP CHANNEL」にて配信した対談の内容を文章・画像で読みやすく編集したものです。

YAMAP MAGAZINE 編集部

YAMAP MAGAZINE 編集部

登山アプリYAMAP運営のWebメディア「YAMAP MAGAZINE」編集部。365日、寝ても覚めても山のことばかり。日帰り登山にテント泊縦走、雪山、クライミング、トレラン…山や自然を楽しむアウトドア・アクティビティを日々堪能しつつ、その魅力をたくさんの人に知ってもらいたいと奮闘中。