山小屋オーナー座談会 後編|今年の夏山対策は?withコロナ時代の登山について考える

登山のインフラ的存在である山小屋が、今、新型コロナウイルスの影響によって様々な変化や対応を迫られています。実際に現場で働く山小屋の方たちはこの状況をどう捉え、何を考えているのか? 雲ノ平山荘の伊藤二朗さん、槍平小屋の沖田拓未さん、甲斐駒ヶ岳七丈小屋の花谷泰広さんをお招きし、withコロナ時代の山小屋について語っていただきました。
※座談会は2020年5月27日にZOOMを活用しオンラインで行われました。

【前編】山小屋オーナー座談会 前編|新型コロナの影響は?山小屋の今を語る

2020.06.15

YAMAP MAGAZINE 編集部

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2020年夏、どうなる? 今年の山小屋営業

ーコロナ禍を経て、休業の有無や再開の仕方が課題になってくるかと思います。今後の対策など、今年の山小屋再開に向けてどんなイメージをお持ちですか?

沖田:槍平小屋では、できるかぎりのサービスを模索し、営業する方向で検討しています。ただし、状況は日ごとに変わるので、その時々のベストと思えるコロナ対策を採用していくことになると思います。例えば、感染拡大の第2波が来て、非常事態宣言や休業要請が再び発令される事態になったら、やはり休業という選択肢はとらざるを得ないと思います。状況を見て、できることをしっかりやっていく。これをもう、一生懸命やろうと思ってます。

槍平小屋主人・沖田拓未さん。自宅からZOOMにて参加いただいた

花谷:七丈小屋は6月中旬からの再開を目指していますが、あんまり欲張らずに始めようと思ってます。今後事態が好転するのか悪化するのかは読めないので、無理に「今まで通り」を目指す必要もないかなと。何を続けて何をやらないか。ここを明確に分けるべきタイミングなのではと思います。実際、すでにヘリを飛ばす回数を見直し、シーズンの始めと終わりの2回に減らしました。

ーコロナ対策についてはどうでしょう?

花谷:山小屋での感染リスク回避において一番の肝となるのは、結局のところ、スタッフの余裕です。だからこそ、スタッフのリソース管理や業務量の負担減は真剣に考えたい。通年営業の七丈小屋はこれまで365日休まず営業が当たり前でしたが、今夏からは定休日の導入を検討しています。

甲斐駒ヶ岳七丈小屋主人・花谷泰広さん。自宅からZOOMにて参加

スタッフの精神・肉体・時間的な余裕を担保しつつ、山小屋で危惧されている「三密」を解消していく。そのためにはトレーニングも必要ですよね。トイレは感染源としての危険度が高い場所とされていますから、掃除する側もかなり気を遣うわけです。掃除のときの所作や手順を、お客さんがいない状態でシミュレーションしてみるとか、そんなトレーニングの必要性も痛感しているところです。

ー山小屋の方々はいろいろと苦労しながらも、登山者のために最大限の配慮と努力をしてくださっています。私たち登山者は、山小屋の方々の苦労や努力を理解をしながら、協力できるところは協力して、山小屋再開に向けて一緒に動いていきたいですね。

花谷:今回は山小屋側の対応だけでは間に合わないと思っています。登山者の皆さんの協力が必要です。

ー今年の夏はテント泊のニーズが高まるのではという声もありますが、テント場の管理についてはどう考えていますか?

伊藤:コロナの問題が大きくなり始めた頃は、「(登山系ではない)キャンプ場はむしろ混雑している」なんて話も聞こえてきましたけど、今年の夏は山小屋が宿泊の受け入れキャパを絞ることで、山でも似たような状況に陥る恐れは確かにあると思います。

雲ノ平山荘主人・伊藤二朗さん。同じく自宅からZOOMにて参加

高まるテント泊のニーズを何らかの方法でコントロールしないと、現場がパンクしてしまう可能性がある。今年については雲ノ平山荘では、テント場を予約制にすることも検討しています。要するに今年のミッションは今後のためということもあるんです。来年に向けてダメージの最小化をどう図れるかという視点で包括的に考えているところですね。

赤字覚悟のコロナ対策… 山小屋経営の現実

ーコロナ対策の一環で宿泊数を減らすと聞いています。経営的に成り立つのでしょうか?

沖田:他の小屋の内情は分かりませんが、うちの小屋に関してはシーズンの宿泊客数が収入のメインです。なので、宿泊数を半分にすると相当厳しい…。今年は赤字を覚悟しています…。今後につなげるためにという意識で動かざるを得ないのが現状だと思いますね。

yukaさんの活動日記より/槍平小屋外観

花谷:伊藤さん沖田さんと違うのは、七丈小屋は公共施設であるという点です。けれど、市の方から何かしらの補助が入るのかというと、そういうわけではないんですね。公共施設の指定管理というのは、結局、経営しかり運営しかり、その大部分が民間に委ねられています。なので、実情は他の民間の小屋と一緒です。

宿泊客の定員を大幅に削減することは、当然、経営にも響いてきます…。七丈小屋は通年営業なのでスタッフも通年で働ける人を採用しています。沖田さんの言う通り、山小屋経営は宿泊で収益を上げる部分が大きい業態ですから、収入とのバランスは悩ましい限りです。

でも、今まで通りにできないからと動きを止めるのはなく、こんな状況だからこそ、今までとは違った取り組みもできるんじゃないかなと思っています。

ー宿泊料を上げるなど宿泊料についての見直しや議論は、個々で検討されているのでしょうか?

伊藤:今のところ自分対自分でしているところです(笑)。だけど、今年唐突に上げることはしないと思います。ほんの気持ち値上げすることはあるかもしれませんけども。

実際問題、今年をモデルケースとして、売上がいつもの30%で経営ができるかといったら当然できないです。ソーシャルディスタンシングも長期的にできるかといったら、かなり難しい。これは、山小屋に限らずあらゆる業種が突き当たる問題です。いわば壮大な社会実験です。稼働率50%で成立する飲食店がどの程度あるのか、とか。これはもうコロナとの共生、共存なんだと思います。今は50%で成り立つような物価ではないですし、社会システムにもなっていません。現実に突き当たりながら、一歩一歩じりじりと進んでいくしかない。

あこさんの活動日記より/夜、星空の下の雲ノ平山荘

来年までこの状態が続くと、ヤバイところが出てくると思います。ただ、山小屋が、都会のレストランのテナントと比べて、維持費に困り果てて焦げ付いてしまうかといったら、そういう部分はまた違ったりもします。なんとか今年は乗り切れるかな…というイメージです。今年は焼け石に水と思ってやるしかないですが、並行して来年に向けて全力で考えないと…。とにかく、山小屋の経営としても、登山・アウトドア文化としても、空白をつくらないこと。これを念頭に、今後持続するのための、ある種の布石だと思って今年は臨むしかないですね。

コロナ禍で浮き彫りなる山業界の根深い課題

ー登山・アウトドア文化の空白をつくらない、とは具体的にどういうことでしょうか?

伊藤:ほったらかしにすると、山は確実に今の姿ではなくなります。毎年人が手を入れることで、何とか持ちこたえている登山道がたくさんありますから。例えば、雲ノ平には約10キロに及ぶ木道があります。一番古い木道は35年前につくられたものです。適時手を入れないと腐ってボロボロになるし、大雨が降れば流されたりするんです。それを修繕しながらかろうじて使い続けているわけですが、こうした修繕作業もうちらの仕事なんですよね。

登山道は2年も放置したら1年では直らない。すでに僕ら山小屋の手だけでは難しいんじゃないかと感じることもあります。山小屋の宿泊人数を制限するということは、営業規模を絞るということ。つまりスタッフを多くは雇えなくなるということです。

スタッフが減ると登山道整備もしんどくなります。木道は一つのブロックで120キロはある塊ですから、3〜4人いないと動かせない代物です。今年は多分、スタッフを雇ったとしても一度に入るのが女性も含めて4人くらいになるはず。そうなると登山道のケアをするのが物理的に困難になるだろうなと予想しています。

のんさんの活動日記より/秋の雲ノ平山荘周辺

ーなるほど。コロナ禍によって、登山道などインフラ整備にも大きな影響が出そうですね。

伊藤:もともとここ数年の山小屋業界は、大きな課題が山積みでした。ヘリコプターの供給減に、物資輸送の単価や建設費の上昇、スタッフの人材不足…。この10年で物資輸送費は2倍近く、建設費は1.5倍くらい上がっている感覚です。

今後を見据えると事態はますます深刻です。人口減少に伴い、山小屋泊の登山者は徐々に減っていくでしょう。収益的には不利になっていくにもかかわらず、コストはどんどん膨らんでいく。異常気象が進めば、登山道の維持・管理の手数もかさんでいきます。

このままじゃいけない。何か新しい、大きな共同体としてのシステムを再構築することで、登山・アウトドア文化や山小屋を、持続可能かつ創造的なカタチにしていかないと…。そんなことを考えていた矢先にコロナ禍の衝撃があったものですから、今こそ本質的な想像力、創造性を発揮していかないと…。そう強く思っています。

ー持続可能で創造的なカタチをつくるには、例えばどんな施策が必要になると思いますか?

伊藤:多くの人の協力体制を構築することが必要ではないでしょうか。一緒に考えてもらう環境をつくりつつ、自然環境をもっと多くの人が必要とする気持ちを喚起していくこと。山小屋自体がもっと必要とされる存在になろうとすることも重要です。地道さが求められるでしょうけど、ここを抜きにして一足飛びの成功は得られないと思います。

まゆえみさんの活動日記より/通年営業・七丈小屋(右手前)周辺の雪景色

花谷:将来を見据えてという意味では、こういう状況だからこそ登山ガイドの役割が非常に高くなるのではと感じています。山小屋をやってる人間の立場からすると、例えばパーティー登山で宿泊いただく場合に、担当登山ガイドの方がお客様の行動・体調管理をしっかりしてくれていると、それだけで小屋としては助かる部分が大きいわけです。

小屋に限らず、普段、登山道で他の登山者と接するときなんかにも、登山ガイドだからこそ指導できることがたくさんあります。登山ガイドの役割はインタープリターと言いますか、自然との関わりを仲介することでもあります。登山ガイドと一緒に登山することでしかできない経験や安全面の担保が期待できる。もちろん、ガイド登山だから何があっても絶対安全とは言い切れないですけど。

ーこれを機に、日本でも登山ガイドの役割が見直されるといいですね。

花谷:はい。登山ガイドの肩書きも持つ者として、これは是非ともお伝えしておきたいことなのですが、コロナ禍で大変な思いをしているのは登山者の皆さんや僕ら山小屋だけではないんです。登山ガイドも、とても困っている状況です。登山ガイドの使命、役割については、ガイド協会でもしっかり議論を進めているところです。

今、あらためて考える「with コロナ時代の登山」とは?

CB1100さんの活動日記より/甲斐駒ヶ岳の山頂から

ー最後に登山者の皆さんにメッセージをお願いします。

沖田:状況が日々変わっていって、槍平としての対応も常に変化しています。その場その場で最善策を見つけて動く感じです。これって登山と似たような感じですよね。雨の日とか風の日とか、状況に合わせて動いていくというのは。

最近はクラウドファンディングに寄せられる応援コメントを読んで力をもらっています。ブログやSNSを活用しての情報発信、ECサイトを活用した通販など、それぞれの小屋で、知恵を出し合いながら頑張っているところです。登山者の皆さんには、そういった取り組みも見守っていただけたら嬉しいです。

花谷:僕も毎日悩みながら対策を考えてますが、頭を抱えているばかりでは何も前に進まないので、できることを淡々とやっていこうと思っています。

この場で一つ、登山者の皆さんにお伝えしたいのは「体力の変化」についてです。コロナ禍の休業期間中、小屋の管理で何度か登り下りしました。2ヶ月ぶりに登ったときは息は上がるわ、下りで足がもつれるわで、本当に荷物を担げなくなっていたんです。我ながらびっくりしました(笑)。

この数ヶ月、多くの方が登山や外出の自粛を強いられてきました。”2ヶ月前の自分”とはまったく違う体になっています。だから思わぬところで怪我・転倒をしないよう、身近な山から少しずつ体を慣らしていく方がいい。我々の小屋は3軒とも、特に二朗さんのところは非常に奥まったところにありますので、今年は体力面もしっかりと準備・調整をしてお越しいただければ嬉しいです。我々も登山者の皆さんをお迎えできるよう粛々と準備をしていきますので。

GO!shingoさんの活動日記より/槍平から西穂高岳を見上げる

伊藤:今年の山、どうなりますかね。花谷さんの話を聞きながら、今年雲ノ平にまず足を踏み入れたとき自分がどういう気持ちになるのかなと考えました。あらためて世界を見直すいい機会になっているのかもしれないな、と思ったりもします。

本当に匍匐前進(ほふくぜんしん)みたいなもんですよね。色々と難しい状況の中で考え、悩みながらやっていくしかないわけで。でも、コロナの影響って、いずれは訪れるようなことが多かったと思います。だから今こそ、みんなで手を取り合って「次の時代」をつくっていく機会にできればと心から願っています。

よっちゃんさんの活動日記より/雲ノ平山荘のテント場

登山者一人ひとりが「オウンリスク」の意識を持つことも求められると思います。体がなまっているということもあるでしょうし、例年より人が少ないとか、登山道が荒れている可能性だってあります。万一のことがあっても、今年は特に、山小屋から助けに行く人員が足りない状況も考えられます。ですから皆さん、コロナに対することだけではなく、自分でリスクを管理する意識をいつも以上に持っていただけたらと思います。今後とも皆さん宜しくお願いします。

山小屋支援プロジェクトについて

山小屋支援プロジェクトは6月30日まで。ご協力のほど何卒よろしくお願いします。
【新型コロナ】#山小屋支援プロジェクト 詳細
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もっと知りたい「山小屋オーナー座談会」トピックス

https://youtu.be/uWKFbrcQUDQ

※この記事は、2020年5月28日に配信した対談の内容を文章・画像で読みやすく編集したものです。

YAMAP MAGAZINE 編集部

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登山アプリYAMAP運営のWebメディア「YAMAP MAGAZINE」編集部。365日、寝ても覚めても山のことばかり。日帰り登山にテント泊縦走、雪山、クライミング、トレラン…山や自然を楽しむアウトドア・アクティビティを日々堪能しつつ、その魅力をたくさんの人に知ってもらいたいと奮闘中。