この記事では、登山とサイクリングの意外な共通点や、登山者もきっとハマってしまうサイクリングの奥深い魅力についてお届けします。説明してくださるのは、日本を代表する自転車専門誌「サイクルスポーツ」の編集者、江里口恭平さん。ご自身も登山と自転車両方を趣味にしているという江里口さんが語る、魅惑のサイクリングワールド…。読んだ後には、きっとその魅力の虜になってしまうはず。御用心してお読みください。
2020.07.17
江里口 恭平
「Cycle Sports(サイクルスポーツ )」編集部員
はじめまして! スポーツ自転車の雑誌&ウェブメディア「サイクルスポーツ」編集部の江里口と申します。普段は公道を快適に走るための「ロードバイク」や、オフロードを楽しむ「マウンテンバイク」など、さまざまなスポーツ自転車による遊び方を発信している私たちですが、今回は登山を愛する皆さんにもサイクリングの楽しさを知ってもらうため、記事をお届けします。登山と自転車には共通点が非常に多いため、ぜひ皆さんにもサイクリングの楽しさをお伝えできればと思います。
まずは、なぜ僕が自転車と登山、その両方に魅了されることになったのかについてご紹介したいと思います。
もともとは「ツール・ド・フランス」に代表されるような、公道を舞台とする自転車のレースが好きだった僕は、その練習として坂道が多いコースをよく走っていたのですが、いつしか坂を登るという楽しさ自体にハマっていたのです。
サイクリストの間で「ヒルクライム」と呼ばれる自転車による登坂では、山の中へと続く公道を、一人で静かに淡々と進んでいきます。それは、ひたすらに身体を動かして自然の中へ入り込んでいく没入感、そしてピークに辿り着いた時の達成感がどんどんやみつきになっていくもの。
いつしか気づけば、僕は「富士山スカイライン」や「乗鞍峠」といった有名なヒルクライムスポットをはじめとし、日本各地のヒルクライムスポットを多数訪れるようになっていました。
それはある意味、全国のヒルクライムスポットを巡るというコレクター精神によるところも大きかったのですが、今振り返ると、それぞれのピークから眺めた旅の情景も強く心に残っています。
そうしてヒルクライムに熱中していた矢先、登山との運命の出会いがありました。山岳部出身の友人に誘われ、百名山の唐松岳へ登ることとなったのです。登山道を登っていく楽しさ、山頂で見た山々の美しさ、テント泊で過ごす夕暮れの時間…。
その感覚は、これまでサイクリングで感じていたものとは全く別次元で、けれども非常に親近感を感じるものでした。この経験をきっかけとして、僕は登山の世界にどんどんのめり込むことになったのです。
サイクリングと登山、一見すると全く違ったものに思えるこの2つのアクティビティ。それを自身で体験してみると、「大自然を相手に」「自分の力で」「道を進んでいく」ことへの共通した魅力があるのではないかと感じます。それぞれのギアやコース、その背景にある文化の奥深さを知ることができれば、より自身の遊び方の幅を広げていくこととなるはずです。
山頂という垂直の方向を目指して進む登山と、どこまでも遠くへ走って進むサイクリング。その両方をマスターすれば、この日本各地に広がるフィールドを隅々まで楽しみ尽くすことができ、そしてもっと違った景色を知ることができるといっても過言ではありません!
「サイクリングを楽しむには運動神経や体力が必要でしょう?」と身体面の不安や、「スポーツ用自転車ってすごく高額だったり、なんかぴちぴちした服とかヘルメットとか揃えるモノが多そう……」というギア面の不安など、自転車を始めることにハードルを感じる方も多いと思います。けれど実は、登山をされる皆さんだからこそ、簡単に始めることができるのです。
ではまず身体的な面からお話していきましょう。
サイクリングの特徴としてよく挙げられるのは、その移動効率の良さ。始めたばかりの初心者でも20〜30km程度の距離であれば、軽々と風を切るように走ることができます。それを可能にするのは、スポーツバイクの特徴でもある、軽快さ。すなわち、少ない力でも速度を出し続けることができるのです。それによって、慣れれば50km、100km、上級者であれば200km以上と、経験を重ねるごとに1日で走る距離を伸ばすことも可能です。
また、そうやって長い距離を走るとなると、いわゆる持久力が必要となりますが、それは登山にも求められるもの。そのための、基礎体力がしっかりしている登山者の方は、自転車を始めやすいと言えるでしょう。また、登山のトレーニングとしても、身体に負担のかかりにくいサイクリングはぴったりだと思います。
そして、次はギア的な面。皆さんが既に持っている登山用のウェアを、ぜひ自転車にも活用して下さい。もちろんヘルメットやライトなど、安全に走るための装備は最低限必要です。けれどそれ以外は、登山で使う高機能ウェア類や軽量なバッグなどが、長時間のサイクリングでも大活躍します。
特にここ数年の世界的な流行として、自転車に収納力のあるバッグを取り付け、テントやシュラフ、クッカーセットを詰め込む「バイクパッキング」というスタイルでの長距離ツーリングが注目され、従来のロードバイクユーザーもどんどんハマっているのです。
そして、このバイクパッキングにおいて、軽量性やコンパクトさに優れている登山用のギア類は相性バツグン。登山用のギアを活用すれば、「遠方のキャンプ場を目指して走って、現地の食材を調理し、自然の中でテント泊」といったような、「自転車旅」も楽しめてしまうのです!
スポーツバイクでは、世界のプロレースを闘うための非常に高価なモデルから、日常の足として使用できるカジュアルなモデルまで、価格も種類もさまざまです。
前述したロードバイクやマウンテンバイク以外にも、自転車には多くの種類があります。公道などの舗装路と未舗装路をどちらも効率良く走るための「グラベルロードバイク」、街中でも扱いやすく楽な姿勢を取りやすい「クロスバイク」、折りたたんで保管や電車を活用した移動もしやすい「折り畳み小径車」、スポーツ向けの電動アシスト付き自転車「eバイク」など、さまざまなタイプの中から、やりたいコトや走りたい道に合わせて選ぶことができるのです。
とはいえ、はじめから最適な一台を選ぶのは難しいもの。そこでまずオススメしたいのが、前出の「グラベルロードバイク」。近年注目されている、一台でさまざまな用途に使えるタイプです。
ロードバイクと同様のドロップしたハンドルや操作レバーは、力が必要な時には下部を、脱力する時にはハンドル上部を、高速走行時にはレバーブラケットと呼ばれるグリップを、とさまざまな位置でハンドルを握ったり、ブレーキや変速の操作ができます。それによって長時間のライドでもポジションを変化させることができるため、身体に負担がかかりにくくなるのです。
また、砂利道などに適した太いタイヤも装着可能。荷物を運ぶためのラックを取り付けるためのマウントを多く備えたフレームも採用しています。1台で名所をまわるロングライドにも、林道のちょっとした探検にも、あるいは長期ツーリングの相棒にもなってくれるスグレモノなのです。
気になる価格ですが、このグラベルロードでは有名ブランドであっても初心者向けモデルが10万円前後から。ちなみにこのバイク本体以外に追加でかかる費用は、先述のライトやヘルメットで、プラス1万円〜程度です。
こういった悪路での走破性も持つバイクを手に入れておけば、登山道具を積んで、家や駅から登山口までの足としても使用することができるでしょう。
スポーツバイクでは、バイクを簡易的に分解して規定サイズの袋に詰め込み、電車に乗せて運ぶ「輪行」という手段も人気です。そのため普段から登山に向かう際に公共交通機関を使用している人にとっては、駅から登山口までの移動ツールとしても活用できるでしょう。
また、そういったバイクを選ぶ際には「プロショップ」と呼ばれる、スポーツ自転車を専門で扱うお店を訪れるのがオススメ。自転車を知り尽くしたスタッフへ、自身の目的や予算を相談すれば、あなたにぴったりの1台を選ぶ手助けをしてくれます。あるいは購入後に、メンテナンスだけでなく「もっとこうしたい!」という要望があれば、カスタムによって対応してくれるのです。
とはいえ、はじめから高価なスポーツバイクを購入するのが難しいとなれば、日本各地のレンタルスポットを活用するというのはいかがでしょうか?
たとえば、今や世界中からサイクリング目当てに人が集まる「しまなみ海道」。愛媛県と広島県を、瀬戸内海の島々に架かる橋でつなぐこのサイクリングコースは、その起点終点となるそれぞれのポイントにレンタサイクルが可能な施設が整っています。
一例を挙げると、世界最大のスポーツバイクブランドである「ジャイアント」は愛媛県今治市と、広島県尾道市それぞれの「しまなみ海道」ポイントにショップを構えており、スポーツバイクの長期レンタルサービスを実施しています。もちろん、自身のバイクを持ち込んでのメンテナンスにも対応しています。
こういった施設を利用すれば、飛行機に乗って手ぶらで訪れて、現地で自分にぴったりのスポーツバイクをレンタル、そしてしまなみ海道を走り尽くして、また返却するだけ。そんな「自転車旅」も実現可能なのです。
自転車での旅には、その場所の風土や文化を自分のペースで、五感全てを使って楽しむことができる魅力があります。
先ほども触れましたが、広島県から続く「しまなみ海道」は、まさにその「海道」の名の通りに、瀬戸内の島々に流れる時間や吹き抜ける風を感じながら、まるで海の上を飛ぶ鳥になった気分で駆け抜けることができるコースです。
また、同じ広島県をスタートとしつつ、もしも日本海側へ向けて走り出せば、そこには山陰地方の奥深い山々、雄大にたたずむ霊峰大山、山口の秋吉台のように「そこにしかない」景色を探す旅だって実現可能です。
サイクリングには、「ここしか走ることができない」という決められた道はありません。僕たちは、目の前にある道を、何処までも気の向くままに走っていくことができるのです。
だからこそ、その土地の魅力を知り尽くしたサイクリストがオススメするコースというのは、走って損をしない、おししいポイントが満載の道なのです。
近年は日本各地において、サイクリングで快適に観光するための「サイクルツーリズム」と呼ばれる取り組みが行われています。その取り組みの一環として、道路上にサイクリングコースであることを示す「ブルーライン」が引かれていたり、立ち寄りスポットを示す標識が設置されていたり、あるいは駐輪を行う際に使い易い「サイクルラック」などの設置も増えてきました。
ほかにもコースの見どころを分かりやすく紹介してくれる「サイクリングマップ」も多くの地域で発行されており、ハードとソフトの両面から、自転車旅をサポートしてくれる状況が整いつつあります。
サイクリストにそのエリアを楽しんでもらいたいという「サイクリストウェルカム」の機運が日本各地で加速している今こそ、自転車で旅をする絶好のタイミングと言えるでしょう。
登山を愛する皆さんはもう既に、日本の豊かな自然に魅了され、身体を使ってそれを満喫する楽しさを知っています。そこにサイクリングが加われば、もっとあなた自身のペースで、各地の魅力を再発見し、楽しむことができるはず。今、ニッポンの道は開かれているのです。
しまなみ海道を含む「中国地方5県を巡る自転車の旅」については、YAMAPが運営する旅のサイト「TAMAKI」で詳しくご紹介しています。コース周辺の立ち寄りスポットやお得なクーポン情報も満載! ぜひご覧ください。