コロナ禍における山小屋と登山のあり方について、三俣山荘/水晶小屋オーナーの伊藤圭さん、山岳ライターの高橋庄太郎さんをお迎えして座談会を開催。新型コロナウイルスの影響を踏まえた上でどのように行動すればいいか、YAMAP代表の春山慶彦がお2人にお話を伺いました。
後編記事:2020年夏山登山の新常識を提言!コロナ禍の山小屋と登山を考える座談会・後編
2020.08.14
YAMAP MAGAZINE 編集部
参加メンバー
三俣山荘/水晶小屋オーナー:伊藤圭さん
山岳ライター:高橋庄太郎さん
聞き手:YAMAP 代表 春山慶彦
伊藤さんは、三俣山荘のオーナーであった父の影響で幼少の頃から登山に親しみ、約20年前に山荘を引き継いで、現在に至ります。そして、山岳ライターとしてさまざまな媒体で活躍する山岳ライターの高橋さん。伊藤さんとはおよそ10年前に、雑誌『山と溪谷』の企画で伊藤新道を歩いた以来の付き合いだそうです。
※座談会は2020年6月3日にZOOMを活用しオンラインで行われました。
—新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、三俣山荘ではこれまでどのような対応をしてきましたか?
伊藤:通常であれば、7月オープンなのでスタッフは6月20日には山小屋に入って小屋開きをして、1日のオープンを待つ流れです。
今思えば3月の初めは、まだのほほんとしていました。僕らの生活って山小屋にいる以外は基本的にStay Homeだし、僕は普段インドア派なのでほとんど外に出ないんですよね(笑)。
その時点では山小屋に影響があるという自覚はまったくなくて、その後、野口健さんなどの重鎮が参加する登山団体が、「山登りは自粛したほうがいい」と声明を出し始めました。
そうこうするうちに登山自体も、「感染拡大の見地からいえばまずい」と指摘されて、今年は普通通りに山小屋を開けなくなるかもと思い始めましたね。
—となると、実際に今年の山小屋をどうするかを考え始めたのは5月くらいでしょうか。なにかきっかけはありましたか?
伊藤:早い段階で南アルプスの山小屋が、今年は開けないと発表していたことも影響しました。
—今後コロナとつきあっていく必要があります。今年はそもそも山小屋をオープンするんですか?
伊藤:結論から言えば、オープンします。ただ、よくご存知かと思いますが、山小屋はデフォルトで3密の環境ですし、世の中の基準で考えればやらないほうがいいのではと、今でも葛藤があります。
万一、1人でも感染者が出たらと想像するだけでも、やらないほうに気持ちが傾きます。ではなぜあえてオープンするかといえば、山小屋が支える“山のインフラ”を考えたときに、僕らが行かないと山はどうなるのかという問題があるからです。
自粛が叫ばれながらも、年に一度の登山を生きがいにしている人たちが大勢いるなかで、単純に山小屋をクローズすることに抵抗がありました。だから、なにがなんでもシーズン中は開きたいと考えました。
—“山のインフラ”とは、水場やテント場、遭難救助、登山道といった役割のことでしょうか?
伊藤:そうです。近年若い登山客が増えたとはいえ、山小屋の利用客は高齢者が多いんです。山小屋頼みの登山者が遭難したときに、「僕たちがいなかったらどうなるんだろう」というケースも多くあります。
もちろん遭難救助隊はいますが、僕たちはそれとは別に、登山道の一連の整備を担っているところがあります。たとえば、毎年消えていくマーキングがなければどうなるでしょう。受け石や転石の処理をしないと、登山者はかなり荒れた山を歩くことになります。
—開けないほうがリスクは小さいけれど、山道の整備を思うと、「開けない」という判断はなかなかしにくいわけですね。
伊藤:僕たちは一般の旅館業というよりも、国立公園のひとつの機能として営業しているので、その点を意識したことが大きいですね。
高橋:たしかに山小屋って宿泊所としてだけでなく、たくさん役割があります。実は登山道を整備してくれたり、水場を使えるようにしてくれたり。
伊藤:でも、クローズする山小屋が増えることで、高橋さんが提唱する「衣食住を背負って立つ山歩き」が今年こそ実現される可能性もありますよ(笑)。
高橋:三俣あたりって水場があるからまだなんとかなるかもしれないけど、北アルプスの場合、山小屋が天水(雨水)を集めて水を作ってくれているからこそ、行けるところもたくさんあります。コロナを理由に今年はオープンしない山小屋が増えたら、行けなくなるところもたくさん出てくるんじゃないでしょうか。
伊藤:たしかに、北アルプスは水晶小屋も野口五郎も水場がないですね。烏帽子がその整備をやってくれているとしても、烏帽子から三俣までは水を担いで登らないといけなくなりますね。
高橋:それはかなり大変だし、現実的じゃないよね(笑)。伊藤さんのお父さんたちの世代はそうやって歩いていたんだろうけど。
伊藤:戦後直後の登山スタイルに戻るんじゃないですかね(笑)。
—今年、登山者は山に行くこと自体はもちろん、水場や食料も全部自分で用意していく前提で行く覚悟が必要ですね。
伊藤:例年から比べると、オープンしない山荘が増えることで、山に来られる人がものすごく制限されると思います。
—仮に伊藤さんが経営する三俣山荘と水晶小屋が「今年は開けない」と判断した場合、北アルプスの登山のシミュレーションはどうなりますか?
伊藤:たとえば、新穂高から登って、双六を目指して鏡平を経由して、折立や烏帽子の裏銀座コースのほうに縦走するとすれば、三俣山荘を飛ばして行くことになります。そうなると、1日の工程が通常の倍になるイメージですね。
高橋:それは厳しいですね(笑)。
伊藤:それから水晶小屋付近っていつも天気が悪いんですけど、万一、天候が荒れたときにエスケープする方法がまったくなくなってしまいます。
高橋:たしかに水晶小屋から野口五郎の間ってものすごく風が強いですよね。その上雨が降って、水晶小屋に逃げ込めなかったら、遭難する人が続出する気がします。
伊藤:昔、まだ水晶小屋がなかった時代はまさにそういう状況で、あのあたりでよく人が凍傷したという話を聞きました。それで水晶小屋が作られた経緯があるんですよ。
—水晶小屋が開けられないとなると、事故のリスクも高くなるということですね。
伊藤:そうですね。昔と違うのは、山の頂上に行けば携帯電話も通じるので、救助を頼もうと思えば頼めますが。
—伊藤さんとしては、今もまだ三俣山荘を開けるか開けないか、迷っている状態ですか?
伊藤:一応、7月20日から完全予約制でオープン予定ということをホームページでは発表済みです。山小屋組合のガイドラインが出ていて、7月15日以降のオープンが、ひとつの基準になっているんです。それから定員については、通常83人のところ、今年は34人に制限して大部屋を仕切りながらソーシャルディスタンスを確保します。
—テント場も予約制になるのでしょうか?
伊藤:そうです。これも今までにはなかったことですが、うちのテント場は通常80張り、多いときは250張りですが、今年は40張りに制限しています。今年はもっぱら登山者が減るといわれつつも、若い登山者の場合、「どうしても行きたい」という人は行かない選択はしない気がします。そう考えると、そこまで減少するのかなと思っています。
高橋:山小屋は三密だから、避けてテントに流れる登山者も少なくなさそうですね。
伊藤:そうですね。しかもうちはトイレがテント場にないから、それだけでも山小屋を開けようという気になりました。
—水晶小屋はどんな制限を設けてオープンするのですか?
伊藤:通常の定員40人に対して20人に制限します。団体さんが来る可能性もあるので、その受け入れ体制も考えなければと思っています。
風邪のような症状が出た場合、完全にコロナの疑いが出ますよね。そのときに隔離部屋を用意することはできますが、それ以外の対応については未だに悩んでいるところです。たとえば、防護服を持って行くかとか、そういうことも含めて。
—山小屋でのコロナに対応するガイドラインを今まさに決めている状況ですか?
伊藤:まさに今日、組合から届いたばかりの通知ですが、感染防止に向けた5つの取り組みとして、「事前予約を原則とする」「スタッフのマスク、消毒を徹底する」「施設内の消毒と換気を徹底する」「宿泊者同士の距離の確保を徹底する」「宿泊者の住所と正確な情報を把握する」ということが書かれてあります。
—ようやくガイドラインが整い始め、オープンに向けて前進しているわけですね。視聴者からも質問がきています。「ソーシャルディスタンスを確保して定員を削ったら山小屋の経営は成り立つの?」という点についてはいかがですか?
伊藤:そこはシビアな問題で、まったく成り立たないです。定員を半分にしてやっと負債が減るくらい。山小屋って設備投資がかかるので、ものすごく利益率が低いんですよ。毎年満員御礼でやっとどうにかなるくらいだと思っていただければ。
三俣山荘自体、築60年と古いので、どうしても設備投資がかかります。たとえば10年後に建物に限界が来れば、建て替えなければなりません。借金を抱えた運営に近いんです。
—今年定員を半分にすると、経営が厳しいまま登山者を迎えることになるわけですね。
伊藤:今年それで乗り越えられたとしても、来年どうなるかという問題もあります。それから今年はまだヘリコプターの契約ができておらず、やっと1社見つかったのですが、そこだと燃料を運べません。もし運べないとなると、休業しなければならなくなります。その問題があるので、オープンを発表しつつも、予約を保留にしている状態です。
—最終的にオープンするかどうかは未定ということですね。
伊藤:はい。ここから2週間程かけて交渉してオープンにこぎつけるかたちなので、問題はコロナだけではありません。
—ほかにも視聴者から「山小屋の単価を上げる計画はありますか?2倍に上がったとしても自分は泊まりたいです」という投稿が来ていますが、料金についてはいかがですか?
伊藤:難しい問題で、山小屋の仕事ってインフラ整備からなにから一企業だけでは抱えきれない量なんです。たとえば、ヘリを使う物流だけでも国立公園のインフラ整備の一環として国が負担してくれるとか、そういうことになってくれれば話は別ですが、なにしろ資金が足りません。
山小屋業界や登山界で国立公園を維持する資金がまったく足りてないのが現状です。海外の場合、登山料や税金がかなり投入されていると聞きます。日本にはその窓口がありません。でも、いざ登山料を導入しとうとすると、その法整備はものすごくハードルが高いんです。
潰れる山小屋がどんどん出てくるなど問題が生じ始めて、今後10年がかりで議論に火が点いてくるのかなと考えています。
—コロナの問題だけでなく、構造や仕組みについて、対処療法ではなく体質改善から始めないと、持続可能な国立公園や登山文化を守れないということですね。
伊藤:実際に変えていかないと、今のような登山スタイルは続けられないでしょう。いずれは「山小屋が食事を提供してくれた夢のような時代があったね」などと懐古する状況にもなりかねません(笑)。
「料金が2倍でも泊まりたい」というお声はもちろん、ありがたいです。ただ、うちだけ2倍の料金にしても、根本的な解決にはなりません。国立公園全体で整備費が足りていないので、うまくいかないでしょう。それから、料金を上げることで山に来られない人が増える問題も。そんな事情もあって、今は値上げに踏み切れませんね。
※後編につづく。
トップ画像:TTさんの活動日記より/三俣山荘と鷲羽岳
※この記事は、2020年6月3日に配信した対談の内容を文章・画像で読みやすく編集したものです。
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