100%遭難しない山はない。山で死なないために私たちはどうあるべきか?

山岳遭難ルポの第一人者であり、長野県の山岳遭難防止アドバイザーを務める羽根田治氏を招いて行われたトークイベント【山岳遭難ルポの第一人者が教える!「山で死なないためのリスクマネジメント」〜秋の低山に潜む”道迷い遭難”の恐怖〜】(2018年8月29日/渋谷ヒカリエ KDDI ∞Labo)。前回に続き、本記事ではイベント後半で行われた、ヤマップ代表・春山との対談の模様をお伝えします。

2018.09.27

YAMAP MAGAZINE 編集部

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ヤマップ代表の春山(写真左)と、羽根田氏(右)[/caption]

リスクを知ることが、もしもの時の冷静さを生む

春山:遭難は山を登っている人なら誰しも経験することで、むしろ紙一重なのではないかと思っています。そうした中で羽根田さんの著書を拝見していると、生死の分かれ目を左右するのは「冷静さ」なのではないかと感じるのですが、やはりパーソナリティによるところが大きいのでしょうか?

羽根田:そうですね、性格的なものもすごく大きいかと思います。あと「切り替え」は大事です。いざ道に迷ってしまった時に「なんとかなるさ」とそのまま突き進んでしまうと状況を悪化させます。おかしいと思ったら戻る、が鉄則ですが、それでも迷ってしまったら腹をくくる。翌日の予定や仕事を気にして「何としても今日中に下山しなければ」と焦るのではなく、「そんなのは二の次。とにかく今は、生きることだけを考えよう」という具合に気持ちを切り替えられるかどうか。

春山:なるほど。単独行(ソロ)か否かというのも、冷静さに影響するのでしょうか? パーティー登山の場合、仲間がいることで客観的に気づきが多い分、冷静になれるような気もしますし。警察の山岳遭難報告書にもソロが多いと書かれていますよね。

羽根田:そうですね。警察の方はよく「ソロはやめましょう」なんて言いますけど、僕個人としてはそれはどうかなと思う部分もあります。というのも、単独行っていうのはいろんなことを学べる機会でもあると思うんですよ。山のことだったり、自分のペースだったり。自分がステップアップするためには一番いい形態ですので、必ずしも悪いということではないというか。ただし、一人で行く以上はそれなりのリスクマネジメントが必要ですが。

春山:確かにそうかもしれませんね。僕自身、やっぱり山に入る醍醐味って、自分と自然とが向き合うというか、都会にいる時とは違う感覚で命を自然に開くことだと思っていて。パーティで行くと自然を楽しむというより、周りを気遣うという感じで、また変わってきますよね。

羽根田:そういう楽しみを続けていくためにも、「事故を起こしたらおしまい」とまでは言いませんが、自分一人で対処しなければならないという意識を強く持つ必要はあります。単独行で行動不能になったらおしまいです。救助を待つしかないので、そういうことまで想定した上で山に入ってほしいなと思います。

春山:先ほどの講演の中で「正常性バイアス」とか「楽観主義バイアス」と行ったお話がありましたが、心理学面というか、人間の気持ちがどうなるのかを理解しておくだけでリスクマネジメントになるなと感じました。つまり、自分の性格的な傾向も含めて。

羽根田:そう思います。技術論も大事ですが、人間の心理的傾向や特性を把握しておく必要はあると思います。そうすれば、もしもの時に「あ、自分は今、正常性バイアスにとらわれているな」と、状況を客観的に捉えることができる。むやみに焦ったりパニックに陥るような事態を免れ得るかもしれません。

生き残る人と、死んでしまう人

春山:羽根田さんは生還されている方への取材を数多くされていますが、その中で冷静さ以外の共通点を感じることはありますか? 生死を分かつもの、というか。

羽根田:運、ですかね。運は大きいと思います。皆さん山を歩いていてヒヤリとした経験、ハッとした経験ってあると思うんですが、一歩間違えばもしかしたらその瞬間に大怪我をしたり、最悪命を落としていた可能性だってあるわけです。そういう意味では、運に左右される部分はかなりあるのではないかと。
あとは「生への執着心」でしょうか。絶体絶命、まさに生きるか死ぬかの極限の状況に置かれた時に、パニックになるのでもなく、落ち込んだり後悔に開けくれたりするのでもなく、「絶対に生き抜いて帰ってやる」「死ぬかもしれないけど、その瞬間まで生き抜いてやる」と、思えるかどうか。生還した方の話を聞いていると、そんな「マイナスの中でのプラス思考」を感じます。

春山:ああ、それでいうと、僕もある人からそれに近いものを感じたことがあります。ある人というのは、アラスカで出会ったアザラシ猟の船長なんですが。昔、2年半アラスカに住んでいた頃、春のアザラシ猟に同行したことがありまして。

羽根田:そうでしたか。面白いご経験をお持ちですね。

春山:その日は嵐で海が非常に荒れていて、アザラシを2頭獲ったところで、いよいよ船が沈むくらいの勢いで揺れ始めたんです。あまりにじゃぶじゃぶと水が入ってくるので、船が沈まないように1頭は海に捨てて、僕は「このままでは船ごと沈むんじゃないか」と思いながらひたすら掻き出しの作業をしていました。で、いよいよ「ああ、もうこれ沈む。死んでしまう」と思って後ろを振り返ったら、船長が笑ってたんです。

羽根田:ははあ、それはすごい。

春山:本当に。それ見た時に、僕は「助かる」と思ったんです。極限状況で笑えるということは、その状況を客観的に見ている証拠。そんな風に物事を俯瞰して捉えられる人というのは、たとえ遭難しても冷静に自分を分析できるし、その時々の状況に合わせて一つ一つ対応していけると思うんです。そういう特質って、非日常はもちろんですが、それ以前に生きる力というか馬力につながっている感じがしますね。

羽根田:それで思い出しました。山で遭難すると、ある種ひどく惨めな状況に陥るわけです。寝る場所も食べるものも極端に制限されてしまう。でも生還した人たちの話を聞いていると、皆さんそんな劣悪な環境を少しでも快適に過ごせるようにと工夫をされています。

春山:工夫、と言いますと?

羽根田:例えば、付近の石を動かしてうまいこと背もたれや足置きとして利用したり、折りたたみの傘を持っていたらそれをどこかへくくりつけて風よけにしたり。ほんの些細なことですが、そうやって疲れない工夫、生き延びるための工夫をしているわけです。そういうことができる人は強いな、という印象を受けます。

春山:なるほど。逆に、遭難する方の傾向というのはありますか?

羽根田:難しい質問ですね。一つ挙げるとすれば「自分を過信している人」でしょうか。もちろん最低限の知識や事前準備は必要ですし、注意することで防げるものも多いと思います。しかし、ヒューマンエラーを侵さない人間はいないのも事実です。遭難は誰にでも起こるものであって、100%遭難しない山はない。まずはその意識を持つことが大切だと思います。

まだまだ知りたい、遭難への備え

春山:せっかくなので、ここからは会場の皆さんの方からもご質問いただきながら双方向でディスカションできたらと思います。何か羽根田さんにお聞きしたいこととか、経験としてシェアしておきたいことはありますか?

【Q】生還された方はだいたい何食分の非常食を持っているのでしょうか?

羽根田:ケースバイケースですね。同じ一週間生き延びた方でも、ある人はほぼ非常食なし、ある人は小包装されたチョコレート十数粒と、人それぞれです。通常1日、多くても2日分程度の方が多いのではないでしょうか。過剰に持って行っても荷物が重たくなってしまいますので、コンパクトでカロリーが高いものを選ぶのがポイントですね。

【Q】今月18日に大キレットのA3のコルで、救助要請が行われている場面に遭遇しました。ヘリコプターはすぐ上空まで来ていましたが、ガスで視界が悪いためか15分ほどずっとホバリングしていて。あとから救助隊の方から、霧の晴れた本当に一瞬のタイミングで助けられた。そこでピックアップできなかったら、そのままビバークだった」と聞き、ヘリコプター救助も容易ではないのだと思いました。

羽根田:今、ヘリコプターレスキューは全盛ですが、おっしゃる通りすごくリスキーです。特に山岳飛行はガスや気流、風、雲などの条件が複雑に絡み合っていますので、それを一つでも見間違えるとヘリは落ちます。先日は群馬県、昨年は長野県、埼玉県、岐阜県でも落ちてます。颯爽と飛んできてスピーディににパッと助けているように見えますが、いくら雲ひとつない晴天でも気流が悪ければそれだけでもう近づけない。状況が変わるまで待つしかない、ということもあります。場合によっては、冬となれば劔方面では一週間、10日くらい天候が荒れることもありますから、それぐらいの覚悟が状況によっては必要になってくると思います。

【Q】正規のルートから外れてしまった時、GPSでなまじ最短ルートが分かってしまったことで、もと来た道を戻らずに直接急斜面を登ったことがありました。でも後から考えれば、下手したら滑落していたかもしれない。GPSも良いのか悪いのか分からないと思ったことがありました。

羽根田:リスクを最小限に抑えるのであれば、やはり遠回りになっても来た道を戻るのが確実かと思います。GPSを使っていた訳ではないのですが、唐松・大山・奥秩父の方で、分岐で道を間違えて巻道を進んでしまった人がいました。途中、間違いに気づいて「正規のルートは上を通っているはずだから、ダイレクトに直登すれば行き当たるはずだ」と登り始めたところ、転落して頭や腰を打ったり、メガネや携帯を無くして、なんとか日暮れ直前に下山して戻ってきたという話もあります。地図上で見ると短い距離でも、実際は藪漕ぎの連続で体力も時間も消耗するケースもあります。

【Q】遭難する前は慎重によく地図を見て集中することが基本スタンスになると思いますが、いざ遭難してしまった場合、心構えとしてどのように変化させるのが良いでしょうか?

羽根田:とにかく生きて帰るための最善策を考えることではでしょうか。まだ体力もあって装備も十分というのであれば、生きるために動くことも私はありだと思います。もちろんそこには地図やGPSで現在地がわかっている、などの根拠が必要ですが。
もしそうでない場合、極めて不確定要素が多い場合は、辛抱強く待つ。これが一番のリスク回避になるかと思います。ただし、それは登山届けを出している場合の話です。出していなければ見つけてもらえる確率は極めて低いため、救助を待つという選択肢は諦めないといけません。大事なのは、今、自分が置かれている状況を冷静に捉え、最もリスクの低い選択肢を探ることではないでしょうか。

春山:「迷ったら引き返す」「現在地が分からなくなってしまったら動かない」この2つは鉄則だとよく言われますよね。

羽根田:はい。現在地が不確定でそれでも動かなければならないような時には、尾根かピークを登り返すこと。くれぐれも沢を下りていってはいけません。ロープを持っていて懸垂下降のスキルがある場合は別ですが、そうでない一般登山者が沢を下ろうとすると滑落のリスクが高まります。

【Q】幻覚が見える時の原因、これが幻覚だと判断する方法について教えてください。

羽根田:幻覚を見ている時に「これが幻覚だ」と思ってはいないようです。原因についても個人差がありますね。山中を例えば一週間さまよっていてもさほど幻覚を見なかったという人もいれば、すぐに見る人もいますし。ただ、その時の願望が幻覚になって現れることが多いようです。人がいるように見える、声が聞こえたような気がする。そういうものがすべて幻覚・幻聴となって見える。これは低体温症になっていてもいなくても起こることのようです。

懇親会まで参加していただいた皆さんと「お山マーク」で記念撮影

いかがでしたでしょうか? これにてイベントレポートは終了となりますが、これを機に少しでも安全登山、遭難への備えについて考えていただけたらこんなに嬉しいことはありません。
ご来場いただいた皆さまには、「勉強になった」「またこうした会を開いてほしい」といったありがたいお声をいただきました。ヤマップではこれからも、皆さんがより安全に楽しく山を楽しめるようなイベント企画、コンテンツ制作を行ってまいります。ご意見・ご要望等ありましたら、どうぞお気軽にお問い合わせください。

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登山アプリYAMAP運営のWebメディア「YAMAP MAGAZINE」編集部。365日、寝ても覚めても山のことばかり。日帰り登山にテント泊縦走、雪山、クライミング、トレラン…山や自然を楽しむアウトドア・アクティビティを日々堪能しつつ、その魅力をたくさんの人に知ってもらいたいと奮闘中。