温暖な気候に恵まれ、なかなか雪が積もることのない北部九州に突如到来した大寒波。この機会を逃すまいと、福岡在住のYAMAP MAGAZINE編集部員がYAMAP専属ガイドのヒゲ隊長を誘って、雪中キャンプを計画しました。訪れたのは大分県日田市の山間部、奥日田エリア。標高950mに位置するスノーピーク奥日田キャンプフィールドで雪山と雪中キャンプを満喫した1泊2日の様子をお伝えします。
大分県西部、日田・玖珠・九重の絶景アウトドア。特設Webサイトはこちらから
2021.02.26
Toba Atsushi
YAMAP STAFF
各種メディアの影響もあり、数年前から空前のブームを迎えているキャンプ。とはいえ、大半の方は春から秋のシーズンに楽しみこそすれ、気温も下がり、装備も増える冬のキャンプには尻込みしていることだろう。
しかし、実は冬こそがキャンプのベストシーズン。蚊や蜂、アブといった虫に煩わされず、設営で汗だく…ということもない。しかも、雪が積もった際には、冬にしか楽しめない極上の雪中キャンプを楽しむことができるのだ。眩しいほどに光り輝く雪原とキリリと澄んだ空気、そして、雪が音を吸収することでもたらされる果てしない静寂。それは、暖かな時期のキャンプでは決して味わえない極上の体験である。
…
……
………
と、ここまで書いておきながらお恥ずかしい限りだが、実は筆者、雪が滅多に積もらない福岡に住んでおり、雪中キャンプを体験したことがない。ここまで書いたことは雑誌やWebの受け売りである。虚勢を張ったことをお詫びしたい。
とはいえ、日頃からキャンプには親しんでおり、暖かな時期に困らない程度の道具も揃えている。そんな筆者にとって雪中キャンプは体験したくてもなかなか手が届かない、高嶺の花のような存在だったのだ。
そんな雪中キャンプへの想いを抱き続けてはや数年…。チャンスは突然にやってきた。
大陸から張り出した−12℃の大寒波が九州上空に到来し、数年に一度の積雪が予想されるという。天気予報を聞くや否や私はスマートフォンを手に取り、YAMAPの先輩、ヒゲ隊長へと電話をかけた。
「雪遊びのチャンス到来です」
当日、向かった先はスノーピーク奥日田キャンプフィールド。大分県日田市の南部、津江三山と呼ばれる1,100〜1,200m級の山々に囲まれた標高950mのキャンプ場だ。前日から降り始めた雪は峠を越え、道中では雪解けの気配もちらほら見えていた。一抹の不安がよぎる。
「雪残ってますかね…(筆者)」
「微妙かもね(ヒゲ隊長)」
沈黙…。
だが到着した目的地には、期待を超える一面の銀世界が広がっていた。
現地の積雪量は20〜30cm。もちろん訪問時にはチェーンやスタッドレスタイヤなどの装備が必須
標高が高いだけあって、スノーピーク奥日田キャンプフィールドの気温は氷点下、下界では失われつつあるパウダースノーが未だ健在だ。すでに場内には数組の先客がおり、大人も子どもも雪遊びに興じていた。
子ども達がカマクラを作って遊んでいた。宿泊客は10組程度。夏場の盛況ぶりに比べると静かな場内
高鳴る期待を胸にまずはカウンターで1泊2日のチェックインを済ませる。今回は極寒のキャンプを快適に楽しむため、自分の持っている道具に加えて必要な道具を追加でレンタルするつもりだ。
ここスノーピーク奥日田キャンプフィールドでは、各種スノーピーク製品を借りることができる。今回レンタルしたのはフロアシートがなく、幕内に小型テントを張ってカンガルースタイルの宿泊にも使えるスノーピークのシェルター「リビングシェル」。食事の際にはこの中にテーブルや椅子を設置し、寒さを防ぐことができる冬キャンプには必須のアイテムだ。加えてシェルター内で暖を取るための「レインボーストーブ」、さらに−8℃まで使用可能な封筒型シュラフ「オフトン1200」もレンタルした。
これらと手持ちの春〜秋用キャンプ道具を掛け合わせれば、おそらく快適な雪中キャンプを過ごすことができるだろうとの目論見だ。
レンタルした道具。左から、リビングシェル・オフトン1200(2個)・レインボーストーブ
受付を済ませ、向かったのはフィールド内でも山々の景色が美しいFサイト。車輪がスリップしないよう注意深く進んだその先には、純白の雪原が広がっていた。
雪原を前に堪えきれず足跡をつけるヒゲ隊長。この行為によって踏み跡のない雪原を写真に収めることができなくなってしまった…
まずはシェルターを設置すべく荷を解くが…、日頃使用していないテントやシェルターの設営というのはなかなか難しいもの。それはアウトドアのプロ、YAMAP専属のガイドとして日々フィールドに繰り出しているヒゲ隊長も同じだ。
レンタルしたリビングシェルを悪戦苦闘しながら設営しようとするが、なかなかうまくいかない。ようやく張り終えたと思ったが、何やら天井が低く、所々たるみも見られ、頭を抱えてしまった。いきなりのピンチである。
とりあえず同封の説明書を参考に悪戦苦闘してみたが…、天井が異常に低い
「このまま、中腰の雪中キャンプとなるのか…」そんな不安を察してか、スタッフの方が颯爽と我々の元に現れた。「あれ? なんか低くないですか…」。途方に暮れる中年2人を前に手際良く組み直してくれる。
聞けば、レンタル製品を貸し出した利用者が途方に暮れるのはよくあるとのこと。そういった際にはスタッフが設営の手伝いやアドバイスをしてくれるそうだ。優しい笑顔で設営法にとどまらず、雪中キャンプのポイントや周囲の山の情報も教えてくれる。
スタッフの吉良さん。爽やかな笑顔でいろいろな質問に答えてくれる
スタッフの協力もあり(というか、ほぼ張り直しに近い状態だった…)どうにか設営を完了することができた。下の写真を見てもらえばわかるが、今回はレンタルしたシェルターの中に、こちらもレンタルしたストーブをインして、暖を取る。寝床として、愛用の登山テント(フライシートは使用しない)をシェルター内に設置し、カンガルースタイルにした。煮炊きは手前に写り込んでいる焚き火で行う予定だ。
シェルター内のテントには筆者が宿泊する。鬼気迫るジャンケンの末、ヒゲ隊長は外にテントを張ることになった。
※シェルター内でのストーブの使用は安全に留意して自己責任で行ってください。株式会社スノーピークでは、スノーピーク製ではないシェルター内でのスノーピークレインボーストーブの使用を安全上の理由から禁止しています。くれぐれもご注意ください。また、スノーピークレインボーストーブは現在廃番となっているため、購入はできません。キャンプフィールドでのレンタルのみの対応となります
一通り設営も完了し、気がつけばもう夕方。雪遊びをしたい気持ちをグッと堪え、夕食の準備にかかる。せっかくの大人キャンプ、今回は舌でも日田の山を味わおうと、とっておきの食材を用意した。
日田の山野をフィールドに狩猟を行っている「奥日田獣肉店」から、イノシシ肉を入手しておいたのだ。わな猟から解体、精肉すべてを自ら手がけるこだわりの猟師が供する肉は状態も良く、日田のアウトドアマンの間では密かな人気を博している。
イノシシバラ肉1kg。イノシシは脂身が美味い。厚い脂身に期待が膨らむ
作るのはイノシシ肉の香草焼き。ダッチオーブンの中に肉を置き、ニンニク・ジャガイモ・玉ねぎ・パプリカ・レモンをその周りに無造作に置いていく。最後にローズマリー等の香草と塩胡椒を散らしてあとは炭火にかけるだけのワイルドな料理だ。
加熱時間はおよそ30〜40分程度。肉が大きいことと、野生動物のものであることから、少し長めに加熱することにした。
加熱開始からしばらくすると、火の爆ぜる音の間に脂が跳ねる音が聞こえてきた。キャンプフィールド内には、他にも宿泊客がいるはずだが、その気配も雪がかき消してくれる。あたりは全くの静寂。
ヒゲ隊長が時折、堪えきれずにダッチオーブンの蓋を開け、中の様子を伺う。「そろそろいいんじゃないか?」「いや、まだもう少しです」。寒さを忘れて鍋のそばに寄り添う姿は、腹をすかせた子どものようだ。
ダッチオーブンの上下に炭を置き、全体を加熱していく。分厚い鋳鉄でできているダッチオーブンは蓄熱性が高く、煮込みや焼き料理はもとより、ローストにもその威力を発揮する
40分を少し過ぎた頃、火の通り具合を調べるために刺したナイフの傷からは、透明な脂が美味そうに溢れ出した。ようやく完成だ。薪をまな板がわりにして切り分けると、断面からは豊かな肉汁が溢れ出す。
(上)パプリカが少々焦げてしまったが、満足のいく仕上がりだ。(下)薪のフラットな面をまな板として使用。使用後は燃やせばいいので片付けも楽だ。衛生面は…、各人で判断して欲しい
口に含むと臭みは全くなく、上質な脂のコクが広がる。後追いでかけたレモンがいいアクセントだ。そして程よい歯応え。ジビエということで相応の硬さを覚悟していたが、意外なほど柔らかい。特にカリッと焦げ目のついた脂身が絶妙だ。加えて、驚くほど美味かったのが肉汁をたっぷりと吸ったジャガイモ。塩胡椒だけとは思えない豊かな味に仕上がった。
暖かなストーブを囲み、滋味豊かな地元の食材を堪能する。会話はそんなに多くなくていい。ポツリポツリと交わされる仕事や家族のこと。たまに懐かしい音楽や車の話に華が咲く。
次第に小さくなっていく焚き火を眺めながら、雪の夜は更けていくのだった。
翌朝テントから出ると、早く目覚めたヒゲ隊長がコーヒーを飲んでいた。夜半からまた少し雪が降ったようだ。昨日の足跡は消えていた。
今日の予定は大人の雪遊び。スノーピーク奥日田キャンプフィールドには、レイトチェックアウトというサービスがある。プラス1,000円(税抜)を支払えば、通常のチェックアウト11:00を16:00まで延長できるのだ。今日はそのサービスを利用し、片付けを後回しにして、ゆっくりと雪を堪能する。
午前中は近くの釈迦岳山頂を目指す。大分県と福岡県の県境に位置するこの山は、福岡県最高峰(1,231m)であり、数多くの登山者に愛されている。我々YAMAPスタッフも仕事柄、何度も登っている山だ。正直、ルートはほぼ暗記しており、倒木や分岐の位置も諳んじることができる。
しかし、この雪によって景色が一変しているのではないか…。そんな期待を抱いて、キャンプフィールドから釈迦岳山頂を目指すことにした。
スタート時にはYAMAPを起動
今日のコースは、大分県と福岡県の境に位置する矢部越登山口から山頂へ向かう。スノーピーク奥日田キャンプフィールドから登山口までは林道をおよそ2km、そこから山頂までは、0.9kmのショートコースだ。
林道から見る山の表情はいつもとは一変していた。北国でよく見られるスノーモンスターさながら、真っ白な衣をまとった木々に心躍る。
キャンプフィールドから登山口に向かう道中。道には山に生きる獣達の足跡も散見された
登山口から数分ほど入った場所に広がる広葉樹の森も、いつもとは違う表情を見せる。足元はキャンプフィールドと同じく20cm程度の積雪だ。軽アイゼンを頼りに慎重に歩を進める。
通常なら登山口から頂上までは35分程度で到着するが、雪の影響も考えて今回は1時間での到着を予定している。日頃なら素通りする杉の木立すら美しい。
そして、いよいよ釈迦岳山頂目前。ふと目を挙げたその先には、樹氷によって白く染め上げられた福岡県最高峰が私達を出迎えてくれた。頂上まではもう少しだ。
低木に降り積もった雪のトンネルを潜り、山頂を目指す。うっかり触れてしまうと頭上から雪の洗礼を受けることになるが、それもまた一興。雪が頭上に落ちるたびに歓声をあげながら、進んでいく。
(上)低木に触れると降り積もった雪が落下、首筋を直撃する。(下)前を歩くヒゲ隊長の落とし物。真っ白だから見つけやすいのか? 埋まるから見つけにくいのか? ともあれ落とし物には要注意
最後の急登を登り終えた先には、感動の絶景が広がっていた。隣にそびえる御前岳は美しい三角錐をそのまま、樹氷によって白く染められている。遠くに目をやれば、晴れ間が覗く空模様も手伝って、くじゅう・阿蘇の山々がはっきりと見える。
山頂からの絶景。くじゅうや阿蘇の山々が美しく広がる
それは、記憶にある山頂からの眺望とは全く別の世界だ。「登り飽きていた…」とまでは言わないが、季節によって全く違った姿を見せる山の奥深さを感じ、後ろ髪を引かれる思いで、私達は山頂を後にした。
奥に見えるのが御前岳。釈迦御前間の縦走は人気のルートだが、今回はここで引き返す
キャンプフィールドに戻って遅めの昼食を済ませると、時刻はもう14:00過ぎ。そろそろ撤収を始める時間だが、実はもうひと遊び、試してみたいことがあった。
昨日のチェックイン以降、時折静寂の中に可愛らしい歓声が響き渡っていたのだが、その先に目をやると斜面をソリに乗って滑る子ども達の姿があった。しかも結構なスピードで…。
その時には口にこそ出さなかったが、実はふたりとも内心やりたいと思っていたのだ。このキャンプを締めくくる遊びとして、童心に帰るのも悪くない。
巧みにソリを操り、斜面を一直線に滑っていく子ども達と同じように遊んでみることにしたのだが…。
雪遊びはくれぐれも自己責任で。怪我には要注意
ひどい目にあってしまった。心は子どもに帰れても、やはり長年の不摂生が祟った身体は正直。体重移動が上手くいかず、あえなく雪の壁に激突…。でもそれも楽しい。
最後に無様な姿を見せることになってしまったが、こうして九州では稀な雪中キャンプを楽しむ1泊2日は幕を閉じた。春夏秋と自然はさまざまな姿を私達に見せてくれる。外遊びも楽しい。ただ、冬は寒さにかまけて外遊びが億劫になってしまうことも多いのではないだろうか。
でも冬の奥日田には春夏秋に劣らない、いや、それ以上の楽しい自然が果てしなく広がっていた。ぜひ次の雪の日には、童心に帰って奥日田の雪を楽しんでみてはいかがだろうか?
スノーピーク奥日田キャンプフィールドは最大84組を収容できる北部九州でも屈指の規模を誇る人気キャンプ場だ。コインシャワーや管理の行き届いたトイレ、温水が出る洗い場など快適に過ごすための各種設備も充実している。スノーピーク製品や各種キャンプグッズが揃うショップも併設されており、アイテムのレンタルも可能なので、ビギナーからマニアまで幅広く楽しめるはずだ。
スノーピーク奥日田キャンプフィールド公式Webサイトはこちらから
北部九州のほぼ中央、福岡市街から車で約1時間の場所に位置する大分県日田市・玖珠町・九重町。大分県西部と呼ばれるこのエリアは、美しい山々と川に恵まれた、九州を代表するアウトドアの聖地です。登山に川遊び、キャンプ…。ファミリーでライトに楽しむのも、ひとりでディープに楽しむのも思いのまま。絶景のアウトドアフィールドがここには広がっています。