金剛生駒紀泉国定公園内の自然学校、「紀泉わいわい村」。畦道や小川、雑木林をフィールドに、里山の暮らしと自然が体験できるこの施設で、YAMAPを使ったいきもの探しのプログラムが行われました。参加するのは子どもだけ。親元から離れ、自分たちの力で自然と触れ合うことが狙いです。 山間の自然学校で、子どもたちが体験した里山でのフィールドワークの様子と、そこに住む生き物の魅力をご紹介します。
2021.02.18
堤谷 孝人
フリーランスクリエイター
山に里、海に川。自然というフィールドは子どもの好奇心を刺激し、不思議を発見する力を育んでくれる。また、自然の中でトライアンドエラーを繰り返したり仲間と協働したりすることも、未来を生き抜く力となる。自然の場を使った多彩なワークショップやプログラムは、子どもを大きく成長させるのだ。
爽やかな秋晴れの午前、私は一通のメールを受信した。民間による里山での「いきもの探求体験型ワークショップ」が開催されるということで、その取材依頼だった。オンライン取材ではない、久々の現地取材だ。私は、参加する子どもたちの好奇心にあふれる表情を楽しみにしながら、当日を待った。
ワークショップ開催の10/17土曜日、この日の最高気温は14.3度、最低気温は12.7度。接近していた台風14号は寒気を呼び込み、8日ぶりに最高気温が20度を大きく下回ったものの、気温変化に刺激されて、普段はあまり見られないいきものが見られる可能性もある。終日雨の予報だが、自然やいきものにとって雨は恵みだ。そういった摂理も含めて、参加する子どもたちの学びになってくれることを祈り、私は一路現地へ向かう。
大阪市から阪神高速4号湾岸線を南下し、阪和自動車道を経由して泉南IC出口へ。府道63号で山に入り、15分走ると紀泉わいわい村に着いた。市内からたった1時間で、見渡す限りの山々。排気ガスも工場の煙も、ここにはない。
ワークショップの開始は10:30から。道路の乱れもなくジャスト1時間前に到着し、手持ち無沙汰になっている私を見つけた男性スタッフの柳原さんが、村内案内に誘ってくれた。
紀泉わいわい村は、金剛生駒紀泉国定公園内の中にある施設を伴った自然公園だ。設置者は大阪府、運営者は大阪YMCA。棚田、畦道、小川、雑木林、野原など、里山の環境が揃っており、里山体験にどっぷり浸ることができる。里山は人と野生動物の生活圏の境目だが、人口減少もあって近年、廃れてきている。結果、クマなどの野生動物が街までやってきて、人を驚かせている。人によって手入れがなされた里山は人・野生動物の両者にとって、安全に暮らすために欠かせない環境なのだ。
さて、雨はいぜん、止む気配がない。傘を差しながら村内を奥へと歩く。村内には食堂棟、研修棟、宿泊棟など用途が決められた古民家が並ぶ。小川が村の中央を流れ、村の入り口となる橋の手前で小さな滝となって落ちる。
「木が並んでいるでしょ。全部、食べられる実がなる木なんですよ」と、柳原さん。ザクロにカキ、ナツメ、グミ、ヤマモモ、クリなど、どの季節に来村しても、食べられる実がなっているのだ。そういえば、雨に濡れた地面には開いたイガグリがあちらこちらにある。中のクリは無い。村の中腹まで来ると、開いたイガグリが茶色のじゅうたんのようにひしめいている。
「この時期は、イノシシとの取り合いなんです(笑)」夜にはイノシシがけもの道を下りて村に入り、クリをほじくって食べるのだという。そういえば、芝生にもところどころ穴がある。イノシシの仕業なのだろう。「昼は人が取り、夜はイノシシが食べる。山の幸は早い者勝ちです」。
整備されたキャンプ場でもまれに野生動物と遭遇することはあるが、頻繁に出くわすものでもない。にわかにいきものの気配が感じられるような気がして、周囲を見渡してみる。「タヌキやアライグマ、たまにノウサギも見られますよ。南の稜線向こうは和歌山県の岩出市なんですが、クマが出るそうです。でも、安心してください。ここまではやって来ません」時期によってはジョウビタキ、ヒヨドリ、ツグミ、カワセミ、モズといった野鳥もあちらこちらで見られるそうだ。
一通り案内してもらい、集合場所へ戻ると、一番乗りの子どもが受付前にいた。受付棟の至るところに展示された自然物やいきものの標本などに、目を輝かせている。子どもたちは自分で名前を告げて名札、フィールドノート、探検マップを受け取る。
子どもたちを午前中のメインフィールドの一つとなる研修棟へ案内するのは、大学生のボランティアスタッフ。縦の繋がりも大切にするYMCAは、こういった子ども向けワークショップにしばしばボランティアスタッフを募り、チームリーダーとして活躍してもらう。学生たちは教員志望が多いそうで、子どもへの眼差し、接し方が温かい。
古民家を使った研修棟は清掃が行き届いており、靴下で歩いてもホコリで白くならない。
実は今回のワークショップは、YAMAPの地図アプリを活用して自然の中を探検し、いきもの探しをする、「紀泉わいわい村×YAMAP」初のプログラム。小学1年生から5年生までの12人が参加してくれた。
まず、わいわい村でさまざまなプログラムに携わってきたスタッフの一人である「たぬきリーダー」から、ワークショップの内容、フィールドノートや探検マップの使い方の説明があった。そして、子どもたちの自己紹介に続いて、チーム分け。今回は兄弟姉妹や友達での参加がほとんどだ。チームはすぐに決まった。各チームには大学生リーダーがつく。
晴れていれば屋外でのいきもの探しは午前、午後と2度ある予定だったが、本日は雨天プログラムとなった。午前は川のいきものを捕る仕掛けを作り、川へ沈めに行く。その後、昼食。午後も雨が止んでいなければ、チームごとにスポットを絞っていきもの探しをし、仕掛けを引き上げに行く。最後は研修棟に戻り、YAMAPアプリを活用した振り返りをする。
チームごとにペットボトル、マジック、ハサミ、キリなどの道具が渡された。ペットボトルを上下2つに切り、口を逆さにしてくっつける。これでいきものが仕掛けに入りやすく、出にくくなる。入り口側の幅をあまり広く取ると、いきものを捕らえておく空間が狭くなる。「これくらいかな?」と相談しながら、長さを決めていく。子どもたちの頭の中は、すでにいきものが入ったイメージでいっぱいだ。
切り口を養生したら、仕掛けに好きな模様や絵を描く。「魚が住みたくなる家にしよう」「カラフルでかわいいおうちにしよう」。鬼滅の刃や、クレヨンしんちゃんの絵も見られた。マスクをしていても見えるニッコリした目から、子どもたちの想像力が伸び伸びと羽を広げていることがわかる。
ところで、部屋の中には様々ないきものや標本があり、自由にふれることができる。例えば、この地域では「ハビ」と呼ばれるマムシや、アオダイショウをアルコールで液浸した標本。どちらも、都会では見られないいきものだ。
カブトムシの幼虫を触った男の子は、その大きさに目を見開いていた。
仕掛け作りは進む。仕掛けにキリで穴を空けることで、空気を抜けやすくするとともに、中に入れるエサの匂いを広く漂わせることができる。
エサは匂いが強いスルメ。これならいきものが引きつけられそうだ。エサを入れ、最後に引き上げのためのロープを付けて、完成。
すべてのチームの仕掛けができたところで、たぬきリーダーが子どもたちに呼び掛けた。
「みんな、いい仕掛けができたね。実は、今朝から仕掛けを沈めているんだ。まずは、それを見に行こう」カッパを着て、村の入り口にある橋へと移動する。人工滝の先には仕掛けが2つ、沈められていた。
仕掛けに詳しい「にんじゃリーダー」が足を滑らさないよう慎重に仕掛けを引き上げる。遠目にも、仕掛けの中で何かが跳ねているのが見えた。様子を見守っていた子どもたちが一気に賑やかになる。「何が入っているのかな?」「魚かな?」など、興奮を抑えられない様子だ。
中に入っていたのは、カワムツとカワヨシノボリだった。きれいな川の上、中流域に生息するカワムツは、銀色に輝いている。
これが自分の仕掛けにも入るのかな…。にわかに色めき立つ子どもたち。仕掛けを入れるスポットに向けて、村を奥へと移動する。
途中、イガグリの中にクリが残っているのを発見。イノシシが見つけ損ねたのだ。たぬきリーダー「持って帰っていいよ」女の子「やったー!」。かなり良いサイズのクリが、雨に濡れて、宝物のようにキラキラ光っている。
仕掛けを入れるスポットは、静かな淵だった。水面を打つ雨粒を嫌がるいきものが、底のほうでじっとしているかもしれない。お腹を空かせたいきものたちは、きっとカラフルな住み家と、スルメの美味しそうな匂いにつられるだろう。仕掛けの沈め方を教えてもらって、足を滑らさないように、慎重に沈める。
何度も投げ直して、収まりが良い所を探る。願いは一つ「いきものが気に入ってくれますように」。遠くの深い所にいきものがいそうだ、と遠投したら、仕掛けが飛んでいってしまうハプニングもあり…(たぬきリーダーが回収)。
雨の中でやや体が冷えてきたところで、お待ちかねの昼食タイム。寒そうにしている子ども達の様子を察して、今回は土間のかまどで暖が取れる茅葺棟で昼食をとることとなった。昔の農家をそのまま残した茅葺棟は、子どもたちにとって見慣れない家屋。気分の高まりが止まらない子どもたちは、土間から上がった畳部屋と囲炉裏部屋で、ぬくもりながら愛情がこもった弁当を満面の笑顔で食べる。
食べ終わったら、みんなで鬼ごっこ。古民家で大人に叱られず思う存分走り回れる体験は、そうはできないに違いない。雨が降ったから楽しめた、サプライズの時間だった。
体も心も温まったところで、研修棟に戻る。ここで、フィールドノートが活躍する。今回の取り組みのために作られたオリジナルのフィールドノートは、子どもたちがフィールドで得た発見や気付きを枠内に書き出し、その事柄の意味や不思議、疑問などをじっくり考えることで、さらに深い学びへと繋げてくれる。
実際に、子どもたちは、仕掛けを沈めに行ったときに村で見聞きしたことを枠内に書いて、「そういえば…!」「あれはどうなっていたっけ?」「なんていう名前の木だろう」といった気付きを得ていた。
昼食の間、たぬきリーダーは新しいいきものとの出会いを用意してくれていた。ナナフシに見えるナナフシモドキと、2日前に窓ガラスにぶつかって死んだトラツグミの死骸だ。山にしかいないトラツグミは美しい羽をしていて、感動した女の子はフィールドノートに模写していた。午前に捕まえたカワムツは、水槽に入れられていた。
フィールドノートを埋めると、チームごとに村の中で行きたいポイントを2箇所ほどに絞り、いきもの探しへと旅立つ。探検時間は30分。リーダーがYAMAPアプリでわいわい村の地図をダウンロードし、GPSと連動させながら子どもたちの後ろを歩く。
今回のワークショップで設定した「いきもの」の種類は様々だ。魚、水生生物、昆虫、それに植物でもいいし、いきものの痕跡だってOKだ。各地で開催されている「いきもの探し」系のワークショップでは、いきものを捕獲したり撮影したりした場所を正確に記録することは難しい。しかし、今回のようにYAMAPアプリを活用すれば、いきものの写真と撮影した位置を正確に記録でき、さらに参加者全員で情報を共有することもできる。地理的環境の微妙な変化で変わるいきものの違いも記録から推測したり考察したりでき、より多くの学びを得られるというわけだ。
探検を終えると、午前中に沈めた仕掛けを引き上げに行く。しかし、雨天の影響か、どのチームも川のいきものを捕まえることはできなかった。残念…諦めきれない…。そこで、リーダーが子どもたちにこう提案した。
「仕掛けを明日まで沈めておこう。いきものが入っていたら、YAMAPアプリで見られるようにするよ」やったね、と子どもたちは願いを込めて、再び仕掛けを沈めた。「おうち、気に入ってくれますように」
本来、その日にいきものが捕まえられなければ、「残念ながら、次の機会に」となる。YAMAPアプリは、いつでも、無期限で共有、閲覧できる。ワークショップが終わっても工夫次第でその場と繋がっていられる。
研修棟に戻ると、プロジェクターでチームの成果を共有する。「私が獲ったバッタだ」「あんなにクリがあったんだ!」グループを超えた共有が振り返りを充実させ、子どもたちは深い学びを得た様子。家に帰ったら、YAMAPアプリで保護者と一緒に楽しかった活動を振り返るはずだ。
初めての場で、知らない大人と過ごした子どもたちだったが、時間を経るごとに表情が生き生きとし、発言がその子らしく、行動が活発になっていった。あらためて自然の力を見た気がした。きっと、次の機会にも子どもたちは参加してくれるだろう。熱望していたカエルを捕まえに、あるいはクリをたくさん拾いに、または自分たちが作った仕掛けをいきものに気に住み家として入ってもらうために。