60以上のアウトドアブランドを取り扱うセレクトオンラインストア「YAMAP STORE」の実店舗が、2021年3月8日、ついにオープンしました。ですがこの店舗「ネットで扱う商品を見て触れるショップができた」というよくある展開とは少し違うのです…。地元北部九州の素材を使った内装、YAMAPのパーソナルデータを元にした顧客ニーズに寄り添う接客、アウトドアブランドと登山者をつなぐイベントの実施など、人と自然、人と人を繋げる場所をつくる取り組みが、博多駅近くのオフィス街から生まれようとしています。今回は、福岡を拠点に活躍するアウトドアライターの米村奈穂さんにお店の様子を取材いただきました。
2021.03.16
米村 奈穂
フリーライター
エレベーターの扉が開くとまず、星野道夫氏のカリブーの写真に出迎えられる。写真の下には「なにはともあれ、自然にかえれ」という今西綿司氏の言葉。店の自動扉の先には、実物大の木彫りのオラウータン。店内に足を踏み入れるとそこには山小屋があった。
エレベーターを降りるとまず目に飛び込む星野道夫氏のカリブーの写真
当初は、移転予定の新社屋の1階に、社員食堂も兼ねたカフェと店舗をつくる計画だった。「山や登山に興味関心のない人にも山の魅力を届けられる場をつくりたかった。そのために飲食は大事だと思いました」と代表の春山さんは語る。コロナの影響で、新社屋の移転は仕切り直し。社員食堂を兼ねたカフェの計画は断念せざるを得なかった。そんなコロナ禍でも「自分たちが目ききした道具を展示し販売する場だけは完成させたい」という思いで、半年かけて実店舗が完成した。
展示棚はデッキ下に収納でき、山小屋の壁はローラー付きで開閉可能。まるで山道具のようなギミックに富んだ店内
店の形態は、展示品を触って試し、気に入ればオンラインで注文、後日商品が配送されるというもの。環境を意識し、必要以上の在庫は持ちたくないという考えから、ショールーム型の店舗形態にいたったという。
これまでオンラインショップを運営してきた中で、春山さんには気づいたことがある。「この数十年、流通の仕組みがほとんど変わっていない」ということだ。廃棄される過剰在庫は、世界的な社会問題にもなっている。そんな状況の中、自分たちにできる形を模索した結果、ショールーム型の店舗に行き着いた。
買い物の際は、コンシェルジュとしてYAMAPスタッフがサポートをしてくれる。来店はオンラインで予約。YAMAPの活動日記や来店の目的などのパーソナルデータを元に、登山経験や道具に関する悩みなど、事前のヒアリングによって、顧客のニーズに合わせた接客を提供する予定だ。しかしそれは、ただ単に買い物をサポートしたいということではない。
オンラインストアで取り扱うブランドは60以上。それらを実際に見ることができる
「山道具は高価で、命に関わる道具でもあります。せっかく買うのであれば、末永く使ってほしい。また、山だけではなく普段でも使える道具を手にしてほしい。その人のライフスタイルや、自然との向き合い方を聞きながら道具の購入をサポートできれば。単に買い物の場としてだけではなく、山に関する情報や情熱が溜まっていく場所に育てていきたいですね。いずれは、道具のリースやレンタルも、このリアル店舗から展開していきます」と春山さんは言う。
ガレージブランドの商品が充実しているのも嬉しい
また「店舗をコミュニティスペース、発信場所としても活用したい」と春山さんは考えている。まず最初にやりたいことは、つくり手の声をユーザーに届けること。
「ティートンブロスの鈴木さんやパーゴワークスの斎藤さんなど、ブランドのつくり手の話は本当に面白い。商品には、つくり手の道具に対する考え方、哲学が表現されています。だからこそ、つくり手自らが商品に込めた思いやこだわったポイントをユーザーに伝える場所が必要な気がしています。この店舗を発信拠点に見立て、つくり手とユーザーをつなげる取り組みにもチャレンジしたいです」
代表の春山さんがコンシェルジュとして店に立つこともあるという
「コロナ収束後は、インバウンドを含め旅人が北部九州のアウトドアスポットを知るために立ち寄ってくれるような場所に育てていきたいと思っています」。アウトドアのインフォメーションセンター的な役割をこの店舗が担っていく構想もあると春山さんは語る。地図アプリを提供するYAMAPならではのサービス提供の場、集いの場になりそうだ。
山を愉しむ人の部屋をイメージしてつくられた山小屋スペース
つくり手と登山者を繋げたいという春山さんの思いは店舗設計にも表れている。内装を手掛けたのは、店舗デザインから製作までを請け負う、スリークラウドの神武豊さん。糸島で生まれ育ち、現在も糸島を拠点に活動する。神武さんに完成までの話を伺おうとすると、店の外に案内された。「いつも、施工する場所の環境になるべく逆らわないようにしています」と神武さん。とはいっても、ここは博多駅前オフィスビルの5階。
「初めてこのビルに来た時、エレベータで5階に着くと、壁が真っ黒で窓もなく暗い空間になっていることに着目しました。山に登るときも最初は人工林だったり、森に囲まれていたりして暗いですよね。この暗いエントランスが、山の登り始めの感じに似ているなと思ったんです」
登山口のようなエントランスからは、穴の空いた有孔ボードに囲まれた通路を抜けて店内に入る。
暗い登山道を抜け、明るい稜線を経て山頂へ。登山をイメージできる店内へのアプローチ
「有孔ボードの穴から木漏れ日のように光が入ってくるんです。穴のピッチと径が異なる2枚の板で壁を作り、小さな穴からも光が入りやすくなるよう調整しています」。通路を抜けると、まるで登山道の分岐のように、左から入ると窓側の明るい店内へ、右から入ると木のぬくもりを感じる山小屋が目に入る。
山を楽しんでいる人の空間を見せたいと思い、店内にまず山小屋を作ろうと思ったと神武さん。山小屋は一段高くなっており、ここも登るという行為を意識したつくりになっている。
スリークラウドの神武豊さん。主に北部九州の地元材を使い、プロダクト製作や店舗の内装を手掛ける
山小屋の奥には「YAMAP冒険BOOKS」のコーナーを設置。棚には、串田孫一から宮本常一、レイチェルカーソン、福岡市在住の登山家栗秋正寿の著書まである。額に入った畦地梅太郎の版画も並び、山好きならきっとくつろぎたくなる空間。コーヒーを淹れるコーナーもあり、来店者へ提供する予定だ。
山に関する書籍だけでなく、民芸、写真、旅などなど、棚の前に置かれた椅子に腰掛けて読みふけりたくなる「YAMAP冒険BOOKS」コーナー
小屋からさらに一段上がった窓際のデッキには、杉でつくった柵が設置されている。安全対策だけではなく、角材には細工が施されていて、横からみると脊振山系の稜線が浮かび上がる。日々その稜線を眺めて暮らす、神武さんならではのアイデアだ。
店内の隅には、福岡県の宝満山や佐賀県の天山で採石された石が、山の植物とともに配置されいる。店に使われる木材は、糸島の堀田製材所から仕入れた北部九州産。
店の中央を博多湾と見立て、東から福智山・宝満山・脊振山系へと繋がるように、その土地由来の石と木々が配置されている
地元杉の丸太を使った坂下和長氏デザインの椅子。什器やライトは、糸島のDOUBLE DOUBLE FURNITURE 、nomade design、mihataya、moqu comoによるもの。コーヒーコーナーには、こちらも糸島にオフィスのあるWeber Workshopのコーヒーミルが置かれている。
YAMAPの”Y“の字をモチーフにしたテーブル
山小屋内にはコーヒーサービスのスペースがあり、話題の「Weber Workshops」のコーヒー器具がスタンバイ
「地元に根差す神武さんに依頼したからこそ、北部九州の木材や福岡在住の作家さんにこだわって、店をつくることができました。大手の工務店さんに頼んでいたら、こんな店舗づくりはできなかったと思います」と春山さん。店舗を作る際、春山さんが参考にしたという建築家隈研吾のインタビュー記事(雑誌『ハーバードビジネスレビュー』2020年8月号掲載)にこんな言葉があった。
『場に根ざす素材を使うことで、そこに暮らす人の存在を感じることができる。かつての建築は、モノをつくる人と使う人が、モノを介してコミュニケーションを取り、それが地域のネットワークを支えていた。モノをつくること自体が人間同士をつなげていた』
YAMAPがつくる地図も、人と人を繋げる側面がある。この店も同じ。地図をつくる人と地図を使う人。道具をつくる人と使う人。店舗をつくる人と店舗を訪れる人。様々な人を繋げる場が生まれようとしている。
福岡に本社があることを感じさせないほど、全国の地図を網羅し、全国の山情報を提供してきたYAMAPが、コロナ禍を経て今、福岡にいてこそできることに目を向け始めた。山という自然を相手にする企業として、ローカルや地域に根差した取り組みを始めるのは、自然な流れなのかもしれない。
「YAMAP STORE 福岡店」では、アウトドアの老舗ブランドから、新進気鋭のガレージブランドまで、厳選した商品を実際に手にとってお試しいただけます。取り扱い商品のラインナップについては「YAMAP STORE オンラインショップ」をご参照ください。ウェア類はもとよりシューズやバーナー、ザック、各種小物など、きっとお気に入りのアイテムを見つけられるはずです。
現在、YAMAP STORE 福岡店へのご来店は予約制となっております。来店ご希望の方は、下記よりご予約をお願いします。
※店舗スペースの都合上、一部展示のない商品もございます。あらかじめご了承ください。