滋賀県高島市にある山の道「中央分水嶺・高島トレイル」は総延長80km。琵琶湖と日本海に挟まれた峰々をつなぎ、冬には2、3mもの雪に閉ざされる近畿地方屈指の豪雪地に延びるこのロングトレイルは、雪の重みから解放され、雪の滴を得て、命が一斉に芽吹く、まさにいまが旬。
アウトドアライター森山伸也さんとフォトグラファー大森千歳さんが、パタゴニアの最新トレイルパンツを履いて、高島トレイルのハイライト区間、13Kmを歩く1泊2日の山旅をルポしてくれました。果たしてその機能性やいかに?
2021.04.30
森山 伸也
アウトドアライター
高島トレイル80kmをスルーハイクしたのは、10年ほど前のちょうどいまごろだった。全線開通の知らせを耳にしたぼくは、鼻息を荒げて5日分の食料とキャンプ道具を背負って家を出た。東京駅発、東海道新幹線の始発に飛び乗ると、10時半にはトレイルの起点、福井県と滋賀県の国境となる愛発越(あらちごえ)に立っていた。
正直、高島トレイルを舐めていた。「80kmと言っても所詮、西日本の低山だろ」と。
だが、実際歩いてみると近畿の水瓶=琵琶湖を潤すブナの森の大きさ、琵琶湖と敦賀湾へ開ける大展望、アルプスのような岩稜の山に目を奪われっぱなしで、毎日やってくる激しいアップダウンに心が折れそうになった。
でも、1日、2日、3日と歩けば歩くほど体は山に馴染み、水を飲めば飲むほど、山の一部になったように心地よかった。自然に抱かれながら一挙手一投足で生きている実感を得られる“トレイルに暮らす”という楽しみというか、生きる本質を知った瞬間だった。
それからというもの、国内外のロングトレイルへ出かけては、テントで幾晩も寝て、長く山をさまよい歩くようになった。
そう、山を“歩く”よりも山で“暮らす”にしっくりきてしまったのだ。
4月中旬、例年ならトレイルにまだ雪が残る時期だが、今年は雪消えが早く、すでにトレイル開通という情報をYAMAPでキャッチ。雪深い新潟の自宅から、妻の千歳と犬のモリコとともに車で琵琶湖へ向かった。
滋賀県と福井県の県境となるトレイルの東端、愛発越から歩きはじめ、トイレのある黒河峠(くろことうげ)に野営し、マキノ高原へ下る今回のコースは、高島トレイルのハイライトと言える。
ブナをはじめとする豊かな森が稜線を覆い、南に琵琶湖、北に日本海の敦賀湾への展望が開け、赤坂山など比良山系の著名な山々が連なる。日の出から日没まで歩き続ければ1日で歩ける距離だが、あえてテント泊にこだわった。
なぜなら、山を知る最善の策は、テントで寝ることだからだ。
地面で夜を越すことは、地球の自転に合わせて山を見ること。闇がやってくると動物が動き出し、日の出とともに野鳥がさえずり、太陽が高くなると森が生き生きと輝きだす。
荷が重くなれば、歩はゆっくりと、自然をよく観察するようになる。汗をかいた分だけ沢水を飲むと、人間もまた水循環の中にいることに気づかされる。
高島トレイルにはテント指定地がない。どこで寝てもいいよ、ただし自己責任でというスタイルだ。排泄物の処理は水場から離れて適切に、身の安全確保は己の責任で。日本にはびこる「コトナカレ管理社会」とは一線を引いたオトナな方針も、ぼくが高島トレイルに惹かれる理由のひとつである。
陽が日本海に沈むと、闇がじっくりやってきて、谷から冷気が上がってきた。
酒を片手にいそいそとテントへ潜り込み、下半身を寝袋に突っ込んで地図を眺める。
「理想の山パンツって、どんなの?」
ひと足先に寝袋に包まった千歳に聞いてみた。
「動きやすいことはもちろんだけど、履いたままシュラフで寝たいと思えるものが、履きたいパンツかな。朝晩いちいち着替えたくないし。リラックスしている就寝時に快適ってことは、山でも歩きやすいってことだと思う」
人間が一晩で寝返りを打つ回数は、10〜30回。寝返りは、血流を促し肉体疲労を順調に回復させる重要な動作で、膝を曲げたり、腰を捻ったり、お尻を上げたりとダイナミックな動きが伴う。いまやアウトドアブランドの山パンツは、足上げしやすいことは当たり前。しかし、24時間ずっと着用していたいと思えるパンツは、意外と少ないかもしれない。
2021年、パタゴニアは以下4つのマウンテン・パンツを発売した。
①アルトヴィア・アルパイン・パンツ
②アルトヴィア・ライト・アルパイン・パンツ
③アルトヴィア・トレイル・パンツ
④ポイント・ピーク・トレイル・パンツ
彼女が着用しているモデルが、①のアルトヴィア・アルパイン・パンツ。お尻や膝、裾の内側に厚めの生地を用いて、プロテクションを重視したテクニカルモデルだ。
一方、ぼくの履いているモデルが③のアルトヴィア・トレイル・パンツ。これまでパタゴニアの山パンツは、マウンテニアリングという大きなカテゴリーのなかで展開してきた。つまり、クライミングでもトレッキングでもハイキングでもパンツはパンツ。カテゴリーにとらわれることなく、ユーザーのパフォーマンスを発揮できるよう可能な限り機能的なものを提供するというスタンスだった。
ところが、今季から山歩き=トレイルに特化したモデルを開発、展開しはじめた。そのトレイルモデルが、③と④というわけだ。(メンズのみ展開)
さて、ぼくが着用しているアルトヴィア・トレイル・パンツについて着用感をまとめよう。
手にとった第一印象は、軽くて、とにかくしなやか。肌に吸い付くようにフィットして、筋肉の伸縮や関節の動きを妨げるどころか促すイメージでサポートしてくれる。着用した感じはタイツのようだけど、シルエットはフォーマルでスタイリッシュ。
大地を駆け回る犬を見て、いつも「動物はいいなあ」と羨ましく思ってきた。ウェアやパンツを身につけなくとも、一年を通して体温を維持しながら動き続けられる。
山行当日は、汗ばむほどポカポカだったり、寒風が鳥肌を誘ったり、体温調整が難しい天候だった。そんな忙しい天候下でもアルトヴィア・トレイル・パンツは、まさに動物の毛皮に代わる第二の肌として、体温を守りつつ、熱を逃し、軽快な足さばきをサポートしてくれた。
続いて、ウィメンズ・アルトヴィア・アルパイン・パンツの着用感を千歳に聞いてみる。
「厚すぎず、薄すぎず、絶妙な生地の厚さがいい。地元新潟の2,000m級の山々から夏のアルプス縦走まで、汎用性の高いモデルだと思う。メーカーはソフトシェルと呼んでいるけど、薄手で日常的に手にとりやすいパンツだよね」
思い返してみると、前回、高島トレイルを歩いたときは、短パンを履いていた。
膝や腿が突っ張ることなく、ハイペースで歩いていてもオーバーヒートしない。この2つを無雪期下半身ウェアの必須条件と考え、とくにここぞといった勝負山行のときは、短パン一択だった。
ところが、あれから10年経ってパンツを履く機会が増えた。なぜだろう?
それは、やっぱり”動けて、ヌケて、カタチがキレイ”なパンツが登場したからである。今回のように寒暖差が激しかったり、低木が登山道を覆っていたり、ブユや蚊の心配があるときはやっぱりパンツが素晴らしい。短パンは動きやすい一方で、そういった一抹の不安を抱えて山に入ることになる。だから、ぼくは無意識のうちに動きやすい山パンツの台頭を心待ちにしていたようなのだ。
赤坂山に登ると、福井県側への視界が開け、長い虹が山間にかかっていた。足元のトレイルは、ここからまだ60km以上も先へ続いている。食料さえあれば、ぼくらはまだ3日も4日も歩くことができる。
「なんか歩き足りないね。もう少し歩きたいな」
山パンツはこのように地図を広げてくれる存在でなければいけないのだ。
森山伸也
アウトドアライター。豪雪の山村に住み、四季を通して山の暮らしを送る。一方で、北欧のロングトレイルに足繁く通い、著書に『北緯66.6° ラップランド歩き旅』(本の雑誌社)がある。
大森千歳
フォトグラファー。山歩きが好きで、スカンジナビア北極圏のロングトレイルを2か月かけて900㎞、アイスランド縦断450kmを踏破。新潟の山村で畑を耕し大地に根ざした生活を送る。
モリコ
ニュージーランドの牧羊犬の血を引くボーダーコリー。9歳。日本中の川をツーリングした経験を持つSUP犬でもある。
※犬をトレイルへ連れていくときは、注意が必要です。吠えない、噛まない、トレイルを外れない。これらのしつけができている犬であるべきです。そして、糞は必ず持ち帰りましょう。
W’s ALTVIA ALPINE PANTS
ウィメンズ・アルトヴィア・アルパイン・パンツ
¥19,800
(モデル168㎝、サイズ4着用)
M’s ALTVIA TRAIL PANTS
メンズ・アルトヴィア・トレイル・パンツ
¥17,050
(モデル178㎝、サイズ30着用)
M’s POINT PEAK TRAIL PANTS
メンズ・ポイント・ピーク・トレイル・パンツ
¥18,150
(モデル178㎝、サイズ30着用)
文・構成 森山伸也
写真 宇佐美博之
協力 パタゴニア