人気イラストレーター、ヤマガスキナダケさんが手がける連載「NO PEAK 山遊び論」。今回のテーマは「雲海ハント」。雲海の発生メカニズムから、ヤマガスキナダケ流の雲海予測法まで徹底紹介します。
2021.12.02
ヤマガスキナダケ
会社員イラストレーター
登山は何が起こるか予測が難しいアクティビティー。でも「予測が難しい」ことこそ自然で遊ぶ醍醐味ではないでしょうか。「予測が難しい」ことは面白さと合わせてリスクも孕んでいますが、今回はいい意味で予測を裏切る自然現象についてお話したいと思います。
登山をしていて予想外の自然現象に遭遇し、感動した経験はありませんか?
山で見た満天の星空や日の出、日の入りはもとより、普段から経験している雨や雪、霧などの天候ですら山では神秘的な景色に変貌します。植物の開花や紅葉、野生動物たちとの思わぬ遭遇もそんな「予測できない」自然の魅力です。
あとは、いるはずのないものが見えたり聞こえたり…。まぁ、そのお話はここではやめておきましょう。ともあれ、そんな予想外の景色や出来事を心のどこかで期待しながら山に登っているのは、私だけではないはずです。
そんな美しくも珍しい自然現象のひとつに「雲海」があります。果てしなく広がる真っ白な雲の海。ゆったりと波立つ白い水平線に、まるで島のように浮かぶ山々。見えるものが雲と空、そして僅かに顔を覗かせる山頂だけというあの絶景に一度は出会ってみたいと願う方も多いと思います。
しかし、相手は予測の難しい自然です。有名な雲海スポットだとしても、行けば必ず見られるわけではありません。とはいえ、そんな場所に長期間滞在したり、何度も足を運ぶわけにもいかず…。
運を天に任せて、あらかじめ決めた日程で雲海に出会えることを望んで山に向かう方も多いことでしょう。でもそれなら「結局、雲海は運かいな!」ってオチでこのお話が終わってしまいます。実際、少し前までの私はまさに「運任せ」で雲海を目指していたのですが、今は違います。
そう、人間には『考え、予測する力』があるのです! リスクを伴う遊びだからこそ頭を使い、装備とスキルを駆使して厳しい自然と向き合うことが、そもそも登山の魅力じゃないでしょうか。
そしてこの『考え、予測する力』こそが雲海ハント攻略のカギなのです。「とはいえ雲海って高い山でしか見れないんでしょう?」「雲海なんて運次第でしょう?」と思っているそこのあなた! 諦めるのはまだ早い!
以前は私もそう思っていました。でも、もしそんな神秘的な景色を近くの低山で見ることができるとしたら? 雲海がある程度予測できるとなればどうでしょう? 結論から言えば、可能だったのです。
雲ひとつない快晴の朝、出勤時にふと近所の山を見てみると、山沿いに雲が湧いていました。その日、雲の出ていた地域から出勤した同僚に「そっちからはどう見えてた?」と聞くと、朝からひどい濃霧だったそうなんです。頻繁に濃霧が発生する地域とは聞いてましたが、今朝見た風景を思い出しピンときました。
さらに同僚が言うところによると、
同僚が住んでいる町では、霧が出た日には午後に洗濯物を干すのが習慣なのだそうです。その話を聞いて確信しました。
その濃霧の正体は雲海だと。
そこである仮説を立ててみました。『霧の出た日に展望のある山に登れば雲海を見れるんじゃないか』。その仮説を頼りに、私は霧の出る地域に住む同僚の協力のもと、天気予報と霧の出た日を照らし合わせてデータを集めました。
そして、調査に費やすこと2ヶ月…。目ぼしい山に実際に登り、失敗を繰り返しながらも最終的に低山雲海を山頂から見ることができたのです。通勤中に山並みに沿って湧き出たあの雲は、雲海が山を超えてあふれていた光景だったのです。
では、低山で雲海を見るには具体的に何をしたら良いのか。その前にまず「雲海と濃霧の仕組み」をサラッと勉強しましょう。
雲海は一体どうやってできるのか。
これが一般的な雲海の仕組みです。ちなみに、他にも発生メカニズムはあるのですが、ここでは代表例をご紹介します。
山で霧に包まれた経験は皆さんあると思いますが、あれは言い換えれば雲の中なのです
濃霧とは文字通り濃い霧のことです。そして雲と霧は同じもの。雲の中に入れば霧だと考えてOKです。つまり、濃霧は空に発生する雲が地上近くで発生しているという事です。すなわち、濃霧を山頂から見降ろせば、それは雲海ということ。
気象庁では、霧の中の視程が100m未満を濃霧と定義しているようです
濃霧は特定の立地条件と気象条件が重ならないと発生しない珍しい自然現象ですが、調べてみると日本の多くの場所で確認されています。
では濃霧(雲海)が発生するための条件とは? ここからはあえてネット情報は封印して私の実体験をもとに書いていこうと思います(主観も交えてお伝えします。悪しからず)。
発生した雲海(濃霧)が横方向へ逃げることのできない場所の代表例は盆地ですが、山間部の小エリアでもこの現象は発生することがあります。
水際ならぬ雲際に近い場所だと、押し寄せるダイナミックな雲海を堪能できる
気象条件次第で濃霧の密度、規模、持続時間は様々でした。発生して1時間ほどで消えてしまうこともあれば正午前まで出続けることもありました。今からあげる条件を参考にしてベストな雲海が出る日を予測してみてください。
低山で濃霧が出やすい季節はざっくり言うと秋から春。私の住む関西地方では11月〜12月が頻繁に出るようです。
数値の微妙な変化で予想外に発生したり、しなかったり…。規模や消滅時間にも大きな差が出る
そして最も重要なのが事前の情報収集。行ったこともない山について、いくら情報を収集しても、それは机上の空論でしかありません。あらかじめ、その山域を訪れた上で、天気予報や現地の情報を仕入れて予想を立てましょう。
地元周辺だと推測しやすい。とにかくこの作業を楽しむことが大事!
低山で見る雲海のメリットには濃霧を確認してから登り始めても間に合う手軽さがあります。気象条件から雲海の出現を予測し、早朝に出発すれば、雲海と日の出を同時に見ることも可能なのです。
低山の雲海は日の出直後に雲の密度の高さがピークを迎え、気温上昇とともに少しずつ上空へ広がりながら散っていくようです。
対照的に日の出前の静まり返った雲海は幻想的です。そこから夜が明けるまでがまさに息を呑む時間。夜の蓋を開けるように地平線に沿って空が明るくなっていく。すると静まり返っていた雲海が赤く染まりながらゆっくりと動き始める。
うまく表現できませんが、止まっていた時間が動き出し、地球の活動がはじまる様子は、まるで命の誕生をのぞいているような景色。雲海登山に慣れてきたらぜひ挑戦してみて欲しい早朝の絶景です。
全ての気象条件が揃うと、1,000mに満たない低山でこの景色を見ることができる
薄暗い時間帯の登山に慣れないうちは日中に登り、ルートに慣れておきましょう。
冷え込んだ早朝を狙って登るので防寒対策とライトは必須です。滞在時間も通常より長くなるので想像以上の寒さになる覚悟で備えましょう。
低山とは思えない装備と景色。ザックの中身はアルプステント泊並みの防寒装備
家族でアルプスまで足を運び何度計画しても叶わなかった雲海と日の出。自然を相手に勘と運でどうにかなるはずありません。ソロ登山ならまだしも家族登山でそんなスタイルを続けていたら愛想を尽かされるのがオチ。
その点、低山での雲海ハントなら、家族の負担も少ないと言うもの。
自分で考え、予測を立てて、情報を集めて計画した雲海初日の出家族登山は無事成功を収めることができました。美しい雲海を家族で共有できたのは人間の『考え、予測する力』のおかげだと思います。寝坊は完全に誤算でしたがそれもまた人間らしくて我が家らしい良い思い出です。
寝坊のおかげで山頂に着いた頃には雲海は散り始めていたが父の威厳は守れた。かな?
山頂で日の出を見ることはできなかったが事前に見つけた脇道で日の出を拝むことができた
虹やブロッケン現象や蜃気楼など山には珍しい自然現象がまだまだあります。偶然出会える絶景も良いものですが、あれやこれやと考え、予測するのもオツなもの。
新緑や開花、紅葉や樹氷でもいい。知恵を尽くして、自然現象を予測することは、難しくも楽しいものです。
初めて雲海が見れたあの日、山頂からの景色に言うまでもなく感動しました。加えて、山に向かう車中で突然霧に包まれ、雲海を確信した瞬間の興奮がそれ以上に忘れられないのです。自然を攻略できたと言うよりも、理解できたことで、少しでも自然に近づけたことが嬉しかったのかもしれません。
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