国立公園ミライ創造論|里山から考える新しい社会の姿

日本に国立公園の仕組みが誕生して今年で90年。現在、その数は34に及び、各地で希少な自然が保護されています。しかし今、頻発する災害や維持費の不足などにより、国立公園は大きな変革期を迎えつつあるのです。果たして国立公園に求められる変化とは? そして、里山から考える新しい社会の姿とは? 今回は『妙高戸隠連山国立公園』に新潟県妙高市市長の入村明氏、環境省国立公園利用推進室室長の岡野隆宏氏、YAMAP代表の春山慶彦が会し、国立公園の未来について語った様子をお届けします。

2021.12.13

YAMAP MAGAZINE 編集部

INDEX

妙高山を背景に左から環境省岡野室長・妙高市入村市長・YAMAP春山の3名

入村:妙高にわざわざお越しいただき、ありがとうございます。市長の入村です。妙高はかつて、群馬県・新潟県・長野県にまたがる『上信越高原国立公園』の一部に属していましたが、2015年に全国で32番目の国立公園として独立しました。それが現在の『妙高戸隠連山国立公園』。面積は39,772ha(東京23区の2/3程度の広さ)、他の国立公園に比べると規模は小さいのですが、様々なことに挑戦して新しい国立公園像を作っていこうとしている地域です。今日は国立公園の未来に関する議論ができること、楽しみにしています。

岡野:環境省・自然環境局国立公園課・国立公園利用推進室の岡野と申します。私たちの部署は、国立公園の保全管理などに携わる組織です。現在は『国立公園満喫プロジェクト』という事業を手がけており、国立公園をワクワクする場所にしていくため、様々な取り組みを行っています。今回は、地域の皆さんと一緒に国立公園を盛り上げていくためのヒントを掴んで帰りたいと思っています。よろしくお願いします。

春山:YAMAP代表の春山と申します。YAMAPは、2013年に起業したベンチャー企業です。社員数は80人ほどで、福岡と東京に事務所あります。ありがたいことにこの11月には、ダウンロード数が280万を超えて、登山人口650万〜680万(レジャー白書2018・2019より)の約40%の方が何かしらの形でYAMAPをご利用いただいているという状況にまでなりました。

私たちのビジョンは「人と山をつなぐ 山の遊びを未来につなぐ」というもの。登山やアウトドアを通して都市と自然をつなぐことが理念です。今日はYAMAPとしても思い入れのある国立公園についてお話ができるとあって、楽しみにしています。

日本の国立公園の歴史と現状

岡野:まずは本題に入る前に、日本の国立公園の歴史について、紹介させてください。

国立公園の発祥は1872年のアメリカです。自然を保護し、残していくために国が管理するという形で制度がスタートしました。日本では、1911年(明治44年)の国会に『日光を帝國公園となす請願』が提出され、1931年(昭和6年)に『国立公園法』が制定、1934年(昭和9年)に国内初の国立公園が生まれました。アメリカの制度を参考にしながらも、すべてを国有地として管理するのではなく、地域に住む方々が活用している民有地も含めて国立公園に指定して自然を守るという形でスタートし、現在に至ります。

この「民有地も含める」というのが、日本の国立公園の大きな特徴です。人の営みによって作られた風景も国立公園の大きな魅力なんですね。

雄大な自然の中に地域の皆さんが営む宿泊施設や売店などが点在する。国は規制によって自然を保護し、地域の皆さんは観光資源として国立公園を利用する。「保護」と「利用」を官民一体で両立しながら、日本の国立公園は発展してきたと言えるでしょう。

ですが、高度経済成長期、開発の圧力が高まった時期がありました。国としては「国立公園は日本の風景を守るべき場所」として、開発の抑制に軸足を置いてきました。その結果「風景は守られたが、地域の経済発展は足止めをされた」という印象を地域に持たれることに…。「国立公園って自然はあるけど、他には何もないよね」といったイメージも、この結果生まれたものなんです。

「規制ばかりをやっていたのでは国立公園は地域の足枷になってしまう」。そういった葛藤を経て、今は「国立公園の観光利用価値をしっかりと発揮していこう」という方針に大きく舵が切られています。

その中で始まったのが、私たちが手がけている『国立公園満喫プロジェクト』です。ざっくり言うと、魅力的な施設(ハード)に加え、そこで出会えるアクティビティ(ソフト)を充実させていこうというもの。これまで国立公園は「展望台に登って景色を見たら温泉に入って帰る」といった観光的に味気ない場所でした。自然を深く体験する手段があまり充実していなかったんですね。これを変えていきたいと思っています。例えば、登山やカヌーなどのアクティビティを充実させたり、既存の施設を改修して、ゆっくりと自然の中で過ごせるようにする。ワーケーションなどの設備を整え、長期滞在ができるようにするといったことにも取り組んでいます。

国立公園満喫プロジェクトが先行的・集中的に実施されてきた8つの国立公園。国立公園満喫プロジェクトの詳細はこちら

合わせて大切なのが「保護と利用の好循環」。多くの方に来ていただき、自然をしっかり楽しんでもらうことも大切なんですが、それによって自然破壊が起こってしまっては本末転倒です。「人が来れば来るほど、自然が良いものになっていく」そういった仕組みづくりをしていかなければいけないと思っています。

その先進的な事例が『妙高戸隠連山国立公園』における入域料(来訪者に対し寄付金として、500円を支払ってもらい、それを保護の財源に充てていく取り組み)ですね。

国立公園によって地域に起こった変化とは?

春山:『妙高戸隠連山国立公園』の名前が出たので、入村市長にお聞きしたいのですが、『上信越高原国立公園』の一部だった時と『妙高戸隠連山国立公園』として独立した今では、地域にどういった変化がありましたか?

入村:「上信越高原国立公園の妙高戸隠エリア」だった時は、妙高のことを国立公園だと思っている人は、あまりいなかったんじゃないかな(笑)。

『妙高戸隠連山国立公園』になったことによる最も大きな変化は人々の意識です。かつてあった「規制でがんじがらめ。新しいことが始めにくい」といった印象が大きく変わりましたね。小さいながらも独立した国立公園になったことで、地域の人々の心にも変化が起きたのです。時を同じくして開通した北陸新幹線も地域の盛り上がりを後押ししました。「俺たちの国立公園なんだ!」という地域の主体性が強くなったんです。

上信越高原国立公園と妙高戸隠連山国立公園の位置関係。かつて妙高・戸隠エリアは上信越高原国立公園の飛び地だった

具体的に自分たちの国立公園で何をやっていくか? を決めるために『妙高環境会議』も立ち上がりました。メンバーは大学教授や元総務省審議官を始めとした歴々。

『妙高環境会議』で議論された内容は、想像を超えるものでした。例えば「生活の合理性を追求した結果、人類は地球に深刻なダメージを与えてしまった。果たしてこのままで人類は良いのだろうか?」などという話がされるわけですから、驚きましたね(笑)。まさかそんなことにまで議論が及ぶのかと…。会を重ねていくうち、次第に「では妙高では何をすべきか?」という話に集約されていきました。

例えば再生可能エネルギーの活用についても議論し、実行に移してきました。妙高には雪がたくさん降るんですが、雪解け水を使った水力発電を積極的に導入し、今では7つが稼働しています。他にも、地熱や小水力発電などの調査も進めています。「再生可能エネルギーを活用しつつ、美しい自然を次世代に受け継いでいく」というのは、我々に課せられた使命ですので、ここは妥協せずに進めていきたいですね。

国立公園の独立が決まってから現在まで、地域内の自然保護に関する意識は間違いなく高まりました。でも「国立公園に指定された」だけではだめなんですね。地域の方々に「国立公園の自然は地域の誇りである。自分たちの宝である」ということをしっかり理解してもらい、地域をあげて守っていける体制を作れるかどうか? ということが大切なのだと思います。

妙高戸隠連山国立公園内では、地域の人々の協力のもと、環境保全が活発に行われている。写真は生態系を脅かすイネ科植物の除去風景

里山が持つ大きな可能性

岡野:確かに、化石燃料を基盤とした社会は行き詰まりを迎えていて、変革が必要です。「どう変革していくか?」をみんな模索しているのが、今だと思うんです。

2018年に閣議決定した第五次環境基本計画中に『地域循環共生圏』という概念があります。これは、エネルギーや食料、観光の資源を地域内で循環させながら、自然と共生する社会を地域ごとに作っていこうという考えです。緩やかに地域で自立しながら、足りない部分を社会全体で支え合っていくことを想定しています。

そのベースとなるのが「森・里・川・海」といった身近な自然。社会全体としても、身近な自然が持つ優しいエネルギーに注目が集まっているんです。妙高では、そういった自然共生型社会の象徴的な場所として、国立公園を位置付けてくださっているのだと感じています。

地域循環共生圏のイメージ図(環境省地域循環共生圏プラットフォームWebサイト資料より引用改変)

これまでの「大量生産・大量消費」でぐるぐる経済を回していくというやり方だと、次第に人は効率性や利便性ばかりを追い求めるようになります。結果として発生するのが、都市の一極集中です。でも、これからは「自然」や「生命」といった本質的なものを見つめ直すことが必要だと思います。

地域や自然が文明の核になり、人々の心に愛着が育って、その想いによって地域がより良いものになっていくという「世代を超えた想いの循環」をもう一度、地域に復活させたいですね。

春山:「里山文化」の復権ですね。日本人の生活のそばには、かつて「里山」や「里海」が当然の様にありました。つまり、人の手がある程度入ることによって生態系が豊かに保たれるという自然共生型の社会が存在していたんですよね。これは、日本人の自然観に大いに影響を与えていると思います。

一方、今の社会構造においては「人類が幸せになること」と「環境が豊かになること」がつながっていない。これは大きな不幸です。もう一度、僕らは里山・里海を見つめ直し、人がいるから自然が豊かになるような社会構造を作るべきだと思います。

岡野さんが仰った『地域循環共生圏』は、「国立公園の保護と利用」よりもさらに上の概念ですよね。要は「自然共生型の新たな社会構造」を提唱されていらっしゃる。

国立公園はかつて聖地だった

岡野:確かに、里山・里海というのは日本が世界に誇る自然との付き合い方だと思います。一般的にも言われていることですが、西洋では「人が自然を利用する」考え方が主流です。「自然があり、その上に人がいて、人の上には神がいる」といった具合ですね。

一方、日本では人と自然が同じ立場にいて、しかも神様も自然の中にいる。そういった調和の中で文化を作ってきたんです。エネルギーを得るために木を切ることが、里山を豊かに保つことにつながる、恵みを得ることと自然を豊かにすることは、かつて一体だったはずなんです。

高度経済成長期には「人を排除して国立公園の自然を守ったほうがいいのではないか?」という意見が優勢だったこともありました。ですが、これからの時代には「地域の営みと一緒に国立公園を作り上げていく」という日本型の国立公園像が求められるのだと思います。

妙高山麓に広がる豊かな里山の風景。かつて里山は食料やエネルギーを人々にもたらし、そして神や精霊が宿る場所だった

入村:『妙高』というのは、仏教誕生の地、古代インドにおいて「世界の中心にそびえる果てしなく高い山」を表す言葉です。日本では、『須弥山(しゅみせん)』という呼称の方が馴染みがあるかもしれません。実際、この地では、妙高山を行場とする修験道が盛んだった。山は、神のいる場所だったのです。

何が言いたいのかというと、地域というのは、受け継がれてきた歴史の上に成り立っているんですね。もちろんこれは妙高に限ったことではありません。全国各地、自然の中で人々は生活を営み、そして歴史を積み重ね、精神性を磨いてきたのです。そういう多層的な歴史の上に今の国立公園の姿があるんですね。時代を経て失われたものも多くありますが、その痕跡は「御神木」や「民話」などに残っているはずです。

まさに地域の人々にとっての源流がそこにあるのだと私は考えています。その貴重さが広く知れ渡れば、きっとみんな国立公園の自然をもっと大切にしてくれると思うのです。結果、自然はより豊かになっていくはずです。

余談ですが、国立公園では、少なからずゴミの不法投棄が発生しています。ある時、ゴミが多く捨てられている道路沿いに小さな鳥居が置かれたことがありました。そうすると、パッタリと不法投棄がなくなったんですね。不法投棄をしていた人が、森に神の存在を感じたのではないか? と私は考えています。ちょっと特殊な例かもしれませんが、心に訴えかけていくことで、人の行動は変わると思うんです。

妙高市にある関山神社。奈良時代の創建で、かつては妙高山一帯の山岳信仰の拠点として栄えた。今も往時を忍ばせる祭礼が続いている

春山:日本の国立公園が、自然風景の迫力や大きさで勝負しようとすると、どうしてもヨーロッパやアメリカの国立公園に負けてしまいます。入村市長がおっしゃる様に、美しい自然に文化や歴史などを掛け合わせていく必要がありますね。そうすると、国立公園は、日本独自の自然観を身を持って体験し、学ぶことができる稀有な場所になる。それは唯一無二の観光資源として世界に通用するものだと思います。

そして、文化・歴史を知ることは、シビックプライド(地域に対する市民の誇り)を育てることにも役立つ。住んでいる人も観光に来る人も、自然だけじゃなくて歴史や文化ついても学ぶようになれば、国立公園は今までの何倍も面白くなるはずです。

そうすると、地域ごとに歴史・文化・自然を踏まえた違いが見えてくる。個性的な国立公園が増えることにつながると思います。また、深く国立公園を楽しむために、旅行者の滞在時間も長くなる。今のように日帰り観光ではなく、もっと長く地域に滞在して国立公園を楽しむ人も増えるのではないでしょうか。

岡野:確かに、国立公園の魅力って、美しい自然だけじゃなくて、文化・歴史にもあると思います。今、国立公園が広がっている場所は、公園として指定される前から美しい自然が広がっていたわけですが、ではなぜ、その自然は開発されずに守られてきたのか? 僕はそこに「畏れ」や「祈り」が関係しているのではないかと思っているんです。豊かな恵みと、時に災いをもたらす自然は、地域の人々にとって畏れ多いもの。重要な神が祀られ、大事にされてきた。だからこそ自然が守られてきたのかなと。「国立公園は聖地だった」といっても過言ではないのかもしれません。

紀伊半島の熊野三山や鳥取の伯耆大山、北海道の大雪山、富士山など、国立公園の中には、今も聖地として人々の信仰を集める場所が多く存在する。写真は『吉野熊野国立公園』内の熊野那智大社と那智の滝

時代のニーズに応える新たな国立公園像

入村:そういえば先週、和歌山に出張しました。熊野古道や高野山などを訪問したんですが、非常に得るものが多かった。各自治体とも、ワーケーションに力を入れていて、旅行者の中には熊野古道を歩いたり、高野山で座禅を組みながら長期滞在をする人も出てきている。これは、先ほど春山さんが言われた「文化・歴史・自然を楽しみながら滞在する」という像に近いと思いますし、これからの時代に求められる旅の形だなと感じました。

岡野:ワーケーションは環境省でも推進しており、大きな流れにできるのではないかと思っています。これからの時代、都市だけで仕事をする必要はないんです。地方で自然に触れながら日常を過ごし、仕事をする。そういった自然と生活がより密接に関係する社会を作れるチャンスだと捉えています。

春山:僕も熊野古道は大好きで、中辺路・小辺路・大峯奥駈道を歩きました。和歌山は旅の中に「自然の要素」と「高野山や熊野古道などに代表される精神性」を組み込むことに成功していると思うんです。それによって訪問者が「自分の生き方」と向き合う機会をも創出できている。和歌山の優れた点はそこなんです。それはきっと海外の方にとっても魅力的に映るのではないでしょうか? 実際、熊野古道もコロナ感染拡大の前までは多くの外国人観光客が訪れていたと聞いています。

熊野古道中辺路のスタート地点に位置する和歌山県田辺市の宿泊者数推移。2011年以降、外国人宿泊者数が大きな増加を見せている。出典:和歌山県商工観光労働部観光局「観光客動態調査報告書」(平成30年)/和歌山県観光交流課「令和元年観光客動態調査」(令和2年)

岡野:お話を聞いていて、『自然公園法(国立公園法に変わり、1957年に制定された法律)』の目的を思い出しました。「この法律は、優れた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図ることにより、国民の保健、休養及び教化に資するとともに、生物の多様性の確保に寄与することを目的とする」という一文ですが、この中の「教化」というフレーズに実はとても深い意味があるのではないかと感じているんです。この言葉は「環境教育」的な意味合いだけではなく「インスピレーション」という意味も含んでいるのだと思います。

精神的な文化に触れ、自分の中で気づきを得る。それも国立公園の目的なんです。いかにして、来訪者に「インスピレーション」を抱いてもらうか? そこをもっと磨いていくべきだと思いますね。

歩く旅が日本の観光を変える

春山:話は変わりますが、YAMAPの原点は「歩くこと」と「祈ること」にあるんです。10年ほど前に、スペインの『カミーノ・デ・サンティアゴ(キリスト教の聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指す世界的な巡礼路)』を歩いたことがありました。飾り気なく言ってしまえば「スペインの田舎道」なんですが、そこを年間数十万人に及ぶ人たちが歩くんです。

春山がカミーノ・デ・サンティアゴを歩いた際に撮影した写真。この時は約1,200kmを60日間かけて歩いた

そこで感じたのが「歩く旅」の可能性です。車の旅というのは、あまり地域に経済的恩恵をもたらさないんですが、歩く旅は違います。1日約20kmしか進めませんので、小刻みに旅行者が地域に宿泊するんですね。そうすると、20kmごとに地域が豊かになる。

スペインには、アルベルゲという巡礼者専用の宿があるんですが、そこにはベッドとキッチン、シャワーしかありません。宿泊者は地域のお店で材料を買って自炊するか、外食をするわけです。その過程で地元の方との交流も発生します。歩く旅人が訪れることで、モノもお金も、情報も回る仕組みがあるんですね。

一方で日本はどうか? かつては歩く文化がとても発達にしていたにも関わらず、今は「歩く旅」にまったく注目が集まっていない。「登山」「街巡り」「名所旧跡」といった観光がすべて分断されてしまっている。これらを「歩く旅」でつなげることができたなら、地域観光はもっと活性化し、成熟するはずです。

『カミーノ・デ・サンティアゴ』のようなロールモデルを、自分たちの地域に当てはめた時にどういった旅が描けるか? いろんな財産が各地域に眠っているはずです。それらを人が本来持っているスピードで時間をかけて歩く。そういう旅の形が各地で作られると、日本の観光は劇的に変るんじゃないかと考えています。

入村:おっしゃる通りですね。実は妙高でも、自炊宿泊施設を作ろうという案が出ています。他の地域とつなげたロングトレイルの整備も進んでいますので、新しい旅の形を妙高から作り出せればと思います。

入域料を自然保護のスタンダードにするために

春山:とはいえ、国立公園の自然を守るためには、まとまった財源も必要ですよね。

入村:そうなんです。お金がかかるんです(笑)。地域の財源には限りがありますので、国の補助金も合わせて活用することになるのですが、私は「補助金があるから保護する」ではだめなんだと確信しています。そうすると「お金がある時には保護するけど、なくなったらやらない」という薄っぺらい取り組みになってしまう。これは妙高に限ったことではなく、日本全国で言えることです。「補助金があるから自然を守る」では、だめなんですね。継続的・自立的に自然を保護するための財源が必要なんです。

その手段として妙高では、2019年から入域料の制度を導入しました。妙高山・火打山への登山者の方を対象に500円を任意で寄付していただき、それを保全に生かすという取り組みです。「妙高に来てよかった。妙高の自然は素晴らしい」そう思っていただき、自然を守るために入域料を支払っていただく。登山者が増えるほど自然保護活動も盛んになる。そういう「保護」と「利用」の循環を作っていきたいと思っています。

導入3年目となる今年は、妙高山・火打山登山者全体の80%を超える皆さんにご協力をいただき、総額は400万円にも及びました。

『妙高戸隠連山国立公園』にある湿原『天狗の庭』に映る火打山。妙高山・火打山はそれぞれ日本百名山にも選ばれている

春山:入域料の仕組みは、これからの日本の自然観光において必須だと思っています。大事なのは、どうやって持続可能な観光モデルを地域ごとに作り上げていくかです。入域料で集めたお金の使われ方をしっかり伝えれば、皆さん気持ちよく払ってくれると思います。

加えて必要なのは、全国的に統一された制度や支払い方法。現状では、各国立公園ごとにいろんな制度が乱立しているように感じます。屋久島や富士山、妙高などで、それぞれ違った尺度・制度で動いている。ここを統一しないと、旅行者は訪れる場所ごとに違う制度を理解し、従わなくてはいけなくなる。これは不便です。外国の方にとっては、もっと理解しにくいですね。全国の国立公園で、決済手段を含め入域料の支払いシステムが統一されれば、旅行者にとってもっとわかりやすく身近な制度になると思います。

岡野:確かに、多くの人に来ていただき、協力してもらい、結果として自然が守られ地域が潤っていく。そういう循環を作っていくことが大切ですね。妙高での事例には、我々も注目しています。他にも各地で成功例が出てきていますので、我々もそう言った事例を集めてガイドラインを作っている最中です。

入域料に代表される「環境保護に関わる費用の利用者負担」というのは、利用者にその趣旨を理解してもらうことが必須です。その点、先ほど市長が言われていた様に「入域料の支払い率80%超」という結果は、成功と言えるのではないでしょうか。過半数の方が趣旨に賛同してくださり、協力をしてくれている。全国展開をしていくための大きなヒントが隠されていると思います。

加えて、喫緊で解決すべき課題は、春山さんが言われる様に「支払いやすいシステム」の構築ですね。今回妙高市で実施された「入域料の事前決済」のような仕組みも、全国展開を検討していく必要があります。

妙高山の笹ヶ峰登山口に設置された入域料の集金箱。2021年度は笹ヶ峰・燕温泉・新赤倉の3つの登山口で入域料の徴収が実施された他、妙高市とYAMAPの連携のもと、事前決済の試験導入もなされた

デジタルで広がる自然観光の可能性

春山:「財源の確保」と合わせて、これからの国立公園に求められるのは、データの活用です。観光客がどこから来てどこにどのくらい滞在したのか? どういう行程で旅行したのか? これをデータとして集めることができれば、観光施策のブラッシュアップに活用できます。紙の地図とナビゲーションアプリの大きな違いは、まさにこの点です。ナビゲーションアプリの場合は、このデータを集めることができるんです。

今まで自治体では、紙の観光地図をたくさん作って配布してきたと思います。でも、実際にその地図を受け取った方がどう動いているのか? というのは、ほとんど掴めていなかった。そこをデジタルに置き換えることで、旅行者の動向を掴めるようになる。旅行者はどのルートを歩き、どこに滞在するのか? どこでご飯を食べるのか? そういった行動を把握できる時代が来ています。

デジタルを用いた情報提供というのは、旅行者側にまだ抵抗感があることも事実です。でも、データを活かして、地域観光をより良くしていこうとする自治体側のスタンスさえ伝われば、もっと協力してくれる人は増えるのではないでしょうか。

YAMAPに日々寄せられる活動日記の数々。自治体で観光業務に携わる担当者が登山者動向をチェックするために見ているという声も寄せられている

さらに重要なのは、関係性の構築です。例えば入域料を支払ってもらう際にメールアドレスなどを聞いておけば、入域料の用途について、後日お知らせすることができます。これは、資金使途の透明性につながります。そうすると、協力者も払ったことの価値を感じることができ、地域に愛着が湧く。

登山には元々「共助の文化」があります。挨拶をしたり、助け合ったり、そういう文化が登山には根付いている。例えばメールで「登山道を整備します。ただ、人手が足りないので、予定が空いている方は一緒に登山道整備をしませんか?」と言ったメッセージを発信すれば、多くの方が駆けつけてくれるのではないかと思うんです。

有志による登山道整備の取り組み事例はすでに全国各地で散見されている。写真はYAMAPスタッフが大分県の山で行われた登山道整備に参加した際の様子

入村:確かにそう考えると色々なことがつながっていく。大きなうねりを作り出せる可能性がありますね。

岡野:全国の皆さんに知っていただき「それなら喜んで協力するよ」という輪を広げることが重要ですね。将来的には全国の山でこう言った取り組みがなされ、人が来るほどに自然が美しくなっていく循環を目指したいです。

春山:加えて、入域料を通じて人数把握・人数調整をするなど、オーバーツーリズムの予防にもつながるのではないかと思っています。特定の地域に多くの旅行者が訪れ、受け入れキャパシティーを超過した結果、環境破壊を招いてしまうという事例が全国で発生していますよね。

例えば、旅行者が多すぎる時期には、入域料を高めに設定し、一方で閑散期には低めに設定する。こう言ったコントロールを行うことで、オーバーツーリズムが抑制され、地域には年間を通して安定的に観光客が来るようになります。入域料というと「環境保護の財源を確保する」という点に注目が行きがちですが、こういった多角的な施策を合わせて組み立てていくと、次世代の自然観光モデルを構築する起点になりうると思うんです。

終わりに

入村:今日は忙しい中、妙高まで来てくださって本当にありがとうございました。実は今、『妙高戸隠連山国立公園』で車の立入規制を行おうとしています。化石燃料から少しでも自然を守れればという取り組みです。なかなか難しいことではありますが、これくらい大胆なことをやっていかないと現状は変わらないんですね。「できないと思われていたことを実現する」を重ねて、小さいながらも国立公園の未来像を作り上げていければと思っています。引き続き、よろしくお願いします。

岡野:何を大切に生きていくべきか? 自然とどう共生していくか? といったことについて考え行動に移す分岐点が今なのだと感じています。国立公園は、その象徴として存在価値を発揮していくべきだと思いますね。自然を楽しみながら、同時に日本人が古くから大切にしてきた精神性をも体験する。その体験がきっかけになって「じゃあ自分はどう行動しようか? どうすれば自然を守れるのだろうか?」と考えるに至る。国立公園はそういう場所になっていくべきだと感じました。

今日聞いたお話や気づきをどのようにして、大きなうねりに育てていくか? それは私たち環境省の仕事だと思っています。これからもお力添えください。

春山:今回は、国立公園について話してきましたが、これは何も国立公園周辺に住む人たちや関係する仕事をしている人たちに限った話ではないと思います。今の時代を生きる人類ひとりひとりが、未来の世代に美しい自然を残していくため、どう行動していくか? それをこの記事を読んだ皆さんにも考えて欲しい。YAMAPは妙高市さんと連携協定を結んでいますので、これからも、この地での取り組みを継続的に発信していきたいと思っています。人と自然の健全な関係性を、一緒に創造していけたら嬉しいです。

INFORMATION

妙高戸隠連山国立公園について

2015年3月に『上信越高原国立公園』から独立した国内32番目の国立公園。面積は39,772ha(東京23区の2/3程度の広さ)で、公園内には日本百名山としても知られる妙高山(2,454m)や火打山(2,462m)、雨飾山(1,963m)を始め、黒姫山(2,053m)、戸隠連峰、野尻湖などの雄大な景色が広がり、官民が協力しながら美しい自然を守っています。特に、火打山はライチョウの日本最北端の生息域として知られており、絶滅の危機に瀕したライチョウの保護活動が盛んに行われています。

妙高市とYAMAPの関係

YAMAPでは『妙高戸隠連山国立公園』における入域料の事前決済手段の導入促進や登山道保全・生態系調査などを推進するため、2021年8月に妙高市と『国立公園妙高の振興に向けた相互連携・協力に関する包括協定』を締結しました。妙高の美しい自然を守るために、今後も様々な取り組みを行っていく予定です。

国立公園に興味がある方は?

この記事を読んで、国立公園に興味を持った方は、下記のWebサイトもチェック。環境省では、全国34の国立公園におけるさまざまな楽しみ方の提案をおこなっています。サイトでは、地域の自然や文化を体感できるアクティビティや、ワーケーション可能な施設などを検索可能です。

今回の鼎談の舞台となった「妙高高原ビジターセンター」

今回の鼎談会場となった「妙高高原ビジターセンター」は、2021年10月に仮オープンした「妙高戸隠連山国立公園」の拠点となる施設。「くつろいで自然を楽しむ」というコンセプトが示す様に、雄大な自然を眺めながら、ゆっくりとした時間を過ごすことができます。

2022年4月の本格オープン後には、カフェやミュージアムショップ、展示室工作室なども利用可能となり、Wi-Fiも完備予定とのこと。ぜひ来年のグリーンシーズンに訪れてみてはいかがでしょうか?

妙高高原ビジターセンターのラウンジスペース。中央には暖炉が設置されており、開放的な窓からは美しい『いもり池』の景色を眺められる(住所:新潟県妙高市関川2248-4)

インタビュー写真撮影:星野秀樹

YAMAP MAGAZINE 編集部

YAMAP MAGAZINE 編集部

登山アプリYAMAP運営のWebメディア「YAMAP MAGAZINE」編集部。365日、寝ても覚めても山のことばかり。日帰り登山にテント泊縦走、雪山、クライミング、トレラン…山や自然を楽しむアウトドア・アクティビティを日々堪能しつつ、その魅力をたくさんの人に知ってもらいたいと奮闘中。