意外な低山でうっかり出くわす、九郎義経の残像を追う|鎌倉殿の13座 #02

日本各地の低山に歴史物語を訪ね歩く低山トラベラー/山旅文筆家の大内征さんが、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」を思い起こしながら綴る低山の回想録。ドラマに登場した場所をはじめ、登場人物と所縁のある山、これを機にぜひ訪れたい名所などなど、ご自身のエピソードや山のトリビアとともに選出した13座の山旅をふり返ります。第2回は「九郎義経」ゆかりの低山3座を紹介していただきましょう。

大内 征(低山トラベラー/山旅文筆家)

鎌倉殿の13座|大河ゆかりの低山めぐり #02連載一覧はこちら

2022.08.02

大内 征

低山トラベラー/山旅文筆家

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回を追うごとにどんどん人物が入れ替わっていくのは仕方がないとして、相変わらず面白い「鎌倉殿の13人」ではある。ある程度のいきさつを知っている人ならば、あの人はいつ消えるのだろうと固唾をのんで見守っていることだろう。かくいうぼく自身も、そういう複雑な気分で日曜日を迎えている。

こうしたドラマの楽しみ方のひとつは、そういうことへの想像力にあると思うのだ。証拠があって立証された歴史があれば、証拠乏しく「伝」と推測される物語もある。それが歴史というもので、ゆえにぼくら読み手は自由に想像したり解釈したりすることができるし、書き手としては描き方に“らしさ”を表せるわけだ。

その意味では、ぼくは毎回どう描かれていくのかに注目している。そう来たか!と膝を打つこともたびたびあるし、それはないだろーと思うことだってある。歴史ファンのみなさんは、日曜日の夜をどのような気持ちで過ごしているのだろうか。そういうネタで、みなさんと一杯やりたいものだ。

ざっと20年近く前のことをふり返ると、ぼくの中の義経像を大きく変えてしまったのが、司馬遼太郎が描く『義経』(文春文庫)だった。山歩きのネタとしても、ビジネスシーンで使える小話としても、秀逸な情報を入手することができるのが、司馬作品の魅力のひとつ。良くも悪くも、この方の数々の小説に大きな影響を受けていると自覚している。

義経がドラマを去る回を見る前に、あらためて小説『義経』をざっと読み返した。ぼくにとっては故郷東北に所縁のある登場人物ゆえに、いささか“判官びいき”して見ていたことは確か。それにしても、悲しさとやるせなさを滲ませた眼差しで菅田九郎義経を見ざるを得なかったこともまた確かだ。

ところが、義経の表舞台からの去り際だったり、それを受けた頼朝の言葉だったりは、いろいろと考えさせられた小説の終わり方とは異なる前向きなものだったといえる。よいか悪いかは別として、三谷幸喜はそう描くのか――という感慨をもって見ることができ、ちょっとだけぼくの義経像は明るくアップデートされたのだった。そして、頼朝像も。

おっと、なにを話しているのだろう、主題から脱線してしまった。

ここからは、まさにその義経と出会った日本各地の低山の中から3つの山を取り上げる。あの時代としては驚くほど広範囲にわたって足跡とウワサを残した人物だけに、選定には“苦労”をしたことを、最初に付け加えておきたい。

第2回に登場する3座はこちら

第4座「鉄拐山(須磨アルプス)」|大人気の郷土アルプスで義経が輝いた瞬間に思いを馳せる

西日本を代表する低山のひとつ、神戸市の六甲山地。数々のピークが連なる広大な山域には、これまた数多の「谷」が刻まれている。個人的に六甲山地の魅力を語るとき、ぼくはその谷の存在を第一に挙げる。谷筋には道がつく。ぱっと思いつくだけでも、カスケードバレイと徳川道、トゥエンティクロス、蛇ヶ谷、大師道、桜谷道、シェール道、ロックガーデンなどなど、谷を歩くルートが本当に多い。そういう谷の道を、水と温泉のよさを思いながら歩いた。自然、下山したら温泉を目指し、その後の一杯は灘の酒が気分。あ、最初の一杯はビールだけれど。

で、この山域で谷というとき、絶対にはずせないのが「一の谷」だろう。そう、義経が平家奇襲に成功したと伝わる、あの「一の谷」のことだ。

現地を訪れてみると、あちこちに説がある。よく知られている鵯越(ひよどりごえ)をはじめ、鉢伏山、そしてその並びにある鉄拐山(てっかいさん、237m)など、一の谷の戦いの舞台になったと思われる場所がいくつか存在しているのだ。

歩いてみて直感したのは、鉄拐山だった。ここに立つと山と海の間にある狭い土地を見下ろすことができる。あそこをめがけて坂落とし(逆落とし)をかければ、ふもとで陣を張る平家は驚くに違いない。いやしかしすごいものだ。馬で駆け降りるなんて、ふつう発想する?

周辺には須磨アルプス最大の見どころでもある「馬の背」があり、鉄拐山から“縦走”を楽しめるのがこのコースの真骨頂。見晴らしがよく、アスレチック感のある楽しい岩場のトレイルが続いている。人が越えるならともかく“馬”とともに越えるのは至難の業だろう、そんなことを思いながら歩いたことを、この原稿を書きながらふと思い出した。

第5座「角田山」|頼朝から逃れる義経が舟ごと身を隠した海岸の洞穴

義経は幼少期に修行に出され、身を立てると各地を戦で転戦し、最後は頼朝から逃れるための逃避行をする。当時の源氏の中で、もっとも移動距離が長い人物は義経だったに違いない。それゆえに、残る伝説は全国各地に点在する。ウワサを含めれば、もっと広い。

新潟市の角田山(かくだやま、481m)も、そのひとつである。登山口の近くにある「判官舟かくし」は、頼朝から逃れようと奥州へ船で落ちる義経が、ここの洞穴に舟ごと身を隠したと伝わる場所。そのむかし、京と連絡を結ぶうえで最短経路となるのは日本海を海上移動することだったから、義経もその経路をとって東北へ向かったことになる。

この山は低山ハイクとしても面白い山で、ぼくの気に入っている。まず、波打ち際から登山をはじめるのがいい。ほどなく灯台を過ぎ、岩尾根の急登を越える。そこで振り返ると、日本海の絶景が背中を励ましてくれる。樹林に覆われた稜線に出れば、481mの山頂はすぐそこだ。少し過ぎた場所には新潟平野を見晴らす展望場所があり、海の風景とともに里の風景をもセットで眺めることができ、とてもよい。

波打ち際から登るから、完全なるSea to Summitになる。そんな山を遠目から眺めて見るとどんな感じだろうと、山頂から見えた上堰潟公園まで行ってみた。思った以上に横に大きな山だったけれど、その雰囲気は「これぞ日本の里山!」といった具合。

南に三角の姿をした弥彦山(やひこやま、634m)は、新潟の開拓神・天香山命を祀る山。弥彦神社の神体山でもある。過去に何度か登ったことがあるけれど、山頂奥宮は厳かな雰囲気が漂う神域。そこから眺める日本海の海原が足下からどーんと広がるのが、とても印象的だった。

こんなだだっ広い平野なのに、この海辺に沿った一角だけそれなりの高さをした山が連なるのは興味深いことだろう。太古の海底火山そのものの隆起なのか、火山の“堆積物”が隆起したのか、見解は諸説あるようだ。地質的には火山で出来る岩石で構成されるそうだから、大地創造のロマンをかきたてられるではないか。

太陽が沈む水平線は、太平洋育ちのぼくにとっては憧れのひとつ。角田山からサンセットを眺められたらどんなに素晴らしいだろうと思う。時間が許すときに、また登りに来たい山のひとつだ。

第6座「天神山(岡城址)」|義経をかくまうために築城された、大分の山城

岡城址は、大分県竹田市の天神山(313m)にある。山の地形をそのまま利用した山城の跡で、そこかしこに組まれた大きな石垣は天空に浮かぶ城塞を思わせる見事さ。写真をとるたびに足を止め、足を止める度にカメラを構える、なかなか先に進ませてくれない史跡だった。

ここを築城したのは、義経を迎えて頼朝とことを構えようとした緒方惟栄によるものと伝わる。惟栄(諱は惟義)は、義経とともに九州へ逃れるべく尼崎の大物浦で船支度をしていたところ捕えられた。そのときに合わせて築城したという。

ちなみに、その大物浦に鎮座する大物主神社には「義経・弁慶隠れ家跡」の碑があり、義経一行が身を潜めたことをいまに伝えている。そのむかし吉野の金峯神社で出合った「義経隠れ塔」は、まさにその九州落ちに失敗したあとに、義経が隠れた場所だと聞いた。鎌倉殿のドラマとはまったくかかわりのない山旅の出来事を点とすると、そうして後からつながっていくのが線。その感覚は、ぼくには心地がいい。

そういえば、岡城にはもうひとつのエピソードがある。ここで少年時代を遊んだのが瀧廉太郎で、彼がのちに作った曲こそ「荒城の月」なのだ。城跡の一角にある銅像を見るまでは、ここが“荒れた城”だったなんて着想は浮かばなかった。そして、こう思うのだ。義経の存在がなければ、かの名曲も生まれなかったのかもしれないぞ、と。
(第3回に続く)

文・写真
大内征(おおうち・せい) 低山トラベラー/山旅文筆家

大内 征

低山トラベラー/山旅文筆家

大内 征

低山トラベラー/山旅文筆家

土地の歴史や物語を辿って各地の低山を歩き、自然の営み・人の営みに触れながら日本のローカルの魅力を探究。ピークハントだけではない“知的好奇心をくすぐる山旅”の面白さとトレイルを歩く楽しみ方について、文筆と写真と小話で伝えている。 2016年よりNHKラジオ深夜便「旅の達人~低い山を目指せ!」に毎月レギュラー出演中。2022年よりLuckyFM茨城放送「LUCKY OUTDOOR STYLE~ローカル ...(続きを読む

土地の歴史や物語を辿って各地の低山を歩き、自然の営み・人の営みに触れながら日本のローカルの魅力を探究。ピークハントだけではない“知的好奇心をくすぐる山旅”の面白さとトレイルを歩く楽しみ方について、文筆と写真と小話で伝えている。

2016年よりNHKラジオ深夜便「旅の達人~低い山を目指せ!」に毎月レギュラー出演中。2022年よりLuckyFM茨城放送「LUCKY OUTDOOR STYLE~ローカルハイクを楽しもう~」のパーソナリティを担当している。NHKBSプレミアム「にっぽん百名山」では雲取山と王岳・鬼ヶ岳の案内人として出演した。著書に『低山トラベル』、『とっておき!低山トラベル』(ともに二見書房)、『低山手帖』(日東書院本社)などがある。

現在、テレビやラジオ番組のゲスト出演、雑誌やウェブマガジンの寄稿、登山講座の講師、地方自治体のプロジェクト参画など、日本各地の低山に精通する第一人者として精力的に活動中。NPO法人日本トレッキング協会常任理事、自由大学「東京・日帰り登山ライフ」教授。宮城県出身。
YAMAPではMAGAZINEの連載や寄稿をはじめ、さまざまなプロジェクトに参画している。