奈良県・吉野町|歴史と信仰を紡ぐ森の国を辿るサイクリング

日本屈指の絶景「吉野千本桜」で知られる奈良県吉野町。吉野山におけるお花見のイメージが浸透していますが、実は四季折々に千変万化の表情を見せる豊かな森、奥深い歴史、アウトドアスポットなど、町全体に見どころが満載なのです。この記事では、吉野町で新たにスタートした電動アシスト自転車のレンタサイクルを使って、知られざる魅力を発見する旅をご紹介します。

2023.02.06

武石 綾子

ライター

INDEX

吉野町ってこんな町

吉野町は奈良県南部に位置し、吉野川流域を中心とする一帯です。その歴史は古く、万葉集にも数多くの歌が残されています。3万本にのぼるとも言われる桜は、金峯山寺の開祖である役行者(えんのぎょうじゃ)が感得したという蔵王権現の御神木であることから信仰の証として植樹され続けてきたもの。神々が坐す神域、修験道の聖地として今日も多くの人が足を運んでいます。人々がいとなみの中で歴史と信仰を紡いできた森の国、日本人の心のよりどころとも言える場所なのです。

レンタサイクルで、吉野の旅をもっと自由に、もっと遠くまで

そんな吉野の旅において難点であったのが町内での移動手段が少ないこと。特に主な観光エリアである吉野山方面は坂道が多いこともあり、訪問できる先が自ずと限られてしまいます。吉野の町をもっと自由に楽しんでほしい。そんな想いのもと、この度吉野町ではレンタサイクル(電動アシスト自転車)サービスがスタートしました。急な坂道も何のその、吉野の街並みや自然を楽しみながらすいすい登れてしまいます。

本記事ではレンタサイクルの開始にともない造成された、以下4つのコースに関する概要をご紹介します。

  1. 吉野山の歴史文化を知るコース
  2. 吉野の造林発祥文化を辿るコース
  3. 津風呂湖カヌー体験コース(津風呂湖ショートコース)
  4. 津風呂湖周遊アドベンチャーコース(津風呂湖ロングコース)

※いずれも近鉄大和上市駅前観光案内所でのレンタサイクルを想定したサイクリングコースとなります。
※いずれも個人手配のサイクリングを想定していますが、コース①②はガイドによるツアーも可能です。詳細は記事内のご案内をご覧ください。

レンタサイクルの貸出場所である近鉄大和上市駅前の観光案内所

レンタサイクルはすべて電動アシスト自転車。吉野山の坂もすいすい登れます

①吉野山の歴史文化を辿るコース

コース概要:https://yamap.com/model-courses/24879

所要時間:約4時間

距離:約20km

コース詳細:上市駅前観光案内所⇒上市橋⇒吉野駅⇒上千本⇒花矢倉展望台⇒吉野水分神社⇒金峯山寺⇒吉野駅⇒上市橋⇒上市駅前観光案内所

 

最初にご紹介するのは、吉野山と周辺の歴史、景色を楽しめるサイクリングコースです。コース上には、源義経と静御前の悲恋の逸話を伝える「吉野水分神社」や山岳修験の聖地「金峯山寺」など、世界文化遺産(紀伊山地の霊場と参詣道)を構成する寺社が点在。悠久の歴史を堪能することができます。スタートから登り坂を含む中級コース。途中に見晴らしの良いスポットがいくつもあるので、休憩を挟みながら無理のない範囲で楽しみましょう。

概ね30〜40分程度は車道を走行し、吉野駅付近まで来ると少しずつ登り坂が始まります。桜の名所である「上千本」付近は少し傾斜がかかったカーブ。4月には桜色に染まった絶景を満喫できるビュースポットです。坂を登り切ったら吉野の町が見渡せる「花矢倉展望台」に立ち寄って。ドリンクを飲んでひと休みしましょう。

周辺の山々と金峯山寺が拝める「上千本」。少々ハードですが、最高に気持ち良い絶景が広がります

休憩におすすめのスポット「花矢倉展望台」。自動販売機も設置されています

「花矢倉展望台」から200メートルほど先にある重要文化財「吉野水分神社(よしのみくまりじんじゃ)」にもぜひ立ち寄りたいところ。吉野山でもっとも古くから存在する神社と言われ、水を司る天の水分(あめのみくまり)が祀られています。山を大切にし、水の恩恵に感謝し続けてきた吉野の人々の想いを感じることができるでしょう。 源義経が金峯山寺の僧兵に追われ、愛妾であった静御前と別れ逃げ延びた場所という伝承も。必要以上に人の手が入らず昔の姿をとどめている独特な雰囲気が、荘厳な印象と歴史情緒を感じさせます。

自然と社殿が一体となり厳かな雰囲気の吉野水分神社

締めくくりは吉野の旅に欠かせない、金峯山寺への参拝。修験道の根本道場・金峯山寺の本堂「蔵王堂」は、国宝かつ世界遺産の中核資産でもある修験道の中心寺院です。日本最大秘仏のご本尊金剛蔵王大権現の尊像3体ほか、多くの尊像が内部に安置されています。金剛蔵王大権現は限られた期間しか開帳されない貴重な仏様。その迫力は見る者を圧倒し、悠久の時を超えて、この地に重ねられてきた祈りの深さを感じさせます。単層裳階付き入母屋造り檜皮葺きで、高さ34m、裳階の四方36mと、木造古建築としては東大寺大仏殿に次ぐ大きさを誇る建造物です。

周辺には吉野名物の葛菓子がいただけるカフェや飲食店、お土産屋さんが軒を連ねています。一旦自転車を置いてのんびりとお店巡りをするのもおすすめです。体が冷えてしまったら近くには日帰り温泉もありますよ。大和上市駅までの帰路は一部急坂も含む下り道、十分気を付けて。

【ガイドツアーのご案内】

「①吉野山の歴史文化を辿るコース」はガイドによるご案内が可能です。

担当ガイドは金峯山寺にほど近いエリアで「TSUJIMURA&Cafe kiton」を営むオーナーの辻村佳則(つじむらよしのり)さん。自転車レンタルはお店でも予約が可能。行き先やコースの詳細は体力や要望に応じて相談が可能です。どこに行くか迷っている方はぜひ辻村さんにご相談を。きっと知られざる“特別な吉野”をご案内してくれるはず。ツアー終了後は「TSUJIMURA&Cafe kiton」で、ほっとするひとときをお過ごしください。

料金:5,000円~
定員:1人〜2人

花矢倉展望台にて飲み物をふるまってくれるガイドの辻村さん

葛菓子や雑貨の販売を行うTSUJIMURA&Cafe kiton。ソフトクリームも絶品

②吉野の造林発祥文化を辿るコース

コース概要:https://yamap.com/model-courses/24880

所要時間:約2時間30分

距離:約15km

コース詳細:大和上市駅前観光案内所⇒上市橋⇒吉野杉の家⇒喜佐谷(桜木神社・高滝)⇒吉野杉の家⇒大和上市駅前観光案内所

 

次にご紹介するのは、卓越した品質と評価される「吉野の木」にまつわるスポットを巡りながら、造林発祥の地である吉野町の街並みを楽しむコースです。人々が自然と共に創り上げてきた豊かな森・美しい渓流と、木々を製材する工房が見どころ。所要時間は約2時間30分、基本的にはなだらかな道が続くので自転車や登山ビギナーにもおすすめ(一部緩やかな坂道はあり)です。

電動アシスト自転車の電源を入れヘルメットを被ったら、軽く試運転の後、「吉野杉の家」へと向かいます。吉野杉の家は建築家の長谷川豪氏とAirbnb共同創業者ジョー・ゲビア氏のコラボレーションにより、地域の活性化を目指すために生まれた世界初のコミュニティハウス。吉野川沿いの自然と調和する特徴的なそのたたずまいは、吉野の象徴的存在とも言えるでしょう。

「吉野杉の家」の外観。陽の光を受けて川沿いにゆったりと佇む

さらに30分程自転車を走らせ、喜佐谷方面へと向かいます。コースの途中に通過する原木市場では山から切り出された丸太を目にすることができます。材木が積みあがる様子は外側から眺めるだけでも圧巻!タイミングが良ければ、セリ市を見られるかもしれません。深呼吸してみれば、清々しい針葉樹の香りに癒されます。民家を抜ければ段々と山道へ。とは言ってもさほど険しい道ではないのでご安心を。

山から切り出された吉野材が積みあがる様子(原木市場)

登山口手前の桜木神社でお参りをした後に、吉野山へと続く山道をプチハイキング。吉野の造林文化を背景に育まれた木々の中、心ゆくまで森林浴を満喫できます(往復30〜40分ほどではありますが、滑りにくい靴、防寒具、ヘッドライトなど最低限の装備は持参していきましょう)。沢の音が心地よい山道を15分程登れば、高さ15メートルの高滝に到着。里山と思って侮るなかれ、岩肌を分岐して滝水が流れ落ちる雄大な姿は自然の力強さを感じさせます。

吉野杉の魅力だけでなく、町の歴史文化についても感じられるこのコース。実際に山に入り、吉野の木に触れ、ぜひ「木のストーリー」を感じてみてください。

【ガイドツアーのご案内】

「②吉野の造林発祥文化を辿るコース」はご希望に応じてガイドによるご案内が可能です。

担当ガイドは吉川晃日(よしかわこうひ)さん。造林発祥の地と言われる吉野地域の木材に魅せられ、2021年の4月に出身地である大阪から吉野に移住。吉野中央木材株式会社の社員として日々「吉野の木」と向き合う傍ら、宿泊もできる「吉野杉の家」の運営などを通じ地域活性にも取り組んでいます。「吉野杉の家」の室内見学、オリエンテーション(吉野の木材に関する歴史や特徴など)に加え、製材団地「吉野貯木場」内にある「吉野中央木材株式会社」では吉野材の加工・製品化のプロセスを見学することができます。

料金:4,500円~
定員:2人〜5人

ガイドの吉川さん。吉野材について丁寧にレクチャーしてくれます

製品になる手前の木材。興味津々に話を聞く様子はさながら大人の社会科見学のよう

ガイドツアーの場合も全コースを自転車でまわります。この日は美しすぎる夕日を眺めながら帰路へ

コース③津風呂湖カヌー体験コース(津風呂湖ショートコース)

コース概要:https://yamap.com/model-courses/24881

所要時間:約2時間(カヌー体験は追加で約2時間が必要)

距離:約13km

コース詳細:大和上市駅前観光案内所⇒吉野町役場⇒吉野の古い街並み⇒津風呂湖カヌー競技場⇒津風呂ダム堰堤⇒吉野町役場⇒大和上市駅前観光案内所

 

さてここからは少々趣きを変えて、知られざる吉野の絶景スポット「津風呂湖(つぶろこ)」までのサイクリングコースを2つご紹介します。山も良いけど実は湖も良い、吉野の「B面」とも言えるコース。まずは1つめ、ショートコースの概要です。

目的地である津風呂湖についてご紹介しましょう。津風呂湖は1961年に津風呂川をせき止めて造られた奈良県有数の湖沼。1972年には県立吉野川津風呂自然公園の指定を受け、自然歩道やつり橋が整備されました。周辺には吉野町の最高峰である竜門岳をはじめとした山々が連なります。面積は150ヘクタール。東京ドーム32個分に相当する広さを誇る湖面には爽やかな風が吹き抜け、四季折々の自然の変化を全身で感じることができる風光明媚なスポットです。

吉野町役場を過ぎ、昔ながらの景色が残る上市の街並みを眺めながら自転車を漕ぐのも楽しいもの。段々と町を離れ、津風呂湖へと続く国道沿いを、風を切って走り抜けます。

少しスピードを落として、古き良き街並みにも目を向けて見よう

吉野の木材を利用して造られたカヌー競技場施設

つり橋から景色を眺める、のんびりと釣り糸を垂らす…いずれも捨てがたい過ごし方ですが、ここでのおすすめは何と言ってもカヌー体験。津風呂湖カヌー競技場はワールドマスターズゲームズ関西のカヌースプリント競技会場にも指定されており、関西有数のカヌー競技場です。吉野の木材を利用して建設された施設も一見の価値あり。漕ぎ方やオールの持ち方なども丁寧にレクチャーしてくれるので、はじめての方でも大丈夫。

人工物がほとんど目に入らない凪いだ湖面にゆったりと浮かんでいると「自然以外何もないこと」の贅沢さを実感し、いつまでもその場に留まりたくなります。

初心者でもレクチャーしてくれるので安心。リフレクションが美しい!

コース④津風呂湖アドベンチャーコース(津風呂湖ロングコース)

コース概要:https://yamap.com/model-courses/24882

所要時間:約4時間30分

距離:約26km

コース詳細:上市駅前観光案内所⇒吉野町役場⇒津風呂ダム堰堤⇒津風呂湖展望台⇒入道橋⇒津風呂湖・入野第二展望所⇒みかえり橋⇒津風呂湖カヌー競技場⇒津風呂ダム堰堤⇒吉野町役場⇒上市駅前観光案内所

 

こちらは津風呂湖をぐるりと一周するロングコース。細長く、さながら「龍」のような特徴的な形をした津風呂湖周辺はジグザグとした道が続き、自転車を止める場所によって様々な景色を楽しむことができます。コース③のショートコースと比べると長距離になるため時間と体力に余裕をもって出発しましょう。

「吉野町役場」を過ぎた最初の分岐でコース③とは異なる方向に進み、「津風呂ダム堰堤」を目指します。45分程の走行時間、適宜休憩するのがおすすめです。

「津風呂ダム堰堤」から「津風呂湖展望台」へ。さらに「入道橋」、「津風呂湖・入野第二展望所」を経由します。

早朝から夕刻まで様々な表情を水面に映す津風呂湖ですが、筆者が「入道橋」を通った日没には言葉を失うほどの夕焼けが全面に広がっていました。辿りつくには少々時間がかかりますが、きっと「来て良かった」と思える景色に出会えますよ。

入道橋からの眺め。時間帯によっては、忘れがたい夕陽の絶景に出会えるかも

特に寒い時期の日没はあっという間。夜道、かつ山間の自転車走行には十分注意が必要。ヘッドライトや手袋など、必要装備も忘れずに。

長距離ではありますが、分岐を進みながらところどころ絶景に出会えるサイクリングはまさに宝探し、アドベンチャー的コースです。いつもの登山とは少し違った観点で冒険的な吉野を満喫したい方は、ぜひこちらにチャレンジを。

いずれのコースも、ガイドブックには載っていない知られざるヤマップ的おすすめコースです。特別な時間を過ごしに、次の休日は、ぜひ吉野町でサイクリングトリップを。

【吉野サイクリングのお問合せ】
一般社団法人吉野ビジターズビューロー
TEL:0746-34-2522
URL:https://yoshino-kankou.jp/

【レンタサイクルのお問合せ】
吉野上市笑転会(しょうてんかい)
TEL:0746-39-8554

原稿:武石綾子
写真:西條聡
協力:一般社団法人吉野ビジターズビューロー

武石 綾子

ライター

武石 綾子

ライター

静岡県御殿場市生まれ。一度きりの挑戦のつもりで富士山に登ったことから山にはまり込み、里山からアルプスまで季節を問わず足を運んでいる。コンサルティング会社等を経て2018年にフリーに。執筆やコミュニティ運営等の活動を通じて、各地の山・自然の中で過ごす余暇の提案や、地域の魅力を再発見する活動を行っている。