アルパインブランド「ミレー」が、超高性能レインウェア「ティフォン ファントム」を2月末にリリースしました。耐水圧5万mm、透湿性6万g/㎡/24hという驚異的なスペックは、現在、市場に流通している製品の中でも最高水準。そんな「ティフォン ファントム」はすでに、登山者の間で大きな話題になっているようです。この商品が、どんな背景で生まれたのかを探ってみました。
2025.03.25
大関直樹
フリーライター
ミレーの本拠地であるシャモニーの街並みとモンブラン
ミレーは1921年創業の老舗アルパインブランドで、その歴史は100年以上。本社はフランス・アネシーにあり、車でわずか1時間走れば、ヨーロッパアルプスの最高峰・モンブランを望む山岳リゾートタウン「シャモニー」にたどり着く。ミレーは長年に渡りシャモニーガイド協会とパートナーシップを結び、そのフィードバックを活かして製品の開発、改良を続けてきた。
そんなミレーの歴史の中で特筆すべきは、常に「イノベーション=革新」を追求してきたこと。創業間もない1934年には、バックパックの内部にフレームを入れ、安定性を向上させる構造を開発。その後も、耐久性と軽量性に優れたナイロン素材をバックパック初めて採用するなど、画期的な技術革新を積み重ねてきた。
ミレーが独自開発したナイロン素材を使用した初のバックパック「シェルパ50」
さらに、1970年代にはアパレル分野にも進出。GORE-TEXを開発したゴア社が創業してわずか1年後に、その可能性を見出し、いち早く製品に採用。また、登山界の伝説的な存在であるラインホルト・メスナーをチームに迎え、1978年には彼の世界初のエベレスト無酸素登頂をサポート。このようにミレーは、100年以上に渡って革新を追求し続けてきたブランドなのだ。
こうしたミレーのイノベーションのDNAを受け継ぎ、2016年に登場したのが、「究極のドライ」をコンセプトに掲げたレインウェア「ティフォン」だ。
興味深いことに、このティフォンは、フランス本国ではなくミレージャパンの独自開発によって生まれた。その背景には、十数年前に相次いで発生した大量遭難事故があったという。
安全に山に登れるレインウェアを提供したいという使命感から生まれた「ティフォン」
2009年7月、北海道大雪山系のトムラウシ山で、ツアーガイドを含む登山者8名が死亡。さらに2012年5月には、白馬岳で登山中の男性医師6人が命を落とす遭難事故が相次いで発生した。いずれも死因は低体温症だった。
これらの事故を契機に、ミレー社内では「いかにして衣服内の蒸れを外に逃がし、低体温症を防ぐか」という課題に取り組むアウターレイヤー開発プロジェクトが立ち上がった。その根底にあったのは、「すべての登山者が安全に山に登り、無事に家に帰ることができる製品を提供する」という、アルパインブランドとしての強い使命感だった。
ティフォンをはじめとしたミレーの新製品開発チームのリーダー、櫻井久男さん
そして、開発チームが掲げた具体的な目標のひとつが、「透湿5万g/㎡/24hの実現」だった。当時、市場には透湿4万g/㎡/24hのレインウェアは存在したものの、5万gの壁は突破できていなかった。ミレー開発チームのリーダー、櫻井久男は次のように言う。
「我々が最も苦労したのが、透湿性と耐水性のバランスでした。というのも、透湿性と耐水性というのは、トレードオフの関係にあるからです。つまり、透湿性を高めると耐水性が落ちてしまい、耐水性を上げると透湿性が損なわれてしまうのです。このバランスをどのように高い次元で実現するかがチャレンジを成功させるカギだったんです」
開発着手から数年後の2016年にミレーの想いが結実したアイテムがようやく完成した。製品名は「ティフォン(Typhon)」。フランス語で台風を意味し、強い雨に打ち勝つレインウェアという意味が込められている。
ティフォンの大きな特徴は、①優れた透湿性、②高い耐水性、③快適な着心地の3点に集約される。
その秘密は、防水透湿メンブレンを50デニールの表地と15デニールの裏地で挟んだ3層構造にある。ただし、これらの特徴は単独の層で生まれるのではなく、3層のバランスが絶妙に調整されることで実現している。
ティフォンの高い透湿性と耐水性は、3層構造のバランスの上に成り立っている
特に顕著なのが透湿性だ。3層構造の生地はボンドで貼り合わせているが、その接着方法の組み合わせは無数にあり、調整は繊細な作業となる。例えば、接着用ボンドは、多すぎると透湿性を損なうが、少なすぎると洗濯時に剥がれるリスクがあるのだ。
「透湿性と耐水性を高いレベルで維持しつつ、最適な組み合わせを見つける作業は、F1のエンジンチューニングのようなものでした。何万通りもの組み合わせ実験をし、膨大な時間をかけて、最適解を導き出したんです。正直に言って、延々と続く努力の積み重ねでした」(櫻井さん)
レインウェアとは思えないほどの着心地の良さはティフォンならではの特徴だ
さらに、肌に触れる裏地には丸編みのニット構造を採用し、肌触りを格段に向上させた。そこにも秘密があったのだ。
「現在、ティフォンに使用されている目の細かい裏地を編める機械は、国内にわずか数台しかありません。我々は、その機械を優先的に使わせてもらっているので、ほかのメーカーとは一線を画するモノづくりができるんです。
さらに我々は、レインウェアを着ているときのサラサラ感や着心地の良さも重要な性能だと考えています。実際に、ティフォンのユーザーさんは、試着後に購入を決めているという報告も多く、このこだわりが確実に伝わっていると感じています」(櫻井さん)
現在でもアウトドアユーザーからは高い評価を受けているティフォンだが、今回のリリースされた「ティフォン ファントム」は、さらなるチャレンジに取り組んだ。それが、「究極のドライ性能」と「究極の軽量性」の両立だ。
耐水圧は5万mm、透湿性は6万g/㎡/24hと、これまでを遥かに超えたスペックを実現。さらに重量は132g(ファントム ファスト重量)と超軽量スペックを誇る。
ティフォン史上最高の透湿性と耐水性を誇る「ティフォンファントム」
このような圧倒的な軽さは、防水透湿メンブレンはそのままに、表地と裏地に7デニールの極薄高密度生地を採用したことで可能となった。また、軽量化の鍵となったのが9mm幅の特殊シームテープ(縫い目からの水の浸入を防ぐテープ)だ。
「このテープは通常よりかなり細いため、ブレずに貼っていくのはすごく難しいんです。しかし、この課題も生産工場と協力することでなんとか乗り越えることができました。この技術も、ほかのレインウェアでは真似のできないものであり、ティフォン ファントムの大きなアドバンテージだと自負しています」(櫻井さん)
左が軽量性を極限まで高めた「ティフォン ファントムファスト」、右が登山用の「ティフォン ファントムトレック」
ティフォン ファンムのラインナップは、2モデル。ひとつは、登山やファストハイク向けで、両サイドにポケットを備えた「ティフォン ファントムトレック」。もうひとつは、トレイルランニングやスカイランニング向けで、軽量性を高めた「ティフォン ファントムファスト」だ。
ティフォン ファントムは、単なる防水ウェアではなく、ミレーが100年以上培ってきた技術革新のひとつの到達点と言えるだろう。その圧倒的なスペックと軽量性は、過酷な環境下でも最大限の快適さと安全性を提供してくれるはずだ。まずは店頭で試着し、この驚きを体感してみてはいかがだろうか?
原稿:大関直樹
写真提供:ミレー・マウンテン・グループ・ジャパン