訪問リピート率は100%!?|和歌山県田辺市の関係人口創出事業成功の理由

世界遺産 「熊野古道 中辺路」の玄関口に位置する和歌山県田辺市。「関係人口」という言葉が地方創生のキーワードとなる中、田辺市では驚異の「再訪率100%」※ を誇るプロジェクトが5年目を迎えています。

その名も「熊野REBORN PROJECT」。世界遺産 熊野古道を歩き、地域の自然や人に触れることで、参加者に田辺を第二の故郷と感じてもらうこの取り組み。なぜこんなにもハイカーを惹きつけ、地域とのつながりが続くのか。地域経済メディアプロジェクト『NewsPicks Re:gion(ニューズピックス リージョン)』編集長の呉琢磨さんの解説とともに、その理由と成果に迫ります。

※1〜4期アンケート回答者のうち。以下同じ。

2025.03.19

Jun Kumayama

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2018年より続く“熊野REBORN PROJECT”とは?

地方創生とは、少子高齢化による人口減少と都市部への一極集中化、それにともなう地方経済の衰退や地域コミュニティの崩壊を食い止め、国全体で持続可能な社会をつくりあげる取り組みです。その地方創生の現場で、昨今取り沙汰されている「関係人口」というホットワードをご存知でしょうか?

関係人口とは、移住者や地域を訪問するだけの観光客ではなく、その中間的な存在で、地域と多様な関わり方をもつ人々のこと。その特徴として「定住はしないものの、地域と継続的に関わっている」「地域に愛着をもち、地方創生に貢献している」「都市部に住みながら、定期的に訪問し交流している」というポイントが挙げられます。

熊野REBORN PROJECT名物、真砂田辺市長による「語り部ガイド」も、関係人口創出に欠かせない要素

かくいう筆者・熊山も、現住所は東京都にありながらも、1年のうち4分の3ほどを沖縄県北部ですごす二拠点生活を送っている身なので、まさに「関係人口」ドンピシャな人間です。

というわけで近年、多くの地方自治体では関係人口創出事業に取り組んでいるのですが、なかでも2024年で5年目を迎え、参加者の現地再訪率も実に100%という成功事例があります。

それが和歌山県田辺市とYAMAPが取り組んでいる「熊野REBORN PROJECT」。

熊野REBORN PROJECT(以下、熊野RP)とは、世界遺産・熊野古道の玄関口として知られる和歌山県田辺市で、登山者の視点で熊野の自然を楽しみ、地域の魅力を発見することでつながる関係人口創出を創出することを目的とした事業です。

プロジェクトでは「熊野古道を歩くことで、地域の歴史や文化を知る」「田植えや梅、みかんの収穫などを通じて地域の暮らしを体験する」「地元有志や地域の人々と触れ合う」といった数々のフィールドワークを通じて、田辺を第二の故郷と感じてもらえるような関係人口作りをおこなっています。

熊野RP5期フィールドワークの様子。田辺市・鬪雞神社にて。写真右手は初年度からメンターを務める低山トラベラー/山旅文筆家の大内征さん

「実は…」が続いて恐縮ですが、筆者も2018年に初開催した第1期の参加メンバーのひとり。

その熊野RPも延べ参加者数60名弱まで成長しました。5年という節目を迎えるにあたり、ここで一度その成果をまとめるべく、過去のメンバーにアンケートを取ったところ、前述の「田辺への再訪(リピート)率100%」という驚異的な結果が出てきたのでした。

他に類を見ない再訪率100%の成果

「すごい!関係人口づくりでここまで持続的な成果を出しているのは素晴らしいですね。ただ通過する観光客にとどまらず、プロジェクト参加者が地域と継続的に関わり合う仕組みがしっかり出来上がっている証拠だと思います」

そう評価されたのは、都市と地域の共創によるビジネス創出に取り組んでいる、地域経済メディアプロジェクト『NewsPicks Re:gion(ニューズピックス リージョン)』編集長の呉琢磨さんです。

『NewsPicks Re:gion』編集長の呉琢磨氏。「ぜひとも、自分も熊野RPに参加してみたい」

「いまや全国で多くの自治体が関係人口創出に取り組んでおり、さまざまな切り口で外部の人が地域と関わるきっかけを作っているのですが、持続性をもたせることが大きな課題のひとつです。それが熊野RPでは5年も継続して、OBが自主的に再訪するってすごいことですよ」(呉さん)

その具体的なデータがこちら。フィールドワーク実施後まもない5期メンバーを除けば、1〜4期はほぼ全員が何かしらの目的で田辺市を再訪しています。

田辺市への再来有無にかかわる質問結果。フィールドワーク実施したての5期メンバーも40%が再訪していた

くわえて「熊野RP参加後の田辺市との関わりについては?」という質問に対しては、5期で100%、1〜4期も94.7%とほぼ全員が関係継続中であることがわかりました。関係が継続しなかったという1名も「フィールドワーク参加後すぐ東京での関連イベントには参加したものの、それ以降なかなか機会が捉えられていない」とのことで、裏を返せば今後もタイミングさえあれば再びつながることができそうです。

なお、「その後の関わり方」でもっとも多かったのが「熊野古道のことを調べた(23人)」「熊野RPのFacebookグループで田辺市の様子をチェックした(23人)」という回答。そもそも、熊野RPメンバーの参加動機でもっとも多いのは「熊野古道を歩きたい(25人)」から。

ゆえに、一度フィールドワークで現地を歩いたことで、田辺のファンとなり、さらにはプロジェクト終了後も再訪をもくろみ、参加者同士や地域の方々とSNSで継続的につながる──そんな好循環が生まれているのでしょう。

熊野RP参加後の田辺市との関わり方に関する質問結果。参加者は全員「ハイカー」である特徴が現れるように、熊野古道に関連する関わりが目立つ

事実「田辺市との関係が継続している理由は?」との問いには、「熊野RPメンバーと交流したいから(22人)」「田辺市を応援したいから(20人)」「熊野古道(の続き)を歩く目的があるから(19人)」という回答が多く寄せられていました。

続く関係は「熊野古道」と登山者コミュニティの出会いから

田辺市長の真砂充敏氏も、5年連続で熊野古道歩きに語り部として参加。炎天下の真夏でも、雪がちらつく冬場でも長時間のフィールドワークにお付き合いいただいています

「やはり、参加メンバーがもともと『登山』という趣味でつながっているのが大きいんでしょうね。歩くことが好きなYAMAPユーザー、つまり登山者コミュニティから参加を募っているので、ライフスタイルの志向や感性を共にする人達が集まる。彼らに熊野古道という自然や歴史の魅力を提供してリピート性を確保しつつ、地域の人々と結びつけることで、地域に関わる理由と持続性も生み出している。参加者(登山者)、熊野古道(自然)、受け入れる人々(田辺市)という3者の組み合わせが上手くつながることで、結果としてプロジェクト終了後も良質なコミュニティが続いていくのでしょう」(呉さん)

ハイカー憧れの古道歩き。石畳の道は熊野古道ならでは

たしかに筆者も、もとは「この機会に、熊野古道を歩いてみたい」というのが熊野RPへの参加動機でした。また、参加メンバーは抽選ではなく面接で選ばれるだけに、バラエティ豊かな興味深い人材が集まってくるのでしょう。だからこそ、プロジェクト終了後もOBや田辺のみなさんと連絡をとりあい熊野古道を歩く集まりがあると、なるべく顔を出していたりもします。それもこれも、山歩きという苦楽をともにする趣味を通じた関係だからこそ……という面があるかもしれません。

事実、直近の第5期メンバーに対して「フィールドワークで特に良かったことは(3つまで)?』というアンケートでは、「第5期の仲間と過ごせたこと(70%)」「地元ゲストハウスでのBBQなど(60%)」「大斎原・大鳥居の景観を守る田んぼでの農作業(50%)」と、メインイベントの古道歩きと並んで、人との出会いや交流が上位でした。ここでも、きっかけは熊野古道ながら、現地での交流が満足度や継続性にかかわっていることがうかがえます。

熊野RPに参加してよかったことについての質問結果。スタッフを含めたメンバー間の交流面で満足度が高い

このプロジェクトは「地域における事業開発のプロセス」

フィールドワークのなかでも満足度が高かった、大鳥居の景観を守るための農作業

ーーその他、呉さんに注目いただきたいアンケート結果は、参加OBによる口コミ拡散力がのべ228人にも及んだり、再訪による現地消費額が年間61万円以上だったり、といった波及効果です。あらためて、このプロジェクトをどう評価しますか?

「本プロジェクトで生まれた参加者と田辺市の関係継続率が高く、それだけでもすごい!というのは先程お伝えしたとおりです。ただ、関係人口の評価は難しいんですよね。関係人口の質を測る指標としては、その地域で『生産する人』『消費する人』『投資する人』それぞれが生んだ実態としての経済インパクトでしか測れないんじゃないかと私は考えているんです。」(呉さん)

ーーおお、なるほど。しかし、短期的に多くの経済効果を生み出すことは難しいのでは?

「仰るとおりです。実際はそこに行き着く手前に『ゆるやかな関係人口』が生まれ、その人達の存在が新しい価値をつくり、やがて生産や消費、投資行動に至ります。まさにこの熊野RPのような、ゆるやかでも確かに続く関係性があるからこそ、その先に行けると思うんです。つまり、『最終成果物の手前のプロセスと関係性を生み出せること』、これが本プロジェクトの価値なのかなと。CSRやCSVではなくて、地域における『事業開発のプロセス』であり、未来への関係性とも表現できます」(呉さん)

ーー確かに、参加OBが何名か田辺市の農作業に関わってくれてもいますが、これもプロジェクトから生まれたプロセスの一つですよね。

熊野RP第5期には、裸足になって大鳥居の目の前にある田んぼに入るプログラムが。都市部ではなかなかできない体験だ

「はい。先ほどの『フィールドワークで特に満足したこと』にも挙げられていた『農作業』には可能性を感じます。地域では高齢化から離農者が増え、耕作放棄地だらけになるなか、都市部からやってきた参加者は楽しいアクティビティとしてとらえることがわかった。これは体験型ツアーとして商品化できる可能性がある。

つまり、約60名のOBは、都市生活者の感覚を持ちながら、田辺のことをよく知っている優秀なテストプレイヤー兼マーケターとも言えるわけで、彼らが身銭を切ってまで体験したいこと、欲しいものを観光商品化すること、かなり確度の高いヒット商品が生まれる可能性がある。彼らを優秀なR&D(研究開発)チームとして、地場の事業者と積極的に繋いでいくことで、さらに熊野RPの成果をスケールさせることができるかもしれませんね」(呉さん)

ーーなるほど、確かに田辺のいいもの、いいことを知っている我々OBだからこそ、『こんなツアーがあったら参加するのに』『こんなお土産があったら買うのに』といったアイデアを各人もっているでしょうし、制度の高い商品のレビューもできる気がします。しかも田辺のためとなれば、喜んで参加しちゃいますしね。

成功の秘密に「人の良さ」は欠かせない

古道歩きや農作業の後は、民宿近くの天然プールへドボン!

というわけで呉さんから、熊野RPにおける成果の要因、そして今後関係人口を活かして田辺を経済的に潤わすアイデアまでいただいたわけですが、最後に参加者のアンケート結果から印象的なフリーコメントをいくつかご紹介いたします。

Q.熊野RP参加後、自身の心境や行動の変化があれば教えてください。

  • 熊野(特に本宮町)は第二の故郷であり、何もなくても帰ってしまう不思議なこ゚縁を感じます。(中略)これからも惜  しみなく熊野、田辺には足を運ぶと思います
  • 第二の故郷ができたかもしれない、という安心感があります
  • 『田辺』というキーワードで人と繋がれることを大事にしている
  • 田辺や、田辺で暮らす人たち (仲間)に貢献できることがあれば、協力したいと思うようになった
  • 田辺、熊野が精神的により一層近くなった

 

Q.田辺市への思い、熊野RPに参加しての感想をご自由にお寄せください。

  • 毎年リボーンメンバーで、あちこち山登りもしており、一生いい仲間もできました。熊野古道もシーズンごとに歩きに行っています。ぜひまた期をこえたイベントなどあれ参加したいです
  • 山々や自然と共存しながら生活する地域、その課題までも体験させて貰えるフィールドワーク。普通の『体験型ツーリズム』みたいなものでは得られない機会でした
  • 自分と向き合い、今後の人生観が変わるきっかけとなっていると思う

期を重ねるにつれ、フィールドワークの日程も洗練されてきた熊野RP。とはいえ必ず訪れるのが、世界的博物学者である南方熊楠の顕彰施設「南方熊楠顕彰館」

もともと第1期のいち参加者でしかなかった身ながら、その後熊野PRのレポーターとして第2期、第5期とプロジェクトの変遷を追った筆者・熊山が、自分なりにこのプロジェクトの素晴らしさを代弁いたしますと、とにもかくにも熊野RPの顔ともいえるメンター大内征さんはじめ、運営する田辺市のみなさんの人柄によるところが大きいと感じます。

田辺市役所たなべ営業室の入口さん。何人でも受け入れる、度量の広い田辺市職員の人柄も魅力の一つ

こうした自治体の取り組みの多くは年度ごとに担当者が変わっていくのが常。熊野RPも過去5年間のうちに何度か担当者が変わってはいますが、にもかかわらずフィールドワークの密度や、ホスピタリティの質は同じです。なんなら旧担当者のスタッフも相変わらず現場に顔を出してサポートにまわったりするのです。それは5年連続で古道ガイドをつとめる市長や、民間からの有志メンバーも同様で、熊野RPで生まれた交友関係は現在でもずっと続いています。

第1期の集合写真

ひょんな用事で田辺に寄っても、声をかければ誰かしら遊んでくれる。そんな安心感すらある。

熊野古道への興味がきっかけで集まったハイカーたちが、田辺の自然と人に触れてファンになってしまう。熊野RP成功の秘密は、単純ながらもなかなか得がたい「人的魅力」の上に成り立っていると言えるでしょう。OBのみなさん、異論はないですよね?

第6期を実施のあかつきには、みなさんのご参加をお待ちしています!

その他のアンケート結果
過去の熊野RPのレポート記事リンク集

Jun Kumayama

WRITER

Jun Kumayama

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ライター/アーティスト。好きなものは山と旅とアート。ライフワークは夕焼けハント。アバターぬいぐるみ「ミニくまちゃん」でぬい撮り活動も。現在は、東京と沖縄の二拠点生活中。