色鮮やかな初夏の富士箱根トレイル|儚く美しい一日花「サンショウバラ」を探して

富士山須走口五合目から金時山を結び、大半が静岡県小山町に位置する縦走路「富士箱根トレイル」。富士山の火山活動が作った大地の上に敷かれ、火山灰の分布とともに、少しずつ変化する植生を体感することができます。自然の「色」をテーマにした連載企画の第2弾である今回は、日帰りで楽しむことができる「明神峠」〜「サンショウバラの丘」〜「駿河小山駅(JR御殿場線)」までのセクションハイク。夏を前に植物たちが鮮やかさを増すトレイルを、アウトドアスタイル・クリエイターの四角友里さんと歩きました。

2023.07.03

武石 綾子

ライター

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富士山付近のみに生育する貴重種「サンショウバラ」を目指す山旅

梅雨入りを控えた6月上旬、台風一過の晴れの日。再びJR御殿場線・駿河小山駅にやってきました。昨秋に続き、第2弾となる今回は富士山・箱根付近のみに開花する「サンショウバラ」に出会う山旅。薄紅色の蕾が淡い桃色の花として開き、白い花弁となって翌日には散っていく。その儚さから「一日花」とも称されるサンショウバラ。例年は5月下旬あたりに見ごろを向かえますが、全国的に花の開きが早めの今シーズン。開花のピークは過ぎているかも、という情報がちらほら…。前回の”紅葉編”では、主に黄色や赤の風景を楽しみましたが、今回は夏手前の濃い緑に、できることならサンショウバラの桃色を加えたいところ。果たして出会うことはできるでしょうか。

先導してくださるのは第1弾に続き小山町役場の池谷精市さん。そして旅人は、小山町の麓散策は初めて初めてという四角友里さんです。

「富士箱根トレイルは以前から歩いてみたいと思っていました。小山町は水が綺麗で、わさびが美味しい。そんなイメージがありますね」と、四角さん。

おっしゃるとおり、さすがのアンテナ!

まずは駿河小山駅から、富士箱根トレイルの玄関口である「明神峠」へと向かいます。アクセスは富士急行バス(明神峠行き)、もしくは事前予約で希望のバス停まで送迎してくれるデマンドバスがおすすめです。
※デマンドバスの詳細、予約方法はこちら

金太郎が描かれたデマンドバス。乗り場は駅を出てすぐ目の前

登山に向かう前に、町役場前の「飴屋」さんにて山おやつをゲット

山を愛するハイカーにより拓かれ、育まれてきた富士箱根トレイル

「富士箱根トレイル」は、富士山五合目(須走口)から西丹沢を経由し、足柄山系の金時山までを結ぶ総延長約43kmの登山道。静岡県・山梨県・神奈川県の県境に伸びる稜線をつないだ縦走路です。

「富士山と箱根、その間にある山をつなぐ道を作りたい」。そんなアイディアが地元山岳会から町役場に届けられたのは2008年のこと。今回の旅のガイドであり、当時まちづくり推進の担当であった前出の池谷さんリードのもと町内の検討会が組織され、本格的なトレイル開拓の計画が動き出します。

ベンチマークにしたのは、国内の代表的なロングディスタンストレイルである「信越トレイル」。特に重視したのは「山が好きな人の手によってトレイルを作る」という考え方でした。 その考え方をもとに「富士箱根トレイル」は、SNSなど拡散手段が現在より少ない時代にトレイルの構想に関する発信を重ねます。結果、全国各地から100名以上のボランティアや協力企業が参画。幾度となく山に入り、現地調査や関係各所との協議を重ね、未開拓の地に少しずつ道が整備されました。発案から6年の歳月を経た2014年、ついに43kmのトレイル全線開通を実現。「富士箱根トレイル」の名は少しずつ広まり、今日も多くのハイカーが訪れています。

新緑のトンネルを抜けた先に佇む、サプライズのサンショウバラ

小山町役場の池谷さんと。地図を見ながらコースの確認

起点となる明神峠(983m)に到着後、コースを確認。前回は明神峠から西側の富士山方面へと進みましたが、今回は東側の足柄・箱根方面へと向かいます。距離は概ね13km、標準コースタイム5時間程のセクションハイク。明神峠から2時間ほど歩いた先にある「サンショウバラの丘」とよばれる広場が群生ポイントです。

今回、四角さんが歩いたモデルコースはこちら

道案内に現れる、愛らしい金太郎の道標もお見逃しなく

「わぁ…素敵な道…! 若葉が輝いてる!」

多様な広葉樹によって形成される植生が楽しめる富士箱根トレイル。登山道の入り口では、ブナなどの若葉がつくり出す、緑黄のトンネルがハイカーを優しく迎え入れてくれます。さらにたった数分歩けば南側に大展望が広がり、富士の裾野、小山町の街並み、箱根の山々などの景色を楽しむことができます。開始早々、なんとも気持ちが良いコース。

「これでサンショウバラが咲いていれば最高ですね」などと会話を交わしながら進むと、気になる道標が。

サンショウバラ 大木あり

「あれ?もしかしてあそこに咲いているのって…」

鉄塔の先に、薄桃色の花を開かせた木が佇む姿が目に入ります。この花はもしや…

開始早々、見頃を迎えるサンショウバラの大木がお目見え

これは嬉しいサプライズ!

「出会えるのはまだまだ先、いや、もしかしたら出会えないかも」とまで思っていたサンショウバラがすぐ目の前で咲き誇っているではありませんか。薄紅色の蕾もいくつか…、まさに開花直後の見頃。薄紅色と白のグラデーションが目に麗しいバラの花が無数の枝葉に広がっています。

どうやらこの地点、「サンショウバラの丘」より200m以上標高が高いことから開花の時期がずれ、ちょうど私たちが訪れたタイミングで咲き始めたようです。こういう驚きや巡り合わせも、山ならではの楽しみですよね。

開花直後のサンショウバラ。薄紅色のグラデーションが目を惹きます

一面の緑に紅いツツジのアクセント。トレイルを彩る豊かな植生

サプライズ・サンショウバラの余韻に浸りながら、1座目のピーク、湯舟山(1040.7m)を目指します。柔らかい木漏れ日に照らされとても歩きやすい尾根道。比較的標高が高いため湿度も低く、からりした空気が心地良い。時折吹き抜ける風にそよぐ緑のトンネルは変わらず、どこまでも続いています。

緑のトンネルを、のんびりと歩く

「折々に季節の循環を感じたくなる山ですね。次の季節にはこういう景色が広がっているのかな、どんな色になるのかな、と想像が掻き立てられて、楽しみになる感じ」

そう話しながら、この葉の形は珍しいね、この木の実は何だろう、と足元に視線を落とし、自然の色や形にじっくりと感性を研ぎ澄ませる四角さんの様子がとても印象的でした。

ところどころで差し色の役割を果たす真っ赤な山ツツジ。

かわいい実のついた葉っぱを発見!

わきめもふらずに頂上を目指す登山も良いけれど、目の前にある自然の色や形を感じる山歩き。植生豊かなこのエリアは、じっくりと自然を楽しみたいハイカーにぴったりです。むしろ、見逃してしまっていてはもったいない。

天高く伸び、枝葉を広げるブナの木

なにより富士箱根トレイルにおいて圧倒的な存在感を放ち、森の緑をより美しく濃く魅せるのがブナの大樹たち。ひときわ太く大きく、力強く根を張っています。根の周辺には殻が破れた大量の実。ブナのそばは動物たちにとっても住み心地の良い場所なのでしょう。森の生態系を支える存在であるとともに、周囲の木々や植物を包み込むような、行き交う登山者たちを見守ってくれているような、大きな安らぎと安心感を覚えます。

心を落ち着かせて触れることで、木の胎動が感じられる

湯舟山、ブナの森を経てサンショウバラの丘へ向かう道は少々急な下り。峠を2つ経由し、300m近く標高を下げながら進みます。途中に通過する南側が開けた展望スポットで一呼吸。

さらに歩を進めていくと、再び嬉しい想定外の出来事が。無数の白花を咲かせた木々が左右にずらりと並び群生しています。ウツギにガマズミ、スイカズラ。一つひとつは小ぶりで可憐、でも一面に広がると圧倒されてしまいます。中にはたっぷりと実がなる山椒の木も。触れると独特の香りが広がり、山の恵みを感じます。

思いがけず出会うことができた満開の白花たち。左がウツギ、右はガマズミ。

「なんだかこの山を歩いていると、目的をひとつに決めない方が良いなと感じます。仮にサンショウバラはシーズンを終えたからと言ってここに来ることをあきらめていたら、この白い花たちが作ってくれた景色には出会えなかった。“そこにある出会い”をフラットに楽しみたいですよね」。

一面に広がる白花たちにカメラを向ける

富士と箱根の景色をながめながら、地のもので山ごはんを

白花の群生地を抜けるといよいよ「サンショウバラの丘」に到着。やはり今年の開花は終了。満開の様を「桃源郷」と表現する人もいるほど麗しいというサンショウバラの丘は、来年の楽しみにとっておくとしましょう。

満開の時期をむかえ、一斉に花をひらかせたサンショウバラの木(アヒル使いさんの活動日記より)

この場所からは西側に富士山(樹林で少々隠れ気味ですが)、北側に丹沢、南側には箱根大涌谷の噴煙の迫力ある様子を眺めることができます。花は咲いていなくても、ぐるりと絶景が楽しめますよ。

さて、ようやくお待ちかねの山ごはんタイム。小山町名産「丸中わさび店」さんのわさび漬けを味わいつくすために四角さんが持参したのは、かまぼこや野菜、そしてあえての塩むすび。富士山からの湧水で育てられたわさびのお味はいかがでしょう。

左上の小さなシェラカップに入っているのが、刻んだわさびを酒粕に漬けた「わさび漬け」

「えっ、このわさび漬け、めちゃくちゃおいしい……!!ツンとした辛味だけではなくて、酒粕もまろやかで芳醇〜!」「おぉ!チーズとも合う!よりマイルドになりますね」「お酒が飲みたくなる味!」などと話しながら、箸が止まらない四角さん、そして私たち。

小山町のわさび漬けをつけてかまぼこをほおばる

デザートにはおなじく「丸中わさび店」さんの「わさび最中」、最初に立ち寄った「飴屋」さんの「金太郎の熊どら」を別腹で。行動食やランチに地のものを持ち寄って、土地の風土や文化に想いを寄せると、山旅がより印象深いものになります。

やさしい甘さの白餡に生わさびが練り込まれた「わさび最中」は、高品質なわさびが収穫できる小山町ならではの一品。

お腹も満たされたところで、今回のセクションにおける最後のピーク、不老山方面へと向かいます。スタート地点の標高が高いので、下りが基本の楽ちんコースかと思いきや、じつは不老山まではなかなかの急登。のんびりマイペースに登りましょう。

不老山手前の分岐点にて。急登おつかれさまでした!

不老山付近の分岐を越えればあとはなだらかな樹林帯なのでご安心を。なお不老山付近は4月〜11月頃までヤマビルが発生するエリア。晴天のためか私たちは遭遇しませんでしたが、特に雨天の当日・翌日には十分な対策をしてでかけましょう。

今回の取材で歩いたセクションは、明神峠から駿河小山駅までをつなぐコース。町内を走るデマンドバスをうまく活用してみるのもおすすめです。スケジュールに合わせて、事前予約の上ご利用ください。

山と町。両方楽しむことで「旅」が完成する

富士箱根トレイル・セクションハイクの旅もあっという間に終盤。駿河小山駅に到着後、ランチで舌鼓を打ったわさびを購入しに、駅から徒歩3分程の「丸中わさび店」さんへ立ち寄り。こちらではわさび漬けやわさび最中などの名産品はもちろん、新鮮なわさびをまるごと購入することが可能です(1週間前を目安に要予約)。

丸中わさび店さんにて。店頭ではわさび漬けの量り売りも。

サンショウバラにウツギにスイカズラ、ブナの森を経由して富士山と箱根大涌谷の展望、そしてわさび漬けの山ごはん。明神峠から不老山までのセクションに加え、小山町という町の雰囲気も楽しんだ今回の山旅。最後、四角さんに富士箱根トレイルの印象について聞いてみました。

「高山というわけではないけれど、里山や低山とも違う、その間の絶妙な魅力のあるトレイルだなと感じました。地元の良いお店に出会えたことも嬉しい。町に出かけて、出会いを楽しむことで旅が完成するというか。土地に触れ、旅がより味わい深いものになると思うんですよね。また季節が巡った際に、ぜひ再来したいです」

そう、ロングトレイルの醍醐味は、山だけでなく町に入り、その両方を楽しむこと。日帰りながらもそのエッセンスを存分に感じられたセクションハイク。

43kmのトレイルを包み、巡りゆく自然の「色」。その日限りの景色に出会いに、ぜひ訪れてみてください。

【モデルプロフィール】

四角友里|Yuri YOSUMI
アウトドアスタイル・クリエイター。 「大好きな自然と、自分らしいスタイルで繋がりたい」というメッセージを掲げ、執筆、トークイベント、アウトドアウェアのプロデュースなどの表現活動を続けている。
instagram:yuri_yosumi

【今回立ち寄ったお店】

「飴屋」
大正から続く老舗菓子店。駿河小山駅から徒歩15分。
住所:静岡県駿東郡小山町藤曲54-4
電話:0550-76-0124

「丸中わさび店」
名産品のわさび漬け、わさび最中はこちらで。駿河小山駅から徒歩3分。
住所:静岡県駿東郡小山町小山69-2
電話:0550-76-0753

文章:武石綾子
モデル:四角友里
撮影:根本絵梨子
協力:小山町

武石 綾子

ライター

武石 綾子

ライター

静岡県御殿場市生まれ。一度きりの挑戦のつもりで富士山に登ったことから山にはまり込み、里山からアルプスまで季節を問わず足を運んでいる。コンサルティング会社等を経て2018年にフリーに。執筆やコミュニティ運営等の活動を通じて、各地の山・自然の中で過ごす余暇の提案や、地域の魅力を再発見する活動を行っている。