日本アルプスでの本格的な登山をめざす登山初心者が、まず最初に憧れる山の一つが北アルプス・燕岳(つばくろだけ、2,763m)です。日本百名山にも選定されておらず、便利なロープウェイがある訳でもないこの山が、なぜ多くの人の心を惹き付けるのでしょうか。今回は燕岳の頂をめざしたお笑い芸人・土佐兄弟の夏の挑戦を紹介しながら、その魅力と登山コースを紐解きます。
2024.06.30
YAMAP MAGAZINE 編集部
長野県安曇野市と大町市の市境にそびえ、登山者に人気の表銀座縦走コースの出発地点とされる燕岳。この燕岳への登山ルートでもっともメジャーなのが、中房(なかぶさ)温泉を起点とする合戦尾根往復コースです。
実はこの合戦尾根、烏帽子岳(2,628m)のブナ立尾根コース、剱岳(2,999m)の早月尾根コースと並んで「北アルプス三大急登」に数えられており、決してラクに登れる山ではありません。
しかし剱岳や槍ヶ岳(3,180m)、穂高連峰(最高峰は奥穂高岳・3,190m)のようなハシゴ・鎖場などの難所はなく、はじめての北アルプスのチャレンジにもおすすめ。今春から登山を初めて、初夏には大山(鳥取県、1,709m)で本格的な登山体験をした土佐兄弟にとっても、ちょうどいいチャレンジの場といえるでしょう。
このように、適度な登り応えを味わいながらたどり着いた稜線からは、目の前にそびえる槍ヶ岳をはじめとした北アルプスの大パノラマが広がります。稜線そのものも”北アルプスの女王”と呼ばれるにふさわしい、白い花崗岩が連なる美しい景観。急登の後に待っているこのご褒美感こそが、燕岳を訪れた人により鮮烈な印象を与えているといえるでしょう。
稜線上という抜群の立地にあり、2021年に創業100周年を迎えた山小屋・燕山荘(えんざんそう)。燕岳を訪れるほぼ全ての登山者が、宿泊もしくは立ち寄りで利用するスポットです。
夜には満天の星空や安曇野の瞬く街灯り。朝には小屋の正面から登るご来光、そして振り返れば朝焼けに照らされた槍ヶ岳。小屋周辺に滞在するだけで、まさに絶景のオンパレードです。
さらに「明るく楽しい山小屋」作りをモットーに、オーナーによるアルプホルンの演奏やビギナー・ファミリー向けの登山教室、さらにケーキフェアなど、多彩なイベントを定期的に開催。山に関するさまざまなメディアが「人気の山小屋」をテーマにアンケートを実施すると、毎回上位にランクインしています。
燕岳の玄関口・中房温泉は、同じ北アルプスの上高地や立山連峰などと比べると、乗り換えの手間や所要時間が少ないのも魅力です。特急列車も停車する最寄りのJR大糸線・穂高駅から、乗合バスに乗って約55分で降り立つことができます。
また燕岳は、ほかの北アルプスの名峰をつなぐ縦走コースの出発点としても便利。眺望抜群の人気ルート「喜作新道」は、大正時代に活躍した猟師で山案内人の小林喜作が開通させたことが名前の由来で、現在は槍ヶ岳へ続く表銀座縦走コースとして親しまれています。日本百名山・常念岳(2,857m)と結んだパノラマ銀座縦走コースも、槍・穂高連峰を常に前方に眺めながらの絶景縦走コースとして人気を博しています。
このように多くの登山者から愛されてきた登山道だからこそ、整備が行き届いた歩きやすいコースとなっているのです。
この夏、燕岳にチャレンジしたのは、お笑い芸人として人気急上昇中の土佐兄弟。いつもはインドア派の弟・有輝さんと、常にポジティブな兄・卓也さんのコンビで、YouTubeチャンネル「土佐兄弟の青春チャンネル」の登録者数は46万人、弟・有輝さんのTikTokフォロワー数は130万人越えとSNSでも絶大な支持を集めています。
今回のチャレンジは、YAMAPも一部協力している関西テレビ『1時50分からはスローでイージーなルーティーンで』の山登り企画の一環。6月に登った中国地方最高峰・大山で山の魅力に目覚め、いよいよ北アルプス・燕岳への挑戦となったのです。
今回紹介するのは、合戦尾根を登って燕岳へ登頂後、燕山荘に宿泊し、ご来光を見てから同じく合戦尾根を下山する1泊2日のポピュラーなコース。1日目の朝から登山開始すれば、天候や体力・到着時間によって、燕岳への登頂を1日目午後と2日目午前中のどちらにも設定することができるオススメのプランです。
秘湯・中房温泉の日帰り入浴施設「湯原の湯」の手前にある燕岳登山口。ここからはひたすら登りが続くので、しっかりストレッチを済ませてからスタートしましょう。
(映像提供:関西テレビ)
卓也(兄)「(大山に登った時は)最高でしたよ。達成感、エグかったやん!」
有輝(弟)「すごかったね!」
卓也(兄)「下山後の筋肉痛すら良い思い出。痛みが消えた時、悲しかったもん」
有輝(弟)「マジか!? 凄いな、お前」
登山口からハイテンションに大山での思い出を語る2人。鮮明な感動の余韻そのままに、気合い十分で登山を開始します。しかし、その直後……。
登山口からしばらくは、展望のない樹林帯の急登が続きます。恐怖を感じるような難所はありませんが、やはり「北アルプス三大急登」だけあって歩き応えのある道です。
(映像提供:関西テレビ)
卓也(兄)「うわっ! めちゃくちゃ急じゃん!?」
有輝(弟)「さっき小川がせせらいでたのとは、訳が違うぞ……」
歩き始めて早速、北アルプス三大急登の洗礼を受ける2人。今までに経験したことのない急な上り坂に、驚きを隠せません。
(映像提供:関西テレビ)
卓也(兄)「(撮影クルーに対して)ついてこれてます? 無理せず自分のペースでいきましょう!」
有輝(弟)「ガイドさんだなあ……(笑)」
そんな急登でも、いつものポジティブさを発揮する卓也さん。本職の登山ガイドさながらの声かけで、周囲を元気づけます。
第一ベンチから登山道を外れて少し下った場所には、このコースで唯一の水場があります。北アルプス中腹の森に育まれた湧き水は、渇いた喉をやさしく潤してくれます。
(映像提供:関西テレビ)
有輝(弟)「(タダで飲み放題の“北アルプスの天然水”があると聞き)めっちゃ元気出た!」
卓也(兄)「いや〜美味い! 家の庭にコレ(水場)欲しい。最高!」
合戦尾根を登り進めると現れるのが、休憩専用の山小屋「合戦小屋」です。こちらの夏の風物詩といえば、何といってもスイカ。地元・長野県松本市波田の下原地区で生産される名物スイカは、ここまでの厳しい登りを歩いてきた身体に染み渡る甘さです。
(映像提供:関西テレビ)
有輝(弟)「ショートケーキくらい甘い!」
卓也(兄)「濃厚な甘み!」
街で食べても美味しいブランドスイカ。急登を経て心地よい汗をかいた後の味わいに驚く2人の最高のリアクションが全開。この瞬間に太陽も顔を覗かせ、夏休みムードを感じて大盛り上がりです。
いよいよ稜線に立つ山小屋、燕山荘に到着です。時間に余裕があれば、燕岳山頂に向かう前に、併設の喫茶サンルームで休憩するのもオススメです。眺望とともに楽しむケーキとコーヒーの美味しさは有名。この喫茶では、登山後に味わいたいアルコールやおつまみも充実しています。
有輝(弟)「さすが人気のケーキ」
卓也(兄) 「めっちゃ、うまっ!」
燕岳の稜線を彩る代表的な高山植物がコマクサ。長い地下茎と細かい葉で霧や空気中から水分を補給できるため、ほかの花が生育できない過酷な環境でも花を咲かせることができます。荒涼とした岩場でも、ひときわ目を惹く存在です。
また燕山荘から燕岳にかけての登山コース沿いには、白くザラザラした花崗岩の巨石が点在しています。メガネ岩・イルカ岩などその形からユーモラスな名前が付けられている岩もあり、これらを探しながら歩くのも楽しみです。
(映像提供:関西テレビ)
有輝(弟)「(イルカ岩を前に、何に見える岩かとクイズを出されて)イ……イルカ」
卓也(兄)「当てんのかい! 当たんのかい!」
(映像提供:関西テレビ)
卓也(兄)「(メガネ岩を前に、同じくクイズを出されて)顎しゃくれ人岩」
有輝(弟)「わかった! メガネだ」
卓也(兄)「こういうのでガチに当てに行くんだ……。何なんお前!」
岩の名前当てクイズを、まさかの連続正解でクリアした有輝さん。その“ボケ一切なし”の姿勢に、卓也さんは呆れ顔でつっこみます。
翌朝早朝、夏でもひんやりとした風の冷たさを感じる稜線。燕山荘の東側には、防寒着を着込んだ宿泊者が、ひとり、またひとりと集いはじめます。みんなのお目当ては、もちろん雄大なご来光。たとえ太陽が厚い雲に覆われていても、念じるように皆で東の空を見つめる一体感。これも登山の醍醐味といえる瞬間です。
(映像提供:関西テレビ)
有輝(弟)「(一生懸命に息を吹きながら)ふっふっふっふっふーふー」
卓也(兄)「お前のふーふーでさ、霧を向こうに飛ばしてくれよ」
翌朝の燕山荘周辺は濃い霧の中。必死に息を吹き出して霧を払おうとする有輝さんの願いが届いたのか、少しずつ東の空に晴れ間が出てきます。そして感動の瞬間は訪れたのです。
(映像提供:関西テレビ)
吉川ディレクターも「ダメっすね」と諦めたその時、土佐兄弟を祝福するように昇った真っ赤な太陽とそれに染まる雲海に言葉は不要。朝の光を浴びながら、北アルプスの魅力を存分に感じた2人なのでした。
冒頭に紹介した通り、初めての北アルプスチャレンジなら中房温泉からの合戦尾根往復コースがオススメ。コース全体は、大きく3つのパートに分けることができます。
最初の区間は、展望のない樹林帯をひたすら登り続ける地味な登山道です。急勾配の道なので、特に足に疲労が蓄積している下りでは転倒に注意しましょう。
山麓から順番に、第一ベンチ・第二ベンチ・第三ベンチ・富士見ベンチがほぼ等間隔で設置されており、休憩に好適です。山麓の有明荘近くと合戦小屋を結ぶ荷揚げ用ケーブルが見えると、合戦小屋はすぐそこです。
合戦小屋を後にすると、周囲は樹林帯からナナカマドやダケカンバなどの灌木帯に変わり、展望が効くようになります。前方にそびえるのは、目指す燕岳から燕山荘へと続く稜線。徐々に高度を上げていくと、稜線の向こう側から槍ヶ岳も顔を覗かせています。
花崗岩が風化した白い砂地の登山道をゆるやかに登り、簡単な鎖場を通過すると、燕山荘がどんどんと近づいてきます。稜線へ出て左手の高台が燕山荘、右手の広場がテント場となります。
燕山荘から燕岳の稜線は、まさに絶景尽くしのビクトリーロードです。左後方にそびえる槍ヶ岳をはじめとした、北アルプスの名だたる山々のパノラマ、白い砂と緑のハイマツが織りなす庭園のような景観、点在する巨岩やコマクサ群落など、高揚感が止まりません。
ここから15分ほど足を延ばせば、お隣の北燕岳(2,748m)へも登頂することが可能です。燕岳よりも登山者が少なく、静かな雰囲気を楽しむことができます。北燕岳の山頂から歩いてきた道を振り返れば、燕岳から燕山荘へと美しい稜線が続いています。
燕岳の登山口・中房温泉は、槍・穂高連峰の玄関口となる上高地や剱・立山連峰の玄関口となる室堂などと比べると、乗り換えの手間や所要時間が短いのが魅力です。
公共交通機関利用の場合:JR大糸線・穂高駅下車 中房線乗合バス(運行会社 安曇野観光タクシー)で約55分
自動車利用の場合:長野自動車道・安曇野インターチェンジから安曇野市営第1駐車場まで約50分
関東方面からも中京・関西方面からも最寄り駅・インターチェンジは同じ。電車の場合、新宿からのJR中央東線・名古屋からのJR中央西線ともに松本駅から大糸線に乗車(新宿からは直通列車もあり)。自動車の場合、東京からの中央自動車道・名古屋からの中央自動車道ともに岡谷ジャンクションから長野自動車道に入ります。
星空やご来光をはじめとする絶景だけでなく、さまざまなイベントやグルメでも宿泊した人を楽しませてくれる燕山荘。大規模で収容人員は多いものの、近隣に別の山小屋がないため、燕岳をめざす登山者はほぼ燕山荘を利用します。夏の週末やシルバーウィークなど人気の時期は、早めにスケジュールを立てて予約しましょう。
収容人員:650人(2020年から半分以下に制限の上予約制) テント40張
営業期間:例年4月下旬〜11月下旬
宿泊料金:15,000円(大人:1泊2食)
(※2023年8月時点)
登山計画を立てる際には、燕山荘のホームページも確認しましょう。空室状況やオンライン予約はもちろん、ブログなどで最新情報も発信しています。
歩きやすい登山道、稜線からの絶景、人気の山小屋と三拍子が揃った燕岳。決してラクに登れる山ではありませんが、ぜひチャレンジしてみてはいかがでしょうか。燕岳から眺めた槍ヶ岳をはじめとする北アルプスの名峰に惹かれて、次なる目標の山々を目指す登山者も多数。まさにアルプス登山入門にうってつけの山です。
今回紹介した燕岳への登山の様子に密着した番組が、2023年9月1日(金)に関西テレビの情報番組『1時50分からはスローでイージーなルーティーンで』にて放送されます。チャレンジしたのは、今年の春から登山を始めたばかりのお笑い芸人・土佐兄弟です。ここでは紹介しきれなかった見どころも満載。ぜひ、番組をご覧ください!
『1時50分からはスローでイージーなルーティーンで』
放送:月曜〜金曜 13:50〜14:45
出演:月曜:ロングコートダディ、火曜:アキナ、水曜:ミルクボーイ、木曜:ゆりやんレトリィバァ、金曜:見取り図
番組HP:https://www.ktv.jp/slow-easy/
トップ画像:3rotallyさんの活動日記より
執筆・編集協力:鷲尾 太輔