登山者の最大のクマ対策は遭わないこと|熊鈴の有効性と知っておくべき前提【クマとの共存。vol.1】

近年、野外活動中にクマに襲われる事例が全国各地で相次いでいます。クマと人間の遭遇機会が増えたことが主な要因ですが、背景には全国的な森の再生と、野生動物の生息域の拡大があります。

誰もが安全に登山やハイキングを楽しむためには今後、クマとの遭遇リスクを念頭に置く必要があります。残念ながら「これさえやれば大丈夫」というものはありませんが、新聞社のクマ担当記者として、道内や東北での事故を取材してきた経験から、現段階で最適とみられる対応策を紹介します。

2024.01.29

内山岳志

北海道新聞クマ担記者

INDEX

一番のクマ対策は「そもそも遭わない」

巨大なヒグマの足跡。まずはクマと遭遇しないことが重要(PIXTA)

「クマと遭わないこと」

まず、クマ対策で最も重要なのは、これに尽きます。クマに遭ってしまうと、登山であればルートを引き返さなければならず、下山中だと長ければ何時間も停滞を余儀なくされ、遭難のリスクも上がります。そもそも、そんな山行は楽しくありません。

熊鈴は有効なのか

国内のクマには有効と考えられている熊鈴。ただし、団体でそれぞれつけていたり、山小屋内で鳴らしたりと「騒音」が問題になることもあるので、使う状況には注意を(PIXTA)

そこで「音により自分の存在をクマに知らせること」が、まずは大切です。最もポピュラーなのが熊鈴。歩くとチリンチリンと音が鳴り、クマに登山者の存在を知らせてくれます。

実際、山に設置された自動撮影カメラには、鈴の音に反応してその場を離れるクマの行動が映っており、不要な遭遇を避けるには有効な装備といえます。

北海道では当たり前でしたが、関東の丹沢や秩父の山を歩いていても、装備している人はかなり増えました。

海外では熊鈴が危ないとされる理由

カウベルをつけた牛(PIXTA)

海外を旅行した経験のある方の中には「熊鈴の音でクマが寄ってくる」という話を聞き、「熊鈴は効かない」として持ち歩かない登山者もいます。欧州では家畜にベルや鈴を付けて放牧する地域があり、その音を聞いてクマが寄ってくるからです。

ツキノワグマ研究の第一人者である東京農工大の小池伸介教授も、2011年にノルウェーに留学した際、「とんだ命知らずだね」と笑われたと振り返っています。

つまり、音による対策は、クマの「この音を出す、人間には会いたくないな」と避けてくれる行動に頼った作戦なので、所変われば「餌かも」と寄って来るのは当たり前です。

鈴について、現状の日本国内ではその音を聞いて積極的にクマが寄ってきたという事例は聞いたことがないので「確率論的に」ですが、持っていた方が遭いづらいということは言えるでしょう。

熊鈴以外の有効な対策を考える

夏の宮城県七ツ森に姿を見せたツキノワグマ (PIXTA)

ラジオは周囲の物音に気付きづらい

釣りや山菜採り、キノコ採りの場合は、爆竹や花火で音を鳴らしてから入山したり、笛を鳴らしながら歩く方という方法もあります。これも「自分の居場所を知らせる」という意味では、同様の効果が期待できます。

ラジオを鳴らしながら、歩く方もいますが、常に音が鳴り続けていると、周囲の物音に気付きづらいというデメリットもあります。ただ、鈴も休憩中など止まっていると鳴らないので、一長一短です。

道内クマ研究者の間で、遭遇事故が半世紀以上ない方法

道内の山でヒグマの研究を続ける北海道大学ヒグマ研究グループの踏査では、「ポイポーイ」と全員で大声を出してヒグマとの遭遇を避けるやり方をとっています。

このやり方で、半世紀以上、まだ一度もヒグマとの遭遇事故が起きていないという実績があります。私も同行取材をして以降、山での声出しは実践しています。恥ずかしいと感じるのは最初だけです。

しかし、クマは学習能力が非常に高く、一度成功すると同じ行動を繰り返し行う習性があります。登山者の声や鈴の音がした後、お菓子や食事のごみを見つけ、クマがありつけたとすると、次からは人の声や音に積極的に近づいて来る恐れがあるということです。

日高山脈の福岡大生襲撃は「餌付け」が原因。次の人のための行動も忘れずに

1970年にクマに襲撃された学生3人が死亡した日高山脈のカムイエクウチカウシ山。テント場のあるカール

日高山脈のカムイエクウチカウシ山で1970年に、福岡大ワンダーフォーゲル同好会の学生がヒグマに襲われ、3人死亡するという事故がありました。

これも、それ以前のパーティーがテント地に埋めて捨てていた生ゴミにクマが餌付いてしまい、出没を繰り返すうちにテント内の食料を食べるように行動をエスカレートさせ、最終的に人を襲うようになったと、後の調査から分かってきました。

当初はクマの習性を知らない学生による被害と思われていましたが、起こるべくして起きた事故と今は捉え直されてきています。自分たちの身を守るだけでなく、他の人が遭わないように何も山に残さない行動も必要です。

関連記事:クマの登山者襲撃で知る、その生態|福岡大ワンゲル事件だけではない歴史に学ぶ

銃声にクマが寄ってくるようになった理由

銃声にクマが寄ってくるというハンターの声もある(PIXTA)

さらに近年、道内では猟銃の銃声ですらヒグマは逃げず、「逆に寄ってくる」という話を北海道猟友会所属のハンターからよく聞きます。

これは撃ったエゾシカをヒグマが狙って寄ってくるからです。ちょっと運ぶ道具を取りに車に戻った隙に、撃ったシカをクマに持って行かれたなんて話はざらです。

つまり、音による遭遇回避は、現状の日本では有効ですが、個体によってはその音を聞いて逆に寄ってくるクマもいるかもしれない、ということです。

クマ対策に絶対はないという所が対応を難しくさせる一因でもありますが、逆にいうと音を出す以外に、自分の存在を山のクマに知らせる手段がないのも現実です。

クマとの遭遇回避に正解はない

このほかには、古老のハンターやアイヌの教えとしてストックや木の棒で、立木を叩くという方法も山では古くから行われています。これも人の存在をクマに教えるというやり方であり、「これが正解」というものがない分、いろいろなものを組み合わせて、クマとの遭遇を回避するしかありません。

内山岳志

北海道新聞クマ担記者

内山岳志

北海道新聞クマ担記者

北海道新聞東京報道センター記者。2004年から報道記者として、中標津支局で世界自然遺産に登録された知床など自然環境をテーマに取材。函館報道部などを経て、2018年から本社の報道センターでヒグマや新型コロナウイルスなど自然科学分野の取材に取り組む。国内でも珍しい新聞社のクマ担当記者。熊スプレーと鉈を腰に週末登山にいそしむ。