さまざまな山岳遭難の原因があるなかで、毎年トップを占める道迷い。山岳遭難での死亡ゼロを目指す登山地図GPSアプリ・YAMAPは毎年、ユーザーの道迷いをした軌跡データなどを分析し、「日本一道迷いしやすい登山道」としてまとめています。
2024年は登山ガイドの鷲尾太輔さんが分析に協力。全国8エリアの各トップ3、全24カ所を検証。道迷いしやすい傾向と対策について教えてくれました。
2024.06.14
鷲尾 太輔
山岳ライター・登山ガイド
冒頭から恐縮ですが、地図読みを得意とする登山ガイドである私も、つい先月に道迷いをしました。登山経験に関係なく、すべての登山者が道迷いを起こす可能性があるのです。
多くの場合は気付いた時点で来た道を引き返すことで解決しますが、大幅なタイムロスや体力の消耗につながることも。道迷いしたことに気付かなければ、ビバークや疲労による転倒・滑落などの事態に陥る可能性もあります。
道迷いが多発している場所での再発を防止するためには「なぜ迷ってしまうのか」という原因を考えることが大切。
今回発表された道迷いしやすい登山道を検証していくと、まったく別の山であっても同じ傾向がわかりました。今回はそうした原因も交えながら、道迷いしやすい登山道2024から10カ所の事例を紹介します。
群馬県・榛名湖の西岸にある小さなピークが硯岩(すずりいわ・1,210m)。
登山地図GPSアプリ・YAMAPでも「迷いやすい」の注意マークがあり、破線ルート(ルートとして定着しているが、地形的に通行の難易度が高い)となっている北側からの登山口が、関東エリアの道迷いしやすい第1位となりました。
この場所で道迷いが起きる原因は、林道からの登山道が不明瞭であることです。写真の通り舗装路から右に入るのが正しい登山口ですが、一見するとただの樹林帯です。
正しい軌跡(ピンク矢印) 道迷いして戻った軌跡(赤丸)
フィールドメモには「ピンクのリボンが目印」などの書き込みもありますが、見落としてしまい山麓の舗装路を進んでしまうケースが多発しているのです。
正しい軌跡の地図を見ると、等高線の間隔が広くなだらかな林道を南下してきて、登山口からは等高線の間隔が狭い急斜面を左下(南西)方向に登っています。
地図どおりの斜面が迫ってきたら、右斜め前方(南西)を注視する必要があります。
硯岩を通るモデルコースを見る:沼ノ原起点 榛名湖周回コース
北海道・東北エリアの第1位となった青麻山(あおそさん、799m)から林道を下って登山道に戻る場所も、林道からの登山道が不明瞭であるため林道を直進してしまいがちです。
この場合は、ピンクリボンを見落とさないことがポイントになります。
正しい軌跡(ピンク矢印) 道迷いして戻った軌跡(赤丸)
蔵王町の文字から右(東)に進み、ヘアピンカーブを3つ通過。3つ目の右回りカーブ先ですぐ左手に登山道が続いているのが正しい軌跡です。
道迷いした軌跡では、ピンクリボンを見落として林道をそのまま直進、南下してしまっています。
ただし仮に見落とした場合でも、林道に並行している送電線の下をなかなか潜らないことに違和感を抱くことで、早めに正しい登山道へ引き返すことができます。
送電線は現在地を把握するのに有効な人工物ですので、下をくぐるのか、平行して歩くのかなどをあらかじめ把握し、注意するようにしましょう。
青麻山を通るモデルコースを見る:青麻山 周回コース
近畿エリアで第1位となったのが、如意ヶ岳(にょいがたけ、472m)から長等山(ながらやま、352m)へ続く京都府から滋賀県へのコースです。これもまた、林道からの登山道が不明瞭であることが道迷いの原因です。
正しい軌跡(ピンク矢印) 道迷いして戻った軌跡(赤丸)
如意ヶ岳からは舗装された林道を左(西)から右(東)へ下り、滋賀県に入る手前の林道が大きく左にカーブする場所で、右(東)に直進して登山道に入るのですが、その分かれ目はまさかのガードレールをくぐる場所。
ガードレールに赤い矢印が描かれていますが、登山道が続いているとは思えず、そのまま林道をたどってカーブして上(北)へ向かってしまいます。
如意ヶ岳を通るモデルコースを見る:山科駅-諸羽登山口-蔭山-毘沙門山-長等山-大津京駅 縦走コース
大都市近郊の低山などでは、山中の電波塔やメガソーラーなどの保守点検、林業などの目的で、山中に林道があるケースが数多くあります。林道から登山道に入る場合はもちろん、登山道が林道を横切る場合も注意が必要です。
大抵は林道の向こうに登山道は続いているのが見えますが、中国・四国で第1位となった眉山(びざん、277m)では、写真のように林道の先の登山道が不明瞭なため、道迷いが多発しています。
甲信越エリアの第1位となった蛇峠山(じゃとうげやま、1,663m)へ向かう電波塔付近で道迷いを起こす原因は、分岐を誤った方向に進むことです。登山道らしい右の砂利道の先は行き止まり、左の舗装路が正しいルートとなります。
正しい軌跡(ピンク矢印) 道迷いして戻った軌跡(赤丸)
左上(北西)から右下(南東)に向かって進み、3つ目の電波塔の上(北)側を進むのが正しいルートです。
一方、右の道迷いした軌跡は電波塔の左(西)を通り、かなり下(南)まで誤った方向へと進んでしまっています。
蛇峠山を通るモデルコースを見る:蛇峠山 往復コース
北陸エリアの第1位となった黒部ダムから下ノ廊下へ向かう道迷いポイントも、まさに林道の分岐です。登山道や林道が分岐している場所に差し掛かったら、面倒がらずに進行方向をよく確認しましょう。
そして分岐から少し歩いたら立ち止まって、地形図・コンパスや登山地図GPSアプリで現在地を確認して、きちんと正しいルートを進んでいるか早めにチェックすることが、道迷いの防止につながります。
関東エリアで第3位となったのが、奥多摩・鷹ノ巣山(たかのすやま、1,736m)へ向かう水根沢コースの途中にあるポイントです。ここで道迷いを防ぐためにチェックしておきたいのが、登山道と山の地形の関係です。
登山道は基本的に「尾根沿い」「谷沿い」「斜面」のいずれかを通っています。また斜面の場合はさらに「直登・直下降する」「ジグザグに登降する」「トラバース(横断)する」登山道があります。
正しい軌跡(ピンク矢印) 道迷いして戻った軌跡(赤丸)
このポイントは、それまで右下(南東)から左上(北西)へ向かって斜面をトラバースしていた登山道が、ほぼ左(西)へと延びる尾根沿いの登りへと変わる場所です。右の軌跡はそのポイントに気付かずに通過して、トラバースを続けてしまっています。
このポイントは、ピンクのテープで正しいルートであることを示しています。硯岩・青麻山も同様に、ピンクのリボンやテープが目印となっていました。
ただしこれらのテープが全て正しいルートを示しているとは限らないということも、覚えておいてください。
林業や山中の送電線の保守点検作業、あるいは国有林と民有林の境界など、登山以外の目的で設置されているテープも多く、かえって道迷いを誘発することもあります。
鷹ノ巣山を通るモデルコースを見る:鷹ノ巣山-水根山-城山-六ツ石山-長尾ノ頭 周回コース
安芸の宮島(正式名称は厳島)の最高地点である弥山(みせん、535m)から、紅葉谷公園へ下るポイントが、中国・四国エリアの第2位となりました。この場所で道迷いしやすい原因も、登山道と山の地形の関係です。
正しい軌跡(ピンク矢印) 道迷いして戻った軌跡(赤丸)
このポイントは、それまで下(南)から上(北)へ尾根沿いに続いていた登山道が・302と記されたピークの手前で尾根の左(西)側の斜面へと変わる場所です。この登山道と山の地形の関係の変化に気付かないで、尾根を直進してしまうのです。
ただし誤った尾根をよく見ると、木の枝がまるで登山道を通せんぼするように人為的に積まれています。漫然と歩くのではなく、こうした目印に違和感を抱いて立ち止まることが、道迷いの防止には重要なのです。
弥山を通るモデルコースを見る:榧谷駅-獅子岩駅-弥山 周回コース
山中湖の北にある平尾山(ひらおやま、1,290m)から、登山口である石割神社駐車場へ下るポイントが、甲信越エリアの第2位となりました。ここで道迷いを起こす原因は、尾根の分岐です。
正しい軌跡(ピンク矢印) 道迷いして戻った軌跡(赤丸)
平尾山からは左上(北西)から右下(南東)方向に延びる尾根を下り、・1155の標高点先の分岐で右(東)に派生している枝尾根を下るのが正しいルートですが、そのまま南東方向の尾根を下ってしまう事例が多発しています。
分岐の看板が低い上に、誤った方向も石割山ハイキングコース入口バス停へと下る別の登山道であるため、道迷いを起こしやすいのです。
尾根は標高が高い方から低い方に向かって複数の枝尾根に枝分かれするのが原則です。このため、尾根上の登山道の場合は特に下りで尾根の分岐を間違えないように注意しましょう。
平尾山を通るモデルコースを見る:石割山・一ノ砂ノ沢ノ頭・平尾山 周回コース
尾根上の登山道という点では、稜線を縦走している時にも尾根の分岐に注意が必要です。近畿エリアで第2位となった横尾山(よこおさん・312m)は、関西エリアで人気の須磨アルプス縦走路の途中にあります。
正しい軌跡(ピンク矢印) 道迷いして戻った軌跡(赤丸)
横尾山からやや右下(東南東)へ延びる尾根から、やや右上(東北東)へ延びる枝尾根へと登山道の方向が変わる場所が、道迷いポイント。誤った軌跡は、そのまま東南東へと進んでしまっています。
こうしたポイントでは標識が設置してあったり、弥山のように木の枝などが人為的に積まれていることが多いので、見落とさないように歩きましょう。
横尾山を通るモデルコースを見る:須磨アルプス|山陽電鉄の駅と駅を結ぶ岩肌と絶景の山歩道
九州・沖縄エリアで第1位となったのが、脊振山地の金山(かなやま、968m)へ登る途中の沢を渡渉するポイントです。ここで道迷いを起こす原因は沢の分岐です。
正しい軌跡(ピンク矢印) 道迷いして戻った軌跡(赤丸)
金山ヘは地図の左下(南西)にある登山口から上(北)、次いで右上(北東)へ延びる沢沿いに登山道が付けられています。このポイントからは右(東)へ支流を進むのが正しいルート。
しかし、そのまま上(北)へと間違った沢へ進んでしまうことで道迷いが多発しています。
沢は標高が低い方から高い方に向かって複数の支流に枝分かれするのが原則です。このため、沢沿いの登山道の場合は特に登りで沢の分岐を間違えないように注意しましょう。
金山を通るモデルコースを見る:金山 往復コース
北陸エリアで第3位となったのが、北アルプスの黒部五郎岳(くろべごろうだけ、2,839m)の稜線へと向けた登りです。この場所での道迷いの大きな原因は、ペンキマークの見落としです。
写真右奥の岩に、小さく◯印でペンキマークが描かれています。これを見落としてしまうと、誤った方向へと進んでしまうのです。ガスが濃く視界不良の時などは、特に注意が必要です。
正しい軌跡(ピンク矢印) 道迷いして戻った軌跡(赤丸)
黒部五郎小屋から黒部五郎岳の稜線へは、右(東)から左(西)へと黒部五郎カールを登り、左上(北西)へと登山道の方向が変わります。ペンキマークを見落としてしまうと、そのまま左(西)へ続く沢へと進んでしまうのです。
日本アルプスをはじめ森林限界を超えた標高の岩稜帯では、岩に描かれた◯印や矢印のペンキマークで正しいルート、×印で進んではいけないルートを示しています。中には言葉で表記されている場合もあります。
きつい登りなどではつい俯きがちになりますが、なるべく視線を上げて次のペンキマークを視野に入れながら進みましょう。視界が良い状況であれば、2つ先、3つ先など遠くのペンキマークまでを見渡して、どのようなルートを歩くのかを広い視野で確認することが賢明です。
黒部五郎岳を通るモデルコースを見る:黒部五郎岳-中俣乗越-赤木岳-北ノ俣岳 縦走コース
今回紹介した通り、道迷いが多発する場所では林道・分岐・地形など何かしらの原因が潜んでいます。登山計画段階で地図を確認しながら、道迷いの原因となりそうな場所を予めチェックして、実際にその場所を通過する際に慎重に正しいルートを確認できるようになることが理想です。
ただし予想できないポイントがあるのも事実。重要なのは、正しいルートから外れたことに一刻も早く気が付いて「戻る」こと。
その観点では、今回NG例として挙げた「道迷いして戻った軌跡」も、早めに正しいルートから外れたことに気付いて戻ったという、賢明な行動の記録といえるでしょう。
地形図・コンパスや登山地図GPSアプリをこまめに確認して、万が一の道迷いによるロスやダメージを最小限にとどめることが、何よりも重要なのです。
執筆=鷲尾 太輔(登山ガイド)
トップ画像=だうとさんのフィールドメモ