YAMAPをはじめとした登山GPS地図アプリに表示される国土地理院の地形図。これが読めるようになってくると、あわせて活用したいのがコンパスです。山頂から見えるあの山を特定する「山座同定」や、視界不良時の進行方向確認など、さまざまな活用法がある登山用コンパス。今回はその使い方を紹介します。
地図読みマスターへの道|記事一覧
2023.06.28
YAMAP MAGAZINE 編集部
前回の記事で紹介した磁北線の記入が終わって、ようやくコンパスの出番です。登山用品店などで販売されているコンパスは、大きさやルーペの有無などの差はありますが、基本的に上の写真の部位を備えています。まずは、各部位の名称を覚えておきましょう。
回転盤は手で簡単に回すことが可能。回転盤矢印と磁針を重ね合わせる際などに使用します。また、回転盤をカプセル、回転盤矢印をノースマークと呼ぶ書籍などもあります。
まずコンパスの持ち方ですが、前後左右に傾けることなく、地面に対して水平に持ちましょう。コンパスを持つ高さは、胸の位置でも腰の位置でも覗きやすい高さでOKです。進行線は自分の正面を指すように持ってください。
たいていのコンパスにストラップがついており、首にかけられるようになっています。万が一の時に首を絞められないよう、ショックがかかったら外れるストッパー付きのモデル(「SILVA」のコンパスなど)がおすすめ。そうでないモデルであれば、首ではなくザックの肩ベルトなどにかけておきましょう。
方位磁石という別名の通り、コンパスはれっきとした磁石です。鉄筋コンクリート製の建物内などでは正しく磁北を指さない場合もありますし、屋外であっても鉄製の柵や橋の欄干などに影響を受けることもあります。特に、磁気を発しているスマートフォンと同じポケットに入れて持ち運ぶと、コンパスが故障する原因になるので注意してください。
それではいよいよ、コンパスワークの実践です。今回紹介するのは大きく分けて4種類のコンパスワーク。それぞれ使用するシーンやケースが異なりますが、実は原理は同じです。それでは早速チャレンジしてみましょう。
もっとも基本的かつ原始的なコンパスワークが整置(せいち・正置とも書く)、地図の方角と実際の方角を一致させる方法です。たとえば、赤い○印の分岐で赤い矢印の方向へ進みたい場合はどうすればよいのでしょうか。
まずはベースプレートの縁を磁北線に沿って置きます。右側・左側どちらの縁でもOKです。この時に回転盤矢印は進行線と同じく真上を指すように、回転盤を調整しておきましょう。
続いて、磁針と回転盤矢印が重なるまで、地図を持ったまま自分が回ります。地図だけを回す方法もありますが、最初のうちは地図をまっすぐ持ったまま自分が回った方が理解しやすいです。これで、地図上の方向と実際の方向が一致したことになります。
地図上では現在地から目的の方向は左斜め上に延びていましたね。すなわち、実際にも左斜め前方の階段を進んで行けばよいのです。登山口や分岐では、この整置を行うだけでもかなりの割合で道間違いを防止することができます。
ここからさらに、本格的にコンパスを使用してみましょう。
まずは
A.現在地がどこかなのは地図上でも景観上でもわかる
B.目的地がどちらなのか地図上ではわかる
C.目的地がどちらなのか景観上ではわからない
という条件でのコンパスワークです。
山頂や道標がある分岐までは来たものの、ホワイトアウトや深い薮などで目的地の方向が視界不良という場合に役立ちます。
たとえば○印の分岐まで来て、南にある天覧山をめざすとします。実際には天覧山の山頂まではきちんとした登山道が伸びていますが、仮にこの区間がホワイトアウトしていたり、深い薮で覆われていたら、どのように進めばよいのでしょうか。
まずはベースプレートの縁で現在地と目的地を結びます。右側・左側どちらの縁でもOKです。この状態をキープしてずれないように、地形図の上にコンパスを置き、しっかり押さえておきましょう。
ベースプレートはそのまま、回転盤だけを回します。回転盤矢印が地形図に記入した磁北線と平行になるまで回しましょう。ここまでで地形図とはお別れです。
コンパスだけを持って、立ちましょう。コンパスの進行線を正面に向けたまま、回転盤矢印と磁針が重なるまで自分が回ります(赤矢印)。この時に進行線が指す方向(黒矢印)が、目的地である天覧山への方向へとなります。
続いては
A.現在地がどこなのかは地図上でも景観上でもわかる
B.目標物が何なのか景観上ではわかる
C.目標物が何なのか地図上ではわからない
という条件のコンパスワークです。
山頂や稜線から見える近隣の山が何山なのかを特定する、いわゆる山座同定などに使用するテクニックです。
まずは、コンパスの進行線を目標物である山にまっすぐ向けます。ベースプレートはこの状態のまま、しっかりと保持してください。
続いて磁針と回転盤矢印が重なるまで、回転盤だけを回します。ここまでで景観とはお別れです。
コンパスを地形図の上に置きます。この時、磁針はどこを指していても関係ないので無視してください。回転盤矢印が磁北線と平行になるように、なおかつベースプレートの縁が現在地(多峯主山)に沿うようにコンパスを置きましょう。
この時、ベースプレートの縁で現在地と結ばれた直線上にあるのが目標物です。この場合、気になる山は天覧山だったのです。
実際には、目標物は現在地と結ばれた直線上にある“どこか”なので、あとは等高線とその山の形から目標物を特定します。
※等高線から地形を読み取る方法については「地図読みマスターへの道 ②|等高線から山の起伏を把握しよう」で説明しています。
最後は
A.目標物が何なのか地図上でわかる
B.目標物が何なのか景観上でもわかる
C.現在地がどこなのか地図上ではわからない
という条件のコンパスワークです。
今回は現在地が明確な山頂で行いますが、実際は起伏の少ない単調な景観の稜線を歩いているときなどに役立ちます。近隣の山名が特定できる特徴的な山や、山麓の場所が特定できる建物・湖沼などを手がかりに、今どのあたりを進んでいるかを把握する方法です。
まずは、コンパスの進行線を目標物である建物にまっすぐ向けます。ベースプレートはこの状態のまま、しっかりと保持してください。
続いて磁針と回転盤矢印が重なるまで、回転盤だけを回します。ここまでで景観とはお別れです。この作業は、先ほどの山座同定とまったく同じですね。
コンパスを地形図の上に置きます。この時、磁針はどこを指していても関係ないので無視してください。回転盤矢印が磁北線と平行になるように、なおかつベースプレートの縁が目標物に沿うようにコンパスを置きましょう。
この時、ベースプレートの縁で目標物と結ばれた直線上にあるのが現在地です。この場合、現在地は天覧山だったのです。
実際には、現在地は目標物とベースプレートの縁で結ばれた直線上にある“どこか”なので、あとは等高線と周囲の地形から現在地を特定します。
実は、②・③・④のテクニックの原理は全て同じ。例として②のケースで解説します。多峯主山から天覧山をコンパスの進行線で指して、回転盤矢印が磁針と重なるまで回転盤を回すと、目盛りの数値は約130度となります。これがどういう意味なのかは、下の図を見れば一目瞭然です。
現在地(多峯主山)から目的地(天覧山)を結んだ直線と、磁北線との角度の差が、約130度であるという意味なのです。登山用のベースプレート付きコンパスとは、進行線と回転盤矢印を使って、この角度の差を計測するためのアイテムにほかなりません。
いわゆる丸型のコンパスでは、磁北の方向しかわかりません。進行線が記されたベースプレート付きコンパスでないと山登りに対応できない理由は、ここにあります。
実践②は予め地形図上で角度の差を測定して実際の景観に当てはめる作業、実践③・④は予め実際の景観上で角度の差を測定して地形図上に当てはめる作業です。地形図が先か景観が先かという順番の違いだけで、行っている作業は同じだったのです。
⚪︎印のように、尾根が枝分かれしていて、Aに行くべきなのに誤ってBの尾根に迷い込んでしまう、というような場所は、多く存在します。こうした場合は、登山前に予め⚪︎印からAを結ぶ線と磁北線の角度の差を計測しておくことで、道間違いを防止します。
⚪︎印からAは磁北から約205度の方向なので、実際に⚪︎印の場所に着いたら…
①コンパスの回転盤を205度まで回す
②回転盤矢印が磁北線が重なるまで自分が回る
③進行線が指す方向へ進む
ことでAへと進むことができます。
これはナビゲーションというテクニック。登山道が雪に埋もれる冬山や、登山道がないバリエーションルートなどで使用されます。上の地図のように地形・傾斜・方向などが変わる場所にチェックポイントを設定して、その間の角度を地形図上で予め計測しておきます。
ただしこのテクニックは、登山中にそのチェックポイントへ実際に着いたかどうかを、地形や周囲の景観から判断できなければ意味がありません。それぞれのチェックポイントで、前述の①〜③の作業を行う必要があるからです。そうした観点からも、ナビゲーションは応用編の上級者向けテクニックといえます。
例えば同じ場所で同じ山へコンパスを向けて角度の差を測定しても、上の写真のように人によって数度の誤差は生じます。またコンパスワーク④で特定できる目標物が2つあったとしても、その2つの目標物と現在地の方向を結んだ線が交わった場所がピンポイントで現在地を示すことは、まずありません。
コンパスワークでは、この誤差にとらわれ過ぎないことが大切です。多少の誤差があっても、等高線から周囲の地形や山の形を読み取って現在地や目標物を特定する、いわゆる補正を行うスキルが、もっとも重要といえるでしょう。
登山装備のチェックリストでも必ず挙げられる地図とコンパスですが、特にコンパスは使い方がわからなければ、携行する意味がありません。本記事を通じてコンパスを“活きた”アイテムにしていただき、より安全な山登りを楽しんでください。
執筆・素材協力・トップ画像撮影=鷲尾 太輔(登山ガイド)