迷ったら引き返す、登山の鉄則破りが招いた滑落|山岳SOS!命を救う遭難回避術③

YAMAPユーザーの実体験をもとに、山岳遭難ルポの第一人者・羽根田治さんから遭難しない方法を学ぶ連載企画「山岳SOS! 命を救う遭難回避術」をお届けします。なぜ遭難してしまったのか、どうすれば遭難しなかったのか。遭難事故の確認に迫ります。
今回の舞台は谷急山(やきゅうさん、群馬県、1,162m)。道迷いに気づきながら引き返さず岩場で滑落、負傷して救助隊によって救助された登山者の体験談です。

2024.12.11

羽根田 治(監修)

フリーライター/長野県山岳遭難防止アドバイザー/日本山岳会会員

INDEX

遭難事故の全容を追う

● 遭難者…50代男性、登山歴30年以上
● 事故現場…谷急山(群馬県、妙義山塊の最高峰)
● パーティ…Aさん(遭難者本人)1名のソロ登山
● 時期…3月上旬
● 登山計画…国民宿舎裏妙義〜谷急山の約9.6kmのルート
(標準的なコースタイムは約6.5時間)

【遭難するまでの経緯】

● 4時15分、国民宿舎裏妙義を出発。
● 展望ポイントで日の出を見た後、8時頃谷急山の山頂に到着。山頂付近にはところどころ雪が残っていたためチェーンスパイクを装着。
● 休憩後、登りと同じルートにて下山を開始
● 歩き始めてすぐの分岐に差し掛かった際、左に曲がるべき場所ををまっすぐ進んでしまい登山道ではない道に入ってしまう
● 20〜30m進んだところで違和感を感じ、道を間違えたことに気がついたものの、戻るのが面倒だった上、地図上でショートカットできそうに見えたため、そのまま進んでしまう
● 斜面が急になっていることを感じつつも、もう少しで元の道に着くだろうと楽観視したまま登山道ではない道を歩き続ける

【遭難時の状況】

● チェーンスパイクを履いた状態でうっかり岩場に乗ってしまい、足を滑らせる
● 7〜10mほど滑落し、落ち葉の上に仰向けの状態で落下
● 体が動かず呼吸も苦しく、数分間は身動きが取れない状態になる
● 数分後に動けるようになったため、30〜40メートル離れたところに見えた正規の登山道まで自力で復帰するも、その場で動けなくなってしまう

【通報から救助まで】

● 自力での下山を諦め、自ら110番通報
● 直後に地元の消防から連絡があり、緯度経度などの居場所の情報を伝える
● 動けなくなった場所は雪の上だったため、ザックから防寒具を取り出し待機
● 通報から1時間後(10時15分頃)に救助ヘリ到着、ホバリングしたヘリに吊り上げてもらい救助
● 腰(背骨)と首の骨折および全身に打撲を負い、手術とリハビリのため約20日間入院、治療完了まで約1年を要する

事故はなぜ起こった? 羽根田さんが考察する原因と対策

1.道迷いに気付きながら引き返さなかった

【原因】
・遭難者は道を間違えたことに気づきながら、引き返すのが面倒だったので、ショートカットしてリカバリーしようとした。
・物事を自分の都合のいいように捉えようとする「楽観主義バイアス」の作用により、「どうにかなるだろう」と考えてしまったことが、事故を引き起こしてしまった。

【対策】
・ルートミスに気づいたのは登山道を外れて20〜30メートル進んだところでした。そのわずかな距離を引き返さなかったために重傷を負い、傷が癒えるまでに1年という長い時間を要することになりました。
・道に迷ったら引き返す⏤⏤この鉄則を実行することが、最善の事故防止策です。

2.山を甘く見てしまった

【原因】
・遭難者は妙義山系の山をほぼ踏破しており、最後に残っていたのが谷急山だった。
・遭難の直前には最も危険だといわれる「丁須の頭」に登っており、「谷急山ぐらいなら大丈夫だろう」という油断が生じていたと、本人も自覚している。

【対策】
・登山者は山を難易度によって評価しがちで、難易度の低い山はつい甘く見てしまいます。しかし、リスクが潜んでいない山はありません。
・山を難易度で相対的に評価するのではなく、どんな山であれ、決して油断せず、謙虚な気持ちで山と向き合うことが大切です。

九死に一生を得たのは、たまたま電波が入ったから

遭難してしまったAさんが助かったのは、滑落した場所が電波が入るところであり、かつスマートフォンが手元にあったからでした。すぐに地元の消防から連絡があり、緯度経度などの居場所の情報を伝えられたことも不幸中の幸いでした。

もし電波の入らない場所で動けなくなっていたら…、スマートフォンがポケットから飛び出て落としてしまっていたら…、Aさんは助からなかった可能性も。

また、道を間違えたことに気がついたときに、楽観せず登山の鉄則通りにすぐに正規のルートに戻っていれば、このような事故は起きなかったかもしれません。

遭難は他人事ではないからこそ、対策が必要

今回の遭難事故では、消防のヘリによって迅速に救助されたため、救助費用を請求されることはありませんでした。しかし、捜索期間が長引き、民間の救助隊が出動すると、その分だけ費用がかさみ、救助費用が数百万円にのぼるケースもあります。

遭難者は必ず「まさか自分が遭難するとは」と言います。誰にでもありえる山岳遭難だからこそ、備えが大切。ヤマップグループの登山保険なら最大300万円の遭難救助費用に加え、ケガも補償します。万が一のための装備の一つとして、登山保険への加入をご検討ください。

承認番号:YN24-129
承認日:2024年10月1日

羽根田 治(監修)

フリーライター/長野県山岳遭難防止アドバイザー/日本山岳会会員

羽根田 治(監修)

フリーライター/長野県山岳遭難防止アドバイザー/日本山岳会会員

1961年埼玉県出身、那須塩原市在住。 山岳遭難をはじめとする登山関連の記事を、山岳雑誌やウェブメディアなどで発表する一方、自然、沖縄、人物などをテーマに執筆活動を続けている。 おもな著者に『ドキュメント生還2』『ドキュメント道迷い遭難』『野外毒本』『人を襲うクマ』『これで死ぬアウトドアに行く前に知っておきたい危険の事例集』(以上、山と溪谷社)、『山のリスクとどう向き合うか 山岳遭難の「今」と対処 ...(続きを読む

1961年埼玉県出身、那須塩原市在住。 山岳遭難をはじめとする登山関連の記事を、山岳雑誌やウェブメディアなどで発表する一方、自然、沖縄、人物などをテーマに執筆活動を続けている。

おもな著者に『ドキュメント生還2』『ドキュメント道迷い遭難』『野外毒本』『人を襲うクマ』『これで死ぬアウトドアに行く前に知っておきたい危険の事例集』(以上、山と溪谷社)、『山のリスクとどう向き合うか 山岳遭難の「今」と対処の仕方』(無意識社新書)、『山はおそろしい必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』(幻冬舎新書)などがある。