東北地方南部に位置し、東京駅から山形駅まで新幹線で約3時間弱とアクセス良好な山形県。日本百名山だけでも6座を有する山岳県でもあります。
今回は、その中でも県の北西部に位置する「庄内エリア」の魅力をご紹介。
このエリアの象徴である「鳥海山」は、高山植物が咲き乱れる7〜8月、草紅葉の中を歩ける9〜10月の訪問がおすすめ。季節ごとにまったく違う表情で、訪れる人を魅了してやみません。
2025.07.31
鷲尾 太輔
山岳ライター・登山ガイド
日本海に面し、広大な庄内平野が広がる山形県の「庄内エリア」。滋味豊かな山菜・果実や、豊かな海で育った新鮮な魚介類、そしてノスタルジックな雰囲気漂う港町の文化が交差する、ここでしか出会えない魅力に満ちています。
・鳥海山と日本海が織りなす絶景
鳥海山の山影が海面に映る「影鳥海」は、ここでしか見られない絶景。酒田港から船で渡る離島・飛島もあり、雄大な山と海の両方の魅力を満喫できます。
・ユネスコが認めた、豊かな食文化
庄内平野が育む米「つや姫」や夏の風物詩だだちゃ豆、日本海の幸に恵まれ、その多彩さから鶴岡市は日本初のユネスコ食文化創造都市に認定されています。
・名峰の伏流水が紡ぐ、酒文化と神秘の絶景
鳥海山の清らかな伏流水は、庄内平野の米と合わさり数々の地酒をこの地に生み出しました。。こんこんと湧き出る伏流水が作り出したコバルトブルーの湖「丸池様」などの神秘的な水景は必見です。
関東エリアからは上越新幹線と特急「いなほ」で、羽田からは「おいしい庄内空港」への直行便で、そして新潟エリアからは「日本海東北自動車道」で。各地からの交通手段も充実しています。
それでは「やまがた百名山デジタルバッジキャンペーン」で対象となっている庄内エリアの山とその魅力を紹介します。1座の登頂で「エリアバッジ」は獲得できますが、せっかくの山形への旅、ぜひ複数の山を制覇してください。
鳥海山|海に浮かぶ出羽富士は、山・森・里を巡る水の源
鳥海湖と高山植物(まっしゅさんの活動日記)
前述の通り山形県の最高峰であり日本百名山・東北百名山・花の百名山にも選定されている鳥海山(2,236m)。秋田県側からも矢島口・猿倉口コースなどが延びていますが、鳥海ブルーラインで標高約1,070mまでアクセスできる吹浦口、鳥海高原ラインで標高約1,200mまでアクセスできる湯ノ台口コースなど、山形県側からのアプローチが便利です。
吹浦口登山道の7合目付近からは、鳥海山のシンボル・鳥海湖の水鏡が見事。この周辺は、夏にはニッコウキスゲやチングルマなど高山植物のお花畑が広がります。どのコースからも出羽富士の別名にふさわしい秀麗な山頂を望むことができ、登山欲をかきたてられます。
秋風が吹き始めると、山肌は草紅葉に染め上げられます。見渡す限り広がる紅の絨毯の上を歩く時間は、まるで天空の楽園を散歩しているかのよう。
秋の草紅葉も絶景(染ちゃんさんの活動日記)
活火山でもある鳥海山は、山頂に近づくとまた違った景観を楽しむことができます。最高峰である新山は溶岩ドームとなっており、周囲を取り囲むように外輪山の稜線が連なっています。その一座である七高山(2,229m)もやまがた百名山であり、デジタルバッジ対象のランドマーク。
七高山から望む新山(koodanshakuさんの活動日記)
山頂に鎮座する鳥海山大物忌神社山頂本社は出羽国(現在の山形県と秋田県の一部)でもっとも格式が高い神社である一ノ宮です。山形の人々にとっては、信仰の上でも大切な山なのです。
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柏木山|船旅の先に待つご褒美。島のてっぺんから望む、水平線の世界。
柏木山山頂(やちりさんの活動日記)
鳥海山と対照的に、やまがた百名山でもっとも標高が低いのが柏木山(58m)です。山形県唯一の有人島・飛島の南端に位置する山で、酒田港から定期船とびしまで約75分でアクセスできるため、最低半日あれば日本海の船旅と山歩を楽しむことができます。
周遊コースで山頂をめざす沿道からは、ウミネコ繁殖地としても知られる館岩や百合島などと日本海の青い海面のコントラストがまさに絶景。コース後半は海岸遊歩道となっており、賽の河原をはじめとした奇岩群や断崖が、いにしえの噴火活動で生まれた柏木山の成り立ちを物語っています。
賽の河原。火山堆積物で形作られた島の成り立ちを感じる(なべしさんの活動日記)
島内周遊は、自転車(電動アシスト付もあり)が便利。爽やかな潮風を感じながら海沿いを散策しましょう。飛島北部の鼻戸崎展望台は、日本海の彼方に鳥海山がそびえる絶景ポイント。また例年7月中旬〜8月に解放される飛島海水浴場は、透明度抜群の美しい入江です。
島の中央部にある小物忌神社では、毎年7月14日には鳥海山頂・七合目の御浜・山麓の西浜・酒田市の宮海とこの神社の5ヶ所でかがり火を焚き五穀豊穣を占う「火合わせ」という神事が行われます。
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日本国|その名も『日本国』。さあ、二つの県境にそびえる山へ
日本国山頂。県境もあり、標高も555とゾロ目(yamarashiさんの活動日記)
「日本」の由来は大化の改新(645年)の際に最初の元号「大化」とともに国号「日本」が定められたなど諸説ありますが、何とその国号が山名に冠されているのが、山形・新潟県境にそびえる日本国(555m)です。
山名の由来は様々で、東北地域を蝦夷(えみし)が支配していた時代に大和朝廷の支配地域の最北端であったという説、出羽三山の開祖・蜂子皇子(はちこのおうじ)が登頂して故郷の飛鳥方面を指して「これより彼方は日本国」と言った説、この山で生捕りにされた鷹を献上された将軍(江戸時代の徳川十代将軍家治が有力)がたいへん喜び、鷹の故郷を日本国と名付けるよう命じたなどの説が伝えられています。
日本海が見える(アザミさんの活動日記)
山形県鶴岡市側からの中の俣コースは豪雨災害の影響で通行止めの期間もありましたが、2025年、ついに通行可能となりました。山頂周辺は美しいブナ林に包まれており、新緑や紅葉が美しい山です。
展望ポイントも随所にあり、北には鳥海山、東には月山や朝日連峰など山形県の名山を一望。また西側の眺望も優れており、日本海に浮かぶ粟島や佐渡島を眺望できます。
日本国は日本海を行き交う漁師たちが帰港するためのランドマーク的存在でもあったそうです。
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金峯山|金峰山修験の本拠地。眼下に庄内平野を抱く、祈りの山
山頂に鎮座する金峯神社(やちりさんの活動日記)
金峯山(金峰山)という山名は全国にありますが、その大半は奈良県の吉野金峯山から修験道の本尊、蔵王権現を勧請したことが名前の由来であると言われています。
庄内地区の金峯山(471m)もまた、修験の行場とされた山であり、山形地域の金峯山修験の本拠地であったとも伝わっています。東麓の金峯山青龍寺は、かつて慈覚という僧侶がこの地に青龍を封じ込めた際に立てたという伝説が伝わる古寺。江戸時代中期以降には学頭(教義の学術を統括する僧侶)が置かれ、大いに栄えたと伝わっています。
庄内平野と鳥海山の眺望が見事(マリスタさんの活動日記)
このため山中にも信仰の名残である神社や石碑が多く、中腹には閼伽井の清水(あかいのしみず)という名水が湧き出る中の宮、山頂には金峯神社本殿が鎮座しています。山頂へ向かう半トンネル状の登山道は映画のロケ地にもなった神秘的な光景。山頂西側直下の鎖場も修行の山であったことを再認識させられる場所です。
半トンネル状の登山道(nnagadamamafiさんの活動日記)
また山頂は摩耶連峰の北端に位置するため北側の眺望が見事です。眼下には米どころである庄内平野の広々とした田園地帯が広がり、空気が澄んだ日にはその彼方に鳥海山を望むことができます。この眺望を楽しむ庄内地域の人々の憩いの山、出羽三山とあわせて訪れる人も多い信仰の山、様々な表情を持った魅力的な山なのです。
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荒倉山|日本海を望む、静かなる頂。古の信仰が息づく、神聖な森をゆく
荒倉神社の参道(カツさんの活動日記)
荒倉山(307m)も、修験道の聖地として長い歴史を持つ山です。山頂付近に鎮座する荒倉神社は創建717年という古社で、平安時代には同じく修験道が盛んだった東にある羽黒山に対して、西羽黒とも呼ばれていました。戦国時代末期には宿坊が33軒もあったとされ、武装した山伏の要塞に。しかし領主である上杉氏への一揆に山伏が加担して全てが焼き払われてしまいました。
それでも聖なる山であることは変わらず、江戸時代には農耕の神様として再興。五穀をはじめ食物・牛馬・蚕・動物の守護神として信仰され、特に馬の神様として有名です。一般的に神社の参道には両側に狛犬が安置されていますが、荒倉神社では御神馬が向き合っています。
チロルの道付近からの由良海岸(ak1230さんの活動日記)
信仰の山であると共に、荒倉山は自然の宝庫でもあります。豊かなブナ林に覆われ、山中では毎年4月中旬〜5月上旬には瑠璃草の青い花をはじめカタクリ・スミレ・シラネアオイなどが爛漫の花を咲かせます。
また大正〜昭和に活躍した小説家・横光利一は、太平洋戦争中に妻の故郷・鶴岡に疎開し、山間から海が見える荒倉山の風景を「チロルのよう」と評しました。現在、山頂南側の稜線はチロルの道と呼ばれ、標柱も設置されています。
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山形県の大きな魅力のひとつが、数多くの温泉です。登山でかいた心地よい汗を温泉で流せば、さっぱり爽快。歴史ある名湯・秘湯も多く、山形への山旅では、ぜひ立ち寄りたいところです。ここでは、庄内エリアの山から下山後におすすめの温泉地を紹介します。
湯の台温泉|鳥海山に抱かれた天空の秘湯
湯の台温泉・鳥海山荘(mo1Q93さんの活動日記)
鳥海山の登山後におすすめなのが、南麓の高台にある湯の台温泉 鳥海山荘です。出羽富士とも称される秀麗な鳥海山を望む絶好のロケーションと、月山・庄内平野・日本海を望む露天風呂が魅力の宿。もちろん宿泊も可能で、夜は満天の星空を楽しむことができます。
あつみ温泉|開湯1200年を誇る美肌の湯
日本国の登山後は、あつみ温泉の美肌の湯へ
日本国の登山後におすすめなのが、海川に沿って趣ある温泉旅館が立ち並ぶあつみ温泉。江戸時代には湯治場として栄えた名湯です。3つの共同浴場や足湯もあり、気軽に楽しむことも可能。免疫力や血行を促進する効能があり、保湿・保温効果も高い美肌の湯です。
由良温泉|絶景の海岸線から沈みゆく夕日を望む
荒倉山の登山後は、由良温泉。夕日が溶ける日本海を眺めながら入る温泉は格別
荒倉山の登山後におすすめなのが、西麓の由良海岸に位置する由良温泉です。赤い橋で結ばれた白山島が浮かぶ光景は東北の江ノ島と呼ばれ、夏は海水浴、春から晩秋は釣りを楽しむ人で賑わいます。日本の渚100選・日本の夕日100選にも選ばれた風光明媚な温泉から、日本海に沈む夕日を望むひとときは格別です。
せっかく山形県を訪れたならば、登山だけでなく観光も楽しみたいもの。ここでは、庄内エリアおすすめの観光地を紹介します。
山居倉庫|レトロな情景は米どころ庄内のシンボル
酒田港から積み出される庄内米の保管庫として、1893年に建てられた山居倉庫。白壁・土蔵づくりの9棟の倉庫と、夏の高温防止のために植えられたケヤキ並木が調和したレトロな風景は、2021年に国指定史跡に認定されました。
かつてここで営業していた観光施設「酒田夢の倶楽」は2025年3月末に商業施設・いろは蔵パークに移転オープン。オール酒田のセレクトショップとして人気を博しています。
米どころは酒どころ|地酒めぐりも楽しみ
庄内平野の良質な米と鳥海山の清冽な伏流水からは、数々の銘酒が生み出されています。「酒田夢の倶楽」にもこれらの地酒が味わえるコインサーバーが設置されていますが、酒田市・鶴岡市周辺の蔵元を巡るのも楽しみです。
初孫酒造資料館・蔵探訪館・竹の露酒造場蔵SHOPなどでは、そこでしか購入できないレアな銘柄に出会えるかも。庄内平野と山の恵みを、味覚でも堪能してみませんか。
丸池様・釜磯海岸|鳥海山の伏流水が生み出した絶景スポット
神秘的な丸池様(空さんの活動日記)
鳥海山の豊富な伏流水は、地酒だけでなく自然の絶景も創り出しています。鳥海山大物忌神社 蕨岡口之宮の末社・丸池神社の御神体でもある丸池様は、鳥海山の伏流水がたたえられた直径約20mの池。その神秘的なエメラルドグリーンの水は、まさに神秘の光景です。
鳥海山の溶岩が流れ込んだ釜磯海岸(でかたるさんの活動日記)
現在も活火山である鳥海山。約60万年前の大規模な噴火で溶岩が日本海まで流れ込んだ場所が、釜磯海岸です。一見すると荒涼とした風景ですが、砂浜や岩の隙間からは約20年の歳月をかけて達した鳥海山の伏流水がポコポコと湧き出しています。
ポコポコ湧き出る伏流水(woodさんの活動日記)
紅葉が美しい、鳥海山・湯ノ台口近くの鶴間池(tomo68さんの活動日記)
8/1〜11/3と期間が長く、紅葉シーズンまで楽しめる「やまがた百名山デジタルバッジキャンペーン」。今回ご紹介した庄内エリアだけでなく、置賜エリア、最上エリア、村山エリア、4つのエリアそれぞれのエリアバッジがあり、エリアバッジの複数獲得で「コンプリートバッジ」も手に入ります。
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執筆:鷲尾 太輔(登山ガイド・山岳ライター)
協力:山形県