ユーザーに寄り添い続けていたらGoogle Play ベスト オブ 2025「ウェアラブル部門」大賞を受賞してしまったエンジニアのはなし~原知寛~ / YAMAPの中の人 #07

ヤマップはGoogle が選出する「Google Play ベスト オブ 2025」において、ウェアラブル部門の大賞を受賞しました。
※Google Play は Google LLC の商標です。
※写真は2025年11月20日、東京で行われた授賞式の様子、右が原知寛

今回は、Googleが開発したスマートウォッチ向けのOS「Wear OS 」にYAMAPを対応させるため、見えないところで動き続けたAndroidエンジニア、原知寛(ともひろ)さんにスポットライトを当てます。

GPS登山アプリの「中の人」ー安全登山のためにYAMAPができることー #07連載一覧はこちら

2025.11.28

河合 良成

ライター・中日翻訳者

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福岡県筑紫野市出身で、いまも地元の天拝山(てんぱいざん)の「山歩(さんぽ)」をこよなく愛する一人のエンジニアを通して見えてきたのはユーザーに寄り添い続け、YAMAPをさらなる高みに押し上げようと不断の努力を重ねるヤマップのカルチャーそのものでした。

自腹を切ってスマートウォッチを購入し試行錯誤を重ねた

最初に今回ヤマップが受賞した「ウェアラブル部門」について説明が必要だろう。

もともとYAMAPはスマートフォンのGPSで現在地と登山ルートがわかる、登山を楽しく安全にするアプリだ。しかし、近年のスマートウォッチの普及と進化に伴い、登山中にスマートフォンを取り出すことなく、地図での現在地の確認や活動データを閲覧したいというニーズが高まっていた。

そのために使用されるスマートウォッチ用のOSが「Wear OS」だ。驚くことにYAMAPのWear OS搭載スマートウォッチ対応は原さんの「自主的」な取り組みから始まったという。

「以前、カシオのスマートウォッチ『PRO TREK』版YAMAPはあったんですが、メンテナンスが煩雑であることなどが理由でウェアラブル端末にはしばらく対応していなかったんです。そんな中、ユーザーから『早くスマートウォッチ版がほしい』という声が届いていたため、なんとか応えたいと思っていました」

そこで原さんはGoogleが開発したWear OS搭載のスマートウォッチにYAMAPを対応させるべく試行錯誤。しかし、端末によって微妙な違いがあり、開発は難航した。

「例えば、端末にリューズがない場合は地図の拡大縮小ができないため、UIに「+」「-」ボタンを表示させなければなりません。また、コンパス機能がスマートウォッチにあるかないかによっても設計が異なります。さらに、日本のAndroid端末だけでなく、中国や韓国メーカーの製品にも対応させる必要がありました。そのため、『まずは少しでも早く試してみたい』という好奇心が勝ってしまい、自腹で約20万円出費し、複数の端末を購入して実際に検証を重ねてみました」

自腹を切った費用の大部分はのちほど会社から支給されたそうだが、ユーザーのニーズに応えるためにここまでしてくれるエンジニアはなかなかいないだろう。

もっともアプリ開発は一人で行うわけではない。原さん曰く、「Wear OS」に対応したアプリの仕様は先行リリースしていたApple Watch版を参考にしたとのこと。エンジニア同士の互いに対するリスペクトなしにはこの大賞受賞は成し遂げられなかったはずだ。

YAMAPのウェアラブル対応に焦点を合わせると、ほかにもユーザーの「かゆいところに手が届く」機能がある。それが「GPXファイルのエクスポート」だ。YAMAPアプリの活動日記のGPXファイルをエクスポートすることで、ユーザーは自らの軌跡をそのままスマートウォッチや他のアプリに取り込める。

しかし、原さんはGPXファイルをエクスポートできる現状の機能だけで満足はしていない。現在、開発しているのは逆に、GPXファイルをスマートフォンにインポートする機能であり、これが実現すればトレラン大会などで配布されているGPXファイルをインポートし、登山計画を自動作成することも可能になる。

原さんが目指しているのは、よりシームレスなYAMAP体験なのだ。

だれかの「役に立っている」という実感が欲しかった

原さんがヤマップに入社したのは約5年前。かつては「組み込みエンジニア」としてデジタルテレビやデジタルカメラにソフトウェアを搭載する仕事をしていた。でも、なかなかやりがいを感じられなかったという。

「自分でソフトウェアを実装できるわけじゃなく、『作っている感覚』が味わえなかったんです。そんなときにスマートフォンで使える趣味アプリを自分で作りはじめました。組み込みエンジニアをやめて、自分で作ったアプリを見せながら転職活動をしたんです」

かつては「博多の奥座敷」と呼ばれた二日市温泉がある福岡県筑紫野市出身の原さんは、山をビジネスにするスタートアップが地元福岡にあることを知る。それがヤマップだった。

面接のときには「高尾山限定YAMAPみたいなアプリ」を持ち込んだそうだ。アプリ開発を「趣味」とする原さんはヤマップで「水を得た魚」のようになった。

「今では作ったアプリがユーザーに届いているかはストアのレビューですぐに分かります。それがAndroidエンジニアとしての醍醐味の一つかもしれません」

「登山計画」のブラッシュアップに奔走する毎日

原さんがヤマップに入社してから手がけた開発は多岐に渡り、ここですべて取り上げることはできない。

「まず、入社してからすぐに手掛けたのは『標高タイル対応』でした。かつては累積標高や標高グラフの表示には端末から送られてくるGPSデータを使用していましたが、端末ごとにGPSチップの性能にバラつきがあるため、データが不正確になることがあったんです。

そこで国土地理院が提供する標高タイルをもとに色のデジタルデータであるRGBを標高データに変換できるようにしました。その変換に使う計算式には双曲線関数の「tanh(ハイパボリックタンジェント)」の逆関数を使うのですが、『数学って世の中の役に立つんだ』って妙に感動した記憶があります」

上図からも分かるとおり、標高タイルに基づいて標高グラフを表示させることで「ギザギザ」が滑らかになっただけでなく、より正確なデータにより歩行ペース表示の精度が向上し、活動中の累積標高などの指標のデバイス間でのバラツキが低減した。

そして、中でも力を入れてきたのは登山計画に関連した機能だ。原さんが提案し、リリースまで進めた登山計画のブラッシュアップには標高グラフの表示も含まれる。

「それまでは現在地は常にグラフの右端に位置しており、活動の進捗が分かりづらいという難点がありました。そこで黄色のグラフで計画を表示し、現在地よりも左側(過去の行程)は色を変えることで、これから通過予定の区間の地形がグラフで確認できるように変更しました」

そして、登山計画をより安全に、もっと自由で直感的なものにしたいーそんなユーザーの気持ちに寄り添って生まれたのが2025年にリリースされた「フリーハンド登山計画機能」だ。

ただ、既存の登山計画機能がフリーハンドで描くことを前提に作られていなかったため、バックエンドチームとの緊密な連携が必要となった。原さんにとってもYAMAPにジョイン後、もっとも「重たいプロジェクト」だったという。

フリーハンド登山計画 | 基本的な使い方

YAMAP / ヤマップ のフリーハンド登山計画機能を開発した話

「あって当然」を創り続けたい

ここまで取り上げてきた機能はほんの一部であり、原さんが関わった開発はまだまだある。そして、その中には原さん自身が自ら提案したり、自主的に始めたものも多く含まれる。

「Androidはソースコードがすべて公開されているなど自由度が高く、開発環境が優れているため、個人的にはとても魅力を感じています。また、それにも増して有難いのはヤマップのカルチャーです。ここには、エンジニアがやりたいと思ったことを否定する人がいない、とにかく皆さん人が素晴らしいんです」

それにしても、原さんがユーザーのこだわりの声にここまで耳を傾け、YAMAPの絶えざる進化に全身全霊を注ぐモチベーションは一体どこから来るのか?

「ユーザーの方から感謝の言葉をいただけるのが嬉しいですし、自分がやったことが気づかれなくても『やるべきことをやっている』という感覚があるからでしょうか」

原さんの中では何か特別なことをやっているという感覚はないようだ。

最後に、今後の展望を聞いたとき、原さんというエンジニアがなぜ今回の大賞を受賞したのか、その本質が分かった気がした。

「例えば、上から地図を見る表示だけでなく、カーナビみたいに3Dの見せ方ができたらいいなと考えたり…自分が『あって当然』と思えるような、技術的に実現したいことがまだまだ尽きないので、当たり前のことをやり切りたいと思っています」

空気を吸って吐くように、YAMAPによって安全に心地よく登山する喜びをたくさんの人に味わってほしいと思っている集団こそが「ヤマップの中の人」たちなのだ。

原さんは今日も近所の天拝山を「山歩」し、ふもとの天拝山自然歴史公園に住みついている猫たちと戯れながら、ユーザーの悩みを解決する糸口を探しているのかもしれない。

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河合 良成

ライター・中日翻訳者

河合 良成

ライター・中日翻訳者

大学卒業後、2008年より中国に渡航、10年にわたり大学などで教鞭を取る。その後、アフリカのガーナに1年半滞在し、地元の言語トゥイ語をマスターすべく奮闘。道の駅巡り、低山歩き、猫と遊ぶことが好き。