抜群の交通アクセスと多彩な登山ルートを備え、初心者のハイキングから本格的な岩登りまでを受け止めてきた関西屈指の名山、六甲山系。
大阪湾を望む都市近郊に、これほど奥深い山域が広がっていることを、どれほどの人が知っているでしょう。
修験の歴史、外国人による山域開発、そこから日本人にも広がった「毎日登山」の文化──。六甲山系は、自然と人の営みが重なり合いながら発展してきた、日本登山史の縮図ともいえるかもしれません。
前半で六甲山系の魅力を紐解きながら、後半では、ガイドおすすめのモデルコース4つも合わせて紹介します。
2026.01.30
岡田敏昭
登山ガイド

六甲山からの長め(岩井 眞太朗さんの活動日記より)
六甲山系は、兵庫県神戸市の南部から芦屋市、西宮市、宝塚市の一部を含む、東西約30km、南北約15kmにわたる山域です。標高931mの六甲山最高峰を筆頭に、摩耶山(702m)、須磨アルプス、有馬三山、芦屋ロックガーデンなど、人気の山岳を擁しています。
六甲山系は、わが国の主要山域の中でも交通網が極めて発達したエリアといえるでしょう。
沿岸部にJR神戸線、阪急電鉄神戸本線、阪神電鉄本線、山陽電鉄本線が並走し、山系西部へは神戸電鉄や神戸市営地下鉄が便利。主要な登山口へはバス便が出ており、主稜線にはドライブウェイが走っています。
ケーブルカーやロープウェイも充実。これらにより、登山者はさまざまなコースを組んで、日帰り登山を楽しむことができます。

六甲山系は交通アクセスが便利だ
便利な交通アクセスにより、神戸市をはじめ大阪や京都などから訪れる登山者は、年間を通じてたいへん多く、六甲山系全体の年間登山者数は、約600万人(山と溪谷社)ともいわれています。
六甲山上周辺はリゾート地として栄え、ゴルフ場、牧場、植物園、人工スキー場、宿泊・飲食などのレジャー施設が勢ぞろい。

ファミリーで楽しめる六甲山牧場
主稜線からは瀬戸内海が眼下に迫り、各所に設けられた展望ポイントには観光客の姿も多くみられます。また、摩耶山・掬星台からの神戸市街の夜景は「1,000万ドルの夜景」と称され、高い人気を誇っています。

摩耶山掬星台からの「1,000万ドルの夜景」
大いに開発が進んだ六甲山系ですが、登山コースは意外にも豊かな自然がみられ、初心者からベテランまで幅広く楽しめます。上級者向けには、ロッククライミングや沢登りのエリアも存在します。
一方、こうした人気の山域であるがゆえに、六甲山系では初心者の軽率な事故があとを絶たず、年間遭難者は例年、数十件にのぼっています。ふさわしい体力・脚力、正しい登山知識と装備を身につけ、登山を楽しみましょう。

難路では正しい登山技術と適切な装備が必要だ

風化花崗岩で荒涼とした白水峡
六甲山地の始まりは約100万年前、「六甲変動」とよばれる花崗岩層の隆起が起こったことが発端です。この動きは今も続いており、1995年に起こった阪神淡路大震災でも、六甲山は若干高くなったといわれています。
六甲山系の花崗岩は、固く安定した部分はロッククライミングに最適ですが、一方で、長い年月をかけて風化した花崗岩はマサ土(花崗岩が風化した砂状の土)と化し、滑りやすいザレ場も多くなっています。

ハイカーの踏みつけでガチガチに凍った登山道
年間を通じた降水量は、瀬戸内海気候区の中では比較的多く、六甲山南麓で900㎜~1,400㎜、山頂付近で1,500㎜~2,000㎜、北麓で 1,300 ㎜~1,700 ㎜です(神戸市)。
六甲山最高峰の気温は、夏季の最高気温こそ約32℃となっています(YAMAP)が、平地より涼しい日が多く、山頂から北側斜面にかけてブナなどの寒冷地向けの植生がみられます。
冬季の最低気温は約ー7℃となります(YAMAP)。ただし、10㎝以上の積雪日数はわずか2日程度で、それも長く残ることはあまり多くありません。ただし、登山者の踏みつけによる登山道の凍結はしばしば起こるため、冬季は簡易アイゼンやチェーンスパイクを携行しましょう。

六甲山系の自然を含めた各種情報が得られる六甲ビジターセンター
六甲山系は、近畿地方のちょうど中心にあたり、四方から種の流入があったことから植物の種類は豊富で、約1,700種の植物が確認されています(六甲山ビジターセンター)。
六甲山系の固有種には、アリマウマノスズクサやロッコウコツクバネがみられます。また、九州では淡いピンク色がほとんどであるウンゼンツツジの白花種が中腹以上で見つかります。

六甲山系の固有種、アリマウマノスズクサ
350種が生育するという樹木の中では、ブナとイヌブナの両方が観られることが特筆されます。ブナは標高700m以上に点在するが、六甲山系全体で約130本しか残っていません。裏六甲では紅葉谷で、表六甲では石宝殿周辺にみられます。
イヌブナは標高600m以上を中心に、3,000本以上が生育しているとされ、紅葉谷、小川谷、白石谷など裏六甲でみられます(国土交通省 近畿地方整備局 六甲砂防事務所)。
貴重なブナ林を残すため、一般社団法人「ブナを植える会」が、幼木の植栽や下草刈りなどの植生保全活動を行っています。

六甲山上でみられるブナの黄葉
全体的には、スギやヒノキの植林は比較的少ない印象がありますが、摩耶山の山頂付近のスギは天然林とされています。
六甲山系では、稜線や山頂に近づくとミヤコザサなどのブッシュをみることが多くなります。近畿地方の多くの山では、シカが増え、ササを食べつくして林床が裸地化していることが問題になっていますが、六甲山系にはシカが棲息しておらず、ササ群落が残されています。
前述のとおり、六甲山系にシカは定住していません。ツキノワグマについては、神戸市では「市内で確定的な痕跡は未確認(2025年10月23日時点)」としています。
哺乳類では、かつてはイノシシがしばしば市街地にまで現れることで有名でした。高座谷などではハイキング中にほぼ必ず見かけるほどでしたが、最近は目にすることが減ってきている印象があります。なお、神戸市では捕獲したイノシシから豚熱の感染が複数確認されています。

六甲山系で比較的多くみられるイノシシ
また、風吹岩にはたくさんの地域ネコが棲みついています。ホンドリス、ノウサギ、ホンドイタチ、リス、テン、タヌキ、コウベモグラなどは棲息しているものの、見かけることは少ないです。
両生類では、モリアオガエルの泡卵を、砂防堰堤の水辺でみかけることがあります。
鳥類については、神戸市で約300種が確認されています(国土交通省 近畿地方整備局 六甲砂防事務所)。日本野鳥の会兵庫県支部編「六甲山の野鳥: バードウォッチングガイド」(1996年)では、六甲山系で見られる全139種の野鳥が掲載されています。
都市部に近い山域だけに、外来種で「日本の侵略的外来種ワースト100」にも選定されているソウシチョウを見かけることもあります。

再度山で見かけたソウシチョウ

生駒山系からは、まさに大阪市街の「向こう」に六甲山系が横たわる
江戸時代のガイドブック「摂津名所図会」では、六甲山系全体を指して「武庫山(むこやま)」と記されていました。大坂の海の「向こう」に見える山、という意味だとされ、これに「六甲」の文字が充てられたとする説が有力です。
またほかには、第14代仲哀天皇の后・神功皇后が反逆者6名の首と兜を山中に埋めたことが由来だとする伝説もあります。

シュラインロードにある行者堂
六甲山系には、修験道の祖・役行者や、法道仙人が開き、空海(弘法大師)が創建したとされる寺が多数あります。厚い信仰心のもと、中世には多くの山伏が山中で修行したと考えられ、なかでも西宮市の鷲林寺を起点として、石の宝殿、心経岩、三國岩、古寺山を経て唐櫃の多聞寺に至る「六甲修験の道」が知られています。
明治時代になると、神戸の外国人居留地に住んだ外国人たちが六甲山系を好んで歩き、山域をレジャーゾーンとして開発していきました。
六甲山への外国人の登山記録は、明治6年(1873年)のこと。ピッケルを手にした3人の外国人が登頂したといわれています。
明治28年、英国人貿易商のA.H.グルームが、六甲山上の各村有地を、納涼遊園場敷地として賃貸する契約を締結。その後、次々に別荘が建てられるとともに、登山道の敷設や、ゴルフ場の建設が進んでいきました。
このゴルフ場を大いに楽しんだH.E.ドーントが明治37年(1904年)頃に、登山団体Ancient Order of Mountain Goatsを設立し、週末ごとに登山を楽しむようになりました。
こうして、日本古来の信仰による登山文化に加え、レジャー登山という近代登山の文化が生まれたのです。ドントリッジ、アイスロード、トゥエンティクロスなど、外国人由来の地名が六甲山系に現れたのも、このころです。

今も各所に、外国人由来の名称が使われる
外国人たちが、現在の北野異人館街の北側にある背山に毎日登っていたのを日本人が真似て、やがて定着したのが「毎日登山」です。大正初期から末期にかけて、六甲山系の各山筋にある茶屋を拠点として、毎日登山が普及しました。

再度山(ふたたびさん、467m)の大龍寺参道、善助茶屋跡に立つ「毎日登山発祥の地」の碑
ヨーロッパでアルピニズムの影響を受けた藤木九三が、1924年(大正13年)、RCC(ロック・クライミング・クラブ)を設立。花崗岩が露出した地形を活かし、芦屋ロックガーデンや堡塁岩(ほうるいいわ)などを相次いで開拓。本格的な登山を志す若者たちの先駆けとなりました。

堡塁岩を登攀する筆者
六甲山系を歩く大会は、大正11年(1922年)に神戸新聞社の主催で「神戸アルプス縦断徒歩競争大会」が開かれたのが初開催です。また、須磨浦公園から宝塚を結ぶ全長56kmの六甲全山縦走大会は、第1回が昭和50年(1975年)に開催されました。
現在の大会名は「KOBE六甲全山縦走・半縦走大会」で、全縦走の部では約2,000名が参加する人気のイベントとなっています。

石切道にみられる、切り出し途中で放置された岩。楔(くさび)の跡が残る
六甲山系には、古来、物の運搬に関わってきた道が幾つも存在します。現在はいずれも登山道として利用できるので、当時の様子を偲びながら歩くのもおすすめです。
石切道は、六甲山中(主に荒神山、重箱山、五助山)で切り出した良質な花崗岩を、牛馬で運んだ道です。御影浜に運び下ろしたことから、これらの石は御影石と呼ばれ珍重されました。
古くは豊臣秀吉が大坂城の築城の際に石を切り出した歴史があります。採石場跡には、楔(くさび)の跡が残る岩を見ることができます。
魚屋道(ととやみち)は、海で獲れた新鮮な魚介を、有馬温泉の湯治客向けに迅速に届けるために作られた道です。

かつて有馬温泉に魚を運んだ魚屋道
アイスロードは、六甲山上の溜池で作った天然氷を、夜のうちに大八車で神戸に運び下ろすためにつけられた道です。溜池の多くは、明治8年(1875年)前後から製氷を目的に人工的に造られました。

アイスロードを下る

座頭谷の砂防堰堤
中世以降、度重なる戦乱で樹木の伐採や石材の採取が進み、さらに江戸時代には、薪材や肥料の確保などのため、寺社領の森のほかは、六甲山系は草木が生えない裸地になってしまいました。
荒廃が進むにつれ、明治時代に入っても大規模な洪水・土砂災害が頻発したため、神戸市が明治30年(1897年)以降、大がかりな砂防・治山工事に着手。山域の各所に砂防堰堤の建設が進められました。六甲山系の谷筋に砂防堰堤が多くみられるのは、このためです。
併せて、明治35年(1902年)に六甲山系で初めての植林が実施され、アカマツ、ヒノキ、スギ、カシ、シイ、ハゼ、カエデなどの苗木が植えられました。このような取り組みが継続され、現在では緑豊かな森林が戻っています。

大きく開けた六甲山最高峰
芦屋川駅~高座ノ滝~風吹岩~雨ヶ峠~一軒茶屋~六甲山最高峰~(魚屋道)~有馬温泉駅
ポイント
①風吹岩までのロックガーデン中央稜と名付けられた露岩帯付近は日本の近代登山発祥の地
②標高差が約900mある健脚ルートだが、技術的に困難な箇所が少なく、初級者が脚力試しをするには最適
③下山は有馬温泉への最も簡単なルート、魚屋道で
【参考コース】
コースタイム:約5時間30分
歩行距離:11.4km
累計標高差(上り):1117m
累計標高差(下り):715m
コース定数:24(コース定数とは)

摩耶山の掬星台からの神戸市街の眺め
新神戸駅~布引ノ滝~桜茶屋~(天狗道)~摩耶山~掬星台~(上野道)~摩耶ケーブル下駅
ポイント
①六甲山系で、六甲最高峰に次ぐ”主峰”といえる摩耶山へのポピュラーな登路。
②天狗道は急登が続くタフな道。下山路に挙げた上野道は最短距離だけに傾斜が急
③青谷道や山寺尾根で下山してもよい。新幹線の駅から直接歩いていけるのは珍しい
【参考コース】
コースタイム:約3時間20分
歩行距離:5.6km
累計標高差(上り):820m
累計標高差(下り):188m
コース定数:15(コース定数とは)

須磨アルプスのハイライト、馬の背
須磨浦公園駅~旗振山~鉄拐山~おらが茶屋~高倉台~栂尾山~横尾山~馬の背~東山~板宿駅
ポイント
①馬の背付近の荒涼とした風化花崗岩が印象的な須磨アルプスを縦走
②スリリングな箇所はほんの15分ほどで、あとは初心者にもやさしい行程
③海が間近に迫り眺望が連続して楽しめる
【参考コース】
コースタイム:約4時間
歩行距離:7.3km
累計標高差(上り):613m
累計標高差(下り):612m
コース定数:15(コース定数とは)

ロックガーデンの名所のひとつ、風吹岩
芦屋川駅~鷹尾山~岩梯子~新七右衛門嵓~荒地山~風吹岩~高座ノ滝~芦屋川駅
ポイント
①花崗岩が織りなす奇石群を乗り越えながら「風吹岩」では360°の眺望を堪能
②三点確保が必須となるスリリングな岩場が多い
③ステップアップをめざす登山者にとって最適なトレーニングができるルート
【参考コース】
コースタイム:約3時間40分
歩行距離:7.6km
累計標高差(上り):609m
累計標高差(下り):607m
コース定数:15(コース定数とは)
このほか、六甲山系ではじつに多種多様なルートを楽しむことができます。一方で、極論すればすべての尾根、すべての谷に先行者の痕跡があるといえるほど隅々まで歩き尽くされており、薄い踏み跡が錯綜していることも。このようなルートは、いっさい整備されていないことはもちろん、難所も多いだけに、安易に立ち入らないようにしましょう。
執筆・写真:岡田敏昭(登山ガイド/山岳ライター)