大地の躍動を感じる絶景や心身ともに癒してくれる麓の温泉。火山は、私たちに多くの経験や恵みを与えてくれます。しかし一方で、時に火山はその鋭い牙を私たちに剥くことがあるのです。もし、火山を登っている最中に噴火が発生したら…。今回は「御嶽山火山研究施設」の田ノ上和志さんに日本の火山分布や噴火の種類、登山中に噴火が発生した場合の状況やその対処法について、教えていただきました。
2020.06.22
森田 秀巳
フリーランス編集者・ライター
いま、日本にある活火山は111(気象庁データ)。世界には約1,500の活火山があるといわれているので、全活火山の7%程度が日本にあるわけだ。数字こそ小さいが、地球に占める日本の面積を考えるとかなりの密集地といえるだろう。
日本百名山を見ても、およそ3分の1は活火山。現在は活火山でなくなった山も含めた場合、百名山の約半数は火山活動によって生まれた山といわれる。
日本国内の火山分布図。関西四国周辺を除き、全国にくまなく分布していることがみてとれる。出典:気象庁ホームページ「我が国の活火山の分布」
この活火山という言葉だが、よく知られるように、火山にはかつて活火山・休火山・死火山という3通りの区分けがあった。ところが1950年代から噴火記録のある火山や噴火する可能性のある火山すべてを活火山として分類する考えが世界で広がり、日本でも1960年代から気象庁が、噴火記録のある山すべてを活火山と呼ぶようになった。
最終的には2003年、気象庁が事務局を務める「火山噴火予知連絡会」が“おおむね、過去1万年以内に噴火した火山および現在活発な噴気活動のある火山”を活火山として定義し直している。ちなみに、最も新しく指定された活火山は日光の男体山(2017年)だ。
日光の男体山(2,486m)。最新の調査によって、約7,000年前の噴火が確認された
2009年には、火山噴火予知連絡会が新たに“火山防災のために監視・観測体制の充実等が必要な火山”として24時間常時観測の必要な火山を選定した。御嶽山をはじめ、富士山や日光白根山、白山など全国50の活火山が常時観測火山に指定され、その火山監視体制は現在に至っている。
日本はこれまで、何度も何度も火山災害にさらされてきた。よく知られるのは、日本最大の火山災害の一つといわれる1783年(天明3)の浅間山(群馬・長野県境)大噴火だ。北麓の鎌原村(現嬬恋村)の全戸が火砕流に飲み込まれてほぼ全滅したほか、下流域や周辺も含めると群馬県下で1,400人を超える犠牲者を出している。この大噴火は、すでに始まっていた天明の大飢饉に拍車をかけ、利根川、吾妻川の治水にも大きな影響をおよぼした。
黒斑山稜線から見る浅間山(2,568m)
犠牲者の多さでは、1792年(寛政4)の雲仙岳噴火が最悪とされ、海側への山体崩壊による津波で約15,000人が亡くなったといわれる。この災害は「島原大変肥後迷惑」という名でいまも語り継がれているが、このほかにも、磐梯山や安達太良山、十勝岳、阿蘇山など、10人以上の死者・行方不明者を出した火山災害は18世紀以降で22回ある(気象庁)。
雲仙普賢岳。最高峰の平成新山(1,483m)はその名の通り、平成2〜7年(1990〜1995年)の火山活動により隆起した
近年になって火山の常時観測態勢が敷かれても、火山には、いつ噴火するのか、そして周辺地のどこにどのような災害をおよぼすのか、ほぼ予測できない怖さがある。火山性微動や火山性地震は観測できても、それを噴火予測に結びつけることは困難だ。
2018年の本白根山(草津白根山)の噴火は、火山性地震などの現象もないまま突然噴火し、自衛隊員1名の命を奪っただけでなく、白根火山ロープウェイを廃止に追い込んだ。
本白根山(2,578m)の湯釜。周辺は火山活動によって、荒涼とした光景が広がる
2014年、63人の犠牲者・行方不明者を出し、登山者が巻き込まれた火山事故として記憶に残る御嶽山も、実は1979年に噴火するまでは、大人しい山と思われていた。御嶽山はおよそ80万年前から活動を開始したとみなされているが、1979年の噴火まで、一般的には死火山として認識されていた側面がある。
つまり御嶽山もこの時、まさかの噴火で近隣住民や火山学者たちの度肝を抜いたわけだ。火山を歩く登山者の足元では、いつも予測不能な何かがうごめいている。
残雪の御嶽山(3,067m)。2014年の噴火による多数の犠牲は記憶に新しい
御嶽山の噴火は水蒸気爆発だったが、噴火には大きく分けて3つの種類がある。
①マグマ噴火:地下のマグマが地表に噴き出す(最近では桜島など)
②マグマ水蒸気爆発:地下水などがマグマに直接触れて水蒸気爆発を起こし、マグマとともに地表に噴き出す(最近では口之永良部島など)
③水蒸気爆発:地下水などがマグマに間接的に熱せられ爆発を起こす(御嶽山など)
各噴火種類の模式図
これらのうち、噴火規模が最も大きいとされているのはマグマ噴火だが、水蒸気爆発のエネルギーも膨大だ。水は高温の物質に触れた瞬間に蒸発して爆発的に体積を増やす。その数値はなんと約1,700倍になるそうだ。
それでは、登山中に運悪く噴火に遭遇するとどうなるのか? 御嶽山火山研究施設の田ノ上和志さんから聞いた話をもとに想像してみた。
御嶽山噴火と同程度の噴火だった場合、まずは噴火直後、火口付近~500mほどの範囲に噴石が銃弾のように飛んでくる。何千という大砲やライフルで一斉に打たれた状態と言っていいかもしれない。
数秒後、上空に放出された噴石が火口付近から1㎞ほどの範囲に猛烈なスピードで降り注ぎ、数秒後~数十秒後にかけて火口付近から順に火山灰(小さな噴石も降らせつつ)に覆われて真っ暗になる。
同時に、上空高く舞い上がった噴煙によって火山雷が発生し、雷鳴とともに火山灰を含んだ黒い雨が降ってくる。爆発が1回であれば、そのまま数十分後には視界は回復すると思われるが、目にするのは火山灰に覆われた斜面ばかり…。
文章を読むだけでも、その迫力と緊迫感に萎縮してしまうが「登山前の準備」、そして「登山中の対応」を的確に行えば、もし噴火に遭遇しても生存の可能性は高まる。
以下にそれらを紹介したので、万が一に備え、きちんと記憶しておいてほしい。火山国・日本で登山を楽しむ私たちが抑えておくべき基礎知識といっても過言ではないからだ。
噴火後(2018年)の二ノ池周辺。噴火口から直線距離で1km以上離れた二の池ヒュッテまで、人の頭ほどの噴石が飛んできたという(写真の山小屋は二ノ池山荘。二の池ヒュッテはさらにこの先に位置する)
火山活動に関する情報(噴火警戒レベルなど)と火山防災マップを重点的に。シェルターや避難小屋の位置、避難経路も把握しておく。活火山の避難小屋やシェルターにはヘルメット、水などが用意されているところもある。
気象庁の「火山登山者向けの情報提供ページ」はこちらから。
登ろうとする火山がかつてどんな噴火活動をしたのか、いまは噴気だけを上げているのか、硫化水素などの火山ガスを高濃度に吐き出しているのか、など火山の性格を把握しておく。情報収集は気象庁や地元自治体のHPなどから行おう。
御嶽山であれば、長野県木曽町のwebサイトで情報が公開されている。気象庁の全国の活火山の活動履歴等も参考になるだろう。
地形図から尾根や谷、山小屋の位置などを把握しておき、避難する際のヒントに。
YAMAPの地図で、あらかじめ位置を把握しておくとよいだろう。御嶽山の場合、地図上に山小屋やシェルター情報がランドマークとして記載されている。
防寒着やセパレートのレインウェア、ヘッドライト、地図、水、非常食などに加え、ヘルメット、ゴーグルなどを用意。噴石から頭を守るには、ヘルメットと併せて荷物の詰まったザックも効果的。噴火によって山中で夜を過ごすことも考慮し、超軽量ツエルトも用意するといい。携帯電話とヘッドランプの予備電池は必須。
コースを明確にしておけば救助も速やかに進む。長野県をはじめ、いくつかの自治体では、YAMAPのアプリ上から登山届が出せる仕組みが整っている。ぜひとも安全登山に活用して欲しい。YAMAPアプリから登山届を提出できる自治体(2022年8月11日現在)はこちら。
火山性地震の活動が活発化している場合は、たとえ噴火警戒レベルが1でも、噴火口や火口域に近づかないことが命を守ることにつながります。気象庁の「火山登山者向けの情報提供ページ」のように少し難しく感じるものでも、常に目を通し続けることで「いつもと違う(火山性地震が増えている等)」と気づく目が養われるはずです。
装備に関しては、実際の山では噴火に遭う確率より悪天候で足止めされる確率のほうが高いので、ツエルトなども含め、そちらにウェイトを置いた装備が大切です。私の場合、御嶽山に登る際は、携帯電話の電波が入らない地帯があるためにAMラジオ(雷センサーとしても)は必携で、あとは予備のタオル、多めの副食類(お菓子など)なども必ずザックに入れています
噴煙が上がった方向と反対側の岩陰に移動し、ザックで頭と体を守る。また、登山中も常に、岩のくぼみなど隠れる場所を考えながら歩くことが大切。
火山灰は角が鋭く炎症の原因になるので、目に入らないようにする。コンタクトレンズははずす。
山小屋やシェルターがある場合、身を隠せる場所を常に意識しながら移動する。その際、極力、登山道を外れないようにする。登山道は避難道でもあり、その山で最も歩きやすい場所だ。飛んでくる噴石から身を隠す場所があるのなら、噴火がいったん落ち着くまで動かない。状況に応じて、山小屋やシェルターに向かわず、下山の選択を取る場合もある。
2014年の御嶽山噴火では、1㎞以上離れた二の池ヒュッテまで人頭大の噴石が飛んできている。離れる距離も大切だが、まずは身を隠す場所を確保するほうが大切。
シェルターは避難施設であって休憩施設ではない。最後の砦でもあり、ザックを外に出してでも人を優先する。
情報収集の際、人は自分に都合のいい情報しか目に入らなくなる“正常性バイアス”という感覚に陥りやすいといわれます。フラットなモノの見方を忘れないでほしいですね。
もし噴火に遭遇してしまった場合、まずは記録よりも命を守ることを念頭に。写真を撮る余裕があるのなら、命をつなげる行動をしてほしいです。命と引き換えにする価値はSNSにはありません。
また、シェルターなどは一時的に噴石から隠れるための手段です。噴火が休止している間に、一刻も早く噴火口から遠い、山小屋などのより安全な場所に避難してください。
田ノ上さんは言う。
「火山は山の個性のひとつだと思います。個性はそのまま山の魅力とも言えますが、なかでも、火山が持つ桁外れのパワーと火山を造り上げてきた悠久の年月には大きな魅力を感じます。
尺度が正しいかどうかわかりませんが、御嶽山の年齢である80万年を単純に人間の80歳と仮定すると、有史以来の噴火といわれた1979年の噴火はわずか1~2日前のできごとです。2014年の噴火からはまだ半日も経っていません。
生まれてから大噴火を繰り返し、いったん休憩した後に、再度大噴火を繰り返して、いまの形になりました。人の一生は火山とは比べものにならないほど短いものですが、ほんの一瞬だけでも同じ時代を過ごし、いま起きている地球規模の活動を目の当たりにする、これはとても貴重なことではないでしょうか」
御嶽山三ノ池周辺の景色。御嶽山最大の湖としても知られ、天候が良ければ火山湖ならではのコバルトブルーの水面を鑑賞することができる
御嶽山山頂からの絶景。中央アルプスと南アルプス、奥には富士山も望むことができる
陽光を受け、燈色に染まる嶽山五ノ池小屋。御嶽山には他にも「八海山小屋」「行場山荘」「女人堂」「石室山荘」「二の池ヒュッテ」「二ノ池山荘」などの山小屋がある。2020年は、コロナ禍により、営業が不定期となりがちなので、事前の営業確認の上、訪問してほしい
火山は何千年、何万年をかけて新しい地形を造り、たくさんの雨をその身に受け、スカスカの土に水を蓄えて緑を育んできた。そして、各地に魅力的な景観を生み出し、温泉という恵みを人々に与えてきた。
湯量豊富な温泉が湧き、涼しげな高原に囲まれ、蕎麦や地酒などのうまいものが数多くある御嶽山一帯の自然や歴史風土もまた、火山活動とともに生まれ、育まれてきたものなのだ。火山は恐ろしい存在であると同時に、実に多くの恵みを私たちに与えてくれる。
引き続き気象庁から発表される「噴火警戒レベル」や地元自治体等が行う立入規制等に従い、登山時にはヘルメットを持参するなどの安全対策は必要だ。また、コロナウイルス感染拡大の予防に伴う山小屋情報なども事前に確認すること。
御嶽山の登山については留意すべき点がある状態ではあるが、監視体制が確立され、山頂に立つ3棟のシェルターに90人の収容が可能な御嶽山は、火山のダイナミクスを体験するには好適な山だといえる。
2014年の噴火後、御嶽山山頂に設置されたシェルター。有事の際の安全を確保するため、御嶽山には、様々な工夫が施されている
2014年の噴火後、登山道は再整備され、天気に恵まれさえすれば、初級者でもそう苦労することなく往復できるだろう。御嶽山の代名詞ともいえるコマクサも、三ノ池や継子岳あたりではまだまだ健在だ。何より、北アルプスに含まれる山とはいえ独立峰的な存在のため、山頂からの展望は3,000m峰随一と言っていい。
黒沢口コースを登る小学生たち
山を下ればあちこちに温泉が湧き、日帰り登山者は山麓での宿泊をスケジュールに入れなかったことをきっと後悔するだろう。
御嶽山のふもとにあるやまゆり荘の露天。火山は人を癒す力も持ち合わせている
ヘルメットを持参するなど自分なりの安心材料を確保し、安全登山で火山を楽しんでほしい。御嶽山のような高峰では、朝晩や天気悪化時には都市部の真冬並の寒さになることも忘れずに。最後に、蛇足となってしまうが、御嶽山を登る際は犠牲者・行方不明者の方に対して哀悼の気持ちを忘れずにいたいものだ。
※参考/御嶽山火山研究施設HP・気象庁HP・関係市町村資料
※この記事の内容は、2020年6月公開時点のものです。
監修者プロフィール
田ノ上和志(たのうえかずし)
名古屋大学 大学院環境研究学科附属地震火山研究センター 御嶽山火山研究施設研究協力員。2017年(平成29)4月、長野県より名古屋大学へ派遣され、火山研究施設職員として御岳山麓でその火山活動を追う。自身のパソコンのスタート画面は気象庁の火山情報ページ。