さすらいのアウトドアライター、ユーコンカワイさんが、その独特の視点と語り口で、岐阜から登る北アルプス=裏北アルプスの魅力を紹介するシリーズ「裏北アルプス旅行記」。本記事では、最も登りやすい3,000m級峰、乗鞍岳の山・街・人の魅力をご紹介します。バスと徒歩で気軽に登ったあとは、奥飛騨温泉へ。旅館「故郷」の女将、中野梓さんのオススメする地元のお店も必見です。
【特集】ユーコンカワイの裏北アルプス旅行記 #02/特集記事一覧はこちら
2020.07.28
ユーコンカワイ
アウトドアライター&グラフィックデザイナー
例えばあなたが野球を始めたばかりの高校球児だったとしよう。もちろん目指すは「甲子園の舞台」で試合をすることだ。しかしそこにたどり着くためには大変な努力と時間が必要になる。基本的な体力を身につけ、様々な技術と知識を吸収し、それに見合った道具なども揃えていかねばならないだろう。
しかしである! まだ経験の浅い段階で「え? 甲子園行きたいって? いいよ! とりあえず試合してきなよ!」って言われたらどうだろうか? なんとそんなことができる場所がある。そのステージの名は「乗鞍岳(のりくらだけ)」である。
登山初心者にとって「3,000m峰での登山」は、ある意味高校球児にとっての甲子園。いつかは行ってみたいと願う憧れのステージだ。本来なら低山から徐々にステップアップし、体力と自信がついた段階で挑むべき領域。しかしその憧れの世界に、登山初心者でも気軽に挑むことが許される山が「乗鞍岳」だ。飛騨・高山エリアから山容を望むことができ、地元の人からも長く親しまれている山である。
乗鞍岳は23の峰の総称で、最高点である剣ヶ峰の標高は3,026m。北アルプスの最南端に位置する、日本百名山の一つだ。
麓にある「ほうのき平スキー場」の駐車場からシャトルバスに乗り、登山の起点となる畳平(2,702m)まで一気に乗鞍スカイラインを上がっていく。そこから山頂の剣ヶ峰までは距離も短く、初心者でも歩きやすいことから「日本で最も登りやすい3,000m超級の山」と称されることもある。そう、そこはまさに誰でも気軽に行ける甲子園なのである。
注:令和2年7月豪雨災害のため、乗鞍スカイラインは通行止めとなっています。最新の状況については、公式HPをご確認ください。
麓の駐車場からバスに揺られること約1時間。日本一標高が高いバスターミナル「畳平」に降り立つと、高山独特の空気感に包まれる。
何の苦労もしていないにもかかわらず、そこは既に雲の上の世界。いきなり絶景があなたを迎えてくれ、高山が初めての人はそれだけでその美しい世界観に圧倒されることだろう。綺麗なトイレもあり、売店もあるので、まずはここで高度順応がてらゆっくりと準備をしよう。
畳平から、剣ヶ峰への起点となる「肩ノ小屋」まではおよそ30分。案内看板も豊富で、道は広く綺麗に整備されているため迷うことはない。肩ノ小屋までは歩きやすい平坦な道が続くので、ウォーミングアップには最適な区間だ。
美しい池を横目に眺めながら、要所要所で高山植物を見ることもできる。もう何というか「THE メルヘン」を絵に描いたような素敵な時間を堪能できることだろう。
肩ノ小屋は宿泊・食事もできる山小屋で、ベンチやテーブルもあってちょうどいい休憩地点となる。チップ制のトイレも使用可能で、ここで一旦息を整えるといいだろう。
ここから山頂の剣ヶ峰まではおよそ1時間。肩ノ小屋からはいよいよ「登山道」って感じのゴロゴロとした道となり、所々急登の箇所も出てくる。
気軽に登れる山ではあるが、滑りやすいザレた足場(岩屑がこまかく小石や砂を敷いたような場所)なので転ばないように気をつけながら登りたい。かと言ってこれといった難所もなく、登ってる最中は常に360度の絶景が楽しめる。そこはまさに「天空の散歩道」といった趣で、3,000m級の登山が初めての人は、一気にその世界の虜になること間違いなしだ。
やがて天に浮かぶ池と言っても過言ではない、神秘的な「権現池」が登場。
その先にある小さな売店を越えた先に、いよいよ剣ヶ峰山頂の標識がお出ましだ。決して広くはない山頂に立つと、乗鞍岳の峰々はもちろん、北アルプスや御嶽山、白山、中央アルプスの絶景、そして南アルプスや八ヶ岳の峰々。運が良ければ遠く富士山までまで眺められるというワンダフルワールドが広がっているのだ。
そう、そこはまさに高校球児が憧れ続ける甲子園からの眺め。登山初心者にとって、生涯忘れられない絶景体験となること間違いなし。この山からの眺めをきっかけに、その後登山にハマって行く人が続出するのも納得の大絶景なのである。
山頂には、なんと神社もある。「乗鞍本宮中之社」には神主さんもおり、御朱印をいただけたり、お守りなどを購入することができる。(今年はコロナウイルスの影響があるため、事前に確認しよう)。
下山はザレた足場で足を滑らさないよう注意しながら、ゆっくり元来た道を戻っていく。余裕があれば、富士見岳や大黒岳などに寄りながら帰ってもいいだろう。ただしバスの時間があるので、時間に余裕を持って行動するように心がけたい。
下山後、すぐに温泉に入りたいよーって場合は、ほうのき平スキー場の駐車場にある「宿儺(すくな)の湯 ジョイフル朴の木」が良い。そこならバスを降りて直行で入ることができる。
東に車で10分ほど足を伸ばせば、裏北アルプスの登山者御用達の「平湯温泉 ひらゆの森」があり、森林浴とお食事も兼ねてのんびりと登山の疲れを癒すことができる。
時間に余裕がある人は、そこからさらに北上して奥飛騨温泉郷の名湯へとアクセスしてみよう。奥飛騨温泉郷はその豊富な湯量から、日本一露天風呂が多いと言われているので、上記の温泉で汗を流すといいだろう。
そしてツウな人向けの温泉としては「荒城温泉 恵比須之湯」がある。高山に行く途中、大きく北に寄り道したところにある秘湯だ。
源泉掛け流しの茶褐色の湯で、日本有数の遊離炭酸温泉。日本の温泉法による炭酸泉の定義が「お湯1ℓ当たりの炭酸ガス濃度が250ppm以上」と言われる中で、ここの湯は「1,158ppm」という驚異的な数値を叩き出している。
これほど高濃度の炭酸泉は日本ではそうそうない。シュワシュワの気泡が体にまとわりつき、まるでシャンパンの中に浸かっているかのようなバブリー気分を味わえる。
それによって血行が促進され、体の芯から温まって湯上り後も体がポカポカ温かい。貴重な炭酸泉、旅の思い出にチャレンジしてみるのも面白いだろう。
乗鞍の自然をよりディープに感じるなら、やはり麓にある「五色ヶ原の森」は外せない。ここには約3,000ヘクタールに及ぶ広大な森が広がっており、貴重な植生が守られていて神秘的な場所として知られている。
森の中には雄大な滝や渓流、池、湿原が点在しており、自然に詳しいガイドさんが丁寧に案内してくれる。(事前予約とツアー料金が必要。5月中旬から10月末まで)。
乗鞍岳登山とセットで行けば、より深く乗鞍の自然を体感することができるだろう。
そして自然を堪能した後は、日本の小京都「高山」にぜひ足を伸ばして欲しい。高山は言わずと知れた観光地で、古い街並みを散策してプラプラ歩くだけでも気分が良い場所だ。
各所で朝市も行われており、おばちゃんたちの飛騨方言を楽しみながら、新鮮な野菜、お漬物、味噌、民芸品などを購入できるのが楽しい。こういった現地での人との触れ合いこそ、「旅」をより豊かなものにしてくれるだろう。
乗鞍岳登山、五色ヶ原の森トレッキング、高山市街散策でしっかり腹を空かせたあとは、もちろん豊富なグルメたちがあなたが来るのをを今か今かと待ち受けている。飛騨牛や朴葉味噌料理、高山ラーメンなどの極上グルメをガッツリ食って、幸せの総仕上げをしてやるといいだろう。
乗鞍岳の北部、奥飛騨温泉郷の中に「静寂に包まれた秘湯」として知られる「福地(ふくじ)温泉」がある。そこはどこか懐かしくて、時間の流れも緩やかに感じられる場所。それでいて四季折々の光景が美しく(派手じゃなくしっとりとした美しさだ)、なんだか日本昔話の世界観の中に入り込んだかのような感覚に陥る人も多いだろう。
その中でも多くのリピーターに愛されているのが、温泉旅館「故郷(ふるさと)」だ。中に入ると、思わず「おお」と感嘆の言葉が漏れてしまうほどの立派な飛騨様式の古民家空間が出迎えてくれる。それでいて、その名の通り故郷に帰って来たかのような感覚になるアットホームな対応が心地いい。
その宿の女将として、4年前から宿を切り盛りするのが中野 梓さん。辞書で「素敵な人」って調べたら、そこに「例」として載ってるんじゃなかろうかと思ってしまうほどの素敵な方で、お話も楽しくフレンドリー。女将さんと接していると、お客さんはいつの間にか「家族」になった気分になってきて、帰る頃には思わず「行って来まーす」と言ってしまいそうになるはずだ。
今回はそんなフレンドリー女将の中野梓さんに、地元の人ならではのおすすめ情報を伺った。
−この地域のどんなところが好きですか?
中野:人が優しいところですね。都会ではありえない温かさがあって、全然知らない人でも話しかけてくれるし、子供とかも地域のみんなで見守って育ててるような風習もあって、古き良き日本の良いところが溢れてるんです。それでいて山もいいし、温泉もいいし、水も美味しい! 福地温泉は、この辺の他の温泉地と比べて一番静かで景観も統一感あって大好きです。
−個人的に好きな場所はどこですか?
中野:やっぱり「福地山」ですね。
もう最高ですよ! 仕事の合間に行って帰ってくるんですが、山頂から北アルプスが一望できるのは本当に贅沢です。さらにこっちに来てから好きになったんですが、実は登山口から第一休憩所までの間は結構「化石」が採れるんですよ! そこらは地層的には鍾乳洞と一緒らしく、普通に三葉虫とか採れてめちゃ楽しいです。第一休憩所からは焼岳の姿がドンと見えるんで、山頂まで行かなくても化石と焼岳の眺めで割と十分楽しめたりしますよ。めちゃめちゃオススメです!
−地元の人行きつけのおすすめグルメはありますか?
中野:福地温泉郷の中にある居酒屋「多羅乃木(たらのき)」さんはよく行きますね。
奥飛騨温泉郷の中で居酒屋さんらしい居酒屋ってここだけで、どれ食べてもめっちゃ美味しくて、地元の人と旅館の従業員さんがよく利用してますね。お客さんでも好きな方だと、宿で軽く食べてからそこにハシゴされる方もいますよ。だし巻き卵は大きくてフワッフワで美味しくて、春は山菜の天ぷら、秋はコケ汁(きのこ汁)が最高!
そして締めに食べる「ざる中華」がほんと美味しいんです! 雰囲気も田舎の昔ながらの居酒屋さんって感じで、ほんと落ち着くんですよ〜。
−山旅で来る人に一言!
中野:飛騨の大自然を、肌で感じていって欲しいと思います。私があれこれ説明するより、来てもらって体感してもらうのが一番! (笑)静かな森の中で遮るものがないから、鳥のさえずりとか、自然の音がすごくたくさん聞こえて来てとても贅沢なんです。そういう時間をぜひ味わってください!
裏北アルプス、そして3,000m級の高山登山初心者の人に、まずは一度体験してみて欲しい「乗鞍コース」。自然を深く感じたい方は、乗鞍岳登山ー五色ヶ原の森トレッキング。いいとこ取りで旅を楽しみたい方は、乗鞍岳登山ー高山観光。温泉と絡めて静かな時間を味わいたい人は、乗鞍岳登山ー奥飛騨温泉郷。旅のバリエーションは豊富で、その人の体力や価値観に沿った計画が立てられるのが魅力のエリア。3、4日滞在して、贅沢に全て回っても良いだろう。ここは滞在すればするほど、あなたに深い癒しを与えてくれるはずだ。
夏は美しい新緑の山と高山植物、秋は紅葉と、常に絶景の山旅が楽しめる。来るたびに色んな顔を見せてくれるので、一度来たらファンになること間違いなし。ぜひ、気軽な感じで、のらりくらりと乗鞍の旅を楽しんでみてください!
原稿・撮影:ユーコンカワイ
コメント:中野 梓
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