さすらいのアウトドアライター、ユーコンカワイさんが、その独特の視点と語り口で、岐阜から登る北アルプス=裏北アルプスの魅力を紹介するシリーズ「裏北アルプス旅行記」。本記事では、西穂高岳近辺の山・街・人の魅力をご紹介します。岩の険しい道を乗り越えた先にある絶景と、 あの有名アニメ映画の舞台となった歴史的な街、飛騨古川を堪能しましょう!
【連載】ユーコンカワイの裏北アルプス旅行記 #04/特集記事一覧はこちら
2020.07.14
ユーコンカワイ
アウトドアライター&グラフィックデザイナー
ここまで、ファミリー向けの「三方岩岳」、ビギナー向けの「乗鞍岳」、一般登山の「御嶽山」と、徐々に段階を経て山の紹介をしてきた。そこまでクリアしてれば、あなたはもうすっかり「裏北アルプスツウ」である。
しかし脱登山初心者、そして真の「裏北ツウ」を目指す時、避けては通れない最後の岩の殿堂がある。そう、その山の名は「西穂高岳(2,909m)」。ついに憧れの「穂高」の名を冠したラスボスのご登場なのである。
今までの3山は正確には北アルプスではなく、どっちかというと北アルプスを眺めるための山だった。しかし西穂高岳は、まさにその北アルプス真っ只中にあり、飛騨側の門番的存在だ。
でも「難関だ」とは言いつつ、実はこの山、初心者は初心者なりにしっかり楽しめる設定が可能。僕もいきなり「西穂高岳山頂を目指そう!」なんて無茶なことは言わない。なのでラスボスとか言われて怖がらないで…一旦落ち着いて最後まで話を聞いて欲しい。
まずなんと言ってもその魅力の一つは、麓から「新穂高ロープウェイ」でシュッと2,156mの世界までひとっ飛びできるってこと。
樹林帯のハイクアップなどという、しんどくてめんどくさい部分は全省きで、一気に高所からスタートをすることができる。これは非常に楽チンだ。
そして、ロープウェイ西穂高口駅の展望台からは、四季を通して素晴らしい絶景を眺めることができる。その眺めは「ミシュラン・グリーンガイド・ジャパン」で二つ星を獲得するほどの絶景で、正直「旅」がメインの人は登山せずにその景色だけ見るのも全然アリだろう。
そして二つ目の魅力として、西穂高岳山頂まで行かなくても、楽しい岩場歩きと超絶景が楽しめてしまうという点。「岩場歩きがどんな感じだろう?」「北アルプスの岩稜帯ってどんな雰囲気なんだろう?」「そこからは一体どんな景色が広がってるんだろう?」そんな あなたのために、ここには「西穂独標(にしほどっぴょう・標高2,701m)」という素敵なファーストステージがあるのだ。
山は無理して山頂まで行かなきゃいけないっていう世界じゃない。心が充足すれば、それが登山道の途中だって立派な山頂だ。正直西穂高岳はもちろん、西穂独標すら行かずに、手前の西穂山荘まで行くだけでも十分に楽しめる要素がある。
とりあえず、この西穂独標はまだ岩場歩きに慣れてない人にはちょうどいい腕試しコース。肩肘張らずに岩場歩きを堪能でき、それでいて見事な絶景も楽しめる。決して無理はせず、自分の体力・技量に応じてチャレンジしてみよう!
麓の新穂高温泉には多くの登山者向けの駐車場があり、新穂高ロープウェイ乗り場には路線バスも停まる。
新穂高ロープウェイは日本で唯一の2階建てゴンドラで、約20分ほどの空中散歩が楽しめる。10月あたりにもなれば眼下には超絶的な紅葉の世界が広がっており、それだけでも一見の価値ありだ。
やがて終点の「西穂高口駅(2,156m)」に到着。まずは高度順応も兼ねて、慌てずコーヒーでも買って展望テラスへと足を運ぶといいだろう。そこには見渡す限りに北アルプスの絶景が広がっており、否が応でも高揚感が高まってくるはずだ。
そこで入念なストレッチをしたら出発。まずは登山の起点となる「西穂山荘(2,367m)」を目指す。
西穂高口駅から西穂山荘まではおよそ1時間30分。歩きやすい樹林帯の道で、要所要所で高山植物にも出会うことができる。
この1時間30分がウォーミングアップになり、山荘に着く頃にはいい感じで体が仕上がっているはずだ。そして西穂山荘に着いたらしばしの休憩。
山荘では食事もできるし、飲料の調達も可能で、チップ制のトイレもある。ここの名物である「西穂らーめん」は登山者からの人気も高く、醤油味とみそ味の二つの本格的な味が楽しめる。
西穂独標を目指さずに、ここにラーメンを食いに来ることを目的に歩いてくる人も少なくない。小屋で宿泊したり、テント場で優雅な宴会って流れも良いだろう。なんせロープウェイで重い荷物は一気に上げれるから、豪華な食材を持って来ることができ、楽しい夜が過ごせるのだ。そこから先を目指す人はしっかりとここで英気を養い、もう一度入念にストレッチをしたら、いよいよ西穂独標に向けて出発だ。
西穂山荘から西穂独標までの所要時間はおよそ1時間30分。山荘を出てしばらく歩き、森林限界を超えると穂高主稜線が目に飛び込んで来て興奮度と緊張感が高まる。その一方で足元に目をやれば、ここも高山植物が豊富で心はどこか晴れやかだ。
やがて「丸山(2,452m)」という山頂に到達する。ここはここで素晴らしい景色が楽しめ、特に笠ヶ岳の眺めが見事だ。
ここでも十分な満足感が得られるので、岩場歩きに慣れてない人はここをゴールにしても良いだろう。ここから先はある程度岩場歩きとなるので、ヘルメットを装着して挑みたい。ヘルメットをしないと、前の人が発生させた落石などで大怪我につながるから、必ず装着するようにしよう。
丸山からは広い尾根をジグザグに進み、やがて尾根が狭くなると飛騨側に回り込んでいよいよ岩稜帯に突入する。慎重に歩けばさほど危険な箇所はなく、両サイドの絶景を眺めながら気持ちの良い岩場歩きが可能だ。
やがて西穂独標直下に差し掛かると、いよいよ最後の難関だ。ここの登りは手も使って登ることになり、高度感もあってなかなかのスリルを味わえる。
ペンキの誘導に従って、しっかり三点支持(四肢のうち常に三肢で体を支えること)を意識しながら登ろう。それだけ意識すればよっぽど大丈夫だが、もし怖いと思ったら、絶対に無理はせずに引き返すことも考えよう。
そしてその最後の難関を登り切ると、目の前に絶景が飛び込んで来る。そこが目指す西穂独標の山頂だ。眼前には大迫力で迫りくるピラミッドピークや西穂高岳の眺め、そして前穂高岳、奥穂高岳、笠ヶ岳の眺望も見事。決して広くはない山頂だが、人が少なければじっくりと景色を堪能したい天空の展望台である。
ここから先の西穂高岳山頂への道のりは、さらに高度感のある危険な岩のルートとなってくる。そこは上級者のみに許された世界になってくるので、経験値が少ない人や、体力に自信がない人は絶対に行かないようにして欲しい。
下山後にすぐに温泉に入れるのも 魅力の一つ。登山者用の駐車場の近くの吊り橋を渡ると、そこにあるのが「深山荘」だ。
ここはなんと言っても、大自然に囲まれた川沿いの源泉掛け流しの露天風呂が有名だ。
湯船で体を温め、川の水で一気に引き締める…なんてことを繰り返したら血行が良くなって超絶的な「整い効果」がある。登山の疲れも一発で吹き飛んでいってしまうだろう。
また、車で少し南下したところにある「新穂高の湯」も、ワイルドな川沿いの露天風呂だ。
混浴だが水着の着用も可なので、旅の思い出にぜひ体験してみると良いだろう。
奥飛騨温泉郷(平湯温泉・福地温泉・新平湯温泉・栃尾温泉・新穂高温泉)には通常の日帰り温泉も多数あるので、行く度にいろんな温泉を楽しんでみるのも一興だ。そのまま飛騨古川方面に行くのなら、「Mプラザ流葉温泉 ニュートリノ」や「割石温泉」、飛騨古川の街の近くには「宇津江四十八滝温泉しぶきの湯 遊湯館」や「ぬく森の湯 すぱ〜ふる」などがあり、温泉には困らない。
山間部は前述の通り、「新穂高ロープウェイ」と「奥飛騨温泉郷」が観光の拠点となる。そこから街の方に行くとすると、「飛騨古川」方面がアツいだろう。映画「君の名は。」の舞台となった場所ともいわれており、素朴かつ日本の原風景的な情景と優しさがあふれるエリアだ。
まず途中に「レールマウンテンバイク ガッタンゴー!!」という面白いアクティビティがある。ここでは廃線になった鉄道のレールの上を、レールマウンテンバイクで爽快に走り抜けることができるのだ。
それはもう、ひと目見れば「どう考えても楽しいに決まってる!」っていうワクワク感たっぷりのアクティビティ。まちなかコースと渓谷コースがあり、他では味わえない体験をファミリーやカップルで楽しめるだろう。
そして飛騨古川の街では、旅情をくすぐりまくる「瀬戸川と白壁土蔵街」の散策が楽しめる。
瀬戸川を泳ぐ大量の鯉にエサをあげつつ、酒蔵やカフェ巡りなどを楽しむと良いだろう。また、白壁土蔵街近くには薬草にフォーカスした「ひだ森のめぐみ」という施設がある。
飛騨古川の街周辺の野山は「薬箱」って言われるくらい薬草が豊富で、なんと245種類以上もの薬草が自生していると言われている。ここではそれらの中から厳選された薬草商品の販売、展示、薬草茶の試飲などが楽しめる。また薬草で七味やコケ玉を作ったり、葛の花で丸薬を作るなどのワークショップも常時体験することができ、気軽に薬草の魅力に触れることができるのだ。
古くから飛騨古川の人々の生活と共にあった薬草文化。ツウな山旅派としては、絶対に触れてみてほしい世界である。
飛騨市ではその貴重な薬草文化を持続可能なものとし、同時に地域の人の健康も守って行こうという動きが盛んだ。近年ではその魅力を広く外に向けて発信もしており、健康志向の高い都心の人からも注目されている。
その中で、市の期待を背負って地域おこし協力隊になったのが岡本 文さん。岡本さんはワークショップの開催や薬草商品のプロデュースなど、飛騨の薬草文化の総合的なPR活動をしている。今まではどちらかといえば地味な印象のあった薬草を若い人でも親しめるようリブランディングし、一方で地域の人たちの健康増進にも取り組んでいる。自然環境や薬草、そして地域の人ともディープに関わっている岡本さんに、飛騨古川周辺の魅力を伺ってみた。
−この地域のどんなところが好きですか?
岡本:とにかく人が優しくて温かいって部分ですね。私が何か活動をしていても、快く力を貸してくださるし応援もしてくれます。かつてこの地方は辺鄙な場所だったので、外から来てくれた人たちを歓迎する文化が残ってるんですね。
観光で来た人に「飛騨古川に来て何が印象に残った?」と聞いたら、自然や物とかではなく「あそこのおばちゃん」とか「旅館の女将さん」とか言うので、やはりメインは「人」なんですよね。ここに来た人は「人の思い出を持って帰れる」のが良いですね。
−個人的に好きな場所はどこですか?
岡本:基本的には作られたものじゃなく、自然の中にこそ落ち着ける場所がありますね。例えば宮川町にある「池ヶ原湿原」は水芭蕉が綺麗な場所なんですが、鳥がすごく鳴いてて、川には大きなイワナが泳いでいたり、遊歩道も整備されててのんびりと癒されます。
あと個人的には「天生(あもう)県立自然公園」ですね。
入る時に500円の協力金は必要なんですが、道の整備が本当に綺麗に計算されててすごく素敵な場所なんです。とにかく道も自然もいろんな人の努力で守られていて、そのおかげでその美しい森を堪能することができるんですね。夏の緑も良いですが、やはり秋の紅葉がオススメです。こんなにパーフェクトなとこある?ってくらい良い場所ですよ(笑)。
−地元の人行きつけのおすすめグルメはありますか?
岡本:飛騨牛とか薦豆腐(こもどうふ)とかも好きですが、個人的にはもっと気軽な「漬物ステーキ」ですね。
漬物ステーキは、基本的に漬物を炒めて鰹節を入れて卵をかけたものなんですが、各家庭によって味も入れる野菜も変わるんです。漬物は時間と共に酸っぱくなってしまうけど、こうして食べると漬物が甘くなって美味しく食べれるんですね。お土産もので売ってるわけじゃないんで、ぜひこの土地に来て、その場で味わって欲しいソウルフードです。
−山旅で来る人に一言!
岡本:「山の恵みをたっぷりと味わいに来てください!」ですね。
飛騨は水も美味しいし、風も気持ちいいし、緑も濃くて花も綺麗で、そして人が優しい。ここは自然も人も含めて、基本的なものの良さを再認識できる場所です。飛騨の山の恵みに触れると心も体も綺麗になって「本来の自分に還れる」と思います。山の自然環境とともに、ぜひ人の豊かさにも触れて行ってくださいね。
西穂独標でスリルと絶景を堪能し、温泉で疲れを癒し、ガッタンゴーで爽快に笑い、飛騨古川の町の散策や薬草体験で文化と風土に触れる。そしてそれにまつわる飛騨の人々との交流を通してあなたの旅は「本質」に近づき、やがて心身ともにリフレッシュする。それはまさに「デトックスフルコース」と言ってもいいほどの、深く豊かな山旅となるだろう。
このコースは大袈裟ではなく、あなた自身の生き方や幸せの視点を考えさせられるものになるかもしれない。そんな魅力がこのエリアには詰まっている。
「ちょっと都会の暮らしに疲れちゃったな….」
「ガツンとした刺激と深い癒しがほしいなぁ…」
そんな人にはもってこいの贅沢コース。長く滞在すればするほど深く潜れるエリアだ。ぜひじっくり、もしくは何度もこの場所に足を運んで、西穂高の山旅を堪能して欲しいと思う。
原稿・撮影:ユーコンカワイ
コメント:岡本 文
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