荷物をできるだけコンパクトに美しくパッキングする技は、快適な登山に欠かすことのできないスキルです。でも…「いざ山頂についてバーナーを出したいと思ってもなかなか見つけられない」「下山後の温泉で、着替えを出すためにザックをひっくり返して探す羽目に…」そんな経験をした方も多いのではないでしょうか? 今回の「低山トラベラー大内征の旅する道具偏愛論」は、そんな整理整頓のお悩みをたちどころに解消してくれる「スタッフバッグ」の活用法について。こだわるほどにザックの中身が美しくなっていくその快感をディープに力説いたします。今回もめくるめく道具偏愛の世界にしばしお付き合いください。
低山トラベラー大内征の旅する道具偏愛論 #04/連載一覧はこちら
2021.02.03
大内 征
低山トラベラー/山旅文筆家
前回の「カップの考察」から、気がつけば3ヶ月も経ってしまった。その間に、年も明けた。会う人会う人に「あの連載はどうなった」と牛歩のごとき更新頻度にお叱りと励ましの言葉をいただいたし、ときには「あれ読んでこれ買ってしまったじゃないか」的な嬉しそうなメッセージが届くこともあった。ふふふ、みんなも偏愛なんだと、ついニヤニヤしてしまう。
楽しみにしてくれている人が少なからずいるのだし、そろそろ続編を書かなければと、気持ちを高める新年1月。今年は丑年だけど筆まで牛歩にならないよう、偏愛論を再開しようと思う。というわけで、道具偏愛論者のみなさん、あけましておめでとう。今年もますます偏愛路線でいきますので、どうぞよろしくお願いいたします。 (更新はたぶん2月ですが)
さてさて、テーマはとっくに決めているのだ。今回は「袋」に関する考察でいく。
袋、つまりバッグとかサックの類。登山道具においては「スタッフバッグ」とか「スタッフサック」と呼ばれるアイテムだ。スタッフとは“物”のことだから、要は「物を入れる袋」を意味する。これを使いこなせればパッキングはもちろん山旅そのものがワンランク、いやそれ以上に向上すること間違いなしだ。
山に行くとき、みなさんのザックにはどんな物がどれだけ入っているだろうか。たとえば日帰りの低山ハイクの場合、重ね着するミドルレイヤーやアウター、温泉後の着替えの衣類、雨具、調理道具、食材、ボトルや飲料、行動食、カメラやバッテリーなどのデジタルガジェット、ヘッデンやナイフやコンパスなどのツール、ファーストエイドキット、寒い冬なら手袋やネックウォーマー、地図やガイドブック等の資料、財布とスマートフォンなどなど、ざっと挙げただけでもこれだけの装備が出てくる。細かくリストアップすれば、もちろんこれだけではない。
テント泊の場合はテント・寝袋・マット、山小屋泊の場合なら携行用シーツやマイピローもある。小屋の寝具にかけるカバーの類は自前のものを持つというのが、ウィズコロナの山旅マナーのひとつになりつつあることは、みなさんもご存じの通り。そうだ、お酒を忘れてはならない。ビールを持参するならドライアイスを入れた携帯用のクーラーバッグも欲しいし、ウイスキーや焼酎ならスキットルが気分だろう。日本酒なら熱燗用のちろりも……。おっと、また酒の話になってしまった。
つまり、これだけの物をどうやってパッキングするか、それが問題になってくるわけだ。で、そんな時に欠かせないのが「スタッフバッグ」なのである。これがあればザックの中はたちどころに整理され、物の出し入れが格段にしやすくなり、快適な山旅を楽しむことができる。はずだ。
特に収納が苦手な人は、ザックの底から物を漁ったり、一度全部出してから探すといった経験があるのではないだろうか。スタッフバッグをうまく使いこなせば、そんなことは劇的に減るかもしれないから、ここで離脱せず、ぜひ最後までお付き合いいただきたい。
たかが袋でしょ、別にスーパーのビニール袋でいいじゃん。という人もいることだろう。いまや有料となったあのレジ袋は貴重になった。濡れた衣類に登山靴にゴミにと、汚れを気にすることがないから使いでがある。しかしながら、登山用のスタッフバッグは、ちょっとした工夫やアレンジを加えることによって、レジ袋にはできないことを実現してくれるのだ。使い方次第、なのである。
そこで、実際にぼくが日ごろから使っているものを実例に、偏愛の道具考察をしていきたい。真似して欲しいということではないけれど、ぼくなりの“知恵袋”から絞り出す偏愛論が、なにかのヒントになれば嬉しく思う。
スタッフバッグと聞いて思い浮かべるもののひとつが、こうした長方形のボックス型の袋だろう。ハイカーにはお馴染、グラナイトギアの「エアジップサック」というもので、ぼくも長いこと偏愛している。箱のような形状をしていてジップで開閉するため、衣類の収納にぴったりだ。
サイズごとに色と大きさが異なるのが特長で、向かって左からグレープ(12L)、レモンライム(9L)、オレンジ(5L)となっている。だから、色別に収納アイテムを決めておけば、ザックの口を開いただけですぐに取り出すことができてよい。
ぼくの場合は、オレンジ(5L)には手ぬぐいや三角巾、予備のタオルといった布類や、部屋着などを入れていくことが多い。レモンライム(9L)には温泉セット、グレープ(12L)には温泉後の着替えと決めている。ようやく到着した温泉を目の前にして、あれはどこいったと探している時間はますます疲れる。あらかじめ色で使い分けておけば、そうなることはない。
あくまでイメージだけれど、ザックにパッキングするとこんな感じ。ボックス型は詰み重ねてパッキングするのに向いていて、色で使い分けていれば探しものの見つけやすさは一目瞭然だ。ちなみに、このザックは愛用しているミステリーランチの「クーリー40」。こんな風にフロントジップでフルオープンにできるので、底にあるものも取り出しやすい。パッキングが苦手な人には嬉しい機能だろう。
※スタッフバッグの活用術は、YAMAP STOREのこの記事も参考になりますよ!
そうそう、このエアジップサックの素材は30Dシルナイロンコーデュラ。丈夫な生地だが完全防水ではないので、その点は注意しよう。
ちなみに、エアジップサックをはじめとした「エアラインシリーズ」の商品は、片面が商品説明、もう一方の面がメッシュ&ジッパーでできたスタッシュバッグに入っている。実はこれ、小さいながらなかなか丈夫で使える袋なので、単なるパッケージだと思って捨てないようにしよう。ぼくは常備薬の仕分けなどに使ったりしている。
こうして500mlのペットボトルと比べてみても、携行しやすいサイズなのが伝わるだろう。ぼくは頻繁に着脱するアウターを小さく丸めて収納している。向かって左のグリーンは、グラナイトギアのエアラインシリーズのひとつ「エアバッグ」で、サイズは2Lのもの。向かって右のレッドは、ノースフェイスの「パーテックススタッフバッグ」で、サイズは同じく2Lである。どちらも同じ容量ながら、素材と形は微妙に異なる。
ふだんレッドには、1年を通して常用してる化繊のフーディを丸めて収納。肌寒くなったらザックから取り出して羽織るのだ。この大きさなら仕事で使ってるバッグにも入るし、最も重宝しているサイズのひとつと言える。
ちなみに、このフーディはアークテリクスのAtom SL Hoody。ぼくはとにかく暑がりで汗っかきなので、登山の行動中に使うなら薄手のものを重ね着して調節するのが好み。Atom AR HoodyとAtom LT Hoodyという同社定番の化繊フーディに比べればSLは最軽量で、その意味で最高に調子がいい。冬山ならこの上からハードシェルやダウンもいけるし、夏の高山でも備えておけば心強い。もちろん雪山などでは、また別の厚手のものを偏愛しているけれど。
このグリーンの小袋は特にお気に入りで、形状が好きなので様々な状況で使い分けている。レインウェアの上着はいつもこれに入れているし、宿泊を伴う山行では「部屋着」の収納用として出番が多い。
たとえばパタゴニアのキャプリーン・クール・デイリー・フーディとテルボンヌ・ジョガーズの組み合わせは最強だ。なにが最強かって、着心地のよさはもちろんだけれど、丸めると非常に小さくなり、おまけに軽いのだから。この2Lの小袋にこれらとソックスまで入るから、山小屋や麓の温泉に泊まるとき、出張時のホテル泊などなど、部屋で着るものを持っていく場合は大いに活躍してくれる。
これは「2気室」が特長の、グラナイトギア「エアペアー」。ふたつの小袋が真ん中で連結している構造になっている。ちょうど冬なので、低山ハイク用に手袋とネックゲイターをSサイズにまとめている状態。手や首回りが冷えはじめたらこれを取り出す。雪山に行く場合は、ウールのベースグローブとバラクラバに入れ替えて、ザックに入れておく。
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とまあ、ここまでいくつかの使い方を紹介してきたけれど、自分の工夫次第で便利に使うことができるのがスタッフバッグのいいところ。十人いれば使い方も十人それぞれになるだろう。
自己流のアレンジや工夫は、ぜひ身近な山仲間と共有してみよう。道具を通じた創意工夫と情報交換、これ、登山を楽しむ秘訣のひとつなり。
ドライサックとは、防水仕様の圧縮袋のこと。ぜひともザックに忍ばせておきたいアイテムの上位だ。というのは、濡れた衣類やタオルなどをザックにしまうのに必要で、その際、他の荷物に干渉しないという利点があるから。もちろんレジ袋でも代用はできるけれど、丈夫な生地でできているから繰り返し使えるし、ロールトップ式なら空気を抜いて圧縮することもできるため、使い道も多様。この特長は、登山において非常に有利に働く。
この8LサイズのSEATOSUMMIT「ウルトラシルドライサック」は、耐水圧2,000mmの防水仕様。グレーの小袋に収納したダウンパンツ、寝袋の中に入れて使っているライナー(山小屋泊のときにはシーツ代わりに使うことも)、それとエアピローの3つを収納してもこのサイズ。行動中に使うことはないものばかりで、かつ、濡らしてはいけないものの集まり。こういうものは小屋に到着するまで出番がないから、ドライサックにまとめて圧縮し、ザックの底に入れておくわけだ。
このウルトラシルは半透明の生地なので、こうして文字やタグなどの特徴ある部分を外側に向けておけば、開封せずとも透けて中身がわかる。これは意外と便利だ。持っておいて何かと損はないだろう。
同じくSEATOSUMMITの「eVac ドライサック」は、耐水圧10,000mmを誇る防水仕様のドライサック。かさばるアウターレイヤーなどをまとめて圧縮しておくときに使ったりしている。レッドは化繊のフーディ、グリーンはレインウェア、ブラックの袋には暖かい化繊のジャケット。これらもそれぞれ小袋に収納しておくことで、取り出しをラクにしている。
すべて詰め込んでぎゅーっと空気を押し出して小さくして、ザックの上部に入れておくのだ。風が強くなってきたぞ、雨が降ってきたね、ちょっと休憩しようか、行動中にぐっと気温が下がってきたからなんか羽織っておきたいな……。そんな時はこのドライサックから状況に合ったアウターを取り出す。もしそのアウターが濡れたとしたら、このドライサックに濡れたものだけを閉じ込めておけばよい。ザックの中はドライに保たれているはずだ。このように「濡れたもの専用」としておくのもよい。
そうそう、ぼくは写真を撮ることが業務のひとつなので、カメラやその周辺機材は頻繁に出し入れする。豪雨に遭遇したときに、このドライサックをザックに入れておいたおかげで、カメラや機材類を無造作にばばっと入れて、スピーディに雨を避けることができた。この袋は常に持っておこう、そう思わせられた出来事だった。
もう長年お世話になっている、SEATOSUMMITのコンプレッションドライサック。素材は防水透湿に優れたeVentということで、テント泊やキャンプ好きな方には寝袋の収納袋としてお馴染だ。
この中には、ぎゅーぎゅーと詰め込んで圧縮した寝袋が入っている。カボチャよりひとまわり大きいくらいのサイズだろうか。それとも白菜とか?
寝袋を中から取り出してベンチに寝かせてみると、こんな感じ。壺からハクション大魔王が飛び出したかのようだ(うんうん頷いた人は同じ世代)。この寝袋はモンベルが世に送り出したマスターピース「UL.スーパースパイラル ダウンハガー 800」。現行モデルでいうと、ダウンハガー800のことだ。ぼくは、一番汎用性が高いであろう#3を長年愛用している。
ガベッジバッグとは、ゴミを持ち帰るための丈夫な袋のこと。特に山では生ゴミや、捨てられない汁などを吸わせた紙など、水気と臭気を伴うゴミが出るものだ。山域によっては携帯トイレが義務付けられているため、使用済みを持ち帰らなければならない。そういう時のために、防水で密閉性の高いドライサックは“あってよかった”アイテムだと言えそうだ。
これはファーストエイド用に買ったEXPEDのものだけれど、使わなくなったため、ゴミ用に代用している。これがまた使い勝手が抜群で。写真のようにレジ袋などを中に入れておき、そのままゴミを入れるだけ。ストラップで開閉する口の部分は密閉性が高く、休憩中はザックなどに括り付けておくと風に飛ばされる心配がない。
ガベッジバッグとして売られている専用のものを入手してもよいし、ひとまずはぼくのように使わなくなったドライサックを代用してもいいだろう。水気も臭気も外に漏れ出さず、無事に自宅まで持って帰ることができるという点、山にゴミを残さない点でも、非常に優れている。
最後に、経験談からもうひとつアイデアを共有したい。
山小屋や避難小屋で赤の他人と相部屋になった時、貴重品をドライサックにぜんぶ入れておくと安心だ。ロールトップ部分でベルトなどに括り付けておけばなお安心。よもや寝ている間に盗んだりする登山者などいないと信じているけれど、見ず知らずの人と同じ部屋になることは不安材料のひとつだという人も、少なからずいる。そんな時のために、この方法を覚えておくとよい。いずれにしても、ザックにひとつ忍ばせておく、というのが前提になるけれど。
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さてさて、久しぶりに道具偏愛を論じた。ぼくとしてはひとつだけでも使えそうなアイデアを持って帰ってもらえれば嬉しいところ。特に、貴重品のくだりは“山小屋相部屋あるある”だから、経験者も多いことと思う。冒頭で登山は「袋」が肝要です、とは言ったものの、山で悲しい目に遭ったばかりに“堪忍袋”を持ち出しては、せっかくの山旅が台無しになってしまう。まずは1ザックに1ドライバッグ、そこからはじめてみてはどうだろうか。
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