日本三大修験道の聖地・英彦山に「鎮守の森」をつくろう|DOMO講演会レポート

世界的な気象変動や災害により、山々をめぐる環境も年々変化しています。そうした状況下、今回紹介したいのが、日本三大修験道の聖地のひとつ、九州北部に位置する「英彦山(ひこさん)」を再生するためのプロジェクト。近年、英彦山では、台風の影響や鹿の食害により、山頂まわりの広葉樹の森が消滅の危機にあります。そこでYAMAPの循環型コミュニティポイント「DOMO(ドーモ)」を活用し、在来種の苗を英彦山に植樹し、鎮守の森をつくるプロジェクトが立ち上がりました。このプロジェクトにご協力いただくのは、森づくりのプロフェッショナルである西野文貴さん(林学博士)。この活動を多くの人に知っていただくために、2021年11月18日、西野さんをゲストにお招きし、オンラインで講演会を開催しました。当日の模様を抜粋のうえ、お届けします。

編集協力/庄司真美(EDIT for FUTURE)

2021.12.03

YAMAP MAGAZINE 編集部

INDEX

(登壇者紹介)

西野文貴氏
林学博士、株式会社グリーンエルム
1987年大分県生まれ。東京農業大学卒業後、同大学院で林学を専攻し博士号を取得。父親が日本における森づくりの第一人者である、横浜国立大学名誉教授である宮脇昭氏のもとで助手をしていたことから、苗木生産会社を設立し森づくりに携わる。その影響から幼少の頃から植物に親しむ。2013年、宮脇氏と細川護煕元首相が設立した「一般財団法人 瓦礫を活かす森の長城プロジェクト(現:公益財団法人 鎮守の森のプロジェクト)」に技術部会員として植生調査から現場での植樹指導を行う。東日本大震災の復興支援として、宮城・岩沼市での10万本以上の植樹プロジェクトをはじめ、これまで数多くの植生調査を経験。日本だけでなく、ヨルダン、インド、フランスなどの海外でも森づくりのプランニングと植物生産を手がけるほか、環境教育にも注力。

春山慶彦
株式会社ヤマップ代表
1980年生まれ、福岡県春日市出身。同志社大学卒業、アラスカ大学中退。ユーラシア旅行社『風の旅人』編集部に勤務後、2010年に福岡へ帰郷。2013年にITやスマートフォンを活用して、日本の自然・風土の豊かさを再発見する”仕組み”をつくりたいと登山アプリYAMAP(ヤマップ)をリリース。アプリは、2021年11月時点で280万ダウンロードを突破。国内最大の登山・アウトドアプラットフォームとなっている。

世界第2位の森林率を誇る日本の森のルーツは鎮守の森にあり?

セミナー冒頭では、YAMAP代表の春山が、同プロジェクトへの思いを語りました。

春山:SDGsが叫ばれ、G20でも温暖化による気候危機が議論されるものの、エコなど発想が引き算の取り組みばかりです。気候危機の改善に関しては、積極的な足し算の発想も大切。その意味で、森づくりは足し算的取り組みだと思っています。気候危機対策として、CO2排出をおさえるため石油をなるべく使わないことも大事ですが、CO2を吸収する森をつくっていくことは、それ以上に大事だと私は思っています。

今回ゲストとして登壇いただく西野さんは、鎮守の森づくりの第一人者として知られる、生態学者の宮脇昭氏に師事し、生態に基づく森の設計ができる希少な専門家。

以前、春山がイベントで知り合ったのを機に西野さんへ「英彦山の鎮守の森づくりの設計」をオファーし、今回、ご協力いただくことになりました。

10月31日〜11月1日にかけてローマで開催されたG20では、世界的な気候変動対策について何の合意も得られないまま閉幕しました。そうした現状下で、今後「植樹」が、課題解決のひとつの鍵になるのでは?という思いがある西野さん。

西野さんによるプレゼンテーションの冒頭で説明されたのは、日本の森林を取り巻く状況について。

国土面積に対する日本の森林率は68.5%で、なんと先進国において世界第2位。ちなみに1位はフィンランド(73.1%)、3位がスウェーデン(68.4%)となっています。

西野:日本の国土の約7割は森林ですが、人工林が63%を占め、自然林は37%ですが、自然林には人の手が入った雑木林も含まれています。なので、植物の種類や構造が安定し、大きく変化しなくなった『極相林』は、日本にはほとんどないのが現状です。

植物の種類や構造が安定した森林「極相林」ができるまでには、非常に長い年月がかかる/作図:西野文貴

極相林の代表例として西野さんが挙げたのは、明治神宮の森をはじめとする、日本各地の寺社仏閣にある鎮守の森でした。

明治神宮の森は、人工的に作られた鎮守の森として有名です。100年構想で森づくりを捉え、在来種の木々を密集させながら植えることで、自然の力で競争と淘汰を促す方法だといいます。

宮脇昭氏により生み出された植樹手法「宮脇方式」の概念/作図:西野文貴

明治神宮のような極相林の状態を、最初から密植・混植させ、自然のメカニズムを活用し競争・共存させながら森づくりを行う。

通常300年かかる森づくりを、約30年に短縮することができる植樹手法「宮脇方式」を考案したのが、宮脇昭氏(横浜国立大学名誉教授、生態学者)です。

「宮脇方式」は自然本来の森に戻すことを目的とし、1970年代から国内外で実施されてきました。

そして今回の英彦山の鎮守の森プロジェクトでも、この宮脇方式が鍵となると西野さんは指摘します。

東日本大震災の津波で生き残った、鎮守の森

森とひと口にいっても、森の役割を正確に理解している人はそう多くないかもしれません。講演では、森が持つ大切な3つの役割「生態」「景観」「防災」について教えていただきました。

まずは「景観」について。マサチューセッツ工科大学による、街の緑を衛生写真で割り出したデータをもとに紹介する西野さん。

西野:都市部で緑があるエリアは、ボストン18.2%、フランクフルト21%、バングーバー25%、神戸9%でした。日本は森林率が高いわりに、都市部に緑が少ない傾向にあり、もっとあってもいいのかなと思います。

紹介された4都市のうち、緑のあるエリアが最も多かったバンクーバー(左)と、逆に最も少なかった神戸(右)の様子/引用元:http://senseable.mit.edu/treepedia

次に、植物が生態系に及ぼす影響について、食物連鎖のピラミッドを引用しながら説明します。

西野:植物は生産者です。植物がないと、食物連鎖の上にいる虫や動物たちが生きていけません。つまり、生態系を守るためにも、まずは植物を維持し、増やすことが大切です。

食物連鎖のピラミッド図。生態系において、植物は非重要な役割を担っている/引用元:https://watarase.or.jp/wild/

そして、森が持つ「防災」の重要性を実感したきっかけとして、東日本大震災後の被災地での調査を振り返ります。

2011年、震災の津波によって、家や建物はおろか、多くの木々が流され、浸水した杉は塩害で枯れていきました。そのような状況下でも残ったのが、寺や神社にある鎮守の森でした。

西野:鎮守の森はもちろん、その周辺の建物も一緒に守られました。鎮守の森は、僕ら人類と生きる時間軸が違う。だからこそ、生き残りました。僕らが生きられる時間は刹那に過ぎません。一方、鎮守の森は何百年と生きる間に、地震や津波、火災といった災害にも耐え抜くことができるよう進化していったのではないかと考えています。

さらに、鎮守の森が持つ防災性について見解を述べる西野さん。

陸前高田市の津波が浸水した地域(ピンク)と、神社の配置を表した地図(古今書院出版「東日本大震災津波詳細地図〈上巻〉青森・岩手・宮城」に加工)

西野:7万本の松林が植えられていたのに、津波によってたった1本しか残らなかったのが、陸前高田市の奇跡の1本松。一方、鎮守の森を含め神社の多くが、津波が届くラインより上にあったため、被害を免れていました。

台風などの土砂災害にも強い鎮守の森

2017年に起きた九州豪雨では、土砂災害により多くの被害が発生しました。豪雨災害の中でも、古くからあった「ふるさとの森」は、津波を耐え抜いた鎮守の森と同じく、土砂崩れでも流されずに残っていました。ふるさとの森とは、その地域に昔から自生している木々によって構成されている森のことです。日本では神社・仏閣の周りにある「鎮守の森」が該当するケースが多いです。

周囲に杉が密植され豪雨の被害を受けた中、流されずに残ったふるさとの森/撮影:西野文貴

西野:杉の密植は経済林としてはいいのですが、杉は根っこが浅いため、土砂崩れの被害を受けたり、土砂崩れを引き起こしやすい。一方、古くからあるふるさとの森の根っこを調べてみると、様々な種類の根っこが絡みあうことで崩れにくくなっています。このことをネット作用と言い、防災の面でいうと、杉の密植よりも、ふるさとの森の方がはるかに強いです。

ふるさとの森の構成種である在来種の木々に多く見られる「ネット作用」。根っこ同士がつながり合い支え合っている様子がわかる/撮影:西野文貴

そしてここでも、鎮守の森がある神社の被害は少なかったといいます。結果、得た確信や仮説について語る西野さん。

西野:やはり鎮守の森がある神社は土砂災害の被害が少なかった。崩れず、人々が崇め祭ることで保たれてきた歴史と生態系が育まれているのだと思います。長崎の原爆投下時も、あらゆるものが吹き飛ばされ、神社のご神木のクスノキも大きな被害を受けました。ですが、現在、被爆したクスノキは復活しています。原子力爆弾は自然界にはないもので、想定外のダメージだったはずなのに復活している。クスノキをはじめ植物や木々には、僕らにはまだ解読できない力を秘めているのではないかと思います。

宮脇方式を踏襲する英彦山の再生プロジェクト

英彦山の鎮守の森づくりについて、具体的な考察が紹介されました。まず行ったのが、英彦山での植生調査。英彦山は標高1,199m。頂上付近は、冷温帯といわれるブナ林だったそうです。しかし、台風の被害を受け、ブナ林はほぼ姿を消してしまいました。

実際の植生調査の様子

さらに森にとって大きなダメージ要因となるのが、鹿による食害。

西野:登山中、足下をみると山の状況がわかります。下草がなくシダ植物が多く見られたら、その山は鹿が多いことの目安です。英彦山の場合、植樹をしても、鹿柵がないとすぐに苗木を鹿に食べられてしまうでしょう。

植生調査に用いられるのは、Braun-Blanquet(1928)が考案した調査方法。この方法により、複雑な森の構成が把握でき、本来存在していた森の様相が見えてきます。現地の森を調査しながら、宮脇氏の日本植生誌や環境省のデータ、植生分布の既存研究や資料と照らし合わせることで森の設計図を書く西野さん。

西野:実際歩いてみると、英彦山の頂上付近は風が強い。そんな場所にいきなり高い木を植えると、台風などで倒れてしまいます。できるかぎり森の遷移に沿うように、台風にも耐えられるような低い木を少しずつ増やしていくといった森づくりがいいと思います。また、植樹する苗は地域の在来種で構成しています。

広がる植樹の動き

同プロジェクトでの植樹では、2〜3年がかりで50〜70cmほどに育った苗を使用。宮脇方式で、1㎡あたり3〜4本植えるスタイルです。

ここからは、第2部として、YAMAP代表の春山とのトークセッション、オンラインセミナー参加者からの質問コーナーの模様を紹介します。

春山:在来種で森をつくる難しさとして、鹿の食害や温暖化といった障壁がありますが、70年代に確立された宮脇式を現在の山で活用する上で、気をつけることはありますか?

西野:現在、50年前よりも平均気温が2度上昇しており、いつもの方法で植樹して成功するかはわかりません。色んな意味で生態学としては未開の時期に入るかもしれません。昔のやり方を一旦やってみて、ダメなら次の策を講じるしかありません。かつて拡大造林のため杉をたくさん植えた結果、花粉症が多発するようになったことも含め、画一的なやり方だとどうしても歪みが生じやすい。今後は、多様性を大事にしながら、その土地にあったやり方を模索すべきだと思います。

春山:鎮守の森は生態学的は特徴もありますが、信仰にも関わっています。

西野:見えないなにかがあると思います。江戸時代の古学者・本居頼長も、「巨樹巨木があるところは災害がない」という見方をしていて、昔の日本人はそこに重要性を見出したからこそ、開発から逃れたのではないでしょうか。

春山:西野さんと一緒に英彦山を登ったとき、多くの樹種が鹿に食べ尽くされている現状を教えていただきました。

西野:危機感をもちました。実生を鹿が食べてしまい、雨が地上面に直接当たってしまうと土砂災害につながり、悪循環になります。生物群集も崩れて、鹿が食べない匂いのきつい植物しか残っていない。だからまずは0→1として、森をつくることが重要なんです。

視聴者の一人から、「植樹には私たちも参加できますか?」との質問をいただきました。

春山:多くの方に参加していただく植樹の機会を設けたいと思っています。

西野:ぜひ僕も参加者の方一緒に登って、植樹したいですね。現地で会えるのを楽しみにしています。

最後に、西野さん、春山からみなさんへのメッセージです。

西野:33年しか生きていませんが、僕には時間がありません。これまであらゆる自然を歩き、いろんな森を見てきました。でも、僕一人でやることの限界を感じています。植樹は子どもから大人までできて、不思議なことに、国や性別を超えて笑顔になれる。奉仕活動として植樹する企業も増えています。緑の革命を起こすため、ご意見をいただきながら、みなさんのお力をお借りできれば幸いです。

春山:森と関わることの最大の恵みは、長い時間軸で自分の命や世界を見れることにあります。自分の一生を超えて、今、自分たちが何をし、後世に何を繋いでいくのか。「植樹」という行為を通して、長い時間軸で環境・風土を捉え、今より美しくして次の世代に引き継いでいきたいと心から願っています。

現在、YAMAPの循環型コミュニティポイント「DOMO」を活用した「英彦山鎮守の森プロジェクト in 福岡県・大分県」が進行中です。プロジェクトを支援いただければ幸いです。植樹イベントについての詳細も追ってお知らせします。お楽しみに。

「英彦山鎮守の森プロジェクト in 福岡県・大分県」についてさらに詳しく知りたい方は…

今回の記事ではご紹介できなかった話を含め、講演会の模様を下記YouTubeにて配信しております。ぜひご覧ください。

YAMAP MAGAZINE 編集部

YAMAP MAGAZINE 編集部

登山アプリYAMAP運営のWebメディア「YAMAP MAGAZINE」編集部。365日、寝ても覚めても山のことばかり。日帰り登山にテント泊縦走、雪山、クライミング、トレラン…山や自然を楽しむアウトドア・アクティビティを日々堪能しつつ、その魅力をたくさんの人に知ってもらいたいと奮闘中。