救助隊との合流や医療機関の受診まで、時間がかかる場合が多い登山中のケガ。状態を悪化させないために行うのが、応急処置(ファーストエイド)です。
今回は山での応急手当に必要なアイテムと処置法を、兵庫県立加古川医療センターの救急救命医で、 北アルプス・三俣山荘の夏山診療所でも活動する伊藤岳先生に、予防と対処法をお聞きしました。
2024.12.04
鷲尾 太輔
山岳ライター・登山ガイド
出血をともなう外傷を負った登山者への応急手当を行う際、傷の程度の評価や処置の前に、感染症リスクなどを鑑みて、まずは水を通さない樹脂などの素材でできた手袋を装着しましょう。
本格的な医療用手袋でなく、100円ショップなどで販売されている水回り掃除用のものでもOKです。まずはこれだけでもザックの雨蓋やフロントポケット、サコッシュなど取り出しやすい場所に収納しておいてください。
今回は転倒して肘に擦過傷を負ってしまい出血した場合の写真で解説します。
まずは水を通さない手袋を装着した手で、出血している傷口を強くおさえて圧迫します。これが「直接圧迫止血法」というもっとも基本的な止血法で、多くの場合はしばらく圧迫を続けることで出血が止まります。
登山中のケガの場合、傷口周辺には泥や砂などが付着しており、雑菌が入り込んでしまう場合があります。圧迫止血が完了したら、水で傷口を洗浄しましょう。飲料水の他に500ml程度のペットボトルを洗浄用として持参していると安心ですが、水場などの飲用できる水であれば洗浄に使用することができます。
ペットボトルの蓋に錐や畳針を熱して穴を開けておき、洗浄に使用するボトルに付け替えると、ピンポイントかつ強い水圧で傷口を洗浄でき、水の節約にもなります。
傷口周囲の汚れがひどい時や、医療機関の受診までに時間を要する場合は、より丁寧に洗浄を行いましょう。逆に傷口に汚れが目立たない時には止血や搬送を優先します。
洗浄が完了したら、部位や大きさに応じて、絆創膏・滅菌ガーゼ・包帯などで傷口を被膜します。
折り畳んだ三角巾やバンダナなど伸びない素材の帯状のものを上から強く巻きつけることで、継続的に圧迫を続けることができます。
骨折しているか捻挫かなどの判断は、その場ではできないことが多いものです。痛みが強い、腫れている、患部付近の四肢の動きに制限が生じているなどの場合は、まず患部の固定を行います。
この固定に必要なのが副木(そえぎ)。トレッキングポールを患部に添えたり、雑誌などで患部を包み、その前後をテーピングなどで固定する代用法もありますが、時間と手間がかかるわりには固定力が乏しく、皮膚トラブルの原因になりやすい場合も。そんな時におすすめなアイテムがサムスプリントです。
負傷した部位にあわせて形状を変えることができ、患部に合わせて成形した状態で固定することが可能。必要な大きさになるようハサミでカットもできます。
肩関節の脱臼や上腕骨・鎖骨の骨折が疑われる場合に有効なのが、デゾー固定です。三角巾で上腕部を体幹に固定する方法ですが、写真のように衣類をめくり上げて固定してもOKです。
靴擦れを起こす前に、そもそも外反・つま先・かかとなど足のどこかが靴と干渉してストレスを感じるはずです。こうした場合はソックスを脱いで裸足になり、靴と干渉する部位にテーピングを貼っておくことで、靴擦れを予防できます。
こうした予防をしても(あるいは予防せずに)靴擦れしてしまった場合は、医療用フィルムテープや絆創膏を貼って、水ぶくれを保護します。水ぶくれが破れてしまったら、出血をともなう外傷と同様に簡単に洗浄を行ってから被膜してください。
害虫に刺された場合には、ポイズンリムーバーの使用を考慮しても良いかもしれません。刺されたときにすぐに取り出して、使用できるのであれば、まず使ってみると良いでしょう。
まずは刺された箇所にポイズンリムーバーを強く当てて、蜂の毒液や蚊・ブヨの唾液腺物質を吸い出します。この状態で1分程度経過したら、いったんポイズンリムーバーを外してから、再度患部に当てて吸い出しを数回繰り返します。
出血をともなう外傷と同様に刺された箇所の洗浄を行ってから、痒みを抑制する抗ヒスタミン剤を含んだ、炎症を抑制するステロイド剤を塗布します。ただし、山中で初めて使用する薬剤の使用は避けてください。日常生活での使用歴がある製品を、使用上の注意をよく読んだ上であれば、塗布しても良いでしょう。
毒蛇に関しては、自分が登山する山域で遭遇する可能性がある種を、正しく認識することが大切です。本州の大部分ではマムシ・ヤマカガシが、沖縄諸島(一部の島を除く)にはハブが生息しています。
例えばマムシの場合、身体の模様・色調や頭の形から特定するのは難しい場合も。また茂みの中では何に咬まれた(刺された)こと自体がわからないことも多いものです。直後から腫れと痛みが強く、内出血を伴う場合には、マムシに咬まれたことを疑って、できるだけ早く医療機関を受診して下さい。
蜂などのアレルギー反応によって血圧が低下し、意識障害など重篤な症状を引き起こすのがアナフィラキシーショックです。この症状が疑われる場合は、その場で可能な処置はほぼありません。すぐに救助要請を行ってください。
強いアレルギー反応の既往歴がある人、ハチ毒のアレルギー検査で強い反応が出た人などはエピペン(血圧を上げるエピネフリンというホルモンを含んだ自己注射キット)をアレルギー外来に受診して処方してもらうことが可能。ただし、注射したから必ず助かるという性質の薬ではありません。
また、アレルギー反応は再燃することがあります。仮にエピペンの自己注射で症状が緩和しても、救助要請は必要です。自力で下山した方が早い場合も、その後すぐに医療機関を受診してください。
ここまで紹介してきた事例に対処するために、登山の際に携行しておきたいファーストエイドキットは以下となります。
・水を通さない手袋
・傷口を洗浄する飲用可能な水
・傷口を被膜する滅菌ガーゼ・絆創膏・包帯・テープなど
・負傷箇所を固定する三角巾・サムスプリントなど
自分が、どのような事例に対してどのような処置を行えるのかを考えた上で、その目的に合わせて自分が使用可能なアイテムだけを携行すればOKです。知識のみで実際の使い方を知らないアイテムを携行する必要はありません。
その上で、より多くの事態に対応できる技術を、救急救命講習をはじめとした「学びの場」で習得しておくことが、万が一の際の応急処置に役立つといえるでしょう。
救急救命医
兵庫県立加古川医療センター 救急科部長
公益社団法人日本山岳ガイド協会 ファーストエイド委員
在学中に文部省登山研修所(現国立登山研修所)大学山岳部リーダー研修会三研修を修了。平成13年アイランドピーク登頂、平成21年神奈川大学山岳部チョモランマ遠征登山隊に医師として参加。平成22年より北アルプス三俣山荘診療所で夏山診療に従事している。
執筆・素材協力=鷲尾 太輔(登山ガイド)