登山での熱中症の予防と対処法|三俣山荘・診療所の伊藤医師が解説【山登り初心者の基礎知識】

夏でも爽快に楽しめる日本の2,000〜3,000m級の山々。昨今の異常な猛暑によって、こうした山でも増えてきたのが「熱中症」です。低山はもちろん、日常生活でも気をつけたい「熱中症」について、兵庫県立加古川医療センターの救急救命医で、 北アルプス・三俣山荘の夏山診療所でも活動する伊藤岳さんに、予防と対処法をお聞きしました。

2024.02.21

鷲尾 太輔

山岳ライター・登山ガイド

INDEX

体温の正常域から外れて起こる熱中症や低体温症

人間の正常な体温は、わき下などで計測した体温(末梢体温)が、食道・膀胱・直腸などの温度(深部体温)を下回っている状態です。通常、深部体温が37℃前後が正常域とされています。

厳しい暑さや寒さによって、人体が体温を正常域に調整できる範囲を越えたり、身体機能が不十分な状態に陥ったりすると、熱中症や低体温症を発症するのです。

一般的に体温計で計測するのは末梢体温(撮影:鷲尾 太輔)

寒さで体温が正常より下がりそうなときには、体表に近い血管を収縮させることで血流を低下させて体表から熱が奪われないようにしたり、筋肉を収縮させて震えを生じさせることで体温を上昇させようとしたりします。

逆に、暑さで体温が著しく上昇していくときには、体表に近い血管を弛緩させることで体表から熱が放出されるようにしたり、発汗量を増やすことで気化熱で体温を低下させようとしたりするわけです。

熱中症がもたらす人体へのダメージ

熱中症は身体にどんなダメージをもたらすのか(撮影:鷲尾 太輔)

身体に起こる2つのダメージ

熱中症では、主に2つのダメージが身体に起こります。

①暑熱(暑さ)による体温上昇そのものによる身体へのダメージ
②発汗に伴う電解質や水分の喪失に伴う身体へのダメージ

両方のダメージが同時に起こっている場合もあります。では、こうしたダメージから身体を守り、熱中症を予防するにはどうしたら良いのでしょうか。

熱中症になりやすい条件と予防法

熱中症になりやすい条件とは?(出典:YAMAP STORE)

登山口や低山で気をつけたい、危険な気温

現在、熱中症予防のために一般的に用いられるのが、環境省の熱中症予防情報サイトにある「熱中症予防運動指針」です。気温ごとに以下のような運動の指針が示されており、教育機関での体育の授業や屋外での部活動などに採り入れられています。

24℃〜28℃【注意】(積極的に水分補給)
28℃〜31℃【警戒】積極的に休憩)
31℃〜35℃【厳重】警戒(激しい運動は中止)
35℃以上【運動】原則中止

登山でも熱中症を予防するためには、事前に目的地の予想最高気温・最低気温をチェックし、危険な気温の場合は登山を避けることが賢明です。

実際には気温は標高が100m上がるごとに約0.6℃下がります。ただし登山口や山頂の標高自体が低い里山や低山では、計測地点の気温とほぼ変わらないので注意しましょう。

暑熱順化しきれていない場合

暑さに身体を慣らしてから登山を(撮影:鷲尾 太輔)

夏が近づくと真夏日・猛暑日などの日が増えてきます。熱中症は、身体がまだ暑さに慣れていない時期や、急にそれまでよりも気温が高くなった時期に発症が増えます。暑い環境に身体を慣らしておくこと(暑熱順化)も、熱中症の予防には有効です。

夏の登山を予定している人は、暑くなり始めた時期に、その環境下でしっかり発汗と水分補給を行いながら運動することがおすすめ。こうして暑い環境にある程度身体を慣らしてから、本番の登山に臨むことが理想的といえるでしょう。

暑さによって体温調節がうまくいかない場合

帽子は適切に着用を(撮影:鷲尾 太輔)

血液は身体表面近くの弛緩した毛細血管へ広がり、運搬した熱を体外へ放出することで、正常な体温を維持しています。

しかし気温が危険な数値の場合などでは、体外への熱の放出が十分にできず、体温を下げられなくなります。

直射日光を受ける森林限界上の山などでは、体温調節の中枢である視床下部がある脳の温度を正常に保つために帽子の着用も有効です。ただし遮熱・換気効果がない帽子を着用し続けると、頭皮からの熱の放出ができないため、逆効果となる場合もあります。

水分・電解質が不足している場合

水分・電解質を十分に補給(撮影:鷲尾 太輔)

汗をかいてその水分が蒸発することでも、身体の熱は体外に放出されます。しかし、失われた水分を補給しないままだと体内の水分が減少し、脱水状態となることで、筋肉や臓器に十分な血液が行き渡らず、意識や臓器の障害を引き起こしてしまいます。

登山中の脱水量は、体重(kg)×行動時間(時間/180分なら3)×5mlとされ、一般的にはその70〜80%を補給する必要があるとされています。しかし実際には、気候条件・運動量・体重・代謝など様々な要素が関与するため、この数値にばかりとらわれるのは危険です。

また「喉が渇いたら」「喉が渇く前に」といった水分補給の目安も個人差が大きいので安全とはいえません。

排尿頻度や1回当たりの尿量・色調を普段のそれと比較して、頻度が低い・量が少ない・色が濃いといった時は水分が足りない証拠です。これらが普段のそれに近づくように、水分を摂るよう意識するのがよいでしょう。

味噌汁のお代わりも有効(撮影:鷲尾 太輔)

電解質補給のために「塩**」という名称の飴やタブレットを口にするのも有効ですが、全ての製品が必ずしも十分な塩分を含むとは限りません。購入時には、パッケージに記載の成分表を確認して選ぶ習慣をつけるとよいでしょう。

山小屋や宿泊施設に宿泊する時であれば、発汗が多くなりそうな行動が予想される場合、朝食の味噌汁をお代わりすると、塩分や水分を多めに摂取することができます。

熱中症の対処法

熱中症の対処法とは(撮影:鷲尾 太輔)

登山における熱中症

屋外での運動や労働では、熱中症が重症化することは、あまり多くないといわれています。

登山においては、以下に示す何らかの症状が出た際に、水分補給をしたり、休息したりすることが大抵の場合は比較的容易に可能。このため一般的には重症化しにくいと考えています。ただし、油断は禁物です。

3段階ある熱中症の重症度

熱中症はⅠ度〜Ⅲ度の3段階で重症度が表されます。ここでは、重症度ごとに対処法を解説しますが、山の中で対処できるケースはⅠ度の症状に限られます。

また熱中症はⅠ度→Ⅱ度→Ⅲ度と段階的に悪化していくとは限りません。それまで元気に登山していた人が、突然Ⅲ度の熱中症を発症する場合もあるのです。

まずはここまで紹介した予防法を実践してください。

I度 (軽症:多くは現場での応急処置で対応できる)

応急処置は風通しの良い日陰で行いましょう(撮影:鷲尾 太輔)

Ⅰ度の症状としては、脳への血流が瞬間的に不十分な状態になったことで生じる、めまいや立ちくらみなどの症状が起こります。また発汗に伴う塩分の不足で生じるこむら返りである、筋肉痛・筋肉の硬直やけいれんが起こります。

まずは行動を中止して、日陰・風通しの良い場所への移動や、可能な範囲での脱衣を行いましょう。その上で露出した皮膚に水をかけたり、アイスパックの類があれば首筋、脇の下、太ももの付け根などを冷やすことが効果的です。

上記のような「環境的な対策」と同時に、水分・塩分など「不足しているモノの補給」を行うことが応急処置となります。

芍薬甘草湯は、筋肉のけいれんを抑えるはたらきのある漢方薬です。ただし比較的即効性があり、症状が出た際に服用するものであることを忘れずに。予防として常用する薬ではありません。

また、どんな薬であっても副作用やアレルギーのリスクがあり、時として命にかかわる事態に陥ることもあります。薬を他人にあげたり、他人からもらったりしないことが重要です。同様の理由で、登山中に服用した経験のない初めての薬を使用することは避けた方が良いでしょう。

II度(中等症:病院への搬送が必要)

重症化したら速やかな救助要請を(撮影:鷲尾 太輔)

Ⅰ度でも気分の不快を起こすことがありますが、Ⅱ度では頭痛に加え吐き気・嘔吐などの症状が起こり、倦怠感や虚脱感で身体に力が入らないこともあります。

吐き気・嘔吐の症状がある場合は、水分・塩分の補給の目的で、口からものを摂取させることも避けた方が良いでしょう。

こうした状態では、自力での行動続行は不可能です。救助要請を行うなどして、病院へ搬送する必要があります。

III度(重症:入院や集中治療が必要)

嘔吐する際に誤嚥を防止する回復体位(撮影:鷲尾 太輔)

Ⅲ度ではⅡ度での症状に加え、意識障害・けいれん・手足の運動障害や、触っただけで熱いとわかる高体温の症状があらわれます。特に呼びかけに対して正常な反応が帰って来ないのは、意識レベルが低下している緊急事態です。速やかに救助要請を行ってください。

意識障害で反応が低下している場合や、救助要請などで傷病者のそばを離れなければいけない状態で嘔吐してるようであれば、誤嚥を防ぐために写真のような回復体位で誤嚥を防止しましょう。

傷病者を横向きに寝かせ、上側の手の甲に軽く前に出した下顎を乗せて気道を確保し、仰向けに倒れないよう上側の足を前に出して、膝を直角に曲げておく姿勢です。

日常生活でも役立つ熱中症の予防法と対処法

日常生活でも役立つ熱中症の知識(撮影:鷲尾 太輔)

地球温暖化にともない、昨今は毎夏のように猛暑となり、熱中症による救急搬送件数などがニュースなどでも報じられています。今回紹介した内容は、もちろん登山だけでなく日常生活にも役立つ知識です。

自身や大切な人を熱中症から守るためにも、熱中症の仕組みを理解して予防や対処に活かしてください。

監修:伊藤 岳


救急救命医
兵庫県立加古川医療センター 救急科部長
公益社団法人日本山岳ガイド協会 ファーストエイド委員
在学中に文部省登山研修所(現国立登山研修所)大学山岳部リーダー研修会三研修を修了。平成13年アイランドピーク登頂、平成21年神奈川大学山岳部チョモランマ遠征登山隊に医師として参加。平成22年より北アルプス三俣山荘診療所で夏山診療に従事している。

執筆・素材協力=鷲尾 太輔(登山ガイド)

鷲尾 太輔

山岳ライター・登山ガイド

鷲尾 太輔

山岳ライター・登山ガイド

登山の総合プロダクション・Allein Adler代表。山岳ライターとして、様々なメディアでルートガイドやギアレビューから山登り初心者向けのノウハウ記事まで様々なトピックを発信中。登山ガイドとしては、読図・応急手当・ロープワークなどの「安全登山」から、写真撮影・山岳信仰・アウトドアクッキングなど「登山+αの楽しみ」まで、幅広いテーマの講習会を開催しています。とはいえ登山以外では根っからのインドア派 ...(続きを読む

登山の総合プロダクション・Allein Adler代表。山岳ライターとして、様々なメディアでルートガイドやギアレビューから山登り初心者向けのノウハウ記事まで様々なトピックを発信中。登山ガイドとしては、読図・応急手当・ロープワークなどの「安全登山」から、写真撮影・山岳信仰・アウトドアクッキングなど「登山+αの楽しみ」まで、幅広いテーマの講習会を開催しています。とはいえ登山以外では根っからのインドア派…普段は音楽・アニメ・映画鑑賞や、読書・料理・ギター演奏などに没頭しています。