なぜ、彼らは熊野に戻ってくるのか? YAMAPユーザー70名以上が関わり続ける「熊野REBORN」の正体

和歌山県田辺市とYAMAPが2020年からスタートさせた「熊野REBORN PROJECT」(リボーンプロジェクト、以下熊野RP)。2025年には第6期を行い、これまでに70名を超えるフィールドワーカーたちを輩出してきました。

彼らは熊野RPになぜ参加して、参加後はどのように田辺と関わり続けているのでしょうか。2期生の鈴木久子さん、4期生の岸本真一さん、5期生の吉本正和さんの3人の声を通して、その関係性の続け方を紐解きます。

2026.03.09

久保田 真理

ライター

INDEX

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熊野リボーンプロジェクトとは?

熊野RPは、和歌山県田辺市とYAMAPが共同開催する関係人口創出プログラムです。参加者は熊野古道をはじめとする現地でのフィールドワークを通じて、地域の人々との交流を深めながら、自分が地域とどう関わっていくかを考えます。

プログラムでは熊野古道を歩く以外にも、田んぼ体験や川遊びなど五感で自然や伝統に触れる機会や、参加者と地域のホストたちが地元の食やお酒と共に語らう時間も。田辺で濃密な時間を過ごした参加者たちは、修了後も継続的に地域と関わり、期を超えた参加者同士のネットワークが生まれるなど、関係を持続させています。

​​​鈴木久子さん(2期生)

熊野古道を歩いてみたい一心で

2021年に東京オリンピックでボランティア活動をした際、そこで出会った年長者の方々がとにかく元気で、積極的にいろんなことに挑戦していく姿に刺激を受けました。これを機に「私も仕事ばかりしていないで、もっと外の世界に出よう」——そう心に決めて、やりたいことを探していました。

もともと山登りが好きで、木曽駒ヶ岳や燕岳(つばくろだけ)、谷川岳などの有名な山々や、関東近郊の山々を登っていました。そんな中で気になっていたのが「熊野古道」。写真で見る奥深い森の風景がとても幻想的で、知識はないけれど、とても魅せられました。ただ、一人で行くには難しそうだし、日帰りでは不可能とあり、漠然とした憧れだけが募っていました。

「熊野古道」の奥深い森の風景。静かに自分と向き合う時間を過ごせる

そんなときに見つけたのが、熊野RPの募集でした。正直なところ「関係人口」という言葉も知らず、地域活動への意識も薄かったのですが、熊野古道を歩くことができて、新しい仲間にも出会えそうなら、と期待が高まりました。また、実家にあった1本の梅の木の実を毎年愛おしく収穫していたこともあり、「梅やみかんの産地」という和歌山のイメージにも親近感がありました。2期のテーマは「林業」で、梅やみかんとは違いましたが、それでも参加を決めました。

地元愛に触れ、山好きを再確認した

プログラムに参加して最も心を打たれたのは、田辺の人たちの「地元愛」でした。外から来た私たちを分け隔てなく受け入れてくれる懐の深さ、土地を守り次の世代へつないでいこうとする熱い思い。それは、東京で暮らす私にとって、これまで出会ったことのないタイプの人たちでした。

林業の現場では、山と海のつながり、広葉樹の大切さなど、普段の生活では知り得ないことをたくさん学びました。育林事業を行う『中川』さんや、林業・製材業の『山長商店』さん、虫くい木材に価値をつける『BokuMoku』さんの話を聞きながら、「この自然を守りたい」という気持ちが自然と湧いてきて、やっぱり私は山や森が好きであることを再確認しました。

木を切らない林業を行う『中川』の現場を見学。ユニークな働き方やドローンを使った新たな事業などを知った

林業・製材業を行う『山長商店』を見学。林業からプレカットまで一貫して行い、高品質な紀州材を安定供給する仕組みなどを学んだ

林業従事者の減少により虫の食害が発生したあかね材を生かしたものづくりを行う『BokuMoku』。その活動の様子に耳を傾けた

2泊3日のプログラム終了後、私は同期の仲間と一緒に4泊も延長して旅を続けました。地元の方の車に乗せてもらって玉置神社へ行き、速玉大社、神倉神社、那智大社を巡り、さらには伊勢神宮まで足を延ばしました。行き当たりばったりの旅でしたが、フットワークの軽い仲間と出会えたことは本当に大きかったです。

行けば誰かに会えるという安心感

プログラム中、市役所の方に「みかんや梅の収穫を手伝いたい」と伝えたところ、『十秋園』の野久保さんという農家さんを紹介してもらいました。その後、実際に連絡して訪ねると快く受け入れてくださいました。それ以来十秋園さんに7回訪れ、毎回いろんな人を誘って収穫のお手伝いをしています。

『十秋園』で収穫された柑橘類。自然体験をしたいという思いを代表の野久保さんは快く受け入れてくれた

田辺市の課題をビジネスで解決するための人材育成を行う「たなべ未来創造塾」のビジネスアイディアの最終発表を聞いたことがきっかけで、『山里舎』の金さん(通称:てっちゃん)とも知り合いました。瀞峡(どろきょう)でのSUP(サップ)体験をお願いしたり、熊野本宮大社旧社地である大斎原(おおゆのはら)の景観を守るために取り組んでいる田植えや稲刈りに参加したり。てっちゃんの「大斎原の景観を守るプロジェクト」で定期的にイベントが企画されるおかげで、自身の年間の予定に田辺に行くことを組み込みやすくなりました。

熊野RPに参加後、2021年〜2025年で田辺には8回ほど通っています。最初は熊野RPの参加者や田辺の関係者を誘ってでないと行けなかったのに、今では一人でも気軽に足を運べるようになりました。「田辺に行けば誰かしらに会える」という安心感があるからです。熊野RP3期以降の参加者とも自然と親しくなり、期を超えた仲間が増えていく循環をとても心地よく感じています。

自然の中に身を置くと、体が喜んでいるのを感じます。人間の力が及ばない偉大なエネルギーや循環を自然に感じて、畏敬の念を抱く。昔の人が自然を崇拝していたのも、こういう感覚だったのかもしれません。東京で働いて疲弊したとき、熊野に行くと元気を取り戻せる。「東京で働き、熊野で遊ぶ」という流れが、いつの間にかできていました。

海も山もある田辺市。自然に包まれたこの地を訪れると、鈴木さんの心が浄化されていく

これからも、この土地と関わり続けたい

今後も田んぼにまつわる作業や柑橘、梅の収穫のお手伝いを続けながら、毎回新しい体験ができたらと思っています。田辺で自然体験をしたいという思いでここまで通ってきましたが、最近では紀伊半島の古代史に関係する神社巡りにも興味が湧いてきました。期を超えた熊野RPのOBの皆さんと一緒に熊野古道を歩いたり、自然体験をしたり——そんな時間を重ねていきたいです。

鈴木さんはライターとして3期に参加した際、『日向屋』の岡本さんとも知り合い、その後梅拾いの手伝いに行ったことも

私にとって田辺は、もう「第二の故郷」。何度訪れても深みがあり、強い吸引力を感じる場所です。これからもこの地域とここに暮らす人たちとの関係を大切にし、自分ごととして考えて、行動していきたいと思っています。

地域と関わりを持ちたいという人は、気負って「地域に対して何ができるか?」と考えるのではなく、まずは知り合った人に会いに行くだけでもいいと思います。いろんな話を聞いて自分にできることを考えたり、自分のやりたいことが思い浮かんだら話してみたり。それを繰り返すことで、徐々に関係性が深まっていくと思います。

岸本真一さん(4期生)

中辺路を歩いてみたいと応募した

みかんの収穫を行う、4期生の岸本真一さん

熊野に最初に訪れたのは、2014年8月の新婚旅行でした。伊勢、熊野、出雲という日本の三大神社を巡る旅として、妻と二人で熊野三山を参拝しました。ただし、当時は熊野古道の存在をほとんど意識していませんでした。

転機が訪れたのは、自身が40歳を過ぎた頃です。買い物や遊びといった物質的な欲を満たす生き方に、ふと虚しさを感じるようになりました。これ以上自分のために時間やお金を使っても意味がない、記憶に残るものを身につけたいと思い、他者のために何かを行う「利他」の精神に興味を持ちました。そして困っている人の手助けをするなど善行を積むことが大事だと思うように。歩くことが好きで、お金もかからず、祈りを通じて徳を積めるという理由から、観音巡りを行うようになりました。

2022年11月から西国三十三所の観音巡りを始め、その間に熊野RPの存在を知りました。以前の熊野古道の旅では通らなかった中辺路を歩けると知り、純粋に「歩いてみたい」という思いだけで応募しました。

岸本さんが歩いてみたいと思った熊野古道の中辺路を歩く4期メンバー

田んぼ作業で深まった熊野への思い

熊野RPに参加して、多くの発見がありました。特に印象深かったのは、垢離(こり)という浄化の文化です。単なる物理的な清めではなく、「垢を放す」という精神的な意味合いを持つこの文化に、熊野信仰の奥深さを感じました。

また、世界遺産である大斎原(おおゆのはら)で、昔ながらの手作業で田植えをしたり稲を刈ったりしたことは、忘れられない体験となりました。神聖な場所であるにもかかわらず、その土地の人々が日常的にお米を育てていることにものすごい価値を感じました。4期で参加した時は田んぼの雑草を抜く作業でしたが、「この日だけで終わらせたくない」と強く思い、その年の稲刈り、翌年の田植えと参加し続けています。

最も田辺が自分ごとになったのは、熊野RP初日に、『田辺市熊野ツーリズムビューロー』の多田さんから熊野古道の説明があり「熊野古道を歩く日本人が少ない」という話を聞いた時です。これほど素晴らしい歴史や文化があるのに、その価値が日本人には伝わっていない現実に寂しさを感じました。「じゃあ俺が歩きに来ればいいじゃないか」と思った瞬間に、この課題が「自分ごと」になりました。歩くことで地元の方々の心が動いてここを守ろうと道が維持されるようになり、これまで道を守り続けてきた先人たちへの供養にもなる。それは、私が求めていた「利他」の実践そのものでした。

『田辺市熊野ツーリズムビューロー』の多田さんによるレクチャー。地域資源としての熊野古道の歴史や現状について学んだ

「熊活」と称して熊野と関わり続ける

プロジェクト終了後も熊野と関わり続けて、私は熊野と関わることの全てを「熊活」(くまかつ)と呼んでいます。定期的に歩き、『山里舎』の金さん(てっちゃん)の田んぼ作業を手伝い、熊野古道を歩く外国人に向けて趣味で始めた法螺貝を吹いてあいさつしています。

熊野RP4期の最後に「私と田辺の関わり方」を発表する際には、とにかく“歩く”ために田辺に来ることを表明しました。そしてそれから2年半が経ち、数十回と通っています。歩くことで現代社会での生き方がつかめると思いました。私にとっての現代社会は、一言で表すなら仕事とお金です。そうではないものが田辺にはあるような気がして足しげく通い、日常の暮らしとは違う“隙間”で自分の人生を振り返ることができました。

また、てっちゃんの田んぼ作業を通じて、仲間の大切さに気づきました。農業は人数が必要ですし、一人でやっていても本当に面白くない。てっちゃんと二人で作業をしていて「暑いっすね」「昼何食べます?」と会話するだけでも、気持ちが変わってきます。さらに前回熊野RP6期でOBも集まって数十人で稲刈りをした時も、二人で数時間かかる作業が20分ぐらいで終わってしまい、やっぱり人がいるのは大切だと思いました。

大斎原で行った田んぼの雑草抜き。世界遺産地域の田んぼに入って作業ができる貴重な体験

心が豊かになる、田辺に通う生活

熊野RPで出会った仲間たちは、それぞれ魅力的です。年上ながらアグレッシブに挑戦し続ける方、コツコツと地道に歩く活動を続ける方、友人を田辺に次々と連れてきてハブになっている方、地元の良さを再発見した方とさまざま。多様な視点で情報交換することによって、自身の興味と活動をさらに広げています。

田辺に通うようになって、より楽しみが増えて心が豊かになったように感じています。大切な場所、帰る故郷が増えたような感覚です。この2年半は歩くことに集中していたので、これからは歩くこと以外にも楽しみを見つけていきたい。こんなに通っているのに、熊野本宮で釜餅という3色の和菓子を初めて知り、灯台下暗しという感じでした。ようやく心の余裕ができてきたので、もっと深い関係人口になれたらと思います。

毎日の生活に物足りなさを感じている人、何か人のために役立ちたいと思っている人、安定した人生にちょっとした刺激が欲しい人——そんな方に、熊野RPをお勧めしたいです。大人になってから知らない人たちと寝食を共にし、子供のようにはしゃぐ体験は、都会で薄れてしまった人との温かなつながりを再発見させてくれます。参加するなら、早い方がいい。そこには、仕事やお金だけでは得られない人生の豊かさが待っています。

てっちゃんのゲストハウス近くで川遊び。大人の夏休みのような時間

吉本正和さん(5期生)

「知っているようで知らなかった」生まれ故郷

5期生の吉本正和さん(写真右)。4期生の岸本さん(左)と一緒に田んぼの作業を行った

私は和歌山県田辺市の出身で、現在は神奈川県で暮らしています。会社員生活も20年目を迎え、定年までの折り返し地点に差しかかった時、今後の人生について考え始めました。そんな中で、実家のある田辺に戻ることも一つの選択肢かもしれないと思い、地元と改めて向き合いたいという気持ちが芽生えてきました。

田辺を語る上で「熊野古道」は欠かせない場所ですが、正直なところ、地元にいた頃はほとんど接点がありませんでした。子どもの頃に一度歩いた記憶があるくらいで、世界遺産に登録される前は「山道を歩いて何が面白いのか」という感覚でした。地元のことが気になり始めた時、YAMAPのメルマガで熊野RPの存在を知りました。ちょうど登山に本格的に取り組みたいと思っていたので、いいタイミングだなと思って申し込みました。

田辺市出身でも身近ではなかった熊野古道。県外の参加者と一緒に歩くと発見も多かった

地元の人たちの懐の深さを知る

熊野RPに参加して最も印象に残っていることは、人とのつながりです。宿泊先のホテル経営者が小学校の同級生だったり、湯の峰温泉の受付の方が高校時代にバイトしていた飲食店のマスターだったり。「まさかこんなところで」という偶然の再会が続き、自分のルーツがここにあることを強く実感しました。

また、田辺市役所の方々や『山里舎』の金さん(てっちゃん)、食事のサポートをしてくれた平野さん(まこっぺ)の姿勢にも心を打たれました。休日にもかかわらず長時間付き添ってくださり、「仕事だから」という義務感ではなく、まるで友人をもてなすような温かさがありました。商売抜きで人を喜ばせようとする気持ちが伝わってきて、地元の人たちの懐の深さを改めて感じました。

3日間スタッフとメンバーが過ごすことで、互いのいろいろな面を知る

歴史を知ることで、景色が変わった

フィールドワークで、田辺市の真砂市長やメンターの大内さん(征さん)の解説を聞きながら熊野古道を歩いたことも、とても印象に残っています。それまで「ただの山道」だった場所が、歴史や文化の息づく道へと自身の認識が変わっていきました。

語り部を担う市長の様子から、本当に熊野古道のことが好きで熊野RPに参加されているのが伝わってきました。その語り中で、「天空三分(てんそらさんぶ)」という、この地域で古くから伝わる山の使い方についての話がありました。これは、尾根筋を含む山の上部三割は人工林にせずに自然のままにしておくという教えです。現在、紀伊山地の多くはスギなどの人工林になっていますが、尾根筋を昔ながらの広葉樹に戻していくことで、山の環境が良い方向に変わっていくのではないか、という内容でした。この内容に共感すると同時に、このような視野を持たれていることを知ってうれしくなりました。

田辺市真砂市長が自ら語り部となって、熊野古道を歩く

また、地元の鬪雞神社にも子どもの頃から何度も足を運んでいましたが、祀られている神様のことなど考えたこともありませんでした。征さんから話を聞いて初めて「自分が慣れ親しんでいた場所にも、こんなに知らないことがあるのか」と気づかされました。今では神社検定を受けることを検討するほど興味が深まり、旅先で神社を見つけると「ここの神様は誰だろう」「この造りにはどんな意味があるのだろう」と自ら調べるようになりました。

また、てっちゃんの大斎原(おおゆのはら)の田んぼで、素足で田植えをした体験も忘れられません。祖父母の田んぼを手伝ったことはありましたが、素足で入ったのは初めてでした。「長靴を履くのが当たり前」という自分の常識が外れ、五感で自然を感じる楽しさを知りました。ちょっとした違いなのに新しい体験につながると気づき、とても新鮮な気持ちになりました。

てっちゃんの田んぼでの作業。素足で土の感触をダイレクトに感じて五感が刺激される

仲間の存在が、活動を続ける原動力に

熊野RP修了後、田辺に関わることが確実に増えています。年4回ほど地元に戻るようになり、本宮町の八咫(やた)の火祭りでは神輿を担ぐ役割で参加しました。30年以上ぶりに地元の祭りに関わったことで、外から来た人間も受け入れてくれる懐の深さを感じました。てっちゃんの「大斎原の景観を守るプロジェクト」の個人サポーターにもなり、ゴールデンウィークには田植えに行きました。

登山の頻度も増えて、今では月に1〜2回は山に登っています。出張のついでに各地の山や神社を巡るようになり、休日の過ごし方が大きく変わりました。

何より大きいのは、同期や他の期の参加者とのつながりです。SNSで仲間たちが熊野への思いを発信しているのを見ると、自分も頑張ろうという気持ちになります。一人で燃えていても火は小さくなってしまいますが、周りにも火が灯っていると、こちらの気持ちも続きやすい。お互いに刺激を受け合える関係性が、活動を継続する大きな原動力になっていると思います。

これからの関わり方を模索しながら

今後は、社内の仲間にも熊野の魅力を知ってもらえたらという思いから、勤務先の福利厚生制度を活用して、てっちゃんの田んぼの法人サポーターになることを計画しています。また、熊野古道の全ルート制覇も目標の一つです。

後継者不足から大斎原の景観が失われることを危惧して、てっちゃんは田んぼサポーター制度を導入している

完全移住か、二拠点生活か、帰省時に関わるか。今後の関わり方はまだ決まっていませんが、自分に合ったスタイルで故郷とのつながりを築いていきたいと考えています。

三者三様の田辺との関わり方。熊野RPは、参加して終わりではなく、それぞれの人生の中で田辺や熊野との関係が静かに続いていく「入り口」でもあります。

熊野とのつながりをこれからも紡いでいく

熊野の歴史や文化、地域の人々の温かさに触れながら、自分なりの関わり方を見つけていった卒業生たち。今後も地域とどう関わっていくか、それぞれが楽しみながら模索を続けています。熊野RPは単なる体験プログラムではなく、人生の転換点となり得るプロジェクトです。自分らしい関係人口のあり方を探している人は、ぜひ参加してみてはいかがでしょうか。

久保田 真理

ライター

久保田 真理

ライター

秋田県生まれ、茨城・千葉県育ち。多様性をこよなく愛して旅を重ね、これまでに47都道府県、世界35か国を訪れる。各地で触れた人々の営みや文化に魅せられて、地域創生、社会貢献、SDGs、ライフスタイル、食文化などの取材に深く関わるように。プライベートでは"天然のジム"として高尾山周辺の山々を歩く。制作・インバウンド事業を手がける「ついたち」代表。