【丹沢山・丹沢三峰】静かな森の中を歩く

神奈川県の西北部に位置し、静岡県や山梨県へも裾野を広げている丹沢山塊。首都圏からのアクセスもよく、日帰りから本格的な縦走登山まで幅広く楽しめる山域として多くの登山者に愛されています。そんな言わずと知れた人気エリアの丹沢の知られざる魅力を独自の視点で教えてくれるのは、丹沢・みやま山荘小屋番や登山ガイドを務める根本秀嗣さん。自らも丹沢麓の「寄(やどりぎ)」に住み、公私ともに丹沢山塊を歩き尽くした根本さんに、全10回にわたって「これぞ丹沢!」と呼べるおすすめコースを教えていただきます。第3回目は丹沢三峰を巡るコースをご紹介。

2020.01.07

根本 秀嗣

山の仕事人/GHT project リーダー

INDEX

静かな山中、濃い内容の丹沢三峰

私達日本人は、3や8といった縁起のいい数字が好きである。丹沢三峰と言われれば3つのピークがあると思うのが当然だが、実は違う。コース後半で登場するピークは合計5つだ。終点の丹沢山に到達する前に5つもの峰を次々と越えていく。距離11km強、累積登高差1500m以上。容易くは登れない。

ここは「マイナーコース」とも呼ばれるらしい。たしかに、賑やかな大倉尾根、表尾根、つつじ新道などと比べて行き交う登山者は疎ら、概して静かだ。自分だけの時間を愉しみ、ジワッと山に浸ることができる。鳥の囀りが響き渡り、風が樹々の枝葉をなでる。たまに、登山者を警戒する野生のシカの甲高い鳴き声が谷を渡るだろう。そんな、ものの風情が味わえる。邪魔する喧騒はここにはない。

丹沢 三峰

堂平付近から見上げた三峰。シルエットは見る場所によって変化するので、自分好みの三峰を探してみよう

アクセスと概略

登山口は宮ヶ瀬湖湖岸。清川村、愛川町、相模原市緑区にまたがったダム湖で、2000年12月完成。比較的新しい人造湖だ。アクセスは小田急線本厚木駅北口から出ている神奈川中央交通バスを利用。「宮ケ瀬」行きに乗車して約50分。終点宮ヶ瀬の手前で出てくる「三叉路」バス停で下車する。始発がやや遅いため、登山開始時刻は土日休日が8時前、平日だと8時半ごろとなる。山に強くなるまで、あるいは道中をじっくり味わおうとするなら、コース終点の「みやま山荘」に泊まるプランでいこう。終点の「みやま山荘」に泊まるプランでいこう。休憩を除き、丹沢山山頂まで6時間強を要するコースだ。

ちなみに、起点となる宮ヶ瀬湖の周囲を、日帰りハイクが満喫できる低山が囲んでいる。前述のバスでアクセス可能なため、大きな登山の合間に、里山や地域の文化に親しむハイクを入れてみるのはいかがだろうか。気温が低い晩秋から初春がオススメだ。このエリアに多いヤマビルも、その季節なら、寒さと乾燥を嫌がってほとんど出てこない。

三叉路のバス停は、登りと下りで停留所の位置がかなりズレている。要注意。宮ケ瀬行きバスを下車してから登山口へ向かうには、乗ってきたバスの進行方向へと少し歩き、「宮ヶ瀬北原」のT字路交差点を左折。頭上の道路標識に「ヤビツ峠」と書いてある方向でOKだ。2~3分歩くと、電柱が立っているところに登山口の道標がある。ここがコースの入り口である。新旧いくつもの「登山口」プレートが重複して設置されている。少し登った道脇に、杉皮葺きの情緒ある登山届ポストが立っている。

丹沢 御殿森ノ頭入り口

カシの古木が聳え、霊気が漂っているかのような御殿森ノ頭入り口

宮ヶ瀬湖を後に、いざ三峰へ!

登っていくと植林からすぐに雑木林へ。以後、薄暗い植林の中を歩くこともたまにあるものの、大概は明るい雑木林を歩く。登山口からいくらか進んだところに、ひと一人分の幅の石段で登って参拝する山神の祠がある。下からだと1基しか見えないが、石段を登り切ったら目前に他の2基が現れる。

時々振り返ってみよう。木の間から宮ヶ瀬湖が望見できる。そのグリーンの湖面から徐々に遠ざかっていく。

約50分の快適な登りで、御殿森ノ頭 この上」の道標が現れる。地図上にある標高653mのそれとは位置が違い、ここは580mの小ピークだ。こう掘り下げてみると、ちょっと戸惑うかも知れない。“この上“には大木の足元に山神祠がやはり、ある。かつては”御殿森”というのみの地名だったらしいが、何か山城のような砦でも築かれていたのだろうか…。653mピークのほうは物見台にするには良さ気だが、580m付近のほうが土地は安定しているように感じられる。

次のピーク高畑山(766m)に近づくにつれて、トレイルが岩がちとなってくる。この辺りからふり返ると、宮ヶ瀬湖の背後に整った山並みが見える。縦走コースが走る「相州アルプス」である。360度展望を持つ高取山や、山頂に大岩のある経ヶ岳、仏果山などが連なっている。

紅葉の宮ヶ瀬湖

11月下旬、紅葉の宮ヶ瀬湖。トンガリの山は「猿ヶ島(617.2m)」

さて、本コース。高畑山ピークは迂回コースと直登コースの2本に分かれるが、迂回のほうは道幅が狭く、上からの土砂で埋もれやすい道。怪しいときは直登を選ぼう。秋に美しく黄葉するカラマツに囲まれた、展望の無い頂上だ。テーブルが2基。

2本のコースが再び合流。その直後に青宇治橋行きの道との分岐をパスし、少し登る。

気が抜けない金冷シ

ここから要注意区間が始まる。急な山腹斜面に何とか土留めして作ったような、丸太あるいは鉄プレート製の桟道が多い。崩壊地を横断するように掛けられた橋もある。積もりたての新雪時や凍結時には、ひときわ用心深く通行する必要がある。状況によっては撤退も視野に入れてもいいかも知れない。無事に帰宅してこその登山だ。このなかなか険しい30~40分間の区間中に、「金冷シ」の道標が立っている。”肝を冷やす場所”というニュアンスでついた地名だろう。大倉尾根には同地名の場所があるが、こちらの方が地名のニュアンスを正に味わえる。

くびれた痩せ尾根で、風が通り抜ける所だ。少し汗をひかせてから行ってもいいだろう。金冷シから右側を見ると、宮ヶ瀬湖に掛かる虹の大橋が遠望できる。

痩せ尾根の後は細いトラバース道。金冷シほどの緊張感は無いが、決して安楽な道ではない。松小屋ノ頭(903m)の南側をパスすると、平たい鞍部に出る。道標には「宮ケ瀬5.6km  丹沢山5.4km」と書かれてあり、本コースの距離は約半分終了。ただし、ウェイト的には「4割来た位」と思っておこう。いよいよ、ここから高度を稼いでいく。本間ノ頭(1344.9m)までの登り470mが約1時間強。その後、ピーク5つ分のアップダウンで終点の丹沢山まで約2時間。休憩を含めてまだ3時間半~4時間くらいは行動しなければならない。ロングコースだ。休憩を上手に取りながら、根負けしないように。

天然石に掘られたステップ。鎖でバランスを取りながら登る

山城によくある空堀のような、浅い溝のなかを辿る道。木の根っこが左右の壁を抱え、足場は適度にランダムな段差。歩行のリズムを乱さず、長い登りを乗り切ろう。冬場の注意点を挙げておきたい。近年は減ってきたが、丹沢山塊はまれに大雪に見舞われることがある。これが溝の登山道によく溜まるのだ。登山者の足を取り、えらく難儀させる。そのようなことが、この上部から起こりやすくなってくる。警戒すべきタイミングは「上空1500mの気温が低い」「南岸低気圧が通過する」の2点。それらが同時に報じられる時は、丹沢での大雪を懸念してもいいサインなので、注意しよう。

アップダウンの三峰

「特別保護地区」に入ったことを示す看板が右手に現れると、本間ノ頭が近い。看板から10分もかからない登りで、頂上に到着する。頂上にはテーブルがひとつ。その側に中ぐらいのブナの木がすっくと立っていて、居心地いい小広場である。広場中央にある四角柱の石は「三角点標石」という。ここのものは”三等”三角点。数個の自然石にまわりをぐるりと囲まれ、妙に目立っている。本間ノ頭の標高が小数点以下まで明示されているのは、三角点がここにあるからなのだ。丹沢山までは残り3.4kmとなった。

休憩には各ピークの上もいいが、ピーク間の鞍部が捨てがたい。活力を感じるブナの大木がまばらに立ち、居心地よく休める

2番目に出てくる無名ノ頭(1350m)頂上のアセビの枝に、近年「丹沢三峰 無名ノ頭 1350m」と書かれた木のプレートが掲げられた。しかし随分と不遇な名前ではないか…。丹沢三峰が美しいシルエットを見せてくれるビューポイントがいくつかある。例えば、ヤビツ峠から車道を少し宮ヶ瀬方面へ下った地点。ここで山座同定をしてみると、三峰とは、円山木・無名・本間の各頭なのである。それなのに、地図上で三峰を表現した西・中・東の峰は、太礼ノ頭・円山木ノ頭・本間ノ頭にあてられ、同定結果と食い違う。これは過去の登山地図制作の各段階において、山名と位置の相互誤謬が積み重なって現れた現象だと言われている。

無名ノ頭と次の円山木の頭(1360m)の間の鞍部あたりで、右側に蛭ヶ岳が見える。蛭ヶ岳の右へと目を移していくと尾根が広大な台地となっている所がある。東海自然歩道中で最高地点の姫次だ。

低木に囲まれた円山木ノ頭では展望がない。丹沢山へは2.5kmとなった。この先の太礼ノ頭(1352m)へも再度下ってから登り。特にここの下りが急で長い。近年設置された階段を慎重に降りていくとしよう。5月中旬ごろ、階段横の岩場にイワカガミが咲いている。

丹沢山山頂へ

以上”真の丹沢三峰”では、結構ギザギザしたアップダウンだったことだろう。残りの二峰越えはそれほどではない。だが、ロングコースを経てきたことで脚が限界に近いかも知れない。続く太礼ノ頭(1352m)~瀬戸沢ノ頭(1375m)は緩やかな木段で上がっていけるので、景色を楽しみつつ、ゆっくり登って行くとちょうどいい。丹沢山の丸い山頂部に近づいたことで、尾根自体が太く堂々としてきた。こういう土地はブナやカエデの木が好む。太く成長した広葉樹がたくさん見られる。新緑、紅葉どちらの時期も爽やかだ。また同時に、シロヤシオとトウゴクミツバツツジの花が紅白の綾なす美景をぜひ観に来てもらいたい。5月中下旬から6月頭ごろまでが好適期である。

紅白の競艶。ゴヨウツツジの別名も持つシロヤシオ(白花)と、トウゴクミツバツツジ。年により開花時期/期間は若干変わるが、見頃は5月中旬〜6月頭が目安

左から天王寺尾根コースを合わせる地点で、コース最後の道標。山頂まであと200mを知らせてくれる。丹沢山山頂では各方面からの登山者が合わさり、ターミナル駅のようだ。山頂の高い場所に清川村建立の山頂看板がある。近くの下草の間に三角点標石が頭を出している。丹沢山塊の中で唯一の「一等三角点」だ。

みやま山荘

山頂の横の窪地に立つ「みやま山荘」。山頂自体は、相模原市・清川村・山北町と3つの自治体にまたがっている

根本 秀嗣

山の仕事人/GHT project リーダー

根本 秀嗣

山の仕事人/GHT project リーダー

20代から山登りを始め、2007年まで丹沢山みやま山荘に勤務。その前後の海外遠征でマッキンリー、未踏峰チャコなど6千メートル峰の登頂。ヨセミテのビッグウォール『The Nose』登攀。2007年から登山ガイドとして独立。丹沢エリアはもちろん、中部山岳地帯や、関西・東北の一部など全国各地にて登山ガイド業務を経験。また、ボッカ、自然環境調査員、ロープアクセス、特殊伐採も経験。2014年5月には、ヒマラ ...(続きを読む

20代から山登りを始め、2007年まで丹沢山みやま山荘に勤務。その前後の海外遠征でマッキンリー、未踏峰チャコなど6千メートル峰の登頂。ヨセミテのビッグウォール『The Nose』登攀。2007年から登山ガイドとして独立。丹沢エリアはもちろん、中部山岳地帯や、関西・東北の一部など全国各地にて登山ガイド業務を経験。また、ボッカ、自然環境調査員、ロープアクセス、特殊伐採も経験。2014年5月には、ヒマラヤを貫くロングトレイル「Great Himaraya Trail (GHT) 」を踏査する日本初のプロジェクト「GHT project」を立ち上げ、以降リーダーを務める。プライベートでは2016年、丹沢山塊の麓「寄地区」に家族3人で移り住み、2019年3月に炭焼きの再生を目指すグループ「仂」を立ち上げた。丹沢山みやま山荘小屋番にも復帰。 自らの好奇心を活かした生業を営む。時々、旅に出掛けながら、自然・文化・民俗に基づく暮らしを志している。