九重東部の名峰「大船山」へ絶景登山

九重連山の中でもひときわ大きな山容を誇り、その美しさは主峰「久住山」に勝るとも劣らない東部の名峰「大船山(たいせんざん)」。今回は、長者原(ちょうじゃばる)登山口から法華院温泉・坊ガツルを経て絶景の大船山に至る1泊2日のルートをご紹介します。著者は元法華院温泉山荘スタッフで、今も九重に足繁く通うアウトドアショップスタッフの平野泰祐さん。ぜひ、四季折々の大船山の美しさを感じてください!

2020.02.13

平野 泰祐

アウトドアショップスタッフ

INDEX

九重で人気の登山口は西側に集中

九重連山を大きく分けると、坊ガツルを中心として、下記の2つに分けることができる。

・久住山周辺の岩肌や、硫黄山の噴煙が荒々しい西側の山域
・大船山をメインとし、黒岳や男池(おいけ)一帯にも広がる原生林が特徴的な東側の山域

長者原や牧ノ戸峠など、九重のメインとなる登山口はいずれも西側にあって、東側や南側の登山口は北部九州から少し遠くなる。そのためだろうか。両者の間は、車でたった一時間程度の距離なのだが、アクセスの良い西側の登山口から登れる山に行く登山者が圧倒的に多い。

今回紹介するのは大船山

ここではあえて西側ではなく東側の代表的な山の一つ、九重連山の中でもひときわ大きく、横長くそびえる「大船山(たいせんざん/1,786m)」に登るコースを紹介しようと思う。

僕自身、長年法華院温泉山荘に勤めていたこともあって、毎朝風呂掃除のたびに大船山から登ってくる朝日に眩しい思いをしたことが印象に残っている。それは山荘から見ると、さながら目の前にバーンと立ちはだかる壁のようだった。

秋から冬にかけては山頂の周りが赤く染まり、それがだんだんと坊ガツルにおりてくる様子を見ながら紅葉の進み具合を確認したり、尾根づたいの木々が樹氷で白くなってるのを見て山頂の気温を把握したりと、壁であると同時に九重に流れる季節感を確認する物差しであったことは間違いない。僕にとっては、さながら「ものさし山」である。

積雪期の法華院温泉山荘。写真奥、夕陽にあたるのが大船山

大船山へのおすすめルートは?

大船山は九重連山の主要登山口、長者原からアクセス可能だが、東側の山域のため少々工程時間が長くなる。日帰りの工程では長者原登山口から雨ヶ池を経由し大船山に約5時間かけて登って、坊ガツルに下山して一息。一息ついている最中に「ここからまた2時間歩いて長者原まで戻るのかぁーっ」という憂鬱感が必ず起こるので日帰りはまったくおすすめしない。

何せ坊ガツルからほど近い法華院温泉山荘にはビールだったり温泉だったりと誘惑が満載すぎるのだ。その誘惑にいつでも誘われてもいいように山小屋泊かテント泊を猛烈におすすめする。

青草生い茂る坊ガツル湿原

もちろん東側の登山口から登ると行程時間を比較的短くすることができる。岳麓寺登山口などのルートを取ると途中に江戸時代の岡藩主中川久清公の墓所や、秘密の軍事訓練場でもあった鳥居窪と呼ばれる平坦地。はたまたその下にはその兵士の詰め所となる現在調査中の屋敷跡など歴史的要素も多くて見どころ満載。

岡藩三代目藩主中川久清公の眠る入山公墓

しかし、純粋に登山者目線から考えると坊ガツルからバーンと横たわる大船山の山容を見て、今からあそこに登るんだー!という気持ちを持てた方が明快だと思うので、阿蘇九重国立公園内唯一の幕営指定地である坊ガツルキャンプ場にテントを張ってぜひ登って欲しい。

長者原〜坊ガツル〜大船山へのルート

坊ガツルまでは長者原登山口もしくは吉部登山口から登るのが一般的。いずれにしても2時間程度なので重たいテント泊装備を背負って「あぁちょっと肩に食い込んできたぞ。しんどいなぁ」と苦しくなるギリギリのところで坊ガツルに到着すると思う。

着いたらテントを張って、荷物を軽くしてから大船山へ。まずは尾根上の段原と呼ばれる分岐を目指す。獣道がそのまま登山道になったんじゃないかとか思う細い登山道。毛細血管のように幾多に分かれてるところもあるけど、ほぼすべて一つの道につながっている。僕自身も毎回同じ登山道を歩いているような気はしない。しばらく進み傾斜がきつくなり、南側を進行方向に進むようになると2ヵ所ほど展望の良いテラスのような場所を過ぎて分岐点の段原に到着する。

段原からすぐ進んだところに、2019年秋に建て替え工事が終わった真新しい避難小屋ができた。トイレはない。先日この様子を見に行ったら裏側の米窪の展望が良くってびっくりした。以前は便器の割れたトイレがある場所だったのであまり立ちよることがなかったのだ。

新設された避難小屋。2019年は資材搬入のヘリコプターを見かけることが多い一年だった

そこからは比較的平坦な稜線歩き。ここまでの様に急な登りが続くことはない。国土地理院の地図上には天然記念物として大船山のミヤマキリシマが明記されているが、現在ではミヤマキリシマよりもドウダンツツジの群生が多く、春には可愛い赤い花を咲かせ、秋にはシュワッと弾けるような紅葉を見せてくれる。

段原から伸びる大船山の稜線と三俣山

また冬に登ると樹氷のトンネルのようでそれもまたきれいなんだけど、積雪で路面の高さが上がって、樹氷の枝がちょうど顔面を直撃するので中腰で進まなくてはならない難所でもある。

山頂でヤギとランデブー!?

7年ほど前の話だが、山荘勤務中の休憩時間に夕日に山肌が焼ける写真が取りたいと思って、サブバックと三脚を担いで登った時があった。段原を越えて山頂手前の少しガレた所に取り付くと獣臭が気になった。鹿や猪も流石にここまで高度を上げることはないと不思議に思いながら山頂にたどり着くと、10mほど離れたところに佇むヤギが一頭。

強烈な獣臭に振り向くと、あらこんにちわ

山頂で僕とヤギの二人っきりの時間を過ごした。足を露出して登っていたこともあり、塩分補給なのかヤギにずっと足を舐められ続けられた。ほっと一息つこうと、サブバックを開けてペットボトルを取り出そうとすると、角が生えてるのに気づいてないのかお構い無しに頭を突っ込んできた。人懐っこく、むしろ久しぶりに生き物と対面して興奮した様子が伺えたので持ってきた三脚をセットし一緒に記念撮影。

このあと、足を執拗に舐められた。貴重な塩分補給らしい。とってもザラザラしてて痛かった

思った以上に時間をとってしまい、休憩時間中に山荘に帰れるか怪しくなってきたのでその後は急いで下山。しかし、一人になるのが寂しかったのか全速力の私に余裕で追いかけてくるヤギ。このまま法華院まで連れて帰ろうと思って5合目付近まで一緒に下ったが、途中で高度が下がるのが嫌だったのかついてこなくなってしまった。あとあと調べたら、以前岳麓寺登山口の駐車場付近でも目撃例のあるやんちゃなヤギだった(駐車していた車に頭突きしていたらしい…)。

大船山山頂からの眺め

だいぶ話がそれてしまったが、大船山の山頂は坊ガツルや九重連山を一望できる360度視界が開けた抜群の展望だ。晴れた日には由布岳や祖母・傾山方面なども見渡すことができる。山頂直下には、御池(おいけ)と呼ばれる火口湖があり周辺のドウダンツツジが池を囲うように色づく様子は素晴らしく、紅葉の名所としても知られている。冬に寒波が到来して気温の低い日が続くと、凍結し池の上を歩くこともできる。

かまっちさんの活動日記より/5月下旬〜6月上旬にかけては、大船山周辺でも美しく山肌を染めるミヤマキリシマを見ることができる

山頂からの風景。美しい紅葉の向こうには、由布岳。この日は別府湾まで見ることができた

凍結した御池。山頂からすぐ眼下に広がる火口湖だ

さて、山頂の様子を楽しんだら同じ道を坊ガツルに下ろう。坊ガツルでのテント泊は真夏以外は予想以上に寒い。高度も1,200m程度と、それほど高くなく下界と同じペースでガブガブお酒が飲めることも注意が必要。飲みすぎることが多いので体温も余計に下がっているのかな? ワンランク上の温度帯の寝袋と温かい格好を心がけること。正気を保った人だけが満点の星空を味わうことができる。

大船山に見守られながら、一夜を過ごす

出会った日から早7年。ひょっとするとあのヤギは今頃、お星さまになって夜空に漂っているかもしれない。

大船山(1,786m)

九重連山を代表する山のひとつ。春を彩るミヤマキリシマやドウダンツツジの花々。夏の新緑、秋の御池周辺を埋め尽くす紅葉、冬の樹氷と四季折々の美しさを堪能できる。特に山頂直下にある御池は冬季には氷結し、天然のスケートリンクとなる。今回紹介した西側からのルートの他、東側からのルートもあり、こちらの方が山行時間は短くなる。

紹介ルートを通過した活動日記はこちら


平野 泰祐

アウトドアショップスタッフ

平野 泰祐

アウトドアショップスタッフ

石井スポーツ福岡店勤務。北アルプスの山小屋やくじゅう法華院温泉山荘に勤務後、山岳誌のライターやカメラマンをかじりつつ、地に足をつけようと現職に至る。退勤後、休暇のたびに坊ガツルまで走ってテント泊をすることを続けてきたが最近はお休み中。寒い冬が嫌いです。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド。