養老孟司さんに聞く、自然に学ぶ「一生懸命でなくていい生き方」|シン風土論・後編

日本人が幸せになるためには、人工的な都市から離れ、自然の中で「感覚」を取り戻していくことが重要だと訴え続けてきた解剖学者の養老孟司さん。対談の後半では、日本人が数千年をかけて育んできた風土の重要性や、自然から学ぶニュートラルな生き方、これからの時代を幸せに生きるヒントについて、お伺いします。ぜひ前半と合わせてご覧ください。

前編はこちら:シン風土論|養老孟司✖春山慶彦対談(前編)

2022.09.15

YAMAP MAGAZINE 編集部

INDEX

「風景をつくる」という責任

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春山
アフガニスタンで医療と農業の支援に取り組んでいたペシャワール会の中村哲医師(故人)を尊敬しています。哲さんの偉大な点は、命を真ん中において、人を含めての自然を見つめ、実践されていらっしゃるところです。お医者さんでありながら、最終的には用水路を通して、難民だった人たちが安心して生活できる風景・風土を地元の人たちと一緒につくった。哲さんが残してくださったお仕事から、多くのことが学べると思っています。

養老
僕もそう思います。彼はテレビ番組の収録で、ここに来たこともあるので、その功績は知っています。

春山
YAMAPは生まれてまだ9年のベンチャー企業です。哲さんのように、長い時間軸で自分たちの事業を考えていかなければいけない。この事業は、風景を美しくしているのか? インターネット空間に閉じずに、現実の風土を豊かにできているか? 時折、自問自答しています。

養老
そういえば、政府関係の人に「医者が個人で勝手なことをして」と言われたと中村さんが話していました。日本的な発想だとそうなっちゃうんですよね。大勢で団子になってやらないと、正当と認められない。それは、この国のある種の欠点なんですね。でもアフガニスタンで用水路をつくっていると、そういうキャンペーン(根回しや広報活動)に時間を割けないんです。そんなことをしている暇なんてない。

春山
そうですね。生きやすく、美しい風景・風土をつくり、次の世代に引き継ぐ以上の仕事はないと思います。

里山は、日本の宝

春山
先ほどの哲さんの話にも関係しますが、YAMAPでは登山者の方々と一緒に山に木を植える活動を始めています。参考にしたのは、吉野詣です。

奈良県の吉野は、昔からの桜の名所ですが、その由来が非常に興味深い。吉野にお参りする参拝者は、自宅から桜の苗木を持って行くか、吉野の山のふもとで子どもたちが売っている桜の苗木を購入して、お参りの際にその苗木を山に植える風習があったそうなんです。その行為の積み重ねで、吉野は桜の名所になった。

「お参りすること」と「木を植えること」がセットになっている。祈りの中に山を豊かにする行為が含まれている。人が訪れるほど、山や風景が豊かになっていく。吉野詣の仕組みに、とても感動しました。

吉野詣のような仕組みを、現代に蘇らせたいと思っています。「山に登りました。楽しかったです」だけじゃもったいない。植樹や森づくり、登山道整備を通じて、山や自然に深く関わる方が、楽しいし、充実感もあります。山に行くことと山が豊かになることをつなげる仕組みを、小さくてもYAMAPでつくっていきたいと思っています。

先生は、人が入ることで自然が豊かになるような事例をご存じですか?

養老
そういった概念をまとめた言葉がいわゆる「里山」でしょう。世界中を見回しても、日本の里山のようにきめ細かく保全され、そして利用されている自然は少ないと思います。でも、そのシステムが高度成長期頃から、段々と壊れてしまった。

実際に人が多少手を入れた山の方が虫も多いと感じます。いわゆる原生の自然と人の世界の中間ぐらいが、生き物にとっては意外に住みやすかったりするじゃないでしょうか。でも、今は里山が荒れてしまったために、生き物の生息範囲が人間の側に広がって来ている。

春山
そうですね、鹿、猪、猿。林業の方にお話を聞くと、鹿の食害がひどくて森が育たないと嘆いていました。

養老
箱根周辺でもかなり増えてきました。場所によっては鹿に会わない日はないっていうぐらいになっていますね。

春山
人の営みを含んだ上で、自然は成り立っています。狩猟を含め人の手が適度に入るからこそ守られる自然もあると思います。

養老
そのためには、やっぱりその場所に長く暮らして、地域を理解することが必要なんですよね。

柔らかな頭で自然を理解する大切さ

養老
最近、アメリカで有機不耕起の畑づくりについて書かれた『土を育てる 自然をよみがえらせる土壌革命』(NHK出版)という本を読みました。化学肥料や除草剤、殺虫剤はもちろん使わない、そして畑を耕さない。にも関わらず、周辺の農家と競争できるだけの収穫をあげてるんですね。

改めて考えると、とても不思議ですよね。額に汗して地面を耕す農業って何だったんだろう…という疑問がおこります。土を耕すというのは、農業の常識なんですよね。でも実際には、自然というのはヘタにいじらない方が良かったりするわけです。

春山
農業のやり方を含め、自然と人の関わり方はわかっていないこと、試していないことがまだまだ多いですね。

養老
恐らく人というのは、自分が一生懸命に努力して成果が得られたっていうのを評価するんです。

不耕起みたいに耕しもしないで、ジャガイモの種芋を畑に並べて、上に枯れ草をかぶせて、それできちんと収穫できてしまうと何か釈然としない。「なんだ、これでいいのか」って思ってしまうんです。嫌なんですよ。何もしてないのに勝手に育つというのは。

もうちょっと自然に対して、柔らかい頭で向き合うことが必要なのだと思います。

農業というのは1年に1回しか収穫できない場合が多い。失敗すると1年分パーになりますから、しっかりと研究しなきゃいけないんですが、もっと柔軟に考えても良いのだと思います。一面的に捉えてはダメなんです。でも、そういう考え方、今の人は苦手なんですよね。

春山
不耕起栽培といえば、(世界で初めて完全無農薬・無肥料での栽培に成功した)リンゴ農家の木村秋則さんが思い浮かびます。

養老
そうそう、木村さん。要するに自然の力をきちんと活かせば、放っておいてもいいということですね。

自然から無意識に学ぶ重要性


養老
やっぱり大切なのは、教育ですね。今の社会だと、「一生懸命勉強しなさい」「そうすれば、いい成績が取れるよ」。そして「じゃあ、いい成績を取るとどうなるの?」って言うと、以下同様に説明が続いていくわけです。

一方で、「もしかして一生懸命に働かなくても大丈夫なんじゃない?」「勉強しなくても大丈夫なんじゃない?」っていう疑問は抱かない。でも実は、そっちの疑問の方が重要じゃないかと思うんです。あんまり一生懸命にやらなくてもなんとかなるんだよっていう。

特に今の日本には、もっと怠けろっていう姿勢が必要じゃないかと僕は考えています。「東京で気温が30度を超えたら仕事は休み」みたいにしたほうがいいんじゃないかとも思っちゃう。オフィスのエアコンに使っているエネルギーを考えたら、実はそっちの方が良いのかもしれない。

休みにすることで当然、発電のための石油や天然ガスの消費量は減るわけですから、どのくらい減ったか計算できるはずです。脱炭素は喫緊の課題なわけですからそういうアプローチがあってもいい。なんでも、真面目に一生懸命やることが正解とは限らないんですね。

春山
先ほどの不耕起栽培と同じですね。

養老
先日、岡山県に行って小学生を相手に遊ぶ機会がありました。時間が合えば、そういうこともやるんです。チャンスを伺って、学校の邪魔をする(笑)。一応口実が必要なので、虫採りを教えるみたいなふりをしてね。単に遊びに行くんです。

春山
先生は、自然体験が教育にもたらす効果についてどうお考えですか?

養老
人間も生物ですから、本来そういう自然環境の中での体験というのは重要なはずなんです。

「学ぶ」っていうと、なんか意識的に何かを取り入れるっていう風に思っちゃうんだけど、それだけじゃなくて自然の中で子どもは無意識にさまざまなことを学んでいるんです。でもそれは、点数では測れない。

春山
今の教育は、子どもをコンクリートの箱に押し込んで、外に出さない傾向がより強くなっているように思います。

養老
最近、僕の友人で生物学者の池田清彦さんが『馬鹿の災厄』(宝島社新書)という本を書いて説明してますが、要するに大学紛争の頃に若い人が大騒動したので、その後の教育ではできるだけ従順な若い人を作るっていう風潮が強くなってしまった。

春山
そうなると、価値観が画一化して「不耕起栽培」のような、そもそもの前提を覆す問いが生まれにくくなってしまう。

「考えても答えが出ない」時代をどう生きるのか?

養老
僕は脳化社会という表現を使うんですが、今の社会では、なんでも意識的にやろうとする傾向がとにかく強いんです。その方が安心なんですね。「考えればきっと答えが出てくる」と錯覚しがちですが、実際に生きてるとそうじゃない。

今の社会というのは、「考えれば答えが出る」という性質のものをあらかた片付けてきてしまった時代だと思います。結果として「ああすればこうなる」では、答えが見つからないことだけが残ってしまった。それらが、我々が今直面している様々な問題です。

春山
「ああしてもこうならない」ものに対して、どう向き合うか。その姿勢が問われているということですね。

養老
それが生きてるってことでしょう。でも我々は「ああすればこうなる」でずっとやってきた。そういう世界を構築してきたら、どうにもならない問題だけが残ってきてしまった。

春山
そういう意味では「外に出て自然と向き合う」「自分で体験する」ことが、これからの時代はより重要になってきますね。

養老
まあゼロから始めるので、ものすごく効率が悪いのですけどね。でもそうやって人は人生をつくっていく。

春山
コロナ禍になってから、そういう必要性を察してか、食やエネルギーを含め自分たちの暮らしに、積極的に関心を持つ人たちが増えているように思います。特に地方への移住者が増えているのは、ひとつの希望です。YAMAPもコロナになってからユーザーがさらに増えました。山に行く人が増えたのも、人々が都市ではなく自然の方へ生活の変化を求めている兆しなのかもしれません。

養老先生にとっての「地球とつながるよろこび。」とは?


春山
最後に先生にお伺いしたいんですが、先生にとって地球とつながっている感覚というか、どういった時に自分の命と地球がつながっていると感じるのか、お聞かせください。

養老
虫を採ったり、いじったりしてる時には、そう思ってますよ。「なんでこんなもんがいるんだろう?」と。それこそ、いてもいなくてもいい虫って、いっぱいいるんです。

でもきっと彼らも、ありとあらゆる状況を生き抜いて、今こういうふうになっているんですね。生物学の一番面白いところは「答え」なんです。ありとあらゆる恐竜が滅びるような状況をくぐり抜けて生きのびてきた答えがお前らだな、っていう事実が目の前にある。回答集なんですよ、生き物は。

春山
私たち人類も存在自体がひとつの答えであり、答えを生きているということですね。感慨深いです。

今日はありがとうございました。

撮影:山田裕之

YAMAP代表・春山の対談集『こどもを野に放て! AI時代に活きる知性の育て方』(集英社)が発売中

YAMAP MAGAZINE 編集部

YAMAP MAGAZINE 編集部

登山アプリYAMAP運営のWebメディア「YAMAP MAGAZINE」編集部。365日、寝ても覚めても山のことばかり。日帰り登山にテント泊縦走、雪山、クライミング、トレラン…山や自然を楽しむアウトドア・アクティビティを日々堪能しつつ、その魅力をたくさんの人に知ってもらいたいと奮闘中。