秋は野鳥を間近に観察できる絶好のチャンス。越冬地へ向かう旅の途中で立ち寄る鳥、冬を越すために渡ってくる鳥、標高の高い場所から平地に降りてくる鳥など、鳥たちの移動が盛んになる秋だからこそ見られる野鳥がたくさんいます。
野鳥写真家の第一人者、大橋弘一さんに、里山・低山で見られる秋の野鳥を10種(名前の由来、特徴、鳴き声など)を教えていただきました。
2020.09.17
大橋 弘一
野鳥写真家
標準和名:キバシリ
分類:スズメ目キバシリ科キバシリ属
漢字表記:木走
英名:Eurasian Treecreeper
学名:Certhia familiaris
全長:14cm
木の幹にへばり付くようにとまる目立たない色彩の小鳥です。九州以北のほぼ全国で低山から亜高山帯にかけて通年生息しています。数が少ないわけではないのですが、木の皮にそっくりな色のせいか、目立ちません。でも、秋に葉が落ちた森では夏より見つけやすくなります。
山道を歩いていて、どこかから飛んできてパタッと木の根元にとまるこの鳥を見たことがあるという人もいらっしゃるでしょう。樹皮のすき間などに潜んでいる小さな虫を探しながら幹をぐるっと回るように、根元から螺旋状に少しずつ登って行き、ある程度の高さまで来るとまた次の木の根元に飛び付くことを繰り返します。木の幹の表面を這い上がる独特な動き方はこの鳥ならではのものです。
英名のトゥリークリーパーは直訳すれば”木を這うもの”で、日本語の「木走」とほぼ同義ですが、英語ではもうひとつ、スプリングバード(Spring Bird)という別名もあります。これは木を螺旋状に上っていく動きをスプリング(バネ)に例えた呼び名です。鳥の行動をしっかり観察してこそ思いつく、わかりやすい呼び名ですね。
標準和名:ゴジュウカラ
分類:スズメ目ゴジュウカラ科ゴジュウカラ属
漢字表記:五十雀
英名:Eurasian Nuthatch
学名:Sitta europaea
全長:14cm
樹幹を活発に動き回る灰色の小鳥で、沖縄を除く全国で亜高山帯を含む山地から平地まで幅広く森林に生息しています。年間を通して同じ地域に暮らす”留鳥”ですが、木々の葉が落ちる秋には観察しやすくなります。
木の幹を動き回ることはキバシリと同様ですが、ゴジュウカラは動きも早く、縦横無尽に動き回ります。特に、下向きになって(頭を下にして)歩くのが得意ワザであり、こういう動きができる鳥は他に類を見ません。
動きが派手であるだけでなく、動き回りながら「トュ、トュ、トュ」とよく鳴き、また繁殖期には「フィーッフィーッフィーッ」という大きな声で遠くからでもその存在に気づきます。
ゴジュウカラというちょっと変わった和名は、シジュウカラに似ていて少し違う鳥だから、という意味で江戸時代に名付けられたそうです。実際は、色彩以外は体形も行動も似ているとは思えませんが、言葉遊びが大好きな江戸っ子たちが考え出した呼び名かと感心してしまいます。
ただ、昔もこの鳥がそれほどシジュウカラに似てはいないと思った人がいたのか、さらに、ハチジュウカラという別名もあったそうです。五十にせよ八十にせよ、庶民の駄洒落感覚で名付けられた鳥名が現代の標準和名として残っている例として珍しい名前だと言えるでしょう。
標準和名:エゾビタキ
分類:スズメ目ヒタキ科サメビタキ属
漢字表記:蝦夷鶲
英名:Grey-Streaked Flycatcher
学名:Muscicapa griseisticta
全長:15cm
秋になると全国各地に渡来し、山地の林や林縁で木の実を食べる姿が見られる濃い灰褐色の小鳥です。日本よりも北の地域で繁殖し、日本よりも南で越冬する”旅鳥”の代表格で、この鳥にとっては日本列島は通過点のひとつです。ちなみに、春には秋と反対方向へ、つまり北上する旅の途中でやはり日本列島を通過して行きますが、なぜか春はあまり見かけず、秋の印象が強い鳥です。
ところで、この鳥は名前に”蝦夷”と付いていますが、じつは北海道では秋にもあまり見かけません。10月頃には、関東地方などでは数多く見かけるのと対照的です。北海道では少ない鳥なのになぜエゾという名が付けられたのでしょうか。
じつは、蝦夷とは北海道を意味する地名ではありません。蝦夷は「アイヌの人々が暮らす場所」という意味で、正確に言えば蝦夷地は北海道島だけでなく樺太(サハリン)や千島列島(クリル諸島)も含まれる概念なのです。エゾビタキは、サハリンや千島列島を主要繁殖地としていて、そのため蝦夷の名を冠した和名が付けられたわけです(北海道では繁殖しません)。かつて樺太も千島列島も日本の領地だった時代があることはご存知の通りです。今でも千島列島の南部の島々は日本固有の領土だとされています。
エゾビタキというこの鳥の和名からは、領土問題という複雑な歴史を思い起こさずにはいられません。
標準和名:コマドリ
分類:スズメ目ヒタキ科ノゴマ属
漢字表記:駒鳥
英名:Japanese Robin
学名:Luscinia akahige
全長:14cm
北海道から九州まで、日本列島の主要4島全てで亜高山帯で繁殖する夏鳥です。
オレンジ色の色彩も美しく、馬のいななきに例えられる「ヒン、カララララララ…」というさえずり声が有名です。初夏の登山でコマドリの美しい声に癒された経験をお持ちの方も多いでしょう。
夏鳥なので、秋には日本列島を南下し、中国南東部などの越冬地へ向かう”渡り”を行います。その移動の姿は、山地だけでなく、時には平地の都市公園などでも見られることがあり、私たちを幸せな気持ちにさせてくれます。また、山地の水場などに色の薄い今年生まれの若い個体が現れて水浴びをすることがあり、その姿を見るのも秋ならではの楽しみのひとつです。
コマドリは、古来、鳴き声を競わせる趣味の対象として広く飼育されてきました。特に鳴き声の優れたものは「吉野駒」「日光駒」「秩父駒」「利尻駒」など産地の名を冠して呼ばれて評価され、好事家は競ってそれを入手したそうです。もちろん、今では鳥獣保護法の規定によってすべての野鳥は捕獲・飼育が禁じられていますが、人と野鳥との関わりの歴史の中で、コマドリがどれほど人々の心を捉える存在だったかがわかります。
標準和名:ノビタキ
分類:スズメ目ヒタキ科ノビタキ属
漢字表記:野鶲
英名:Common Stonechat
学名:Saxicola torquatus
全長:13cm
本州と北海道に渡来する夏鳥で、本州では避暑地などの高原で繁殖します。北海道では平地の草原で数多く繁殖しています。
秋は9月頃から南下の旅を始め、河川敷などの草原に群れで現れます。雄は夏羽では白黒はっきりした姿ですが、秋の渡りの時には既に冬羽に換羽中で、別の種類かと思うほど地味な色彩になっています。
草原性の鳥なので山にいるとは考えにくいのですが、秋の渡りの時期には、意外と山で見かけることがあります。海峡を望む場所にある山なら標高1000メートル程度の場所にいることもあります。いよいよ海の上を渡って行くという時、集団で渡って行くために群れが集結する場所になっているのでしょう。
海の上は、陸の鳥たちにとって渡りの最大の難所です。ひとつ間違えて海に落ちてしまえば、それは死を意味するのです。
ノビタキに限らず、小鳥たちが群れで渡って行くのは、猛禽に襲われても多くの個体が生き延びるための、種としての生存戦略だと言われます。科学的に見れば確かにその通りなのですが、群れの一団が常に鳴き交わしながら見慣れぬ海上を南へ向かって飛んで行く姿は、心情的な見方をすれば、お互いを励まし合いながら決死の覚悟で臨む旅なのだと思えてなりません。
標準和名:アカゲラ
分類:キツツキ目キツツキ科アカゲラ属
漢字表記:赤啄木鳥
英名:Great Spotted Woodpecker
学名:Dendrocopos major
全長:24cm
日本のキツツキ類の代表的存在で、国内ではおもに本州と北海道に分布する留鳥です。白・黒・赤の配色が美しく、特に雄は2か所にある赤い色がとても目立ちます。
国内の分布地では北へ行くほど生息密度が高くなり、北海道では最も一般的な、数の多いキツツキです。
アカゲラをはじめキツツキ類は渡り(季節性の定期移動)を行わず、一年中同じ地域に暮らす鳥たちです。それにもかかわらず、俳句の世界では秋の季語とされています。行動が一番目立つのは繁殖期の初夏ですし、森の木の葉が落ちて見通しが良くなって姿が見やすくなるのは冬。実際の生態を考えると、キツツキと秋とのつながりはあまり感じられませんが、秋の風情に似合う鳥だという感覚が、古来、日本人の伝統的な感覚の中にあるのかもしれません。中でもアカゲラは、特に秋という季節に似合うように思えます。
ところで、歌人の石川啄木は、生まれ育った岩手県の渋民村(現盛岡市)でキツツキが木をたたく音に心癒され、キツツキの名をペンネームにしたと伝えられています。このキツツキの種類が何であったかは記録がありませんが、私はアカゲラだった可能性が高いだろうと考えています。
標準和名:カケス
分類:スズメ目カラス科カケス属
漢字表記:懸巣
英名:Eurasian Jay
学名:Garrulus glandarius
全長:33cm
山地の鳥ですが、夏はひっそりと山で繁殖していてあまり見かけることがありません。しかし、秋の訪れとともに存在感を増し、10月以降、人里近くにも現れるようになります。
カラスの仲間らしく雑食性ですが、秋以降はドングリなどの木の実を好んで食べ、また地面に埋めたり木の皮のすきまにはさんだりして”貯食”を行います。ドングリ(カシ、ナラ、カシワなどコナラ属の実の総称)をよく食べることは昔から知られ、平安時代には「かしどり(樫鳥)」と呼ばれていました。
鳴き声は「ジェー」と濁った声で、英名のJayはこれをそのまま呼び名にしたものです。他の鳥などの声を巧みに真似ることができ、タカ類やキツツキ類のほかネコの声まで実物そっくりな声を出します。さしづめ、自然界のモノマネチャンピオンです。
ここで私の体験談をひとつ。ある日、森を歩いていて「ピー、ヒョロロー」とトビの声が聞こえてきたので上空を見上げてみましたが、見当たりません。しかし、次の瞬間「ジェー」というだみ声とともにカケスが姿を現しました。ものの見事にカケスの鳴きまねに騙されたのでした。鳴き真似はとても上手なのに、すぐ自分の本来の声を出して馬脚を現すところが微笑ましい…。器用なのか間抜けなのかわからない、憎めない鳥です。
標準和名:ジョウビタキ
分類:スズメ目ヒタキ科ジョウビタキ属
漢字表記:尉鶲
英名:Daurian Redstart
学名:Phoenicurus auroreus
全長:14cm
日本では身近な冬の小鳥の代表格ですが、渡来する時期は案外早く、10月か、地域によっては9月下旬に姿を現します。その意味で、秋を感じる鳥の一つとも言えるでしょう。
国内の渡来地は北海道を除く全国で、低山から山麓、平地の明るい林や農耕地などに単独で越冬なわばりを構えます。おもな食べ物は昆虫や草木の実など。冬を単独で過ごすのは、食糧事情の厳しい冬を生き抜くために必要な土地の面積を確保するためです。あまり高くない枝などにとまって尾羽を震わせながら、虫を探して地面を見つめている姿を見ることが多いでしょう。
胸から下の柿色が美しく、特に雄は黒い顔に銀色の頭、黒い翼には大きな白斑が映え、とても日本的な美を感じる姿です。昔は、翼の白い斑紋からの連想で「紋付(もんつき)鳥」という異名もありました。
この鳥が属するヒタキ科には、国内だけでも50種以上の仲間がいますが、「ヒタキ」という名の元祖はこのジョウビタキだと言われています。「ヒッヒッ」「カッカッ」というこの鳥の声が火打石(ひうちいし)をたたく音を連想させたため、火を焚く、つまりヒタキと呼ばれたことが発端だそうです。
標準和名:ヒレンジャク
分類:スズメ目レンジャク科レンジャク属
漢字表記:緋連雀
英名:Japanese Waxwing
学名:Bombycilla japonica
全長:17-18cm
秋の深まる11月頃、越冬のために日本へ渡って来るレンジャク類の1種です。レンジャク類は、独特な形の冠羽(頭の飾り羽)や黒い過眼線(目の前から後ろへ伸びる細い帯)などの特徴がある美しい小鳥で、ヒレンジャクのほかにキレンジャクも冬の鳥として親しまれています。
ヒレンジャクとキレンジャクは一見よく似ていますが、尾羽の先端部の色が鮮やかな緋色(濃いピンク)をしているのがヒレンジャク、黄色なのがキレンジャクです。
ヒレンジャクは北海道から南西諸島まで日本全国を越冬地とし、低山や山麓の林などで姿を見ることができます。赤や黒や青など色のついた果実を食べ、特に好物のヤドリギなどに群れで飛来して盛んにその実をついばみます。
晩秋の渡来当初は山地のナナカマドなどに群れる姿をよく見ます。そして、その実を食べ尽くすとだんだん人里に降りて来るようになり、真冬には果実を求めて平地の人家の庭先にまでやって来ます。
姿の美しさで人気のある鳥ですが、姿だけでなく鈴の音を思わせるような「チリリリリー、チリリリリー」という澄んだ声もまた魅力的です。
標準和名:ノスリ
分類:タカ目タカ科ノスリ属
漢字表記:鵟
英名:Common Buzzard
学名:Buteo buteo
全長:雄50〜53cm 雌53〜60cm
トビに次いで数の多い身近なタカ類です。と言ってもトビよりはるかに観察機会は少なく、バードウォッチャー以外の方にはあまりなじみはないかもしれません。
トビと同じくらいの大きさがあるので、飛んでいる姿を見るとトビと間違えるかもしれませんが、ノスリは白っぽく見え、尾羽の形も違っているので、注意深く見れば識別できるでしょう。胸や腹は薄い褐色で、脇腹には濃い茶褐色の斑紋が帯のようにつながって見え、俗に「腹巻」などとも呼ばれます。
国内では沖縄を除く全国の里山などで越冬する冬鳥で、山麓部の農耕地などでも姿を見ます。
本州中部以北では繁殖もしますので通年生息しているわけですが、そういう地域でも秋になると急によく見かけるようになります。これは、繁殖地の山間部が雪で覆われる前に人里近くに降りて来るためだと考えられます。野ネズミやトカゲなど地上の生きものを捕食するため、雪が積もると食物を得ることができなくなるからです。
姿を頻繁に見かけるようになると秋の深まりを感じる鳥です。