皆さんは「安全に登山するために」何を心がけ、どんなことを実践していますか? 2021年の山岳遭難発生件数は2,635件、遭難者3,075人(死者・行方不明者283人)。この数字は、コロナ禍で外出を自粛した方が多かったにもかかわらず、過去2番目に多いものです。そこで、「安全登山」の啓発活動を行っているTHE NORTH FACE主催のもと、YAMAPが協力し「MOUNTAIN SAFETY〜安全登山のためにわたしたちにできること〜」と題し、登山者が安全に山登りを楽しむ方法を学ぶオンラインセミナーを開催しました。
2022.08.04
大関直樹
フリーライター
当日の様子はアーカイブ動画でフル視聴可能です。
本編は、21:16から始まります。お時間がある際にぜひチェックを!
今回のオンラインセミナーでは、石井スポーツ登山学校校長の天野和明さん、登山ガイドの渡辺佐智さん、長野県警山岳遭難救助隊長の岸本俊朗さん、THE NORTH FACEスタッフの本武史さんという、錚々たる山のプロにお集まりいただきました。
配信中は、事前に募集した質問やYouTubeのチャット欄に寄せられた疑問に4名のパネリストの方が丁寧に回答。リアルタイムでご覧いただいた430名の視聴者のみなさんからは、「山慣れしている方の経験則、実際の遭難事例が本当に勉強になりました!」など多くのコメントが寄せられました。それでは、さっそくセミナーの内容を紹介します!
天野和明(あまの かずあき)
1977年、山梨県生まれ。国際山岳ガイド。インドヒマラヤ、カランカ(6,932m)北壁をアルパインスタイルで初登攀し、フランスの山岳賞「ピオレドール賞」を日本人として初受賞。石井スポーツ登山学校校長も務める。
渡辺佐智(わたなべ さち)
1976年、神奈川県生まれ。登山ガイド、スキーガイド。春から秋は登山ガイド、冬から春はバックカントリーガイドとして四季を通して活動。初心者の視点に立って丁寧なアドバイスを心がける。モットーは「楽しく安全登山!」
岸本俊朗(きしもと しゅんろう)
1978年、千葉県生まれ。信州大学山岳会に所属し、卒業後は「社会のために貢献したい」と思い長野県警に奉職。諏訪署、松本署などを経て2017年に山岳遭難救助隊副隊長、2021年3月からは隊長を務める。
本武史(もと たけし)
1973年、福岡県生まれ。ザ・ノース・フェイスで直営店プロモーションやスタッフのフィールド研修を担当。大学時代に始めた登山では、冬山、クライミング、沢登りなどフィールド全般を楽しむ。登山ガイドの資格も持つ。
ここからは、事前または当日に登山者の皆さんから集まった質問と、それに対する回答をギュッと凝縮してお伝えしていきます。
Q1:「山の遭難のニュースをよく見ます。遭難ってそんなに多いのですか?」
A1:15年ほど前から急激に増加し、最近は年間約3,000人が遭難しています。
岸本「全国の遭難発生状況の推移を示したグラフを見ると、平成20年頃から急激に増えているのがわかります。令和元年と2年は、新型コロナの影響もあって減りましたが、去年は再び増加に転じています。長野県については、これまで怪我をして救助要請する方が多かったのですが、ここ10年は道迷いや疲労など準備不足による救助要請が増えました。遭難防止には、地図やコンパスの携行、体力に合った登山計画を立てることが大切です」
岸本「ちなみに遭難の原因については、道迷いが圧倒的に多いんですね。全国的には4割~5割を占めています。次いで滑落・転倒となっています。こうして統計を見ると道迷い遭難が非常に多いので、これをどう防いでいくかが大きな課題だと思います」
天野「僕も登山学校で初心者のお客様に講習をしているんですが、道迷い防止のために読図スキルを身につけたいという要望が多いですね」
渡辺「たしかに地図を読めるようになりたいという方は多いですが、いきなりコンパスと地形図を使うのは、ハードルが高いのかなと思います。そこでYAMAPさんのような、登山アプリを上手く活用するといいのかなと感じています」
Q2:登山届を提出するとどんなメリットがありますか?」
A2:遭難したときに救助される可能性が高くなります。
渡辺「万が一遭難したときでも登山届が提出されていると、初動捜索が早くなり捜索範囲も絞り込めるので、救助される可能性がすごく高くなります。登山届を出すときに大切なのは「○時までに下山報告がなかったら、救助要請してね」というのを周りの人に伝えておくことです。捜索は、家族や知人の通報がなければ始まりません。もし近所の裏山に散歩に行く場合でも、必ず誰かに伝えてからにしましょう」
YAMAP斉藤「登山届を書くのは面倒と思う方がいるかもしれませんが、YAMAPを使えばポンポンと画面を押すだけで簡単に登山届を作成できます。しかも、長野県や群馬県、神奈川県などの県警や自治体を連携してスマホで送ることもできますので、とても便利です」
(参考)YAMAPヘルプセンター 登山計画はどうやって作るの?
Q3:日頃からYAMAPを使っています。すごく便利なので、道に迷う心配がなくなりました。これで遭難対策は万全ですか?」
A3:必ずバックアップとして紙の地図も携行しましょう。
岸本「YAMAPをはじめとするスマホのアプリはとても便利なんですけど、スマホを落とす、バッテリーが切れる、故障するといったアクシデントに遭遇することもあります。実際にそういったケースで遭難しているもいらっしゃいますので、紙の地図を持っていくといったバックアップ対策は、大事かなと思います」
天野「僕も紙の地図を持つことをおすすめしているんですが、その前にまず山の概念を頭に入れることが大切ですね。東西南北のどこにどんな山があるかを入れておくだけでも、道迷いのリスクを大きく減らすことができます。また、地図読みって宝探し的な喜びがあるんですよ。だから紙地図を使って歩いて、後からYAMAPで現在地を確かめて答え合わせするというのも面白いですよ」
Q4:「道に迷ってしまったときに、やっちゃいけないことってありますか?」
A4:谷に降りてしまうのは、絶対NGです。
岸本「道に迷ってしまう人は、おかしいなと思いながらも、どんどん谷筋に下りていって進退窮まってしまうというケースが多いですね。谷だと救助要請をしようと思っても地形的に携帯の電波が入らないこともあります。だから、当てずっぽうで歩かない。必ず自分が知っている場所まで戻ることが大切です。もし戻れないときは、その場で救助要請をするというのも大事な判断だと思います」
渡辺「あと、道迷いを始めとする遭難事故は、下山時に多いんですよね、下山のときって体力的に疲れているので、自分が間違ったと思って行動を変えるのは大変です。でも、自分の判断を過信せずに、疲れていても間違ったときに 戻ることは大事だなと思います」
YAMAP斉藤「ここでYAMAPユーザーの遭難事例を一つ紹介します。mayumiさんという方の滑落事故なんですが、他の登山者への注意喚起のため、活動日記として記録してくれたものです。下記に要点をまとめていますが、詳細はmayumiさんの活動日記をご覧ください。mayumiさんは、天野さんのお知り合いだったとか」
天野「僕は、mayumiさんとSNSでつながっていて、事故に遭ったというので連絡を取りました。御本人もすごく反省しているので、責めるつもりはないのですが、初心者中心のグループで穂高のバリエーションルートに行くのは厳しいと思います。あそこは、僕もお客さんと行く場合はロープを使うところですが、ロープも携行していなかったとのことでした。事故の直接的な原因は、ピッケルを持ち替えるときに滑ったと聞いたんですが、それ以外にも計画が甘かったり、メンバーの力量も達してなかったりとかいろいろな要因があったのだと思います」
YAMAP斉藤「mayumiさんの事例もそうですが、遭難の記録はどんなことに気をつけたらいいのかを知るモデルケースになりますよね。今回の活動日記のほかにも、遭難については書籍もたくさん出版されていますので、ぜひ読んで安全登山の参考にしてくださいね」
天野「ちなみに、僕が所属していた明治大学山岳部では、食事を給仕するときに食器の縁などにご飯粒やカレーがついたままで先輩に渡すと、遭難すると言われていました。普通は、きれいに拭いてから出しますよね。でもそこに気がつかないことが心の隙を生んで、事故につながるということです。僕は、疲れているときやピンチになると、この話を思い出して手を抜かないようにしようと自分に言い聞かせています」
YAMAP斉藤「なるほど、天野さんが海外のチャレンジングな山にトライするときも、お話いただいたエピソードを思い出されているんですね!小さな気の緩みが、大きな事故につながる可能性があることは、登山者のみなさんも気に留めておいた方がいいのは間違いないですね」
Q5:「登山中に体が冷え切らないよう対策をしていたんですけども、アクシデントが起きて体が冷えきってしまいました。使い捨てカイロ何枚も貼っても温まらなかったのですが、安全登山のためにこれだけは揃えておきたい装備とは、どんなものでしょうか?」
A5:以下の装備は、必ず携行しましょう。
アイテム名 | TNF本さんからのひとことポイント |
ベースレイヤー | 汗冷えを防いでくれる。日焼け防止のため長袖がおすすめ。 |
ダウンなどの保温着 | 高山は夏でも朝晩は冷えるので、保温着は持っていきたい。ベストタイプならコンパクトに携行できる |
レインウェア | 防水透湿素材のもので、必ず上下セットで携行すること。
寒さを感じたらウインドジャケットにもなる。 |
登山靴 | ローカット、ミドルカット、ハイカットのどれを選ぶかは、自分の登山技術、脚力、行程などを考慮しよう。 |
帽子 | 夏山では熱中症防止、日焼け防止のためにも、必ず持っていきたい。 |
サングラス | 目を紫外線から保護するために携行しよう。強風や砂埃などのアクシデントでも視界を確保できる。 |
ヘッドライト | 日帰り登山でも道に迷ったりすると、下山が夜になってしまうことも。登山前にバッテリーの残量を確認しよう。 |
ファーストエイドキット | ケガや病気などの万が一のときにために、医薬品などを詰め合わせたキットは必携。 |
スマホの予備バッテリー | スマホがバッテリー切れだと救助要請ができず命の危険にかかわることも。予備バッテリーは、必ず持っていくこと。 |
水筒 | 今年は猛暑が予想されているので、水は多めに持っていきたい。身軽さ重視ならハイドレーションタイプを。 |
ツエルト or
エマージェンシーシート |
外気と体を隔てるシェルターがあるだけで、体力の消耗を防ぐことができる。 |
Q6:「遭難しないために有効なトレーニングってありますか?」
A6:1ヶ月に2,000mの標高差の登り下りをしましょう。
渡辺「遭難の背景には、体力不足からくる疲労や集中力の低下が考えられます。そこで、日頃から体力をつける必要がありますが、トレーニングをするときは、具体的な目標を決めるのがいいと思います。YAMAPの記事にもありましたが、近くの低山で1ヶ月に標高差2,000mを目標としてトレーニング登山をしてみてはいかがでしょうか。ジョギングや筋トレも効果はありますが、登山に必要な体力を身につけるには、山に行くのが一番です」
Q7:「熱中症にならないためには、どうしたらよいでしょうか?」
A7:休憩のたびにこまめな水分補給をしましょう。
天野「熱中症の心配がある気温が高い日は、行動開始直後の涼しい時間帯から、積極的に飲んで食べることが大切です。その後も、休憩のたびに飲んだり食べたりしましょう。とくに長丁場のときは休憩時間を削ってしまいがちですが、5分でも10分でも時間を取って、しっかりと水分・栄養分を補給した方が疲れにくくスムーズに行動できます。もし熱中症や低血糖状態になると、リカバリーするためにかえって時間がかかってしまうことがあります」
岸本「日中の暑い時間は、なるべく標高の高いところで行動するのもひとつの方法です。朝早く涼しい時間帯から歩き始めると、昼間の暑い時間帯に標高が高く涼しい場所に達することができます」
渡辺「女性の中にはトイレを気にされて、水をあまり飲まない方もいますが、一般的に「行動中の脱水量(ml)=(体重+荷物の重量(kg))×行動時間(h)×5(脱水係数)」といわれています。この量を目安に、できるだけこまめに水分を摂取しましょう。そうすることで体力・集中力の消耗も防げますし、日焼け予防にも効果がありますよ」
この他にも「携帯電話がつながらないときの救助要請の方法は?」、「汗冷えしない女性用下着の選び方は?」といった安全登山に役立つこと間違いない情報が目白押しとなった本オンラインセミナー。 続きはアーカイブ動画でご視聴いただくことができます!
4名のパネリストの方には、時間ギリギリまでたくさんの質問にお答えいただきました。遭難は決して他人事ではなく、いつ自分の身に起きるかわかりません。だからこそ、THE NORTH FACEでは「MOUNTAIN SAFETY」というテーマのもと、これからも安全登山を啓発するイベントに取り組んできたいと思っています。そして、安全登山への思いはYAMAPも同じ。みなさんも「楽しく」登山を続けていくために、万全の準備をして山に出かけましょう。
原稿:大関直樹
イラスト:北構まゆ
会場提供・協力:株式会社ゴールドウイン