傑作山道具のショーケース!|「登山道具本の読み方」を考察する

2020年7月の開始以来、全14回にわたってお届けしてきた超人気連載「大内征の旅する道具偏愛論」。ボトルやボード、カップ、ウェア、ナイフなど、数々の登山道具に関して低山トラベラー大内征氏が道具選びの妙味をお届けしてきた本コーナーもいよいよ最終回。フィナーレを飾る今回のテーマは「登山道具の本」について。著者の類稀なる審美眼を培ってきた名著の数々をご紹介します。ぜひ今回も、大内氏が繰り広げる偏愛の旋律を心ゆくまでご堪能ください。

低山トラベラー大内征の旅する道具偏愛論 #14連載一覧はこちら

2022.08.23

大内 征

低山トラベラー/山旅文筆家

INDEX

一生ものの道具と、一生ものの本と

高校生のころ、ぼくは古着屋でアルバイトをしていたことがある。だからだろうか、古くても手入れのいき届いた中古の衣類や道具を見ると、つい手に取ってみたくなる。いまは趣味で古道具屋にもよく顔を出す。旅先にそういうお店があれば必ずチェックして、暮らしに取り入れることができそうな古めかしい家具や一生ものの装飾品を物色しては、わが家に迎え入れるのだ。とはいえ、高価なビンテージ物が多いので、おいそれと手は出せないのだけれど。

そういう素地があるものだから、登山道具や野営道具も手入れをしながら長く使うことを心掛けている。とにかく実際に試すということをしないと納得ができない性分なので、同じような機能のもの、似通ったデザインのもの、そういうものを複数選んで試すのだ。もちろん買う前にはよくよく吟味するから、なんでもかんでも買うわけではない。おかげで目は肥えた。

大事なのは、自分で考えて自分で選ぶこと。そして実際に使ったうえで「比較」し、自分で評価することだ。そうでなければ自らの言葉で語ることはできない。これは道具に限ったことではなく、あらゆることに共通する。

これまでに書き綴ってきた「旅する道具偏愛論」は、まさにそうした「比較」を大前提としている。タイトルにある通りの“偏愛論”だから、ひとつの物のレビューではなく考え方や愛で方を伝えたいと思ってコツコツやってきた。なにもかもがぼくの偏った愛と表現によって成立してしまうワールド。そういうことを第一に面白がってくれる一枚上手の編集者がずっとサポートしてくれていたので、ずいぶん甘えさせてもらったと思う。しかしながら、もうそういう甘えも、偏った愛も、この記事で最後となる。

長い前置きだったけれど、つまりこれが最終回。なにを書くかは、最初から決めていた。大テーマは「旅する道具偏愛論」なのだから、そもそも道具に対するぼく以上の偏愛が論じられた先人たちの功績を取り上げないわけにはいかない。

というわけで、前回の「山の本」に続き、今回は「道具の本」である。ぼくにとってのバイブルや思い入れのある書籍のバックナンバーからいくつかを取り上げて、最終回を締めくくりたい。

毎シーズン楽しみにしている登山誌の「ギア特集」

登山道具は日進月歩でアップデートされている。見ているだけで楽しくなるし、ちょっとマイナーチェンジしただけで欲しくなる(もちろんその逆もある、笑)。目的にあった道具を見つけるたびに、使わなくなる道具も増えていく。中古専門店やフリーマーケットに顔を出すと、使い古された道具にまじって、真新しいギアが並んでいることも珍しくない。買ったはいいものの、すぐに使わなくなる――そんな経験は、誰もがすることだろう。

その意味では、来たるシーズンの最新ウェアやギアを取り上げてくれる月刊登山誌の道具特集は、買う前に自分なりの見立てができるからとても参考になるし、出るのが待ち遠しい。エキスパートたちが細やかにレビューをしてくれるのがいいし、人が使っている様子が写真で伝わるから、大きさはもちろん使用時の雰囲気もつかみやすいのだ。そういう予備情報をふまえて実物を手にして選べば、無駄遣いはぐんと減るだろう。道具は“消費”するのではなく、どんどん使っていずれ“消耗”するのが理想だと思っている。

その年で一番だったもの、この季節に欲しいもの、ずっと使っている愛用品、壊れてもまた同じものを買ってしまうお気に入りのリピート品、いまはもう使っていない思い出の逸品、登山でも使える日用品のアイデア、シンデレラフィットする組み合わせ、持っててよかったお守りアイテムなどなど、テーマの立て方には雑誌ならではの面白さがにじみ出る。

これから秋冬、そして年末を迎えるにあたり、どんな特集が組まれるのか。いまから楽しみでならない。

月刊誌にはない網羅性とサンプル数が魅力の「ムック本」

ぼくが山仲間から相談されることの多くは、気温と体温をバランスする衣類だったり、ザックや登山靴などの大物のことだったり。雪山用の道具や、クッカーにナイフといった調理器具のことももよく聞かれる。そしてもっとも多いのはテント泊に関する道具だろうか。どれも普遍的で基本的なことであり、登山を続ける限りずっとついてまわること。道具に対する疑問と目的を自分なりに明確にして向き合えば、選び方はどんどん洗練されていく。

もっとも参考になるのは、他人が実際にどういう道具を選んで使っているのかということと、その「理由」だろう。WHATそのものよりWHYが重要だ。その意味では、ムック本が最適。とくに「みんなの道具選び」といったテーマでつくられたムック本は、とにかくサンプルが豊富に掲載されている。どんな人が、どんな道具を使っているのか。なぜその道具なのか。そういうことがたくさんの論じられている。

山業界にいる偏愛気質の人が選ぶものは信頼できるし、マニアックなギアにもお目にかかれる。ザックの中身、サコッシュの中身、パッキング術、愛用の調理器具とその持ち運び方なんかは、見ていて本当に興味が尽きない。

そもそもムック本とはどんな本のことか、ご存じだろうか。言葉の成り立ちを知ると、よりニュアンスがつかめるだろう。すなわち「MAGAZINE(雑誌)」と「BOOK(単行本)」とを組み合わせた造語なのだ。

たしかに、一見すると雑誌のようだし、ページをめくるとますます雑誌のような構成である。それだけにビジュアルに優れており、写真とレイアウトによって自在に編集されているところは、まるで雑誌そのもの。しかし内容は、ある特定のテーマに基づいて体系的で網羅的であり、その一冊で完結しているところが月刊誌とは異なっている。

2010年前後のムック本に登場する人たちの持ち物をよく観察すると、当時から変わらないセオリー的なことや、この10年で進化したサイズ感と重量、そして変化したトレンドや様式がよくわかる。新しければいいということではなく、変わらずに支持されているものを自分なりに再評価することもまた重要だということ。だからぼくは、雑誌はすぐに捨てずにとっておき、いつでも「比較」できるようにしている。

ほかの分野の雑誌が組んだ特集で、外からの眼差しを知る

ここまでは「内側」の視点で編まれた書籍を取り上げてきた。そしてここからは「外側」からの視点について考察したい。つまり業界外から見た登山道具はどのように映っているのか、内と外のとらえ方の違いに興味がある。

たとえばファッション誌は、登山道具に対してどうアプローチするのだろうか。ライフスタイル誌の場合、どういう表現をするのか。業界の内側の視点と外側の視点に違いはあるのか、そういうことにも興味が尽きない。

読者のみなさんもよく知っているであろう「POPEYE」や「BRUTUS」が組んだかつての特集が面白かった。テーマも見せ方も登山誌とは異なる。たとえば「POPEYE」の特集は、コリン・フレッチャーによる名著『遊歩大全』がベースにあって、それを現代日本に生きる“僕らの遊歩大全”として編み直したもの。巻頭の「なぜ歩くのか?」という問いが中目黒の街歩きからスタートする。登山誌だとこうはならないだろう。

登山道具とはまた異なる奥深き「野営道具」を学べる本

縦走して山岳テントを張ったり、整地されていない場所で野営したり、管理のいき届いたキャンプ場で焚き火を楽しんだり。大自然の中に身を置いて最低限の装備で過ごす醍醐味を知ってしまうと、もうそれなしでは生きられなくなってしまう。いや、一度の経験でもう無理!という人も、もちろんいる。

野営に登山の道具はもちろん応用できるけれど、焚き火を楽しむようなキャンプとなると、これまた別の領域の道具が必要になってくる。とくに焚き火はマナーや環境問題にもつながることから、焚き火台と難燃シートの持ち込みは一般的なこと。直火がOKというキャンプ場もあるけれど、火を扱うにあたって必要になる道具はほかにもいろいろとある。

たとえば、猪野正哉著『焚き火と道具』(山と渓谷社)は面白い。タイトルの通り、焚き火に必要なさまざまな道具について紹介されていて、著者自身のこだわりと脱力のエピソードが味わい深いのだ。写真がまた素晴らしくて、道具の使い込まれたディテールとともにその特徴と使う時の実際の様子がビシビシと伝わってくる。読んでいるとどれもこれも欲しくなってくるのだから、やはり書籍のパワーってすごいと思う。

ちなみに、この『焚き火と道具』は道具に焦点をあてたものだけれど、焚き火の一連(準備や実施、消化など)について学びたいなら、前著の『焚き火の本』(山と渓谷社)が断然におすすめ。こちらもさりげなく“脱力”した著者等身大の哲学がスッと入ってきて、あまり構えずに学べるところがよい。なるほど、売れているわけだ。

永遠のバイブル『遊歩大全』とともに!

締めくくりに紹介する本は、これ以外ないだろう。道具偏愛という領域を切り拓いた名著、コリン・フレッチャーによる『遊歩大全』(森林書房)である。持っている人も多いはずだ。

単なる道具のレビューでないことは、この厚みからして想像に難くないと思う。やはり大事なのは、その考え方、その使い方、そしてその体験的エピソード。これらを総じて哲学ともいえるだろうし、美学ともいえる。こだわる部分があれば、あえてやらない部分もある。足し算と引き算の循環によって研ぎ澄まされた、コリンワールド。

あまりに語られてきた世界的バイブルなので、これ以上あれこれいうことは避けたい。というか、いつかこの領域まで行きたいものだ。

ぼくはこの連載をはじめるにあたって、コリンワールドのような独自の世界観をどのように表現するのがよいものか、しばらく考えこんだ。ぼくに期待されることといえば、詳細なレビューでもないし、買ってよかったBEST10とかでもない。道具ひとつひとつに対する哲学、美学、こだわりは、人それぞれなのだ。

やはりここは道具そのものに対する考察と比較とをベースにした「考え方」と「工夫した使い方」、そして「体験的エピソード」をもとにした読み物にしようと心に決める。その世界観をひと言で言い表したとき、ぼくには“偏愛”がしっくりきたのだった。

連載スタートから、気がつけば2年の月日が流れている。その間に本稿を含めて14の“偏愛”を語らせていただいた。読み返すといささか恥ずかしいけれど、一方ではなかなかオリジナルな連載になったと、いまは思える。

そんなひとりよがりの語りを毎回楽しみにしてくれていた読者のみなさんには、素直に感謝とリスペクトしかない。心から、ありがと山でした。

著者近影。
もし山で見かけることがあったら、ぜひ声をかけてください。本当は、ずっと思っていたんです。ぼくが論じることよりも、みなさんの論じる“道具偏愛”を聞かせてほしいなって。

文・写真
大内征(おおうち・せい) 低山トラベラー/山旅文筆家

大内 征

低山トラベラー/山旅文筆家

大内 征

低山トラベラー/山旅文筆家

土地の歴史や物語を辿って各地の低山を歩き、自然の営み・人の営みに触れながら日本のローカルの面白さを探究。ピークハントだけではない“知的好奇心をくすぐる山旅”の楽しみ方とトレイルを歩くことの魅力について、文筆と写真と小話で伝えている。 2016年よりNHKラジオ深夜便「旅の達人~低い山を目指せ!」にレギュラー出演中。NHKBSプレミアム「にっぽん百名山」では雲取山と王岳・鬼ヶ岳の案内人として出演した ...(続きを読む

土地の歴史や物語を辿って各地の低山を歩き、自然の営み・人の営みに触れながら日本のローカルの面白さを探究。ピークハントだけではない“知的好奇心をくすぐる山旅”の楽しみ方とトレイルを歩くことの魅力について、文筆と写真と小話で伝えている。

2016年よりNHKラジオ深夜便「旅の達人~低い山を目指せ!」にレギュラー出演中。NHKBSプレミアム「にっぽん百名山」では雲取山と王岳・鬼ヶ岳の案内人として出演した。著書に『低山トラベル』、『とっておき!低山トラベル』(ともに二見書房)、『低山手帖』(日東書院本社)などがある。NPO法人日本トレッキング協会常任理事。宮城県出身。

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