音楽界屈指の山好きとして、世界各地の名峰への登山経験もある、藤巻亮太さん(レミオロメンのメンバーで現在はソロ活動中)。東日本大震災の際には、被災地に入り「歌の炊き出し」を行ったことでも知られており、歌の力で人々を笑顔にしようと活動を続けています。そんな藤巻さんが「自分の原点である地元山梨を盛り上げたい」という想いから、富士山麓で始めた音楽フェスが「Mt.FUJIMAKI」。YAMAP MAGAZINEでは、過去に藤巻さんのインタビューを掲載したこともあり、「山好きが創る“Mt.”の文字を冠したフェス」がどんなものか興味津々。今回の記事では、奥田民生さん・真心ブラザーズさん・MONGOL800さんなどを迎えて10月1日〜2日に開催された、その内容をレポートします。
2022.11.15
吉玉サキ
ライター・エッセイスト
今年でソロ10周年を迎えるミュージシャンの藤巻亮太さん。 彼は2018年、地元・山梨の富士山麓で音楽フェス「Mt.FUJIMAKI」を始めた。親交の深いアーティストをゲストに迎え開催してきたが、2020年・2021年はコロナ禍の影響から、開催中止やオンライン開催を余儀なくされた。
しかし2022年秋、Mt.FUJIMAKIは満を持して完全復活。10月1日〜2日にかけて、富士山の眺めが美しい山中湖畔にて3年ぶりにリアル開催された。主催の藤巻さんはもちろん、豪華アーティストが奏でる音色はどのように観客の心を揺さぶったのだろうか。
会場となった「山中湖交流プラザきらら」からは湖越しに雄大な富士山の眺望が広がる
天気に恵まれた気持ちのいい土曜日。ステージ背景には富士山が美しくそびえ立つ。
時計の針は11時30分。爽やかな風が吹き抜ける芝生のコンサート会場でオープニングセレモニーが始まった。Mt.FUJIMAKIオーガナイザーの藤巻亮太さんが晴れやかな表情で開会宣言を行う。
「青空と、素晴らしい富士山が顔を出してくれていることが何よりも嬉しい。僕たちの演奏を聴いて、神々しい富士山を眺めて、秋晴れの2日間を楽しんでください」
初日のトップバッターは藤巻亮太さんのアコースティックセット。
「2年分の思いを込めて、この2日間をお届けします。富士山が見守ってくれるこのロケーションに感謝を込めて歌います」
藤巻さんの口からたびたび出てくる「富士山」「山梨」という言葉。自身が主催するフェスに「Mt.」の文字を冠しているだけあり、他のどこでもなく富士山麓で開催することは、彼にとって重要な意味を持つのだろう。
そんな藤巻さんは、『雨上がり』『朝顔』『光をあつめて』『マスターキー』『3月9日』を歌唱。温かみのある伸びやかな歌声が、湖畔の澄んだ空に広がっていく。
また、藤巻さんはリアル開催ができなかったこの2年間についてもたびたび言及した。ファンと共にこの場所でMt.FUJIMAKIを催すことができなかった2年間、彼もまた、寂しさやもどかしさを感じていたのかもしれない。
オープニングセレモニーでは、山中湖村村長の挨拶や、山中湖中学校の吹奏楽バンド「BLUE LAKE BEAT」の演奏なども披露された。地域と共に作り上げたイベントであることがここからも感じられる
オープニングセレモニーに続いて登場したのは竹原ピストルさん。力強いパフォーマンスとは反対に、MCの語り口は謙虚だ。「疲れない程度に手拍子してビートを支えてくださったら…」と客席にお願いすると、次の曲からは会場中が手拍子に包まれた。
彼は、ファンの声を大切にすることでも知られるアーティスト。曲の途中にも、そんな暖かな思いが垣間見えるコメントが挟まれているのが印象的だ。
「ファンの方からのお手紙を読んで、ようこんなオッサンにこんなこと教えてくれるな、と思うことがある。何かしてあげたいけど、何もできない無力感に苛まれることもある」
そう語ったあとに『朧月。君よ、今宵も生き延びろ。』と曲名を言うと、会場中から拍手が湧き起こった。彼が「曲名言っただけで拍手されると緊張するわ」と苦笑すると、拍手はいっそう大きくなる。それを受け「今日は日本中からイジワルが集まってるのかな」と冗談めかし、会場を沸かせた。
*
時刻は14時。10月とは思えないほど太陽が照りつけ、気温も観客席のテンションも上がってきた。
そんな中、バンドメンバーと共にステージに登場したのは元チャットモンチーの橋本絵莉子さん。その小柄な身体から発されるハイトーンの歌声は、真夏のような陽射しによく似合う。誰もが青春時代を思い出すような、甘く懐かしい歌声だ。
ラジオで共演して以来、藤巻さんからは「えっちゃん」と呼ばれているという彼女。この日は、藤巻さんからのリクエストだという『恋愛スピリッツ』など、全7曲を披露した。
次のミュージシャンが登場する前に、藤巻さん率いる「Mt.FUJIMAKIバンド」のメンバー紹介が行われた。Mt.FUJIMAKIでは初年度からハウスバンドを組み、さまざまなアーティストを迎える形で演奏しているのだという。ここからは3年ぶりにきららに集ったMt.FUJIMAKIバンドが演奏を担当する。
藤巻さんは「いろんなアーティストの方と一緒に音楽を作ることができて、ミュージシャンとしてこんなに刺激的なことはない」と語る。そして、心底嬉しそうに「ここから見える景色が幸せ」と目を細めた。
*
続いて、黒いワンピースをまとった中島美嘉さんが現れると、観客席からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。
藤巻さんとは「お互いに冬の曲を持っている」という共通項がある彼女。その縁でコラボした楽曲『真冬のハーモニー』を2人で歌う。炎がはぜる暖炉のような、温もりのある歌声。2人の声が重なった瞬間、会場からは先ほどにも増して、大きな拍手が起きた。
中島さんが大ヒット曲『雪の華』を歌い上げると、会場は静かな熱気に包まれた。最後は映画『NANA』の主題歌『GLAMOROUS SKY』で締めくくる。客席は一体となり、みんながリズムに合わせて拳を突き上げる。
富士山の向こうに日が沈みかけ、空がピンクめいてきた16時。
ステージに現れた岸谷香さんは、いきなり歌い出す。曲はプリンセス プリンセス時代の大ヒット曲『世界でいちばん熱い夏』だ。ポップなメロディーに踊りだす人も多数。この曲がヒットしたときにはまだ生まれていないであろう20代の若者も、飛び跳ねて踊っていた。
続いて彼女は『Diamonds』を歌いながらジャケットを脱ぎ、タンクトップ姿でギターをかき鳴らす。それを見た藤巻さんがMCタイムに「着込んでしまった自分が恥ずかしい」と漏らし、笑いを誘うシーンもあった。
*
日も沈みかけ、この日の最後を飾るのは奥田民生さん。富士山から射す美しい光を背景に、サングラスに柄シャツ姿で、ふらっとステージ上に現れた。
藤巻さんの憧れの存在である彼の1曲目は『愛のために』。ゆったりとした歌声に、会場は一体感と高揚感で包まれる。
「昨日、富士山が初冠雪を観測したらしいね。初冠雪を記念して、雪にちなんだ歌を」そう言った民生さんは、なんとレミオロメンの名曲『粉雪』を歌い出した。途中で藤巻さんも加わり、2人のハーモニーが重なる。切ないはずのメロディーがどこか温かい。歌声は夕闇に溶けていき、すっかり夜になった会場を熱く盛り上げた。
その後、民生さんは『すばらしい日々』『さすらい』『イージュー☆ライダー』を次々に披露。歌っている間は気づかなかったのか、歌い終えてから「わ、暗くなってる!」と驚く一幕もあった。
*
あっという間に1日目のステージが終了。その後、数量限定のチケットを持つ人だけが入場できるアフタートークイベント「中夜祭」が行われた。藤巻さんが、限られた人数のファンを前にトークをする。
「Mt.FUJIMAKIバンドで28曲もカバーするのは初めてだから大変だった」と振り返る藤巻さん。また、FM FUJIで担当しているラジオ番組のことや、実家の農園で育てたぶどうを出演アーティストの楽屋に差し入れしたことなども語る。そして最後は、いつも支えてくれるファンへの感謝を言葉にし、1日目は幕を閉じた。
2日目も快晴。ステージの後ろには富士山と山中湖が輝く
この日のトップを飾るのは歌手のSalyuさんによるユニット、salyu×salyu。彼女が歌う『朝の賛美歌~アレルヤ』が富士山麓の空にきらめく。大自然の中で聴く賛美歌に、会場は厳かな雰囲気に包まれた。
祈りを込めたような歌声は、色づきはじめた秋の景色によく映える。
*
続いて登場したのは、2019年にメジャーデビューした関西発の3ピースバンド・Saucy Dog。今回、最年少の出演者だ。
「呼んでもらえて光栄です。出演者を聞いて“このメンバーにうちらが!?”と驚きました」とコメントも初々しい。
今の時代の音を奏で、「等身大の若者」を歌う彼らは、曲数を重ねるにつれて次第に観客の心を掴んでいく。先ほどの穏やかな雰囲気とは一転、会場のボルテージは一気に跳ね上がる。
*
その熱狂を引き継いだのは、「約8年ぶりに山中湖に戻ってきた」という小山田壮平さんだ。
「藤巻さんとは前のバンドをやってたときにフェスで出会って、お互い登山好きという共通点があって親しくさせてもらっています」。
彼のまっすぐな歌声は会場を心地良さで包む。中盤、エレキギターをアコースティックギターに持ち替えてブルースハープを演奏。懐かしい音が青空によく似合った。
時刻は早くも15時。昨日に続き、10月とは思えない陽気の中、沖縄のカチャーシーを踊りながら登場したのはMONGOL800。「Mt.FUJIMAKI、あーそびーましょー!」と会場に呼びかける。
代表曲『あなたに』を歌うと、観客はみんなぴょんぴょん飛び跳ねて大盛り上がり。ボーカルのキヨサクさんも「宴じゃ宴じゃ!」「最高に楽しいじゃないですか!」と興奮気味だ。
ユニコーンの代表曲『大迷惑』の「南の風を吹かせたバージョン」を演奏中、赤いタンクトップ姿の男性ダンサーが現れ、観客に振り付けを指示。観客がそれに合わせて踊り、会場はいっそう熱気に包まれた。
「情報量が多くてごめんなさいね。この人は、粒マスタード安次嶺っていう高校の先輩。皆さん、今日は寝る前に、粒マスタード安次嶺のことを思い出してくださいね。多分じわじわ来るから(笑)」
粒マスタード安次嶺さんが指示した「Mt.FUJIMAKIポーズ」に会場が応じる。大ヒット曲『小さな恋のうた』では、観客が一斉に腕を振り、会場が一体となった
*
そしてあっという間に夕暮れ。去年のMt.FUJIMAKI 2021 ONLINEにも出演した真心ブラザーズが、Mt.FUJIMAKIバンドと共に登場した。1曲目から代表曲『拝啓、ジョン・レノン』で会場を沸かせる。
MCでは富士山麓のロケーションに触れ、「(自然の中だからか)すげー声出るわ」と驚く場面も。CMでおなじみの『どかーん』を披露した際には「富士山が噴火しないか心配」と冗談めかせた。
オレンジ色の西日の中、『素晴らしきこの世界』を藤巻と共に歌う。最後に歌ったヒット曲『サマーヌード』は、過ぎ去る夏と、今日という日の終わりを惜しむかのようだった。
富士山に日が沈みかけた頃、2日間のトリを務める藤巻さんが登場。
「この景色が似合う曲」として『太陽の下』を、「人生は協調性や調和が大事だけど、自分として生まれたからには思いきり生きたい気持ちもあって、そのせめぎ合いを歌った曲」として『オオカミ青年』を披露。どれも爽やかなナンバーだ。
最後は「10周年イヤー内にアルバムを出したい」と宣言し、新曲の『Sunshine』で締めくくった。
藤巻さんが退場しても、アンコールを求める拍手は鳴りやまない。再び登場した藤巻さんは、「みんながここに集まってくれたから開催できて、2年分の思いが成就しました。来年も頑張る。サンキューという思いを込めて」と、『3月9日』を熱唱。
サビになると、観客席では、ペンライトやスマホの明かりが一斉に左右に揺れる。その光景に驚いたのか、藤巻さんは思わず声を詰まらせた。
最後はMt.FUJIMAKIポーズで記念撮影。これにて、Mt.FUJIMAKIは終了。夕日とステージの明かりに照らされた観客席の中には涙を流す人もいた。この2日間の演奏を噛み締めるような、穏やかな空気が印象的だった。
フェス会場の隣には入場無料の「原っぱエリア」があり、アウトドアイベントやフードコーナー、ミニステージでのショーが同時開催された。もっとも広い面積を占めていたのが、石井スポーツ甲府店主催の「OUTDOOR CAMP STYLE 2022」。最新キャンプスタイルを体験できる特設イベントだ。
各ブースにはアウトドア用品や登山用品、ウェアなどがズラリと並ぶ。中には、かなりお手頃な価格になっているものもあった。
また、試食を配ったり、実演販売をするブースも目立つ。登山用品店のスタッフが「テントの設営タイムトライアル」に挑戦する企画などもあり、見ていて飽きない。どのブースからも気さくな会話が聞こえ、来場者が心からイベントを楽しんでいるのが感じられる。
アウトドアグッズをプレゼントするじゃんけん大会も。ほかにも、薪割り体験やプロのカメラマンによる無料撮影など、体験型のイベントが多く見られた
(上)テント販売コーナー。売り物とはいえ、富士山麓にたくさんのテントが張られている様子は心が躍る。(下2枚)フードの出店も多い。来場者それぞれが椅子や芝生に腰かけ、青空の下でフェスグルメを堪能していた
*
また、同エリアには、荷台をステージに改造したトラックが設置されており、音楽の合間に、お笑い芸人やヨーヨー世界チャンピオン、落語家によるパフォーマンスが行われた。
(上左)ヨーヨー世界チャンピオンのRei Iwakura。音楽に合わせて高難易度の技を次々に決める。(上右)「山梨県住みます芸人」のいしいそうたろう。フリップネタで山梨の魅力を伝える。(下)落語家の立川志の太郎。バンドやロックを盛り込んだ現代的な噺で笑いを誘った
音楽フェスといえば若者が多いイメージだが、Mt.FUJIMAKIは藤巻さんが「小さなお子さんからご年配の方まで楽しめるフェスにしたい」と語る通り、幅広い世代のお客さんが見られた。
こちらは静岡県下田市から来たジュンさんとユウミさんご夫妻。春と秋には必ずキャンプに行くほどアウトドアが好きで、2人で富士山に登ったことも。ジュンさんはトレランもやっているのだとか。
「SNSでMt.FUJIMAKIを知り、アウトドアグッズを見に来ました。安くなっているものがたくさんあるから買い物が楽しみ!」
地元・山梨に住む、たけぴょんさんご一行。お子さん3人を含む家族と友人での参加だ(ちなみに、子どもたちがじゃれているのは、お父さんではなく、お父さんの親友だそう)。
「Mt.FUJIMAKIは初参加です。“地元でこんな音楽フェスをやってるんだ!”と知り、来てみました。子どもたちも楽しんでいます」「竹原ピストルさんの生歌にしびれた!」
雄大な自然と音楽がそうさせるのか、インタビュー中も笑顔が絶えなかった。
まばゆいばかりの陽射しと音楽を浴びたこの2日間。筆者は人ごみが苦手で音楽にも詳しくないが、Mt.FUJIMAKIは最高に楽しかった。月並みな言い方だが、エネルギーをもらえたと思う。富士山を眺めながら音に身を任せる時間は、明日からの日常を生きる糧になるから。
文章:吉玉サキ