ゴミや動植物との関わり方…。自然に優しい登り方とは?|登山のルール・マナー【山登り初心者の基礎知識】

登山者が山に入るだけで、少なからず自然には負荷を与えてしまいます。自然へ配慮しながら登山をするためには、どんなことに気を付けたらよいでしょう。登山ガイドの石川高明さんに、動植物との関わり方やゴミ問題、トレッキングポール使用のマナーなど、自然にできる限りインパクトを与えない登山のために心がけたいことを聞きました。

2023.01.25

YAMAP MAGAZINE 編集部

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登山道以外の道へ入ってはいけないのはなぜ?

「自然に対する配慮はマナーというよりも、ルールに近い」と登山ガイドの石川さんは言います。

「登山道以外には入らないように」とよく言われるものの、登山道以外への立ち入りに関して、実はあまり明文化されているものはありません。 国立公園、国定公園などの自然保護を目的としている「自然公園法」でも、明確に立ち入りが禁止されているのは尾瀬などの「湿原」だけです。そういった場所は、看板などで注意喚起され、厳しく守られています。

では、湿原以外の場所なら、登山道を外れて歩いてもいいのかというと、そうではありません。

「ルールを守るというよりも、その裏にある意味をきちんと知れば、そんなに難しい話ではないと思います」と石川さん。

どんな場所であれ、登山道以外を歩くということは、そこにいる植物を傷つけてしまうことになります。また、歩いたところが削れたり崩れたりしてしまう場合もあります。写真を撮ろうとしたり、近道をしようとしたりして、登山道以外に立ち入ってはいませんか? その足元には動植物が生きていることをお忘れなく。

野生動物への配慮とは?

もし山で野生動物に遭遇した場合、どんなことに気をつけたらよいでしょう?

「そもそも野生動物とは、会おうと思ってもなかなか会えないものなんです。今日はシカに会えたらいいねと話していたとして、本当に会えたらラッキー。ほとんどの場合、人間の存在を感じれば向こうから逃げていきます。

もし野生動物に出会った場合は優しく見守ってあげてください。決して近づかず、見つけたことが嬉しいからといって追いかけないこと。また野生動物に餌を与えてしまうと、『野性』を失ってしまいます。餌をあげてはいけません」

アウトドアフィールドにいる野生動物にとって、我々は侵入者です。相手のフィールドにお邪魔する立場であることを忘れないようにしましょう。

参考記事:ライチョウ観察の際の留意点なども紹介

「街にしかないものを山へ持っていくと、いろいろな問題が生じます。例えばゴミやトイレ問題ですね。自然の中に入る際、もともとそこにないものは決して残してはいけません」

学生時代を振り返り、石川さんはこう言います。

「もう30年前の話になりますが、私が学生登山をしていた頃、果物の皮を山中に捨てていたことがあります。当時でもビニールや缶などのゴミは自然に還らないという知識はあったので、それらは捨てずに持って帰っていましたが、果物の皮は分解されるから大丈夫だと思い込んでいたんですね。

でも、よくよく考えれば、日本の山にバナナは生えていないし、スイカも自生していません。そもそもそこにはなかった、外から持ち込まれたものなんです。また、高山であるほど自然には還らないと気がつくようになりました。

残した食べ物を放置したり、土中や雪中に埋めたりすると、それを見つけた野生動物が食べてしまい、生態系へ影響を及ぼしかねません。味や匂いを覚えた野生のキツネにテント場の靴を持っていかれた、シカにテントを荒らされたという話も聞きます。最悪、クマに襲われるという事態につながることも…。

山ご飯を楽しむなら、食べ残さない量をつくるのはもちろん、煮汁や油を吸収するペーパー類、持ち帰りのジッパー付きビニールなどは必需品。また自然に還るか還らないかという問題よりも、そもそもそこにないものを持ち込まないようにすると考えるのも大切です」

特に標高2〜3,000m級の高山では、気温が低くなるため微生物の活動が鈍くなります。そのため、場所によっては自然に還りそうな生ゴミも分解されないのです。冬季になると閉鎖されるバイオトイレがその例です。

石川さんは繰り返し使えるアウトドア用のゴミ袋・ガベッジバッグを使っているそうです。防水性を備えたビニール袋(ナイロンのものもあり)で、密閉できて匂いも漏れにくく、ザックの外に下げられるベルトも付いています。

また、行動食の包装紙など、ゴミになるようなものを出発前に家で捨てておけば、知らずにゴミを落としてしまうような事態を防げます。

いかに荷物を減らすかと同じように、いかにゴミを減らすかにもチャレンジしてみてください。

山道具を使う場合のルール

山中でバーナーを使う場合

登山時のバーナー使用による山火事への懸念から、ここ数年、自治体によっては山中で火器の使用範囲を制限する「バーナーエリア」が開設されたり、火器厳禁区域が指定されたりする動きが見られます。

大分県くじゅう連山の立中山(​​たっちゅうさん、1,464m)では、2020年4月、登山者が昼食時に使用していたバーナーから草木に火が移り、1ヘクタールが燃え、自生するミヤマキリシマ1,600本に被害が出ました。再生するには10年かかるといわれています。

筑波山(877m)では、山中の各所でバーナーを使用する登山者が増え、山火事が懸念されることから、登山道での火器使用は厳禁となりました。

一方で、筑波山御幸ヶ原(ケーブルカーの山頂駅前広場)にバーナーエリアを開設。山頂での楽しみの場を提供しつつ、バーナー使用のルールの一本化を図っています。

前述の「自然公園法」では、焚き火のような直火は禁止されていますが、小型バーナーは対象外とされています。石川さんは、山中での正しいバーナーの使い方を学べる講習会付きツアーを行っているそう。

「最近では、自治体によってバーナーの使用を禁止している場所が出てきました。登山で使う予定がある場合は事前に調べる必要があります。また、くじゅう連山の例もそうだと思うんですが、枯れ木や枯れ草が近くにあるような場所でバーナーを使えば、当然、火が燃え移る可能性は高くなります。個人単位で状況判断ができないようなケースが増えてくると、どんどん規制が厳しくなってきますよね」

バーナーの使用ができるか判断に迷う場合は、自治体やビジターセンターなどに尋ねてみると安心です。使用する際は、周囲の状況をよく確認し、燃え移らないように風防やバーナーシートを利用し、バーナーが倒れないようガスカートリッジにはスタンドを装着するとよいでしょう。

石川さんに、ヨーロッパの山でのバーナー事情もお話しいただきました。

「ヨーロッパの山では、山火事が起こった歴史なども影響し、バーナーを使う人はほとんどいません。ヨーロッパアルプスでは山小屋文化が発達していて、宿泊すればランチパックを頼めたり、ポットにコーヒーを淹れてくれたりします。何より山小屋で美味しいランチを提供しているので、そのランチ目的で登山する方も多いんです。

日本でも、八ヶ岳の山小屋なんかは美味しいビーフシチューや揚げパンが食べられますよ。それらを利用するのも手ですね」

食事を提供している山小屋を通るルートなのであれば、せっかくだったらそこで食事をいただいて、少しでも山小屋の存続に貢献するのもいいかもしれません。

トレッキングポールを使う場合

日本ではトレッキングポールを使う際に、先端にゴムキャップを付けることが推奨されています。これには日本特有の理由があるのだと石川さんは言います。

「ヨーロッパでは年代問わず多くのハイカーがトレッキングポールを使っていますが、先端にゴムキャップを付けている人を見たことがありません。これはアルプスが石や岩だらけのハイキングルートだからです。

一方、日本の登山道はその殆どが土のルートです。そこを歩く登山者が、左右2本のストックかつキャップなしで土を突くと、土がえぐれてシャベルで掘ったように穴だらけになってしまいます。だからゴムキャップをして土のルートを保護する必要があるんですね。

登山文化というものは、その土地に合わせて変わっていいものです。是非、日本の登山道ではゴムキャップを付けたトレッキングポールを使って下さい」

なお、ゴムキャップは外れて落ちてしまうこともあるので、使用前後できちんとついているか確認するのもおすすめです。

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山はそこでしか生きられない動植物の住処です。その山に入る際、私たちはお邪魔するような謙虚な気持ちでいることが大切です。

自然への配慮はマナーというよりルール。そのルールを守ることは、この日本に根ざした登山文化の一端を担うことにもつながります。そういった気持ちを、登山をする私たちは持ち続けたいものです。

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監修者:石川 高明(信州登山案内人・登山ガイド)

長野県在住。1967年東京生まれ。学生時代から登山に親しむ。最初に登った山が八ヶ岳。大手電機メーカーを2000年に退職し、世界一周登山の旅に出発。途上のスイス ツェルマットで2年間トレッキングガイドを勤める。帰国後、八ヶ岳の麓で子育てをすべく、2008年長野県原村に移住。各国の山岳地域を旅した体験や、スイスで観光業に携わった経験を活かし、 地元地域や観光活性化のお手伝いをしながら、各種イベントを実施してい る。
原村観光連盟 副会長/八ヶ岳観光圏 観光地域作りマネージャー
公認スポーツ指導者 山岳指導員/長野県信州登山案内人
(株)八ヶ岳登山企画 代表取締役/登山歴30年/スノーシュー歴20年

執筆協力:米村 奈穂(フリーライター)

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登山アプリYAMAP運営のWebメディア「YAMAP MAGAZINE」編集部。365日、寝ても覚めても山のことばかり。日帰り登山にテント泊縦走、雪山、クライミング、トレラン…山や自然を楽しむアウトドア・アクティビティを日々堪能しつつ、その魅力をたくさんの人に知ってもらいたいと奮闘中。